バスケットボール女子日本代表を東京五輪銀メダルに導き、男子でもパリ五輪出場権を獲得したトム・ホーバス・ヘッドコーチ。バスケットボールの名将がチームビルディング、組織マネジメントの哲学、ノウハウを余すところなく明かした著書『スーパーチームをつくる!』から、一部を抜粋してお届けする。第3回は「強固な信頼関係を築くためのコミュニケーション」について。
私は日本と30年以上の縁があり、JXサンフラワーズでコーチを始めた時から通訳を入れずに日本語で指導しています。間に誰かを入れないほうが信頼関係がつくりやすいですし、コミュニケーションの間違いが生まれにくいと思うからです。
より正確に言えば、もし間違いがあってもすぐに修正することができるということです。決して「きれい」ではないかもしれませんが、直接的な表現を使うことでフォローもしやすいのです。
繰り返し放送された河村選手への檄
ワールドカップのオーストラリア戦で私が河村勇輝選手(横浜ビー・コルセアーズ)に対し、「い訳(はしないで)!」と怒鳴った場面が試合後に何度も放送されました。とても集中していたので、すべてを詳しく覚えてはいませんが、以下のような流れで出た発言でした。
オーストラリアにリードされた第2クオーター前半のことです。この時は各自がエリアを決めて守るゾーンディフェンスを取り入れていたのですが、司令塔の河村選手はチームメートにその指示を出しつつ、自分は1対1で対応するマンツーマンで守っていたのです。
残り約7分の攻撃中、比江島慎選手(宇都宮ブレックス)がボールをこぼしたところから相手に速攻を許し、レイアップで失点。河村選手はそこでファウルも犯していました。
相手にリードをさらに広げられ、私はタイムアウトを取りました。選手たちがベンチに腰を下ろすやいなや、私は河村選手を指さしながら、大声でまくしたてました。
「細かいこと! わかってないんだったらダメだよ! 簡単なことじゃないですか!」
守備の基本的な約束事が守られていなかったので、ベンチでそのような檄を飛ばしたところ、河村選手が「わかっている」といった感じの発言をしたので、さらに「それ、い訳! 最初から(悪かった)」と言ったのです。このやりとりの音声が中継で流れ、見ていた人たちの注目を集めたのでしょう。
真意を伝え、誤解を防ぐ
「い訳」は英語で「ノー・エクスキューズ」といいます。アメリカでコーチが選手に「ノー・エクスキューズ」と伝えることはよくあります。それほど強い表現とは受け止められないのですが、たしかに日本語では少しネガティブな表現になります。
注意する際はあらかじめ頭の中で何を言うべきか、何を言ってはいけないかを考えてから口にするようにしていますが、私はこの時の河村選手の表情を見て、すぐに「言いすぎたな」と思いました。だから、試合後、河村選手には「こういう意味だった」と伝え、河村選手も理解してくれています。
ボディランゲージも細かく観察
こうした場面を含め、私は声をかけた時の選手の反応や態度、ボディランゲージをよく観察するようにしています。毎日の挨拶もとても大切にしています。「空気を読む」という日本語は、あまり良くない意味でも使われるようですが、私は日本語ネイティブではないので、自然と選手をはじめとする話し相手の様子をよく見るようになりました。
専門家の文章を読み、例えば噓をつく時の目線は下を向きがちだとか、相手が腕を組んで話を聞いている時は警戒心の表れといった、しぐさによるメッセージも考えるようにしています。
あらゆる現場でリーダーは多くの決断を下しています。ただ、ビジネスの場合はその決断が結果的に正しかったのか、間違っていたのかがすぐにわからないこともあるでしょう。私がスポーツのコーチをしていて好きなことは、勝ったか負けたかという白黒がすぐにはっきりわかることです。
結果を受けて課題を洗い出し、修正して次戦に臨む。その繰り返しによって選手もチームも成長していきます。選手たちに様々なことを要求し、厳しい練習を課す以上、私もリーダーとしてパッション(熱意)を示さないといけません。
嘘はすぐに見抜かれる
選手たちはコーチが噓をついていたり、本気でなかったりしたらすぐに見抜くものです。しっかりとコミュニケーションが取れなければ、お互いに尊敬し合うことはできません。
スポーツでもビジネスの場面でも、今の時代のコミュニケーションは「ワンウェイ」(一方通行)ではいけません。私の現役時代はそれでもよかったと思いますが、同じようにはもうできません。選手たちときちんと信頼関係を築くことが何よりも必要です。
パリ五輪出場をつかんだバスケットボール男子日本代表。その礎は丁寧なコミュニケーションで築いた、尊敬し合う関係にあった。写真右はホーバス・ヘッドコーチの檄に応えて活躍した河村勇輝選手(写真:共同通信社)
バスケットボール
女子日本代表を
東京五輪銀メダルに
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トム・ホーバス
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日経BP、1870
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