少年しょうねん時代じだいに強烈きょうれつな印象いんしょうを受うけた真まっ赤かなマツダ・ファミリアクーペとの日々ひび

2024.02.28 07:00

マツダ・ファミリアクーペ

今いまから50年ねん以上いじょうも前まえのお話はなし。中学校ちゅうがっこうの陸上りくじょう競技きょうぎ大会たいかいに出場しゅつじょうするために、電車でんしゃに乗のって地元じもとの大村おおむら市しから長崎ながさき市内しないの競技きょうぎ会場かいじょうへと向むかっていた中尾なかおさん。窓まど越ごしに流ながれる景色けしきをぼんやり見みていた時ときに、ふと目めに止とまった赤あかいクルマがあった。これがファミリアクーペとの初はじめての出会であいだった。

｢なんて綺麗きれいなカタチなんだろうと、強烈きょうれつな印象いんしょうを受うけたのを今いまでもはっきり覚おぼえています。それがファミリアクーペだと知しったのは、しばらくしてからでした。父親ちちおやの影響えいきょうもあって、クルマやオートバイが好すきになったのは高校生こうこうせいくらいからですね。昭和しょうわ40年代ねんだい初頭しょとうの大村おおむら界隈かいわいは、自家用車じかようしゃを持もっている家いえはまだ珍めずらしかったんですが、家いえにはダイハツのフェローSSやホンダの125ccオートバイなどがあって、子供こどもの頃ころはよく乗のせてもらいました」

自動車じどうしゃ免許めんきょを取得しゅとく後ごは、中古ちゅうこの日産にっさんサニー1000を購入こうにゅう。このクルマは大学だいがくの通学つうがくから、大分おおいた県けんに住すんでいた彼女かのじょ(のちの奥様おくさま)に会あいに行いくための交通こうつう手段しゅだんとしても大だい活躍かつやくしたという。当時とうじは現在げんざいのように九州きゅうしゅう各所かくしょへの高速こうそく道路どうろは整備せいびされておらず、大村おおむらから大分おおいたまでは相当そうとうな時間じかんを要ようしたはずだが、それでも学校がっこうを卒業そつぎょうして就職しゅうしょくした後のちも遠距離えんきょり交際こうさいの期間きかんは長ながく続つづいたそうだ。
そんな努力どりょくの末すえ、めでたく結婚けっこんの話はなしがまとまりかけた頃ころのこと。いつもどおり奥様おくさまを助手じょしゅ席せきに乗のせて大分おおいた市内しないをサニーで走はしっていると、とある中古ちゅうこ車しゃ店てんの店先みせさきにポツンと置おかれたファミリアクーペを発見はっけんした。

｢スポーツカー専門せんもん店てんとかではなく、ごく普通ふつうのクルマ屋やさんでした。驚おどろいたのと同時どうじに、これを逃のがすともうファミリアクーペとは出会であえないような気きがして、その場ばでお店みせの方ほうと掛かけ合あって、購入こうにゅうの話はなしを付つけました。今いま考かんがえるとお金かねの算段さんだんがあった訳わけでもないのに、よく即決そっけつできたと思おもいます(笑)かっこわらい｣

ファミリアクーペの魅力みりょくは、独特どくとくのスタイルとクーペ専用せんようのエンジンだと語かたる中尾なかおさん。
4ドアのファミリアセダンがOHV・800ccであったのに対たいし、クーペはマツダ初はつとなるオーバーヘッドカム方式ほうしきを採用さいようしたツインキャブのPA型がたOHC・1000ccを搭載とうさい。最高さいこう出力しゅつりょくはセダンを26馬力ばりきも上回うわまわる68馬力ばりきを発揮はっきするというものだった。この日ひ、取材しゅざい会場かいじょうに持参じさん頂いただいたカタログには『最高さいこう時速じそく 145キロ 0→400メートル 18.9秒びょう』という性能せいのうデータが誇ほこらしげに表記ひょうきされていた。

