映画えいがを自分じぶんごととして〈わかる〉〈おもしろい〉ってどういうことだろう？　と考かんがえた「異人いじんたち」「異人いじんたちとの夏なつ」「94歳さいのゲイ」【二村にむらヒトシコラム】

僕ぼくにとって、ある映画えいがが「おもしろかった」というのは「その映画えいがで描えがかれてる人物じんぶつの感情かんじょうと、同おなじ感情かんじょうを僕ぼくも味あじわったことがある」というのとほぼ同おなじ意味いみでした。

公開こうかい中ちゅうのイギリス映画えいが「異人いじんたち」（2023）は、テレビドラマ「ふぞろいの林檎りんごたち」や「岸辺きしべのアルバム」で名高なだかい脚本きゃくほん家か・山田やまだ太一たいちが1987年ねんに発表はっぴょうした小説しょうせつ『異人いじんたちとの夏なつ』が原作げんさくです。発表はっぴょうされてすぐ大林おおばやし宣彦のぶひこ監督かんとくによって映画えいが化かされています。

「異人いじんたち」は舞台ぶたいをイギリスに移うつしただけの海外かいがいリメイク版ばんではなく、アンドリュー・ヘイ監督かんとくの脚色きゃくしょくで変更へんこうされた点てんがあります。どちらも主人公しゅじんこうは、さみしさで煮につめられたような中年ちゅうねん男性だんせいですが、原作げんさくでは妻つまと離婚りこんしたばかりの性的せいてきにはストレートな男おとこです。日本にっぽん映画えいが「異人いじんたちとの夏なつ」では風間かざま杜夫もりおが演えんじます。

それが「異人いじんたち」では、パートナーがいないゲイ男性だんせいという設定せっていになりました。実生活じっせいかつでゲイであることをカミングアウトしてるアンドリュー・スコットが演えんじます。冒頭ぼうとうの、美うつくしいけれど奇妙きみょうな夜景やけい。マンションだけではなく世界中せかいじゅうが、夜よるになると生いきている者ものは誰だれ一人ひとりいなくなるよう。それは後半こうはん、主人公しゅじんこうの少年しょうねん時代じだいには知しらない人ひととつながれるインターネットはまだなく、ただ子こどもたちは皆みなそれぞれテレビのニュースで〈核かく戦争せんそうで人類じんるいが滅ほろびる未来みらい〉におびえていた記憶きおくにつながる。

あれ？　このへん「異人いじんたちとの夏なつ」では、どうだったっけ？　風間かざま杜夫もりおも一人ひとりで仕事しごとをしているマンションに真夜中まよなかになると生いきてる者ものは誰だれもいなくなるのは同おなじだったけど、たしか永島ながしま敏行としゆきから電話でんわがかかってきて仕事しごとの話はなしとかして、外そとにご飯はんを食たべに行いってたような…。

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

「異人いじんたちとの夏なつ」を僕ぼくは30年ねんくらい前まえに一いち回かい観みたきりでした。そのときは「なんだか変へんな映画えいがだな」という感想かんそうだったことを覚おぼえてます（89年ねんの日本にっぽんアカデミー賞しょう受賞じゅしょう作さくなんですけど）。

恐おそろしい話はなしなのに、むしろわざとヘンテコに見みせる映画えいがといえば同おなじ大林おおばやし宣彦のぶひこ監督かんとくの商業しょうぎょうデビュー作さく「HOUSE　ハウス」がそうですが、僕ぼくは「HOUSE」は大好だいすきなんです。ヘンテコさがじんわり怖こわいし、恐おそろしさとヘンテコさがそのまま叙情じょじょうにもなっていた。「異人いじんたちとの夏なつ」の変へんさは「HOUSE」のそれと比くらべると、ぜんぜん怖こわくなかった。怖こわがらせることに失敗しっぱいしていたような記憶きおくが。

ということばかり覚おぼえていて、かんじんの片岡かたおか鶴太郎つるたろうの演技えんぎとかをあまり覚おぼえてなかったんですね。でも、すごい気きになったので「異人いじんたち」を観みて家いえに帰かえって、すぐに配信はいしんで「異人いじんたちとの夏なつ」を観みたんです。

