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神田 - Wikipedia

神田かんだ(しんでん、かんだ)とは、日本にっぽんにおいて、神社じんじゃ祭祀さいしなどの運営うんえい経費けいひにあてるりょう寺社じしゃりょう)のことをいう。だい(みとしろ)、神田かんだ(おみた、おんた)、だい御田みた(おおみた)とも。

沿革えんかく

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伊勢神宮いせじんぐう神田かんだ
 
神宮じんぐう神田かんだでの神田かんだ田植たうえはつ
 
湯島ゆしま天満てんまみや 神田かんだ初穂はつほ

神田かんだ起源きげんあきらかとされていないが、大化たいか646ねんごろ)以前いぜんから存在そんざいしたとかんがえられている。7世紀せいき後半こうはん律令制りつりょうせい整備せいびされ、田地でんち口分田くもでなどのはんでんおさむ体系たいけいまれていっても、神田かんだ(および仏教ぶっきょう寺院じいん運営うんえいにあてる寺田てらだ)のみは、はんでん対象たいしょうがいとされた。これは、神田かんだおよび寺田てらだが、神社じんじゃ寺院じいん所有しょゆうぶつではなく、神仏しんぶつ帰属きぞくするものと認識にんしきされていたことによる。そのため、神仏しんぶつ帰属きぞくする神田かんだ寺田てらだ売買ばいばい禁止きんしされていた。

8世紀せいき成立せいりつした大宝たいほう律令りつりょう養老ようろう律令りつりょうでは、神祇じんぎれいれいなどに神田かんだ規定きていかれた。それによると、神田かんだ耕作こうさくするために、神戸こうべかみ帰属きぞくする)が設定せっていされ、神戸こうべにかかる租庸調そようちょうは、神社じんじゃ造営ぞうえい運営うんえい経費けいひにあてること、そして6ねん1はんはんでんおさむ授の対象たいしょうから除外じょがいすることが規定きていされていた。すなわち、神田かんだ輸租租税そぜい免除めんじょされた田地でんち)とされていた。

神田かんだ輸租とする観念かんねんは、平安へいあん時代じだい荘園しょうえん増加ぞうかにつながっていく。9世紀せいき10世紀せいき律令制りつりょうせい崩壊ほうかいしたのちも、神田かんだには輸のけん租税そぜい免除めんじょ権利けんり)がみとめられていたため、墾田こんでん買収ばいしゅうなどで付近ふきん田地でんち集積しゅうせきしていた有力ゆうりょく農民のうみん)=開発かいはつ領主りょうしゅは、自分じぶん経営けいえいする田地でんち有力ゆうりょく神社じんじゃ(または有力ゆうりょく寺院じいん)へ寄進きしんすることで、輸のけん獲得かくとくしようとした。そのため、有力ゆうりょく寺社じしゃには荘園しょうえん寄進きしん集中しゅうちゅうした。

その11世紀せいきから13世紀せいきごろに荘園しょうえんこうりょうせい成立せいりつすると、荘園しょうえん国衙こくがりょうじょでん(じょでん、免税めんぜいでん意味いみする)のひとつとして神田かんだ位置いちづけられた。神田かんだにかかる年貢ねんぐ公事こうじは、領主りょうしゅ収入しゅうにゅうとはならず、神社じんじゃ祭祀さいし祭礼さいれい経費けいひにあてられた。こうした慣行かんこうはそのつづき、現代げんだいでもおおくの神社じんじゃかみ供御くごするためのとして、神田かんだ神田かんだ存続そんぞくしている。

地名ちめい名字みょうじ

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日本にっぽん地名ちめいとしての神田かんだは、上記じょうき神田かんだ由来ゆらいする。神田かんだ日本にっぽん各地かくち存在そんざいしたため、地名ちめいとしての神田かんだ日本にっぽん全国ぜんこく分布ぶんぷしている。著名ちょめい神田かんだには、千代田ちよだ神田かんだ唐津からつ神田かんだ (唐津からつ)(こうだ)などがある。

日本にっぽん名字みょうじせい)の神田かんだも、上記じょうき神田かんだ由来ゆらいする。

関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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