そんなファミリアクーペには当時とうじのクルマならではの装備そうびが。フロントのナンバープレート後方こうほうに設もうけられた穴あなに『クランク棒ぼう』を差さし込こんで回まわすことで、バッテリーが上あがった時ときなどに、手動しゅどうでエンジンがかけられるのだ。今いままで使用しようした経験けいけんは無ないが、理屈りくつ上じょうでは始動しどうは可能かのうだろうとのこと。

ちなみに、奥様おくさまもクルマ好すきで、そもそも当時とうじはオートマチック車しゃの方ほうが珍めずらしかったこともあり、マニュアルシフトの操作そうさもお手てのモノ。中尾なかおさんの自宅じたくにはクルマ2台だいを置おくスペースが無なかったため、ファミリアクーペは購入こうにゅう後ごしばらく奥様おくさまの実家じっかで預あずかってもらい、結婚式けっこんしきの前日ぜんじつに大分おおいたから長崎ながさきまで自みずから運転うんてんして来きたという。

それから5年ねんほどの間あいだ、日産にっさんチェリークーペや三菱みつびしランサーセレステ、日産にっさんスカイラインRSターボなど、メインカーは定期ていき的てきに入いれ替かえられていたという中尾なかお家か。しかし、その傍はたでファミリアクーペはセカンドカーとして趣味しゅみの時間じかんを楽たのしませてくれていたそうだ。
しかし、子供こどもの誕生たんじょうや東京とうきょうへの転勤てんきんが決きまるなど、生活せいかつ環境かんきょうの変化へんかに伴ともなって次第しだいに乗のる機会きかいが減少げんしょう。東京とうきょうから定期ていき的てきに様子見ようすみで帰郷ききょうする訳わけにもいかず、当面とうめんの間あいだ、車検しゃけんを切きって実家じっかの納屋なやで“冬眠とうみん保管ほかん”することを決断けつだんした。

｢売却ばいきゃくですか? それはまったく考かんがえなかったです。お気きに入いりのクルマですし、いつか仕事しごとを引退いんたいした時とき、絶対ぜったいにまた乗のろうと決きめていましたから。この点てんについては家内かないも何なにも言いいませんでした｣
そこからは熊本くまもと、東京とうきょう、鹿児島かごしま、福岡ふくおか、奄美あまみ大島おおしま、再ふたたび鹿児島かごしまと転勤てんきんに次つぐ転勤てんきんが繰くり返かえされるなど、文字通もじどおり多忙たぼうを極きわめる日々ひびに。三さん人にんの子供こどもたちがそれぞれ独ひとり歩あるきを始はじめ、勤務きんむ地ちが地元じもと長崎ながさき・大村おおむらへと回帰かいきするまで、気きが付つけば30年ねん以上いじょうの時間じかんが過すぎ去さっていた。

ようやく故郷こきょうに腰こしが落おち着つき、ファミリアクーペを冬眠とうみんから目覚めざめさせること思おもい立たった中尾なかおさん。しかし屋内おくないでの保管ほかんだったとはいえ、30年ねんもの間あいだ不動ふどう状態じょうたいであったためエンジンは内部ないぶが完全かんぜんに固着こちゃく。車軸しゃじく部分ぶぶんも錆さびつき、移動いどうすら困難こんなんな状態じょうたいに。いつの日ひか復活ふっかつをと、ネットオークションで少すこしずつ部品ぶひんを揃そろえ始はじめていたものの、劣化れっかの程度ていどはとても素人しろうとの手てに負おえるものでは無なかった。そんな時とき、以前いぜん国道こくどう沿ぞいで見みかけた整備せいび工場こうじょうの存在そんざいを思おもい出だす。
｢お店みせの前まえを通とおると、いつも旧ふるいクルマが止とまっていました。あそこだったら話はなしを聞きいてもらえるかもと思おもい、飛とび込こみで訪たずねて写真しゃしんを見みせながら現状げんじょうを説明せつめいしたところ、“これくらいなら、なんとかなるでしょう”と、心強こころづよい言葉ことばをもらいました。そして数日すうじつ後ごには納屋なやまで積載せきさい車しゃで引ひき取とりに来きてくれました。その言葉ことばの通とおり、レストア作業さぎょうに預あづけてから9カ月かげつ間あいだほどで、見事みごとな状態じょうたいへと仕上しあげて下くださいました｣

