役所広司やくしょこうじと成島なりしま出いずる監督かんとくが明あかす、映画えいが人じんとしての“きっかけ”【「銀河ぎんが鉄道てつどうの父ちち」インタビュー】

原作げんさくとなる同名どうめい著書ちょしょ（講談社こうだんしゃ文庫ぶんこ刊かん）は、門井かどい氏しが膨大ぼうだいな宮沢みやざわ賢治けんじに関かんする資料しりょうの中なかから、父ちち・政次郎まさじろうについて書かかれた資料しりょうをかき集あつめ、賢治けんじの生涯しょうがいを父親ちちおやの眼差まなざしを通とおして見みつめる究極きゅうきょくの親子おやこ愛あいの物語ものがたり。成島なりしま監督かんとくはいつか賢治けんじの映画えいがを撮とりたいと切望せつぼうしていたというが、調しらべれば調しらべるほど賢治けんじの世界せかい観かんの複雑ふくざつさに圧倒あっとうされ、映画えいが化かへの道筋みちすじを立たてられずにいた。

(C)2022「銀河ぎんが鉄道てつどうの父ちち」製作せいさく委員いいん会かい

そんな時ときに出合であったのが、書店しょてんで見みつけた同書どうしょだった。「その視点してんがあったのか！」と心しんの中なかで叫さけんだそうで、「あの時代じだいに、賢治けんじの全すべてを受うけ入いれている。ある意味いみ、イクメンの走はしりかつ親しんバカで、一生懸命いっしょうけんめいなところがチャーミング。賢治けんじと家族かぞくの格闘かくとうぶりも面白おもしろかった」とのめり込こみ、映画えいが化かの権利けんりを獲得かくとく。成島なりしま監督かんとくが絶対ぜったい条件じょうけんとして掲かかげたのが、父ちち・役所やくしょ、息子むすこ・菅田すげた将すすむ暉あきらというキャスティングだった。

役所やくしょ扮ふんする政次郎まさじろうは、父ちちの代だいから富裕ふゆうな質屋しちやを営いとなむ一家いっかの主人しゅじんで、責任せきにん感かんと情熱じょうねつのある明治めいじの男おとこ。しかし、賢治けんじ（菅田すげた）が誕生たんじょうすると、明治めいじの男おとこには珍めずらしく子育こそだてに熱心ねっしんで、子こどもにはめっぽう甘あまい。賢治けんじは長男ちょうなんとして質屋しちやを継つぐ立場たちばにあったが、適当てきとうな理由りゆうをつけては拒こばみ続つづけ、学校がっこう卒業そつぎょう後ごは農業のうぎょう、人造じんぞう宝石ほうせき、宗教しゅうきょう……と我わが道みちを突つき進すすむ。政次郎まさじろうは「賢治けんじのためなら」と甘あまやかしてしまう。やがて、しっかり者しゃの妹いもうと・トシ（森もり七なな菜さい）の病気びょうきを機きに、賢治けんじは筆ふでを執とるが……。

(C)2022「銀河ぎんが鉄道てつどうの父ちち」製作せいさく委員いいん会かい

こんなにも純粋じゅんすいに人ひとを愛あいする、そして信頼しんらいできるということのかけがえのなさを描えがくにあたって、コミカルな部分ぶぶんも併あわせ持もつ政次郎まさじろうという役やくどころは、まさに役所やくしょの真骨頂しんこっちょう。成島なりしま監督かんとくとは、「監督かんとく」と「俳優はいゆう」として対峙たいじするのは「油断大敵ゆだんたいてき」に始はじまり「聯合れんごう艦隊かんたい司令しれい長官ちょうかん　山本やまもと五十六いそろく」「ファミリア」に続つづき、4度目どめ。ふたりは、互たがいのどこに最もっとも信頼しんらいを置おいているのだろうか。

