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すっかり忘れていたはずなのに…人気歌人・穂村弘が新刊『迷子手帳』で明かす「恥ずかしい記憶」(穂村 弘) | 群像 | 講談社
2024.05.28
# エッセイ

すっかりわすれていたはずなのに…人気にんき歌人かじんむらひろ新刊しんかん迷子まいご手帳てちょう』でかす「ずかしい記憶きおく

「ぎゃー。なになんだ、それ。よせ。やめろ。といま自分じぶんはげしくおもうんだけど、そのこえどものわたしにはとどかない。」短歌たんかブームをした人気にんき歌人かじんむらひろ一人ひとりよるおもす、少年しょうねん時代じだいの「ずかしい記憶きおく」とは…?いつまでも「迷子まいご」の世界せかいをみつめるむらさんのユーモアあふれるエピソードを、最新さいしんエッセイしゅう迷子まいご手帳てちょう』(講談社こうだんしゃ)からおとどけします。
『迷子手帳』穂村弘迷子まいご手帳てちょうむらひろ

さけびたくなるほどずかしい記憶きおく

よるねむろうとして布団ふとんなかつぶっていると、突然とつぜんとおむかし記憶きおくよみがえることがある。あれはいったいなになんだろう。昼間ひるま外界がいかいからの刺激しげき次々つぎつぎんできて、「いまここ」のことで手一杯ていっぱいになる。でも、よるちがう。ねむりにちるまえのふわふわ状態じょうたいなかで、「いまここ」の作業さぎょうから解放かいほうされたのう記憶きおく貯蔵庫ちょぞうこから、さまざまな「かつてあそこ」の出来事できごとたちがながしてくるのかもしれない。

そんなことあったなあ、なつかしい、とおもうことがおおいけれど、ときにはさけびたくなるほどずかしい記憶きおくよみがえることもある。だれらないし、自分じぶんでもずっとわすれていたはずなのに。

先日せんじつおもしてしまったのははん世紀せいきちかまえ出来事できごとである。小学しょうがく年生ねんせいときわたし相模原さがみはらから横浜よこはま学校がっこう転校てんこうした。黒板こくばんまえ挨拶あいさつをさせられて、められたせきすわったけれど、まだまだ余所者よそものだ。上履うわばきの種類しゅるいやジャージのいろちがっている。なにをしても注目ちゅうもくされ、目立めだってしまう。

わたしあたらしい同級生どうきゅうせい意識いしきして緊張きんちょうしながら、けれどしんのどこかでチャンスとかんじていた。なんもない自分じぶんは、まえ学校がっこうではその大勢おおぜい一人ひとりぎなかった。でも、いま一時いちじてきとはいえ、注目ちゅうもくまとになっている。ここでいい印象いんしょうあたえれば人気にんきしゃになれるかも、と危険きけんなことをかんがえたのだ。
でも、どうやって? 勉強べんきょうやスポーツができないことはすぐにバレてしまうだろう。かっこよくもないし、面白おもしろいギャグもえない。こまった。これじゃまえ学校がっこうとおんなじだ。やっぱりぼく駄目だめなのか。

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そこからの思考しこうながれがなぞというか、自分じぶんでもよくわからないのだが、わたし何故なぜか「いつもインコをかたにのせている神秘しんぴてき少年しょうねん」になろう、とかんがえたのだ。ぎゃー。なになんだ、それ。よせ。やめろ。といま自分じぶんはげしくおもうんだけど、そのこえどものわたしにはとどかない。

夢見ゆめみ小学生しょうがくせいわたしった行動こうどうは…

当時とうじではセキセイインコをっていた。れてかたにのり、物真似ものまねもする。さすがに学校がっこうれてくのは無理むりだけど、かたにのせて近所きんじょ散歩さんぽするくらいはできそうだ。前述ぜんじゅつ妄想もうそうの、より具体ぐたいてきなイメージとしては「放課後ほうかご公園こうえんのブランコに一人ひとりぽつんとすわってかたにのせたインコとだけしんつうっている少年しょうねん」である。その姿すがた偶然ぐうぜんかけたクラスの女子じょし少年しょうねん孤独こどく横顔よこがおに、はっとする。

名前なまえなんてうの?」

「ほむら」

「ちがう。それはってるよ。いたのは、その名前なまえ

「あ、そうか。ピーコちゃんだよ」

可愛かわいいね。さわっていい?」

「え、うん、いいけど」

ははははははははははは。なにが「え、うん、いいけど」だ。馬鹿ばかめ。なるか。そんな展開てんかい。いや、もう、たのむ。勘弁かんべんしてくれ。

でも、夢見ゆめみわたし実際じっさいためしたのである。ピーコちゃんをかたにのせて、おそるおそる玄関げんかんのドアをける。なんしたところで、はじめての外界がいかいおどろいたピーコちゃんがあばした。うわっ。あわててつかまえて、すぐに室内しつない撤退てったい野望やぼうすうびょうついえた。

それにしても、とおもう。何故なぜ、そんな無謀むぼうゆめいたのか。しばらくかんがえておもしたのは、じょうみちるのことである。当時とうじ人気にんきアイドルで、そのデビューきょくおよびキャッチコピーが、かくか「イルカにのった少年しょうねん」だった。わたしの「インコをのせた少年しょうねん」は、そこからインスパイアされたのかもしれない。

迷子まいご手帳てちょうむらひろ講談社こうだんしゃ
いつまでも迷子まいごでありつづけるひとのための手帳てちょうです。これいちさつあれば、貴方あなたもきっと迷子まいごになれる。なんでもない日常にちじょうが「迷子まいご」の別世界べっせかいわる、「北海道新聞ほっかいどうしんぶん好評こうひょう連載れんさいほかエッセイ57へん
『迷子手帳』穂村弘迷子まいご手帳てちょうむらひろ

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