代 |
官職名 |
氏名 |
就任日 |
退任日 |
前職 |
後職 |
備考
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1 |
警部長 警察本署長 |
大河平隆 |
1883年5月16日 |
1886年2月23日 |
検事 |
佐賀県少書記官 |
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2 |
宮内愛亮 |
1886年2月23日[2] |
1886年7月20日 |
兵庫県警部 |
- |
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警部長 警察本部長 |
1886年7月20日[3] |
1888年1月13日[4] |
- |
兵庫県警部長[4] |
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3 |
田中坤六 |
1888年1月13日[4] |
1890年10月13日 |
山形県警部長 |
- |
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警部長 警察部長[5] |
1890年10月13日 |
1892年8月19日[6] |
- |
三重県警部長 |
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4 |
龍岡信熊 |
1892年8月19日 |
1893年3月18日 |
滋賀県警部長 |
石川県書記官 |
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5 |
土方和親 |
1893年3月18日 |
1893年5月9日 |
徳島県警部長 |
非職 |
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6 |
小林南八 |
1893年5月9日 |
1894年5月18日 |
宮崎県警部長 |
鳥取県警部長 |
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7 |
師岡毅 |
1894年5月18日 |
1896年4月21日 |
大分県警部長 |
沖縄県警部長 |
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8 |
小川弘水 |
1896年4月21日 |
1897年4月14日 |
島根県警部長 |
宮城県警部長 |
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9 |
久保敏樹 |
1897年4月26日 |
1899年1月19日 |
沖縄県警部長 |
非職 |
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10 |
永田幸太郎 |
1899年1月19日 |
1900年1月20日 |
三重県名賀郡長 |
山梨県警部長 |
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11 |
野口能毅 |
1900年1月20日 |
1901年8月20日 |
大分県警部長 |
秋田県警部長 |
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12 |
龍岡篤敬 |
1901年8月20日 |
1903年7月16日 |
奈良県警部長[7] |
茨城県警部長 |
再任
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13 |
隈元清世 |
1903年7月16日 |
1904年3月5日 |
福島県参事官 |
群馬県警部長 |
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14 |
松本郁朗 |
1904年3月5日 |
1905年4月19日 |
休職鉱山監督官 |
福岡県事務官・第四部長 |
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15 |
事務官 第四部長 警務長 |
有川貞壽 |
1905年4月19日[8] |
1906年7月28日 |
福岡県警部長 |
熊本県事務官・第四部長 |
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16 |
橋本正治 |
1906年7月28日 |
1907年7月13日 |
熊本県事務官 |
鹿児島県事務官・警察部長 |
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17 |
事務官 警察部長 警務長 |
長野幹 |
1907年7月13日[9] |
1908年3月30日[10] |
富山県事務官・第四部長 |
内務書記官兼内務省参事官[10] |
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18 |
大芝惣吉 |
1908年3月30日[10] |
1909年5月4日[11] |
検事 |
富山県事務官 |
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19 |
窪谷逸次郎 |
1909年5月4日 |
1911年4月18日 |
統監府書記官 |
熊本県事務官・警察部長 |
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20 |
和田潤 |
1911年4月18日 |
1913年6月13日 |
島根県事務官・警察部長 |
大分県内務部長 |
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21 |
警察部長 |
大島直道 |
1913年6月13日[12] |
1914年6月9日 |
福岡県事務官 |
広島県警察部長 |
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22 |
二木千年 |
1914年6月9日 |
1917年1月29日 |
大阪府警視 |
滋賀県警察部長 |
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23 |
熊谷巌 |
1917年1月29日 |
1918年6月29日 |
東京府理事官 |
警察講習所教授 |
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24 |
大島破竹郎 |
1918年7月1日 |
1919年9月27日 |
休職熊本県警察部長 |
鳥取県内務部長 |
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25 |
笹井幸一郎 |
1919年9月27日 |
1921年5月2日 |
和歌山県理事官 |
警視庁保安部長 |
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26 |
平田紀一 |
1921年5月2日 |
1922年4月17日 |
大阪府理事官 |
新潟県警察部長 |
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27 |
玉置省吾 |
1922年4月17日 |
1924年6月27日 |
愛知県理事官 |
長崎県警察部長 |
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28 |
土居通次 |
1924年6月27日 |
1924年12月20日 |
熊本県警察部長 |
- |
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書記官 警察部長 |
1924年12月20日[13] |
1925年8月18日 |
- |
島根県書記官・内務部長[14] |
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29 |
内海忠司 |
1925年8月18日 |
1926年12月18日 |
群馬県書記官・警察部長 |
愛媛県書記官・内務部長[15] |
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30 |
大竹十郎 |
1926年12月18日 |
1927年5月17日[16] |
神奈川県書記官・視学官 |
宮崎県書記官・警察部長 |
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31 |
大木俊輔 |
1927年5月17日[16] |
1927年12月1日 |
山口県書記官・警察部長 |
奈良県書記官・学務部長 |
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32 |
田中修 |
1927年12月1日 |
1929年7月8日 |
奈良県書記官 |
鳥取県書記官・警察部長 |
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33 |
関壮二 |
1929年7月8日 |
1930年8月28日 |
沖縄県書記官・警察部長 |
滋賀県書記官・警察部長 |
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34 |
連修 |
1930年8月28日 |
1931年12月24日 |
警察講習所教授兼内務事務官 |
和歌山県書記官・学務部長 |
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35 |
郡山義夫 |
1931年12月24日 |
1932年6月30日 |
広島県地方事務官 |
鹿児島県書記官・警察部長 |
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36 |
宮村才一郎 |
1932年6月30日 |
1934年11月1日 |
福岡県地方事務官 |
鳥取県書記官・内務部長 |
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37 |
後藤耕造 |
1934年11月1日 |
1936年4月25日 |
北海道庁部長・学務部長 |
徳島県書記官・総務部長 |
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38 |
今井久 |
1936年4月25日 |
1938年1月11日 |
警視庁警視 |
内務事務官 |
1937年8月17日応召
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39 |
島田叡 |
1938年1月11日 |
1939年10月11日 |
大阪府地方事務官 |
上海駐在領事 |
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40 |
吉江勝保 |
1939年10月11日 |
1941年4月18日 |
愛知県地方事務官 |
厚生書記官・施設課長 |
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41 |
毛利基 |
1941年4月18日 |
1942年11月1日 |
内務省警保局理事官 |
岐阜県部長・警察部長 |
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42 |
部長 警察部長 |
松野貞夫 |
1942年11月1日[17] |
1945年2月24日 |
鹿児島県書記官 |
茨城県部長・警察部長 |
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43 |
大熊貞邦 |
1945年2月24日 |
1945年8月12日 |
京都府地方警視・特別高等警察課長 |
戦爆死 |
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44 |
福田冽 |
1945年8月24日 |
1945年10月13日 |
内務省大臣官房会計課 |
休職 |
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45 |
大浜芳雄 |
1945年10月13日[18] |
1945年10月27日[19] |
- |
- |
兼任 本務:佐賀県部長
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46 |
忽那寛 |
1945年10月27日[19] |
1946年4月1日 |
警視庁警視 |
- |
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地方事務官 警察部長 |
1946年4月1日[20] |
1946年11月1日 |
- |
物価庁利用課長 |
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47 |
長岡篤 |
1946年11月1日 |
1947年5月2日 |
神奈川県地方事務官 |
石川県警察部長 |
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48 |
松本省吾 |
1947年5月2日 |
1948年3月6日 |
鳥取県教育民政部長 |
佐賀県警察長[21] |
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