成島なりしま「僕ぼくはもともと役所やくしょさんのファンで、助監督じょかんとくの頃ころからずっと好すきなんです。ご縁えんがあって、脚本きゃくほんなどでもご一緒いっしょさせていただく機会きかいがあり、もう長ながい付つき合あいになります。付つき合あえば付つき合あうほど、ご一緒いっしょすればするほど進化しんかしていくのが凄すごい。ある程度ていど、ベテランになっていくと（表現ひょうげん方法ほうほうが）固かたまってくるものですが、役所やくしょさんは常つねに“今いまがベストだ”というものを見みせてくださる。それが凄すごいなと思おもうんです」

役所やくしょ「監督かんとくが『大阪おおさか極道ごくどう戦争せんそう　しのいだれ』で助監督じょかんとくをしている頃ころから一緒いっしょに飲のんでいて、『僕ぼくが監督かんとくをする時ときは出でてくれ』って言いわれていました。『油断大敵ゆだんたいてき』で監督かんとくデビューを果はたしたわけですが、助監督じょかんとく時代じだいから、映画えいが愛あいが凄すごかった。映画えいがが好すきで、好すきで、その思おもいの強つよさが俳優はいゆうとして信頼しんらいできるところ。そして、たくさん映画えいがを観みているところも信頼しんらいができます」

役所やくしょが体現たいげんしてみせた、厳きびしさと優やさしさが同居どうきょする政次郎まさじろうの姿すがたを見みるにつけ、今いま作さくは親おやとしての目線めせん、子こどもとしての目線めせんという全まったく異ことなる見みえ方かたを意識いしき的てきに楽たのしむことができることに気きづかされる。そして、純粋じゅんすいな好奇心こうきしんが湧わいてくる。今いま作さくを撮とり上あげた成島なりしま監督かんとくと、座長ざちょうとして現場げんばを牽引けんいんした役所やくしょの父親ちちおやはどのような人物じんぶつだったのか知しりたくなってきた。

成島なりしま「うちの父ちちは大正たいしょう生うまれで、特攻とっこうの生いき残のこりなんです。17歳さいで志願しがんして特攻とっこうに入はいったのに、死しにきれなかった。それで奇跡きせき的てきに、僕ぼくが産うまれたわけですが……。『永遠えいえんの0』で岡田おかだ准じゅん一いちくんが演えんじたキャラクターと同おなじで、若わかくして入はいってみたら上うえの人ひとたちがどんどん亡なくなっていって、あっという間まに軍曹ぐんそうになってしまった。それで夢ゆめのある若わかい人ひとたちを送おくる側がわの立場たちばになってしまったそうなんです。

そういうことがあったからなんでしょうね、息子むすこである僕ぼくがやりたいということには反対はんたいしなかった。その話はなしを親父おやじは全まったくしてくれず、知しらなかったんです。亡なくなった後のちに、伯父おじから『ずっと言いうなって言いわれていたんだけど……』って、母ははも知しらなかった話はなしを教おしえてくれました。それで腑ふに落おちたというか、やりたいことを全すべてやらせてくれたのにはそういう背景はいけいがあったのかと。母はははもう少すこし堅気かたぎの道みちをいって欲ほしかったみたいですが、父ちちは『やれるところまでやってみりゃいいじゃないか』と言いってくれたんです。政次郎まさじろうと近ちかいものがありましたね」

役所やくしょ「うちの親父おやじは明治めいじ男おとこでね、最初さいしょはお金持かねもちのところへ養子ようしに行いったんだけど別わかれたくて仕方しかたがなくて……。無茶苦茶むちゃくちゃやって離婚りこんして、その後ごにひと回まわり下かのおふくろに求婚きゅうこんしたんです。5人にん兄弟きょうだいの男おとこばかりで、僕ぼくは末すえっ子こ。商売しょうばいをやっていましたから、親父おやじは一生懸命いっしょうけんめいに働はたらいて、それを家族かぞく全員ぜんいんで手伝てつだっていました。年末ねんまつはみんなで餅もちつきをしたりして、イベントをしているときの親父おやじは楽たのしそうでしたね。

商売しょうばいがうまくいかなくなってからの晩年ばんねんの親父おやじは怖こわかったですね。兄貴あにきたちも一緒いっしょに商売しょうばいをやっていたんですが、もうやめようか……ってなったときは荒あれてね。家いえで商売しょうばいをしていましたから、調子ちょうしがいいのか悪わるいのか、ちょっとイライラしているな、兄貴あにきたちとうまくいっていないのかな、というのを親父おやじの背中せなかから感かんじ取とっていました」

