そのほんの「はじめに」には、著者ちょしゃの「つたえたいこと」がギュッとまれています。この連載れんさいでは毎日まいにち、おすすめほんの「はじめに」と「目次もくじ」をご紹介しょうかいします。今日きょうはブラッドフォード・デロング(ちょ)、村井むらい章子あきこわけ)の『 20世紀せいき経済けいざい ユートピアへの緩慢かんまんあゆみ(うえ)(した 』。「日本語にほんごばん序文じょぶん」をおとどけします。

日本語にほんごばん序文じょぶん
なが世紀せいき度肝どぎもかれる日本にっぽんという物語ものがたり

 「世界せかいにはよん種類しゅるいくにがある。ゆたかなくにまずしいくに、アルゼンチン、日本にっぽんだ」──こうったのは、たしかサイモン・クズネッツだった。いちきゅうなないちねんにノーベル経済けいざいがくしょう受賞じゅしょうした大学だいがくしゃである。

 だれったにせよ、この言葉ことばただしい。いちはち〇〇年代ねんだい後半こうはんからの日本にっぽん経済けいざいは、世紀せいき経済けいざいにおいてほかなによりも印象いんしょうてき勇気ゆうきづけられるものだった。またいちはちななねん以降いこう日本にっぽん政治せいじは、当初とうしょこそ徳川とくがわ時代じだい鎖国さこくやぶったヨーロッパの国々くにぐにから不幸ふこうにも近代きんだい帝国ていこく主義しゅぎしき病原菌びょうげんきんをうつされはしたものの、そのはきわめてうまくいったとえよう。では日本にっぽん将来しょうらいはどうなるのか。それは、本書ほんしょんでくださる日本にっぽん読者どくしゃおよびひろ日本にっぽん人々ひとびとかっている。

 世紀せいき経済けいざいおおきくけてよっつのパターンをたどったが、日本にっぽんはそのうちひとつのパターンの代表だいひょうかくである。日本にっぽん注目ちゅうもくすべきお手本てほんであり、鼓舞こぶしてくれる物語ものがたりであり、そのおどろくべき成果せいかおおくのくにふるいたせた。だい一波いっぱとして韓国かんこく台湾たいわん香港ほんこん、シンガポールが、だいとしてマレーシアとタイが、そしていまだいさんとして中国ちゅうごく沿岸えんがんとベトナムがつづき、近代きんだいてき工業こうぎょうだつ工業こうぎょう時代じだい技術ぎじゅつ活用かつようして富裕ふゆうこく仲間入なかまいりをするという困難こんなん事業じぎょうをやりげている。

 となれば、世紀せいき経済けいざいえが著作ちょさくなか日本にっぽん重要じゅうよう役割やくわりえんじるとかんがえても当然とうぜんである。だが原書げんしょはち〇ページある本書ほんしょ日本にっぽんかれたページすうよんきゅうページにぎない。これでは、日本にっぽん本来ほんらいてるべき分量ぶんりょう半分はんぶんにもたないとかんがえる読者どくしゃもおられよう。このてんについてはおびしなければならない。ヘンリー・ロソフスキー教授きょうじゅをはじめとする教授きょうじゅじん忠告ちゅうこくにもかかわらず、わたし日本にっぽんについて十分じゅうぶん勉強べんきょうせず、そのせいで当然とうぜんっていてしかるべき知識ちしき十分じゅうぶんわせていない。このため、専門せんもんとして価値かちのある意見いけんえる範囲はんい出来事できごと物語ものがたりにもっぱら集中しゅうちゅうすることになった次第しだいである。

 だが日本にっぽんについての記述きじゅつとぼしいことは、日本語にほんごばん読者どくしゃにとって欠陥けっかんにはなるまい。そもそも日本にっぽん読者どくしゃ自国じこく経済けいざい歴史れきしについてわたしよりよくっているし、あやまりや不正確ふせいかく判断はんだんがあればまゆしかめ(ひそ)めることだろう。よって日本にっぽん読者どくしゃには、明治維新めいじいしんからはじまった日本にっぽん経済けいざい刮目かつもくすべき歴史れきし理解りかいする足掛あしがかりとして本書ほんしょ使つかってほしい。

 それにしても、日本にっぽん物語ものがたりにはまったく度肝どぎもかれる。

 日本にっぽんにとってのなが世紀せいきは、工業こうぎょうこくとしての地位ちい確立かくりつしたときからはじまった。工業こうぎょう立国りっこくのプロセスはにち戦争せんそうでの勝利しょうり加速かそくする。この戦争せんそうはまた、近代きんだい帝国ていこく主義しゅぎほうじる国家こっかとして日本にっぽんひがしアジアに登場とうじょうする前触まえぶれとなり、地政学ちせいがくてき勢力せいりょくえ、日本にっぽんにいっそうの経済けいざい成長せいちょう開発かいはつ機会きかいをもたらした。北大西洋きたたいせいよう工業こうぎょう先進せんしんこくすいいてらすような貧困ひんこんこく鋳型いがた後発こうはつこくめようとしていたが、その鋳型いがたからのがれる方法ほうほうしめしてくれたくにとして、おおくのひと日本にっぽん注目ちゅうもくするようになる。