「異人いじんたち」の話はなしの流ながれは「異人いじんたちとの夏なつ」に途中とちゅうまで忠実ちゅうじつでした。風間かざま杜夫もりおが演えんじる原田はらだもアンドリュー・スコット演えんじるアダムも孤独こどくこじらせおじさんなので、せっかく性的せいてきに親密しんみつになってくれそうな若わかい人ひと（名取なとり裕子ゆうこが演えんじる桂かつら、ポール・メスカル演えんじるハリー）を、自分じぶんの孤独こどくな部屋へやに最初さいしょは迎むかえ入いれません。まあ桂かつらもハリーも、いささかヤバげな人ひとだからなのですが。

その後ご、原田はらだもアダムも自分じぶんが生うまれ育そだった街まちで、早はやくに死しんでしまった両親りょうしん（大林おおばやし版ばんでは片岡かたおか鶴太郎つるたろうと秋吉あきよし久美子くみこ、ヘイ版ばんではジェイミー・ベルとクレア・フォイ）と出会であいます。亡なくなったころそのまま、いまの主人公しゅじんこうより若わかくイキイキしている両親りょうしん。最初さいしょは「自分じぶんたちがもう死しんでいることに気きづいてないタイプの幽霊ゆうれいなのかな」と思おもいましたが、どうもそうではない。死者ししゃである、つまり息子むすこにとっての異人いじんであることのさみしい自覚じかくはある。

もう死しんだ人ひとと会あう夢ゆめって、そうですよねえ。時間じかん感覚かんかくもそうです。タイムスリップしたわけではなく、死しんだ両親りょうしんがそのまま現代げんだいに生いきている。彼岸ひがんと此岸が溶とけている感かんじ。両親りょうしんは息子むすこだけが歳としをとったことを不思議ふしぎがらず、彼かれが育そだった家いえに迎むかえ入いれます。あちらとこちらを行おこなったり来きたりするうち、主人公しゅじんこうの孤独こどく（状況じょうきょうとしての孤独こどくではなく、他者たしゃをすなおに受うけ入いれることがむずかしいという彼かれの心しんの性質せいしつ）は癒いやされ、やがて彼かれはこちらの世界せかいで、あの若わかい人ひと（ハリーや桂かつら）とも親密しんみつになっていきます。それが2本ほんの映画えいがに共通きょうつうの流ながれです。

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

「異人いじんたち」を観みた直後ちょくごに「異人いじんたちとの夏なつ」を観みた僕ぼくは、30年ねん前まえとはちがう、自分じぶんでもびっくりする、ある感想かんそうを持もちました。このコラムでは3つのことを述のべようと思おもうのですが、1つめがその感想かんそうです。

「異人いじんたち」を観みた感動かんどうが残のこってるそのままの意識いしきで「異人いじんたちとの夏なつ」を観みたら、いや片岡かたおか鶴太郎つるたろうめっちゃエロいな、色気いろけありすぎだろと思おもったんです。原田はらだがまだ子こどもだったころに死しんだ父ちちですから、若わかいお父とうさんです。下町したまちの寿司すし職人しょくにんで清潔せいけつ感かんがある幽霊ゆうれい。いなせで気きッ風ふう（きっぷ）のいい完成かんせいした江戸えどっ子こなのではなく、いなせで気きッ風ふうのいい江戸えどっ子こになろうとイキがっているうちに死しんでしまった若わかパパ。プライドがたかく意地いじっぱりで、同おなじ店てんで長続ながつづきしない愚おろかな男おとこ。その愚おろかさがセクシーです。自分じぶんが男おとこから見みてセクシーであることに気きづいていない男おとこ、まったくもってノンケな既婚きこん者しゃです。

そしてお母かあさんの幽霊ゆうれいは秋吉あきよし久美子くみこですから、こちらも色いろっぽい。男おとこに媚こびる色気いろけじゃなく、はすっぱな少女しょうじょのような色気いろけ。ところが父とうさんから溢あふれる色気いろけをジィッと見みつめている原田はらだは、いまの自分じぶんより若わかい母かあさんの色気いろけからは目めをそらします。近親きんしん相姦そうかんタブーを感かんじたからでしょうか。そんな恥はずかしがっている中年ちゅうねんの原田はらだを、お母かあさんの幽霊ゆうれいは子こどもあつかいして距離きょりをつめてくるんです（このへん日本にっぽんの母ははとイギリスの母ははのちがいなのかもしれないですが、アダムの母はははアダムにこんなにベタベタしません。「異人いじんたち」には後述こうじゅつする別べつの重要じゅうようなドラマがあるからというのもあるんですが）。母かあさんのスキンシップに、原田はらだはまるでおびえているようです。