一方いっぽうで、実生活じっせいかつで父親ちちおやとして心こころがけてきたこと、忘わすれないようにしてきたことを役所やくしょに聞きいてみると、「失敗しっぱいしたときは、反面はんめん教師きょうしとして参考さんこうにしてくれればいいと思おもっています。ただ、本当ほんとうに相談そうだんしたいときに、気軽きがるに相談そうだんを持もち掛かけられる雰囲気ふんいきは大事だいじかなと思おもっています。あとは本当ほんとうに親おやらしいこと、何なにもしていないんですけどね」と照てれ臭くさそうに話はなしてくれた。

(C)2022「銀河ぎんが鉄道てつどうの父ちち」製作せいさく委員いいん会かい

そしてまた、菅田すげたと森もりが演えんじた兄妹きょうだいの佇たたずまいも見みどころのひとつとして挙あげられる。賢治けんじの知性ちせいあふれる瞬間しゅんかんと繊細せんさいな一いち面めんを全身ぜんしんからにじませた菅田すげた、記憶きおくが曖昧あいまいになっていく祖父そふ（田中たなか泯）を平手打ひらてうちして「綺麗きれいに死しね」とい放いはなち、優やさしく抱だき締しめるトシとして作品さくひん世界せかいを生いきた森もりの姿すがたは、成島なりしま監督かんとくと役所やくしょにとっても頼たのもしく見みえたのではないだろうか。

成島なりしま「原作げんさくを読よんだ瞬間しゅんかん、役所やくしょさんと菅田すげたさんの顔かおが浮うかんだんです。賢治けんじの天才てんさい的てきかつナイーブなところ、役所やくしょさんとの組くみ合あわせを考かんがえたときに、彼かれがベストだと考かんがえました。現場げんばでの彼かれのエネルギーと繊細せんさいなところは、想像そうぞう以上いじょうでした。今回こんかい初はじめてご一緒いっしょしましたが、本当ほんとうに素晴すばらしい俳優はいゆうですね。

森もり七なな菜さいちゃんも吸収きゅうしゅうする力ちからはもちろんなんですが、耳みみがいい。こちらの求もとめていることを感かんじるアンテナが鋭するどくて、それでいて自分じぶんの世界せかいを持もっている。これからもっともっと大おおきく育そだってほしいし、実際じっさいにそうなるでしょうね。そして、ふたりとも声こえがいい。彼かれらの声こえが好すきなんです。役所やくしょさん含ふくめ、3人にんのハーモニーがとても心地ここちよかったですね」

役所やくしょ「ふたりとも俳優はいゆうとして素晴すばらしいですよね。才能さいのう豊ゆたかで、俳優はいゆうになるべくしてなった人ひとたち。あとは、これからどうやって生いきていくかで、俳優はいゆうとしての深ふかみが出でて来くるのかな……という気きがします。いちファンとして、楽たのしみに観みて行いきたいですね。

俳優はいゆうというのは、その顔かおとその体からだしかないですから、そんなにはたくさんの役やくはできません。だからこそ、やっぱり実生活じっせいかつが大事だいじになってくるんでしょうね。俳優はいゆうにとって経験けいけんが大おおきな財産ざいさんになるんだと思おもいます」

本編ほんぺん中ちゅう、賢治けんじはトシが病やまいに倒たおれたことをきっかけに猛然もうぜんと書かき始はじめる。人生じんせいにおいて、大だいなり小しょうなり何なにかの契機けいき、引ひき金がねとなるような出来事できごとに出でくわすというのは、どんな人ひとでも思おもい当あたる節ふしがあるはずだ。成島なりしま監督かんとくと役所やくしょの映画えいが人生じんせいにおける、重大じゅうだいな“きっかけ”がどのようなものであったか聞きいてみた。

