「カフネ」書評しょひょう　濡ぬれた心しんに差さし出だす優やさしさの傘かさ

評者ひょうしゃ：吉田よしだ伸子のぶこ／朝あさ⽇新聞しんぶん掲載けいさい：2024年ねん06月がつ29日にち

カフネ著者ちょしゃ：阿部あべ暁子あきこ出版しゅっぱん社しゃ：講談社こうだんしゃジャンル：文学ぶんがく・評論ひょうろん

ISBN: 9784065350263
発売はつばい⽇： 2024/05/22
サイズ: 13×18.9cm／304p

「カフネ」　［著ちょ］阿部あべ暁子あきこ

　止とめ（や）まない雨あめはない、というのは、今いまの今いま、雨あめに降ふられていない人ひとだから言いえる言葉ことばだ。降ふり続つづく雨あめでびしょびしょになり、着替きがえどころか乾かわいたタオルの一いち枚まいもない。雨あめが上あがるその時ときを待まつ気力きりょくさえ、保たもてない。
　本書ほんしょに登場とうじょうする人々ひとびとの多おおくは、そんな状況じょうきょうにある。止やまない雨あめにくったりと倦（う）んでいる。
　主人公しゅじんこうの野宮のみや薫子かおるこは、「努力どりょくを信条しんじょうとして生いきてきた」。あらゆることを努力どりょくで乗のり越こえて来きた彼女かのじょの人生じんせいは、けれど、妊娠にんしん・出産しゅっさんでつまずいてしまう。さらには、突然とつぜん離婚りこんを切きり出だして来きた夫おっとを翻意ほんいさせることもできなかった。そんな薫子かおるこに、弟おとうと・春彦はるひこの突然とつぜん死しというさらなる悲かなしみが襲おそう。
　そこからアルコールに依存いぞんしかけていた薫子かおるこを救すくったのは、春彦はるひこの元もと恋人こいびと・小野寺おのでらせつなだった。やがて、薫子かおるこはせつなが勤つとめる家事かじ代行だいこうサービス会社かいしゃ「カフネ」の活動かつどうに加くわわることに。
　生前せいぜんの春彦はるひこも手伝てつだっていた、というその活動かつどうは、「カフネ」の利用りよう者しゃからチケットを贈おくられた人ひとの家いえに出向でむき、無償むしょうで家事かじ代行だいこうをする、というものだ。
　プロの料理人りょうりにんであるせつなと、掃除そうじが得意とくいな薫子かおるこがペアとなって訪おとずれる家庭かていは、様々さまざまな問題もんだいを抱かかえていた。個々ここの家庭かていの事情じじょうをくみとり、最適さいてきな料理りょうりを提供ていきょうするせつな。美味びみ（おい）しいものを食たべることは、心身しんしんの安やすらぎにつながるのだ。とりわけ、せつなが作つくる「卵たまご味噌みそ（みそ）」（我わが故郷こきょう青森あおもりのソウルフード！）に、胸むねがいっぱいになった。
　物語ものがたりの後半こうはん、春彦はるひこの心しんにも、せつなの心しんにも雨あめが降ふっていたことが明あかされる。せつなの雨あめはまだ降ふり続つづいていることも。誰だれにもSOSを出だせず、出ださずに生いきてきたせつな。その華奢きゃしゃ（きゃしゃ）な背中せなかに薫子かおるこの手ては届とどくのか。
「カフネ」とはポルトガル語ごで「愛あいする人ひとの髪かみにそっと指ゆびを通とおす仕草しぐさ（しぐさ）」のこと。そのタイトルに呼応こおうするラストシーンは、奇跡きせきのように美うつくしく、優やさしい。雨あめに濡（ぬ）れた人ひとへの、傘かさのような一いち冊さつだ。
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あべ・あきこ　岩手いわて県けん出身しゅっしん、在住ざいじゅう。『屋上おくじょうボーイズ』で第だい17回かいロマン大賞たいしょうを受賞じゅしょうしデビュー。他たに『金環きんかん日蝕にっしょく』など。