3位:沙村広明作品のグロテスク要素を凝縮『ブラッドハーレーの馬車』
資産家であり議員でもあるブラッドハーレー氏が経営するブラッドハーレー聖公女歌劇団は、メンバーが全員がブラッドハーレー氏の養女であること、彼女たちが全国の孤児院から集められていることから、孤児院に暮らす少女たちにとって憧れの的です。
しかし孤児院を去っていく少女と、歌劇団の新人としてデビューする少女とで、人数に大きな差がありました。実は養女として貰われる少女たちの大半は、ブラッドハーレー氏の考案したプログラムによって、囚人たちが暴動を起こさないよう、彼らの慰みものにされるために連れて行かれていたのです。
本作は、以上を根底にして描かれた全8話からなる短編集です。大筋が連続していますが、各々独立した少女、または少女をめぐる男の話です。
- 著者
- 沙村 広明
- 出版日
- 2007-12-18
沙村作品のバイオレンス、グロテスクといった要素を最大限に描ききったこの作品は、あまりにもえげつない内容と、各話でピックアップされる少女たちへの救いのなさから、好き嫌いがはっきりと分かれる作品でしょう。しかしだからこそ、最終話で描かれる結末はこれ以上ないほどのカタルシスをもたらしてくれる1冊に仕上がっているのです。
余談ですが沙村本人は「『赤毛のアン』のような作品が描きたい」(『ブラッドハーレーの馬車』あとがきより引用)、「ドレスのヒダヒダを描きたいという欲求だけが最初にあった」(ダ・ヴィンチ2017年4月号より引用)といってこの作品を開始したそうですよ。
2位:沙村広明の魅力は、バイオレンスだけじゃない『おひっこし』
竹易てあし名義で発表していた表題作「おひっこし」他2編を収録した作品集です。沙村で一番有名なのはやはり『無限の住人』だと思うのですが、そのバイオレンスなイメージを持って読むと度肝を抜かれるギャグ作品となっていますよ。その中でもおすすめは、やはり表題作でしょう。
表題作は、多彩な人物が織り成すキャンパスライフコメディー、でもきちんとしたラブコメ作品。主人公は、かっこいい先輩赤木が好きな遠野くん。そんな遠野くんのことが好きだけど、遠野の親友木戸くんから告白されてオッケーしちゃった小春川さん。さらには謎のイタリア人バローネと、そのバローネに恋する女子大生などが登場します。
赤木さんと遠野くんの恋愛模様はどうなってしまうのかということがメインストーリーですが、さまざまな媒体から持ってこられたパロディーの数々、「嫌いなモノはお前のような女です」(『おひっこし』より引用)といったセリフの切れ味からは、沙村の真骨頂はバイオレンスではなくギャグなのではないかとすら思わされることでしょう。
- 著者
- 沙村 広明
- 出版日
- 2002-06-19
特に本作でおすすめしたいポイントは、登場人物たちの織り成す怠惰でリアルな大学生事情です。「俺ってこんなことでいいのかな」「あの人との関係をなんとかしたいな」と心の片隅で思いつつ、飲み会で酒を飲みまくり、酔っ払い続け、就職活動はなんとかして回避したい……。そんな大学生活を送ったことのある人なら、すぐにこの作品の空気に懐かしさを覚えると思いますよ。
大学生の頃に思いをはせてノスタルジックな感傷に浸りたいけど笑いは欲しいという、欲張りなあなたにおすすめしたい1冊です。
1位:サバサバ系女子が魅力的!『波よ聞いてくれ』
主人公は、少ない貯金を彼氏に持ち逃げされたミナレ。飲み屋で隣に座っていたラジオ局のディレクター麻藤に、酔いに任せて失恋話を愚痴った次の日、なんとその失恋話がラジオで流れているのを職場で聞いてしまうのです。それを止めに行ったミナレは、麻藤から「止める変わりにアドリブトークをしろ」といわれます。結果的にミナレは、ラジオパーソナリティーとして活動していくことになり……。
- 著者
- 沙村 広明
- 出版日
- 2015-05-22
本作の魅力は、主人公ミナレに集約されていると言い切っても過言ではないでしょう。彼女はサバサバとした女性であるが故に駆け引きができず、また惚れる男もダメンズばかり。しかし彼女自身も、好意をもたれている男性に対して「私が本当の意味で食いつめた時、再びお前の前に現れるだろう」(『波よ聞いてくれ』より引用)と言ってしまうなど、むしろさばさばを通り越して彼女もダメな人なのではないか?と思わされるような人物です。
しかし金を持ち逃げした元彼に対して「お前は地の果てまでも追いつめて殺す!!」(『波よ聞いてくれ』より引用)とラジオでい放つなど、とにかくたくましく、こんな人が知り合いにいたら面白いだろうなと思わせてくれることでしょう。また「おっさんしっかりしてくれ。49にもなって何を言ってんだ」(『波よ聞いてくれ』より引用)といったテンポのよい台詞回しも、本作の魅力です。
ちなみに本作は、「言ってしまえば、俺の“ふざけたあとがき”をマンガにした」(ダ・ヴィンチ2017年4月号より引用)とのこと。「エログロとかパロディーとか控えないと……という強迫観念の結晶がこの漫画」「今度こそ間違いなく、人の死なない漫画」(共に『波よ聞いてくれ』あとがきより引用)と作者が公言しているとおり、エログロ要素や、世代によってはまったく通じないパロディーはこの漫画からは排除されているので、沙村作品の中では最も人を選ばずおすすめできる作品といえるでしょう。
『波よ聞いてくれ』については<『波よ聞いてくれ』の名言がヤバい。爆走ラジオ漫画の面白さを全巻ネタバレ!>の記事で紹介しています。ぜひあわせてご覧ください。