 だい世界せかい大戦たいせんまえ日本にっぽん経済けいざい発展はってんがじつに華々はなばなしいものだったことはまちがいない。それに、だい恐慌きょうこうたくみに回避かいひした日本にっぽん成功せいこう事例じれいは、詳細しょうさい分析ぶんせき研究けんきゅうしていれば他国たこくにとっておおいに参考さんこうになったはずだ。にもかかわらずいちきゅうろくねんになるまで、日本にっぽん背中せなかいかけようとするくにさえなかった。

 だい世界せかい大戦たいせん日本にっぽんは、経済けいざい成長せいちょう可能かのうせいがいかにおおきいか、その可能かのうせいをどう実現じつげんするかということを世界せかいしめしてのける。アメリカの戦略せんりゃくてきばくげき軍人ぐんじん以上いじょう民間みんかんじん大量たいりょう死者ししゃし、国土こくど荒廃こうはいしたが、戦争せんそうわると空前くうぜん経済けいざい成長せいちょうはじまったのである。それはもう奇跡きせきとしかいようのないものだった。本書ほんしょ戦後せんご復興ふっこう好景気こうけいきを、冷戦れいせん貿易ぼうえき政策せいさく技術ぎじゅつ交流こうりゅうあたえた影響えいきょうふくむグローバルな経済けいざい動向どうこうひろ文脈ぶんみゃくとらえている。日本にっぽん読者どくしゃはこうした視点してんつうじて自国じこく経済けいざい政策せいさく際立きわだ独自どくじせいさい認識にんしきすると同時どうじに、先進せんしん工業こうぎょうこく戦後せんご復興ふっこう成長せいちょうというおおきな物語ものがたりなか自国じこくのたどった足跡あしあとむことができるだろう。

 いちきゅうろくねん以降いこうは、他国たこく日本にっぽん桁外けたはずれの経済けいざいてき成功せいこうからまなはじめる。かく地域ちいき条件じょうけんわせた日本にっぽんモデルの模倣もほうが、極東きょくとうすなわちアジアの太平洋たいへいよう沿岸えんがん地域ちいき経済けいざい成長せいちょう太陽たいようたかのぼらせまぶしくかがやかせる原動力げんどうりょくになったとっても過言かごんではあるまい。政府せいふ介入かいにゅう民間みんかん部門ぶもんのイノベーション、ステークホルダー重視じゅうし経営けいえいわせは、とくにいちきゅうなな年代ねんだいしん自由じゆう主義しゅぎへの転回てんかい以降いこう北大西洋きたたいせいよう諸国しょこく採用さいようされた自由じゆう放任ほうにん(レッセフェール)りのアプローチとは対照たいしょうてきである。政府せいふ経済けいざいふかかかわっているが自律じりつてきである)と市場いちば利益りえき主導しゅどう意思いし決定けっていをすみやかにくだす)の両方りょうほう経済けいざい運営うんえい羅針盤らしんばんとする日本にっぽんのアプローチがいかに特徴とくちょうてきでしかも効果こうかてきだったか、日本にっぽん読者どくしゃづくはずだ。また北大西洋きたたいせいよう諸国しょこくしん自由じゆう主義しゅぎ秩序ちつじょした採用さいようされた自由じゆう放任ほうにんがた政策せいさくとの対比たいひも、いっそう明確めいかくになるだろう。

 だがしん自由じゆう主義しゅぎへの転回てんかい以降いこう世界せかい秩序ちつじょ様変さまがわりし、そのなか日本にっぽん経済けいざいはかつてのいきおいを維持いじできなくなった。本書ほんしょでは、いちきゅうなな年代ねんだいきた社会しゃかい民主みんしゅ主義しゅぎのニューディールてき秩序ちつじょからしん自由じゆう主義しゅぎてき秩序ちつじょへの転回てんかいと、それにともなうグローバル経済けいざい混乱こんらんについてくわしく考察こうさつした。この混乱こんらん日本にっぽん経済けいざい重荷おもにとなってのしかかることになる。いちきゅうなないちねんにニクソン・ショックがあり、いちきゅうななさんねんいちきゅうななきゅうねん石油せきゆショックがあった。さらにレーガン政権せいけんいちきゅうはちいちはちきゅうねん)がグローバル経済けいざいあたえたショックは、アメリカの巨額きょがく財政ざいせい赤字あかじ貿易ぼうえき赤字あかじ双子ふたご赤字あかじ)とその結果けっかとしてのいちきゅうはち年代ねんだい前半ぜんはんのドルだか、プラザ合意ごうい赤字あかじ削減さくげん約束やくそくをアメリカがまもれなかったことなどに起因きいんするとかんがえられる。

