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ChatGPTの発話の背後に人間はいるのか? 川添愛×川原繁人×三木那由他(川添 愛,川原 繁人,三木 那由他) | 群像 | 講談社
2024.05.22
# 言語げんごがく # 鼎談ていだん # 哲学てつがく思想しそう

ChatGPTの発話はつわ背後はいご人間にんげんはいるのか? 川添かわぞえあい×川原かわはら繁人しげと×三木みき那由なゆほか

「ことば」と「哲学てつがく」と研究けんきゅうをめぐる鼎談ていだん前編ぜんぺん
言語げんご学者がくしゃとして、作家さっかとして活躍かつやくする川添かわぞえあいさん。音声おんせいがく音韻おんいんろん専門せんもん知識ちしきをいかしてジャンルをえた活動かつどうつづける川原かわはら繁人しげとさん。言語げんご哲学てつがく知見ちけんをテーマとしたエッセイが支持しじあつめる三木みき那由なゆさん。それぞれの立場たちばから「ことば」をめぐってだい一線いっせん活動かつどうつづけている3にん鼎談ていだんイベントが、先日せんじつ、ブックファースト新宿しんじゅくてんおこなわれました。その内容ないようさい編集へんしゅうして2かいにわたっておとどけします。前編ぜんぺんでは、いま関心かんしんあつめるChatGPTについての議論ぎろんも…。

研究けんきゅう社会しゃかいにつなげるということ

川原かわはら この鼎談ていだんのきっかけについておはなしいたしますと、言語げんごがくてきラップの世界せかい発売はつばいになって担当たんとう編集へんしゅうしゃ書店しょてんをまわっていたときに、三木みき那由なゆさんの言葉ことば風景ふうけい哲学てつがくのレンズ』ってはじめたら面白おもしろくてまらなくなってしまったんですね。そこで、著者ちょしゃ三木みきさんとはなしてみたい、せっかくなら、川添かわぞえあいさんもんじゃえということになり、おふたりにおこえがけして、実現じつげんいたりました。

川添かわぞえさんとわたし言語げんごがく三木みきさんは言語げんご哲学てつがく研究けんきゅうしていますけれども、自分じぶんがやっている研究けんきゅう学問がくもん世界せかいだけのはなしにせず、社会しゃかいにつなげることはできないか、というおもいを共有きょうゆうしているとかんじていますので、まずそのはなしからはじめたいとおもいます。川添かわぞえさんとわたしおな研究けんきゅうはたけにいますが、言語げんごがく知見ちけんなかにいかそうとするとき、「研究けんきゅうしゃからおこられるのでは……」というおそろしさがありませんか?

川添かわぞえ 学問がくもん世界せかい内部ないぶにいると、そと世界せかいでその分野ぶんや知見ちけん使つかうといった発想はっそうてきにくいようながします。論文ろんぶんいていたら、たった1ぎょうくだけでも、文献ぶんけん10ぐらいあたったりしなきゃいけないこともあるじゃないですか。研究けんきゅうしゃ目線めせんたら、「こんないい加減かげんなことはっちゃいけないんじゃないか」みたいに、かなり自己じこ規制きせいがかかりますよね。

川原かわはら その意味いみでは、川添かわぞえさんの新刊しんかんにもあいまいなことばの秘密ひみつんでいてすごいなとおもったのは、言語げんごがくてき現象げんしょう面白おもしろ紹介しょうかいしたり分析ぶんせきしたりするだけでなく、こうしたら実際じっさい問題もんだい解決かいけつできますよ、という具体ぐたいてき提案ていあんまでたどりついているところです。どう業者ぎょうしゃ目線めせんからすると、おおきないちしたな、という印象いんしょうです。

川添かわぞえ そこに着目ちゃくもくしていただいたのはうれしいです。ただ、かたにはつかいました。「言語げんご学者がくしゃすすめるメソッド」みたいないいかたをしない。そうなると一気いっきにうさんくさくなってしまうので。かたいま模索もさくしてるところです。

三木みき 川添かわぞえさんは『ふだん使づかいの言語げんごがくでも、日本語にほんご多義たぎせい曖昧あいまいせい説明せつめいをしながら、それをなくした文章ぶんしょうにするには、といったこともかれていますよね。自分じぶん文章ぶんしょう校正こうせいするときにかんがえていることが言語げんごされていて、興味深きょうみぶかかったです。