当初とうしょホワイトだった車体しゃたいは塗料とりょうをすべて剥離はくりした上うえで、中学生ちゅうがくせいの頃ころに衝撃しょうげきを受うけたクルマそのものの純正じゅんせいレッド(メーカーでの呼称こしょうはトロピカルレッド)へと全ぜん塗装とそう。内装ないそうに関かんしては40年ねんほど前まえの購入こうにゅう時じのままだが、大おおきな問題もんだいはなかった。

また、自慢じまんのOHCエンジンも入念にゅうねんな整備せいびが行おこなわれ、近県きんけんで開催かいさいされる旧きゅう車くるまイベントに参加さんかする際さいの高速こうそく巡航じゅんこう走行そうこうも余裕よゆうでこなした。雨天うてん時じの走行そうこうは極力きょくりょく避さけているために、毎日まいにち乗のることは困難こんなんだが、コンディション管理かんりのため週しゅうに一いち度どは通勤つうきんに使用しようしているという。

｢いたって普通ふつうに乗のれますよ。クルマは定期ていき的てきに動うごかすのが一番いちばんですね。レストア後ごはオーディオも取とり付つけてベンチャーズやサンタナを聴ききながら、のんびり走はしらせています。街まちを走はしっていると“コレはなんていうクルマですか?”と声こえを掛かけられるんです。リヤには“Coupe”としか書かいてないですから。よくよく考かんがえると、セダンとクーペで搭載とうさいするエンジンまで変かえるなんて、ほんと贅沢ぜいたくなクルマですよね｣

｢今いまの悩なやみといえば、補修ほしゅう用ようの部品ぶひん探さがしとその値段ねだんの高たかさですね。納屋なやにもう一いち台だい、部品ぶひん取とり用ようのクーペを保有ほゆうしていますが、それでもカバーできないような、細々こまごましたパーツの入手にゅうしゅには苦労くろうしています。いつの日ひか、エンジンをオーバーホールするためにと、ネットオークションで見みつけた純正じゅんせいのヘッドガスケットは4万まん5000円えんもしたんですよ!｣

そんな苦労くろうも、少年しょうねんの頃ころに心しんを奪うばわれた流麗りゅうれいなスタイルを前まえにすると許ゆるせてしまうという中尾なかおさん。
ファミリアクーペの他ほかにも、ホンダN360、趣味しゅみの釣つり用ようのダイハツ・アトレー、そして平成へいせい3年ねんに登場とうじょうした日産にっさんフィガロは販売はんばい方式ほうしきが抽選ちゅうせんということもあって軽かるい気持きもちで申もうし込こんだら当選とうせんしてしまい購入こうにゅうしたという代物しろものだ。それらに加くわえ、ホンダのCB750Fボルドールやモンキーも所有しょゆうしているという。

クルマとバイクに囲かこまれた羨うらやましすぎる生活せいかつを満喫まんきつ中ちゅうで、現在げんざい、楽たのしみにしているのが、再さいメッキ加工かこうから仕上しあがってきたバンパーの交換こうかんだという中尾なかおさん。
その人生じんせいのパートナーとして、本当ほんとうに大切たいせつに付つき合あっているファミリアクーペは、今後こんごも月日つきひが経たつほどに手てをかけて磨みがき上あげられ、より一層いっそうの輝かがやきを放はなってくれることだろう。