きわめつけが「異人いじんたち」ではばっさりカットされた、永島ながしま敏行としゆきが演えんじる間宮まみやというキャラクターです（原作げんさくの小説しょうせつにはちゃんと出でてきます）。この男おとこもゲイではないんですが、原田はらだに友情ゆうじょうではなく、恋こいとしか言いいようがない情じょうを抱だいてるんですよ。僕ぼくの深ふか読よみではなく、はっきりそう描えがかれていたと感かんじます。そしてクライマックスからエンディングで重要じゅうような役割やくわりをつとめます。

そういう視点してんで観みると「異人いじんたちとの夏なつ」の欠点けってんだと昔むかしの僕ぼくが感かんじた、怖こわがらせるべきシーンがなぜ怖こわくないのか、なぜ中途半端ちゅうとはんぱだったのかも、わかるような気きがします。原田はらだはノンケなのに、女性じょせいからしっかり愛あいされることが怖こわいんです（そういうノンケ男性だんせいはたくさんいると思おもいます）。離婚りこんしたのも、奥おくさんが愛想あいそをつかして出でていったのではなく原田はらだが奥おくさんに適切てきせつに甘あまえることができなかったからなのでしょう。

ほんとならホラーっぽいシーンでは、原田はらだの〈女おんなというものに呑のみ込こまれるのが怖こわい〉という根源こんげん的てきな恐怖きょうふと、そういう原田はらだに向むけての〈女おんな〉の怒いかりと呪のろいを表現ひょうげんしなければいけなかった。そうすればもっと怖こわくなったはずで、でも大林おおばやし宣彦のぶひこ監督かんとくは、そこには踏ふみ込こめなかった。原田はらだ自身じしんが（そして原田はらだを自分じぶんの分身ぶんしんとして創作そうさくした原作げんさく者しゃの山田やまだ太一たいちが）そのことに最後さいごまで無自覚むじかくだったからではないでしょうか。大だい巨匠きょしょう2人にんをつかまえてすごいこと言いってますが、僕ぼくは以前いぜんこの連載れんさいで書かいた「太陽たいようがいっぱい」の主人公しゅじんこうからゲイ要素ようそがキャンセルされてしまっていたことも思おもい出だしました。時代じだいのせいなのかもしれません。

じつは映画えいが「異人いじんたちとの夏なつ」は、監督かんとくにも原作げんさく者しゃにもそんなつもりはなかったかもしれないけれど、心しんの底そこにゲイ指向しこうがあることを心しんの表面ひょうめんでは意識いしきできずにいる、あるいは、うすうす自覚じかくしているのにかたくなに認みとめないでいる男おとこの話はなしだった。そう考かんがえると片岡かたおか鶴太郎つるたろうの唐突とうとつな色気いろけや永島ながしま敏行としゆきの存在そんざい（どちらも「異人いじんたち」ではカットされた要素ようそ）が不自然ふしぜんなものではなくなる。

「異人いじんたち」を観みてから「異人いじんたちとの夏なつ」を再さい見みしてその差分さぶんを考かんがえたことで、なんと、僕ぼくにとって「異人いじんたちとの夏なつ」は変へんな映画えいがじゃなくなってしまいました。それどころか味あじわい深ぶかい、おもしろい映画えいがになったのです。原田はらだの感情かんじょうが自分じぶんごととして〈わかった〉からです。

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

今回こんかい書かきたい2つめのことは、もちろん「異人いじんたち」のことです。

さっきちょっと触ふれた、逆ぎゃくに「異人いじんたちとの夏なつ」にはなくて「異人いじんたち」で新あらたに書かき加くわえられ、その中心ちゅうしんに据すえられた重要じゅうようなドラマ。それは自分じぶんがゲイであることをしっかり自覚じかくしているアダムの、両親りょうしんへのカミングアウトです。原田はらだはしなくてもよかったことを、アダムという人ひとは少年しょうねん時代じだいの積つみ残のこしとして、どうしてもしたい。