川添かわぞえ ありがとうございます。

川原かわはら 言語げんごがくは、ただしい日本語にほんご使つかかた研究けんきゅうする学問がくもんだと勘違かんちがいされがちなんですね。そうではなくて、あくまで観察かんさつ分析ぶんせき目的もくてきとするとする学問がくもんであって、日本語にほんご使つかかたはこうであるべしといった規範きはんてきなことはわないという信念しんねんがある。その信念しんねん実社会じっしゃかいへの応用おうようせい両立りょうりつさせるためには、けっこうなバランス感覚かんかく必要ひつようとされるのかなとはおもいますね。三木みきさんのエッセイをんでいると、「自分じぶんごと」として言語げんご哲学てつがくをやられているかんじがして、そこがすごく魅力みりょくてきだとおもいます。

三木みき ありがとうございます。わたしはそれまで論文ろんぶん学術がくじゅつしょしかいてこなかったところに、依頼いらいされてエッセイをはじめたんですね。たとえば哲学てつがくしゃげて面白おもしろいエピソードをくやりかたもあるとおもいますが、そういったことはくわしくないし、自分じぶんのことを言語げんごしたらこうなるかなとおもいながらいているかんじです。

川原かわはら 言葉ことば使つかったコミュニケーションの具体ぐたいれい分析ぶんせきしながら、仲間なかまへのエールもふくめて、こういうふうにかんがえられるよね、こういう見方みかたもあるよね、といったアプローチをなされていますよね。

三木みき そうですね。でも、最初さいしょはあまりそういったことは想定そうていしていなくて。いているうちに、自然しぜんにフェミニズムや性的せいてきマイノリティのはなしにもれるようになっていったかんじです。そうしたら、自分じぶん経験けいけんしたことが言語げんごされている、といった感想かんそうをくださるほうがちらほらいたんですね。それで、性的せいてきマイノリティのひとんでくれているのではと意識いしきするようになって、問題もんだい正解せいかいせないけれども、わたしなりに言葉ことばにしたらこういうふうなかんじになるというのがつたわったらいいなと、おもうようになりました。

ChatGPTの発話はつわはどういう行為こういなのか?

川原かわはら ChatGPTは、いま社会しゃかいからもっと関心かんしんあつめているテーマのひとつですよね。三木みきさんの言葉ことば展望てんぼうだいにこんな箇所かしょがあるのですが、まさにChatGPTと人間にんげんちがいをあらわしているようで重要じゅうよう視点してんだとかんじました。

会話かいわ場面ばめん参加さんかするのは言葉ことば情報じょうほうだけではなくあくまで人間にんげんなのであり、人間にんげんには、そのひと発言はつげんした内容ないよう言葉ことば内容ないようだけに還元かんげんできないような、いくつもの側面そくめんがある。会話かいわというのはたんなる情報じょうほう交換こうかんではなく人間にんげん交流こうりゅうなのだ。

このあたりを川添かわぞえさんに解説かいせつしていただけるとありがたいです。

川添かわぞえ そうですね。はなし前提ぜんていとしてすこ説明せつめいすると、ChatGPTの基盤きばんにあるのは「だい規模きぼ言語げんごモデル」というものです。そもそも言語げんごモデルとは、人間にんげんいた文章ぶんしょうなかで、ある単語たんごならびがどのくらいのかくりつてきやすいかという情報じょうほうったものです。言語げんごモデル自体じたいなんじゅうねんまえから、人間にんげん言葉ことばとして自然しぜん単語たんごれつ見極みきわめるために使つかわれてきました。

たとえば「にほんごきょういく」という音声おんせい機械きかいただしく認識にんしきできたとしても、それを文字もじ変換へんかんするときには、「日本語にほんご教育きょういく」なのか、「日本語にほんご今日きょうく」なのか、それとも単語たんごれつなのかを判断はんだんしなくてはなりませんよね。正解せいかいつけるには、人間にんげん文章ぶんしょうなかで「日本語にほんご教育きょういく」と「日本語にほんご今日きょうく」のどちらがよりこうかくりつあらわれるかがおおきながかりになります。

そういうかくりつ情報じょうほうったものが言語げんごモデルなのですが、それをだい規模きぼなニューラルネットワークにしたのがだい規模きぼ言語げんごモデルです。ChatGPTの基盤きばんとなっているモデルについては詳細しょうさい公表こうひょうされていませんが、それよりひとまえのGPT-3というモデルでは、英単語えいたんご5000おくワードぐらいの規模きぼ文章ぶんしょう使つかって、機械きかいに「こういう単語たんごれつのちに、どんな単語たんごるか」という問題もんだいかた学習がくしゅうさせています。それによって、人間にんげん文章ぶんしょうとしてより自然しぜん単語たんごれつせるようにしています。つまりChatGPTは、膨大ぼうだいなデータりょうをベースに、人間にんげんからあたえられた指示しじ質問しつもんへのこたえとしてふさわしい言葉ことばつむいでいるわけです。

川原かわはら その背後はいご人間にんげんはいないんですよね。言語げんごがく専門せんもんとしない一般いっぱんほうから「ChatGPTの背後はいご人間にんげんはいますか?」ってかれたら、どうこたえますか?

