東京・大田区にある町工場、ダイヤ精機。専業主婦から転身した2代目社長の諏訪貴子さんはジリ貧状態にあった同社を再建し、幾度となく訪れた危機を乗り越えた。近著『
町工場の星
』では、その20年の道程を赤裸々につづる。そんな諏訪さんに、実際に参考にしてきた本の中から、オススメの本を挙げてもらった。連載第1回で紹介するのは、読書嫌い、人見知りだったというかつての諏訪さんを180度変えるきっかけになった2冊。
“結論ファースト”の哲学書で読書に開眼
実は、32歳でダイヤ精機の社長になるまで、読書が好きではありませんでした。子どもの頃から、親には「本から得られるものはたくさんある。本を読みなさい」と言われていたのですが、国語が苦手で。
国語って表に出ていない作者の気持ちを読み解いたりしますよね。それが嫌で、数学の「1+1=2」という明快な世界の方が好きでした。本にも苦手意識があり、ファッション雑誌ぐらいしか手に取ったことがなかったんです。
そんな私が「本を読まなくては」と思うようになったのは、2004年にダイヤ精機の創業者である父が急逝し、2代目社長に就いてからです。「人の上に立ち会社を経営する立場として、本を読み教養や知識を身に付ける必要がある」と考えを改めました。
まずは純文学に挑戦しようと、夏目漱石の『吾輩は猫である』を読み始めました。ところが、3ページで飽きてしまって…(笑)。他にも何冊か手に取ってみたのですが、全部「無理!」と途中で挫折しました。
そんな時、ある人から、「理系の人は哲学書を読むといいよ」と助言されました。試しにルソーの著書を読んでみたところ、内容は難解ではあるものの、「これなら読める」と感じました。大学時代に読んでいた論文と同じように、まず結論があり、その後に解説が続くという構成が「読みやすい」と感じたのです。
以来、図書館に通って哲学書を探し読むようになりました。面白いと思ったのは、何百年も前の人たちも、今と同じようなことで悩み、同じような答えを導き出そうとしていることです。「人間の本質は変わらない」と勉強になり、「誰もが同じようなところでつまずく」と安心もしました。
一方、人間の本質は同じであっても、時代背景によって哲学者たちが発する言葉は変わってきます。例えば、戦争の時代に生きる哲学者の考え方や思想には、今を生きる私たちとの温度差を感じることがあります。そんなことから、哲学書の中でも「自分に合う」「合わない」があるということが分かってきました。
ルソーの言葉で「頑張ろう」と奮起
『
哲学者たちのことば
』(哲学名言研究会著、笠倉出版社)は社長に就任して10年弱たった頃に出合いました。ニーチェ、カント、ソクラテスなど哲学者12人が残した名言を集めているので、いろいろな哲学者の思想・考え方に触れられます。頭に入りやすいし、自分に合うもの、共感できるものも目にとまりやすくて「これはいい!」と感じました。
哲学者12人の名言がまとまっているところが気に入っている『哲学者たちのことば』
私が特に好きなのはルソーの言葉ですね。
「生きるとは呼吸することではない。行動することだ」
「すべての不幸は、未来への踏み台にすぎない」
「忍耐は苦い。しかしその実は甘い」
こうした言葉は経営者である自分を鼓舞し、「もっと頑張ろう」と奮起させてくれます。折に触れ、今も読み返す大切な愛読書です。
人見知りだからこそ、引かれた1冊
今、私はダイヤ精機社長として活動するほかに、政府の「新しい資本主義実現会議」の有識者メンバーを務めたり、日本郵政や日本テレビホールディングスの社外取締役に就いたり、講演したりと、対外的な活動も行っています。そういう今の“表の顔”を見ている人には信じられないかもしれませんが、私は元来、内向的で引っ込み思案な性格です。子どもの頃は極度の人見知りで、人前で話すのが苦手でした。
そんな私の性格を180度変えるきっかけになったのが『
出会いを生かせば、ブワッと道は開ける!
』(中村文昭著、PHP研究所)です。三重県中心にサービス業を営み、「人たらし」とも呼ばれるという著者が、人から「また会いたい」と思ってもらうために実践してきたテクニックを伝授しています。
人と会うことが怖くなくなった『出会いを生かせば、ブワッと道は開ける!』
読んだのはダイヤ精機の社長になって3年ほどだった2007年ごろです。経営難に直面していた会社を建て直し、さらなる成長のため、新規顧客の開拓に動き出そうと決断した時期でした。それまでは社内の体制づくりに集中していましたが、営業に行ったり、業界の集まりに参加したりと、ダイヤ精機の“外”に出て行くことが必要になったのです。元来、大の人見知りで対人恐怖症気味の私にとって、それは簡単なことではありませんでした。
その頃、書店で目にとまったのがこの本です。タイトルを見て、「そうか、人と会うのを苦手と思うのではなく、『出会いを生かす』と考えればいいのか!」と目から鱗(うろこ)が落ち、すぐに購入しました。
人見知り克服のため、書いてあることをすべて実践した
読んでみると、中には人間関係づくりの極意が書かれています。「お客様の“わがまま”に進んで応えるべし」「相手に『申し訳ない』と思わせないのが本当の親切」「相手をよく観察して、頼みを察することが大事」など…。
書いてあることはすべて実践しました。「極端に短く自己紹介できるようなキーワードを持て」とある通り、「“町工場の女社長”の諏訪貴子です」「“創業者の父から引き継いだ2代目社長”です」など、インパクトのある言葉を使い相手の印象に残る自己紹介をするようになりました。
「話しかけやすい『いじられキャラ』は得をする」と書いてあるのを参考に、警戒心を持つことなく接してもらえるよう、柔和な態度で私自身が持つキャラクターを生かすことも心がけました。
これまで、私は経済産業省産業構造審議会や政府税制調査会、中小企業政策審議会、新しい資本主義実現会議など、重要な組織のメンバーを務めてきました。それも、この本に「若いうちに一流に触れ、そこから学ぶべし」と書かれていたことに影響を受けたからです。「重責を伴う大役だけど、一流に触れ、学ぶためにチャレンジしてみよう!」と思いきって、その世界に飛び込むことを決断できました。
今、私も「人たらし」と呼ばれることがあります。男性であっても女性であっても、出会った相手には、自分に好意を持ってもらおうと接しているからかもしれません。
営業の時でも、相手の目を見て、笑顔を絶やさず、うなずきながら話を聞く。さりげなく相手を褒める。自分のことをなんでもオープンに話す。相手が望んでいることを想像し、それに応える。この本を参考に、そんな言動を心がけています。
この本からは、人との関係づくりで何をすればいいかをすべて学んだといえます。手に取ってから10年ほど、文庫版をバイブルのように常に持ち歩き、何度も読み返していました。私の経営はコミュニケーションや人間関係が軸にあります。その土台をつくってくれた1冊です。
「私の経営はコミュニケーションや人間関係が軸にあります。その土台をつくってくれた1冊です」
取材・文/小林佳代 構成/幸田華子(第一編集部) 写真/稲垣純也