成島なりしま「思おもい出深でぶかいのは、ぴあフィルムフェスティバルで監督かんとくした8ミリ映画えいが『みどり女じょ』を応募おうぼしたら入選にゅうせんして、当時とうじ憧あこがれだった大島おおしま渚なぎささんと長谷川はせがわ和彦かずひこさんという両りょう監督かんとくが僕ぼくの作品さくひんを推おしてくれたんです。そのあとの打うち上あげで『おまえはどうしたいんだ？』と。映画えいが監督かんとくになりたいけど、専せん門もんに勉強べんきょうしたわけでもないし、趣味しゅみで撮とった8ミリなんで……といった具合ぐあいにモゴモゴしていたら、『映画えいが監督かんとくになれるよ君きみは！』と大島おおしまさんにズバッと言いわれて。

『なあ、ゴジ（長谷川はせがわ監督かんとくのニックネーム）！』『おうおう、俺おれんとこに来きて、ちょっとカチンコ打ぶてば、すぐに監督かんとくになれるよ』って。それで、『本当ほんとうですか？』って聞きいたら、『できるよ。なあ、大島おおしまさん』『おう』って（笑）。『そっか、俺おれ、監督かんとくになれるんだ』って。その夜よるのことはずっと覚おぼえています。

ふたりが恩人おんじんであることに間違まちがいないのですが、自分じぶんが同おなじような年齢ねんれいになってみて、『よくもまあ、無責任むせきにんなことを言いえるなあ』って（笑）。ただ、あれだけ堂々どうどうとい切いきられると、人ひとって信しんじちゃうんだなって勉強べんきょうになりましたね」

(C)2022「銀河ぎんが鉄道てつどうの父ちち」製作せいさく委員いいん会かい

役所やくしょ「『Shall we ダンス？』と『眠ねむる男おとこ』と『シャブ極道ごくどう』をやった年とし（3作品さくひんとも1996年ねん公開こうかい）があるんです。その時ときはご褒美ほうびにいっぱい賞しょうをいただいたんですが、順番じゅんばんとしては『眠ねむる男おとこ』から撮影さつえいが始はじまったんです。

それまでは、テレビでも演劇えんげきでも『テンポをあげてスピード、スピード！』みたいなことを言いわれていたなかで、2ページくらいのシーンの本読ほんよみをやったときに、『本番ほんばんではこれを3倍ばいか4倍ばいにまで時間じかんを伸のばしてくれ』って言いわれたんです。そうすると、結構けっこう難むずかしいんですよね。しゃべらずに延のびるだけで、なんだか気持きもち悪わるくて。

ただ、やっていくうちに次つぎのセリフへいくまでに物語ものがたりを自分じぶんで作つくって、次つぎの台詞せりふに向むけて準備じゅんびをしなければいけないんだなってことが分わかってきた。初はじめての体験たいけんでした。間あいだをいくらでも取とっていい、と言いってくれる監督かんとくは当時とうじほとんどいませんでしたから。

間あいだを取とるというか、早はやくしゃべらなければという恐怖きょうふ感かんがなくなった状態じょうたいで『Shall we ダンス？』の撮影さつえいに入はいったんです。小栗おぐり康平やすひら監督かんとくの『眠ねむる男おとこ』に行いかなければ、『Shall we ダンス？』でやったような芝居しばいにはならなかったかもしれませんね。

真面目まじめな2作品さくひんの後のちに『シャブ極道ごくどう』の撮影さつえいだったので、開放かいほう感かんがありましたね。あの年としに『映画えいがって面白おもしろいなあ』って強つよく感かんじたことで、これからは映画えいがを中心ちゅうしんに仕事しごとをしていきたいなと思おもったんです」

今こん作さっからは、宮沢みやざわ賢治けんじを取とり巻まく家族かぞくのあいだに、こんなにも人間味にんげんみ溢あふれるエピソードがあったのかという驚おどろきとともに、家族かぞくを信しんじ、とことん愛あいすることのかけがえのなさがちりばめられている。役所やくしょ扮ふんする政次郎まさじろうの「ありがとがんす」という一言ひとことが、とびきりの優やさしさをもって観みる者ものの心しんを包つつみ込こんでくれることだろう。