川添かわぞえ もともとだれかがいた言葉ことば断片だんぺんをもとにしているので、背後はいご人間にんげん存在そんざいしないわけではないんですが、すくなくとも個人こじんではないですよね。「たくさんのひと言葉ことばがぶつりにされて、つなぎわされている」とってもいいんじゃないでしょうか。

以前いぜん、ムラブリという少数しょうすう民族みんぞく言葉ことば研究けんきゅうされている言語げんご学者がくしゃ伊藤いとうつよしさんとトークイベントをしたのですが、そのときに面白おもしろはなしきました。伊藤いとうさんは「言葉ことば身体しんたいせい」におおきな関心かんしんをおちで、その延長えんちょう武術ぶじゅつ修行しゅぎょうもされているそうなのですが、あるときから、言葉ことばたらその背後はいごにある「身体しんたい状態じょうたい」みたいなものがかんれるようになったそうなのです。その伊藤いとうさんがChatGPTがいた文章ぶんしょうんだところ、その背後はいごにある「状態じょうたい」がブツブツれているようにかんじたそうなんですね。不思議ふしぎはなしですけれども、ChatGPTのしくみをかんがえると、そういうこともあるのかもしれない、とおもいました。

三木みき わたし関心かんしんがあるのは、ChatGPTの発話はつわを、行為こういとしてかんがえたとき、どうとらえられるのか、ということです。哲学てつがくでは、わたしは、プラグマティズムの立場たちばをとっているのですが、プラグマティズムとは、言葉ことば発話はつわ意味いみを、それによってどういった行為こうい方向ほうこうせいがもたらされるか、どう行為こういわっていくかといった「行為こうい」の観点かんてんからていくかんがかたです。言葉ことばによるコミュニケーションも、行為こうい影響えいきょうという観点かんてんからほうがいいんじゃないかというのがわたし立場たちばなんですね。

川添かわぞえ たしかに、言葉ことばはなすというのはなんらかの行為こういおこなっているといえますよね。たとえば「これからイベントを開催かいさいします」とったら、それはイベントをはじめるという行為こういだし、「あなたにこれこれこういうことを約束やくそくします」ってったら約束やくそくという行為こういだし、「あなたをなんとかに任命にんめいします」ってったら、任命にんめいという行為こういになる。では、その観点かんてんから、AIがはっする言葉ことば行為こういになるかというと、なかなかむずかしいとおもうんですよね。AIは、わたしたちが言葉ことば使つかっておこな行為こういのまだ一部いちぶしかできていないとおもうし、できるようになるには、ある意味いみ、AIになんらかの権限けんげんたせる社会しゃかいにならないといけないというか。そうなるのは、まだまださきはなしではないかとおもいます。

川原かわはら そのためには、社会しゃかいてき権限けんげんだけじゃなくて、社会しゃかいてき義務ぎむについてもかんがえなくてはいけないですね。

川添かわぞえ そのとおりだとおもいます。

川原かわはら ChatGPTと約束やくそくできないですもんね。

川添かわぞえ そうですね(笑)。約束やくそくまもらなくても、責任せきにんをとってもらえないですし。

川原かわはら すこべつはなしをすると、最近さいきん言語げんごがく探究たんきゅうは「人間にんげんとはなにか」といういにつながるという信念しんねんさい確認かくにんしはじめてきたのですが、ChatGPTの興隆こうりゅうがそのきっかけになったというのはあるかなとおもっていて。人間にんげんではないものが言語げんご人間にんげん言語げんごくらべる機会きかいができたことによって、「人間にんげんにとって言語げんごとはなにか」といういをより切実せつじつかんがえられるようになったがしています。

後編こうへん学問がくもんやくつとはどういうことだろうか? 川添かわぞえあい×川原かわはら繁人しげと×三木みき那由なゆほかつづきます。
 

川添愛『世にもあいまいなことばの秘密』川添かわぞえあいにもあいまいなことばの秘密ひみつ
川原繁人『言語学的ラップの世界』川原かわはら繁人しげと言語げんごがくてきラップの世界せかい
三木那由他『言葉の風景、哲学のレンズ』三木みき那由なゆ言葉ことば風景ふうけい哲学てつがくのレンズ』

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