 これらの要因よういんが、いちきゅうきゅういちねん日本にっぽん不動産ふどうさんバブルの崩壊ほうかい誘発ゆうはつすることになった。バブル崩壊ほうかいとそのの「うしなわれたいちねん」を理解りかいしておかなければ、日本にっぽん経済けいざい脆弱ぜいじゃくせい回復かいふくりょくただしく認識にんしきすることはできない。バブルなが停滞ていたい日本にっぽん経済けいざい成長せいちょうりつ大幅おおはばげ、一人ひとりたりGDPのびはきわめてひくかった。いちねん安倍晋三あべしんぞう首相しゅしょうによるマクロ経済けいざい政策せいさく改革かいかくさんほん」がはじまってからかなり時間じかんつまで、その状態じょうたいつづいたのである。

 ここすうじゅうねんかんしては、本書ほんしょはグローバル影響えいきょう情報じょうほう経済けいざい隆盛りゅうせい、グローバル経済けいざい金融きんゆう焦点しょうてんてている。これらの現象げんしょう日本にっぽん困難こんなん課題かだい同時どうじ機会きかいももたらすはずだ。本書ほんしょには、日本にっぽん経済けいざい政策せいさく世界せかい金融きんゆう貿易ぼうえきのパラダイムシフトにどう適応てきおうしてきたかを理解りかいする枠組わくぐみがしめされている。

 日本にっぽん経済けいざい今後こんごどうなるのか。この疑問ぎもんにはおおくのひとつよ関心かんしんって予測よそくをしてきた。日本にっぽん人口じんこう高齢こうれい技術ぎじゅつ医療いりょう健康けんこうへの革新かくしんてきなアプローチ、アジアにおける戦略せんりゃくてき地位ちいまえると、世紀せいき経済けいざいからただしい教訓きょうくんまなぶことがきわめて重要じゅうようになる。日本にっぽん経済けいざい将来しょうらい道筋みちすじは、くにとしての政策せいさく優先ゆうせん順位じゅんいとグローバル経済けいざいからの圧力あつりょくのせめぎいのなかまさしく舵取かじとりできるかどうかにかってくる。日本にっぽんには科学かがく技術ぎじゅつ環境かんきょう持続じぞく可能かのうせい多国たこくあいだ貿易ぼうえき協定きょうていなどで主導しゅどうてき役割やくわり期待きたいされる。

 カリフォルニアのシリコンバレーではなく日本にっぽん東京とうきょう大都市だいとしけん世界せかい経済けいざい先頭せんとうはし未来みらいもありただろう。だがその未来みらいから日本にっぽんいちきゅうはち年代ねんだい脱落だつらくした。世界せかい主要しゅようこくこう品質ひんしつ信頼しんらいせいたか製品せいひんつくることに苦労くろうするなか日本にっぽん経済けいざいにおいてえんじた役割やくわりは、製造せいぞうぎょうにおけるドイツに非常ひじょうちかいものだった。ただし日本にっぽん最先端さいせんたんちゅう最先端さいせんたん製品せいひんつくることはできなかったし、プロセス・イノベーションではなくプロダクト・イノベーションの最前線さいぜんせん他国たこく先駆さきがけてとおくまでひろげることもできなかった。製造せいぞうぎょう以外いがいでは日本にっぽん効率こうりつせいちょう(た)けているとは到底とうていえず、いまだに人手ひとでたのみである。だがこの状況じょうきょうはむしろ、今後こんごすう世代せだいにわたる満足まんぞくのいく経済けいざい成長せいちょうあしがかりとなるだろう。才能さいのうめぐまれ勤勉きんべんおおくの人々ひとびと世界中せかいじゅうまれていることをかんがえれば、なおのことだ。かれらにとって、産業さんぎょう資本しほんストックが蓄積ちくせきされた日本にっぽんのしっかりした環境かんきょうはたら生活せいかつする機会きかいおおきな価値かちつにちがいない。

 わすれないでほしい。バブル日本にっぽん経済けいざいは、世界せかいなかでみればいまなおすばらしく生産せいさんてきである。日本にっぽん所得しょとく比較ひかくより生活せいかつしつはか指標しひょうおおくで、はるかにたか地位ちいにランクされている。かしこくよくきることにかんして、今日きょう日本にっぽんには富裕ふゆうこくおしえてあげられることがたくさんあるのだ。新型しんがたコロナウイルス(Covid-19)の死者ししゃすうでアメリカと日本にっぽんにはおおきながついた。アメリカじん自分じぶんたちの社会しゃかいがした選択せんたくについて猛省もうせいしなければならないし、日本にっぽんはある意味いみではナンバーワンなのではないかと真剣しんけんかんがなおさなければならない。

よんねんよんがつ ブラッドフォード・デロング


目次もくじ

画像がぞうのクリックで拡大かくだい表示ひょうじ
画像がぞうのクリックで拡大かくだい表示ひょうじ