アダムは勇気ゆうきをふるって、それをします。ところが母かあさんも父とうさんも昭和しょうわの人ひとですから、いやイギリスの父とうさん母かあさんですから昭和しょうわの人ひとじゃないんですがニュアンスはわかってください、両親りょうしんの幽霊ゆうれいはアダムを心しんから愛あいしてはいるけれど彼かれのアイデンティティの最もっとも大切たいせつな部分ぶぶんを、うまく受うけ入いれることができない。お母かあさんもお父とうさんも正直しょうじきすぎるのです。これは子こどもにとってつらすぎます。

もう会あえないと思おもっていた死しんだ両親りょうしんの幽霊ゆうれいと再会さいかいする物語ものがたりを翻案ほんあんすることになったとき、このテーマをぶち込こむしかないと決きめたアンドリュー・ヘイ、すごい監督かんとくだと思おもいます。観みていて僕ぼくは胸むねを掻かきむしられるような思おもいがしました。ただ、それと同時どうじに「異人いじんたち」は僕ぼくが〈おもしろい〉と感かんじてもいい映画えいがなのかな、僕ぼくにその資格しかくはあるのかなと、ひっかかったんです。

性的せいてきマイノリティと呼よばれる人ひとを主人公しゅじんこうにした映画えいがを観みて、僕ぼくは、おもしろいと思おもうことが多おおいです。この連載れんさいで過去かこに紹介しょうかいした「大おおいなる自由じゆう」や「キャロル」や「リプリー」や「苦にがい涙なみだ」や「卍まんじ」は、主人公しゅじんこうの性別せいべつやセクシュアリティや嗜好しこうや性格せいかくややってることが僕ぼくとちがっていても、僕ぼくは、主しゅたる登場とうじょう人物じんぶつの感情かんじょうや行動こうどうのどこかに、自分じぶんごととして思おもい当あたるところがあると感かんじられた。だから（もちろん、どれも映画えいがとしてすばらしかったからでもありますけど）どれも、おもしろがれた。おもしろがると同時どうじに〈マイノリティであること〉についても僕ぼくなりに思おもいを馳はせることができました。

写真しゃしん：Album/アフロ

「ブロークバック・マウンテン」も「怪物かいぶつ」もそうでした。「ブロークバック・マウンテン」は観みると僕ぼくは毎回まいかいかならず泣なきます。それらの映画えいがはもしかしたら、同性愛どうせいあい者しゃ自認じにんやマイノリティ自認じにんがない観客かんきゃくでも感情かんじょう移入いにゅうできるように調整ちょうせいして監督かんとくが撮とってくれたのかもしれません。あるいは、それらはある意味いみ〈派手はでな〉映画えいがだからなのかもしれません。

ところが映画えいがによっては「わかる」「おもしろかった」って感想かんそうを言いうと怒おこられちゃいそうだという気きがする映画えいががあるんです。これは具体ぐたい的てきに誰だれかから怒おこられるって話はなしではなく、勝手かってに自分じぶんの中なかに〈怒おこってる人ひと〉を僕ぼくが作つくっちゃってるんですが、その人ひとは僕ぼくの心しんの中なかで僕ぼくに向むかって「お前まえに、この主人公しゅじんこうの何なにがわかるっていうんだ」って怒おこってる。登場とうじょう人物じんぶつたちが「これはあなたの物語ものがたりじゃないんです。われわれの物語ものがたりなんです」って小ちいさい声こえで言いっているような気きもする。

「ムーンライト」がそうでした。すばらしい映画えいがでした。「月つきの光ひかりの下したで黒人こくじんの子こどもの肌はだが青あおく光ひかるんだ」というセリフは、観みてから何なん年ねんかたつんですが、ずっと心しんに残のこっています。けれど自分じぶんごととして「わかる」とは言いえなかった。だから「おもしろかった」とは言いえなかったのです。

そして「異人いじんたち」も、そっちのタイプの映画えいがのような気きがしたのでした。アダムの痛いたみは、僕ぼくが感かんじたことがあるどんな痛いたみともきっとちがっていると思おもえるからかな。同おなじヘイ監督かんとくの「WEEKEND ウィークエンド」は、主人公しゅじんこうじゃないほうのゲイの男おとこがやってることが〈わかる〉と感かんじられたのもあって、おもしろがれたんです。シリアスで地味じみな映画えいがなんですけど「ウィークエンド」は、おもしろいと思おもっても僕ぼくの中なかの人ひとは怒おこらない。「ウィークエンド」のほうが「異人いじんたち」よりも男おとこと男おとこのセックスシーンが濃厚のうこうだったからかな。

もしかしたら僕ぼくが「わかる」「おもしろかった」と言いえるような性的せいてきマイノリティを主人公しゅじんこうにした映画えいがには、傷きずついてしまう当事とうじ者しゃがいるのかもしれない。僕ぼくがおもしろがれてしまう性的せいてきマイノリティ映画えいがにはノンケでもその気きになれる、感情かんじょう移入いにゅうしやすさという暴力ぼうりょく性せいが含ふくまれてるのかもしれない。

すなおに「わかった」「おもしろかった」と言いってはいけないような気きがしてしまう「ムーンライト」や「異人いじんたち」のような映画えいがは、傷きずつく当事とうじ者しゃが少すこしでも出でないよう、そういう一種いっしゅの暴力ぼうりょく性せいを、ていねいに取とりのぞいて作つくられているのかもしれない。（また別べつの種類しゅるいの暴力ぼうりょく性せいは、ふくまれている可能かのう性せいはあります）

(C)MBS/TBS

ある映画えいがを自分じぶんごととして〈わかる〉〈おもしろい〉ってどういうことなんだろう？　もしかしたら、おもしろがること自体じたいが暴力ぼうりょくなんだろうか。「異人いじんたち」を観みた後のちそんなことを考かんがえていたんですが、あまり日びを置おかずにたまたま別べつの映画えいがを観みる機会きかいがあって、また少すこし考かんがえが変かわりました。今回こんかい書かきたい3つめは、その映画えいがのことです。

「94歳さいのゲイ」はドキュメンタリー映画えいがです。大阪おおさかに住すむ1929年ねん生うまれの長谷ながたにさんと、その周囲しゅういの人ひとたちの日常にちじょうをカメラは切きり取とっていきます。

登場とうじょう人物じんぶつは全員ぜんいん、実在じつざいしています。監督かんとくが創作そうさくしたキャラクターではありませんから起おきる出来事できごとも何なにかのメタファーではありません。その個人こじんの固有こゆうの出来事できごとです。僕ぼくの体験たいけんになぞらえて〈わかる〉なんて言いえないはずです。ところが、この映画えいがを僕ぼくはとても〈おもしろい〉と感かんじちゃったんです。なんの罪悪ざいあく感かんもなく。

それは、たぶん「94歳さいのゲイ」が〈友ともだちができること〉を描えがいた映画えいがだったからです。

長谷ながたにさんは94歳さいの現在げんざいまで一いち度ども恋愛れんあいもセックスもしたことがない同性愛どうせいあい者しゃです。この映画えいがには、そんな長谷ながたにさんと〈友ともだちになっちゃった〉としか言いいようのない関係かんけいをむすぶ人ひとたちが出でてきます。ある期間きかんにわたって撮とられたドキュメンタリーですから、彼かれらはカメラの前まえで、ゆっくり友ともだちになっていく。

そしてこれは長谷ながたにさんの人柄ひとがらによるところが大おおきいのですが、映画えいがの中なかの出来事できごとの副産物ふくさんぶつとして、映画えいがを観みている僕ぼくも長谷ながたにさんの友ともだちになれたような気きがしたのです。

僕ぼくは自分じぶんの友ともだちの気持きもちがわかるわけではありません。友ともだちだからといって「わかるよ！」などと言いうのは暴力ぼうりょくだと思おもうのです。長谷ながたにさんの人生じんせいの長ながい長ながい時間じかんのことは僕ぼくには絶対ぜったいにわかりません。でも、わからないまま友ともだちのことを「おもしろい人ひとだなあ」と思おもってしまうことはある。ていうか、おもしろいと思おもえない人ひととは友ともだちになりにくい。

「94歳さいのゲイ」を観みて、長谷ながたにさんだけでなくどの登場とうじょう人物じんぶつのことも〈わかる〉とは畏おそれ多おおくてとても言いえないですが、うかつな感情かんじょう移入いにゅうはしないまま長谷ながたにさんたちのことを〈おもしろい〉と思おもえた。そういう映画えいがの鑑賞かんしょうの仕方しかたがあることを体験たいけんしました。とてもいい経験けいけんで、とてもいい映画えいがでした。

ぜひ「異人いじんたち」をご覧らんになったかたは「異人いじんたちとの夏なつ」も、それから「94歳さいのゲイ」も観みてみてください。

(C)MBS/TBS