Doctor of Philosophy

Doctor of Philosophy（ドクター・オブ・フィロソフィー）は、おもに英語えいご圏けんで授与じゅよされている博士はかせ水準すいじゅんの学位がくいである。直訳ちょくやくでは「哲学てつがく博士はかせ」となることから分わかるように、伝統でんとう的てきには、伝統でんとう4学部がくぶのうち職業しょくぎょう教育きょういく系けいの神学しんがく・法学ほうがく・医学いがくを除のぞいた「哲学てつがく部ぶ（ないし教養きょうよう部ぶ）」のリベラル・アーツ系けいの学位がくいであった。現在げんざいでは、伝統でんとう4学部がくぶのうち職業しょくぎょう教育きょういく系けいの神学しんがく・法学ほうがく・医学いがくを含ふくむばかりではなく、様々さまざまな種類しゅるいの学問がくもんについて授与じゅよされる^[1]。Ph.D.の授与じゅよを受うけるには一般いっぱん的てきに、所定しょていの在学ざいがく期間きかんの後のち、まず所定しょてい科目かもくの筆記ひっき試験しけんおよび口頭こうとう試験しけんに合格ごうかくし、博士はかせ学位がくい請求せいきゅう論文ろんぶんを提出ていしゅつする。その後ご、数すう人にんの研究けんきゅう者しゃで構成こうせいされる審査しんさ委員いいん会かいの口頭こうとう試問しもんにも合格ごうかくする必要ひつようがある。

ラテン語らてんごの Philosophiae Doctor を略りゃくして Ph.D.（ピー・エイチ・ディー）ともいう。イギリス式しきではピリオドを打うたず PhD とも表記ひょうきするが、同おなじイギリスでもオックスフォおっくすふぉード大学どだいがく、サセックス大学だいがく、ヨーク大学だいがくなどでは英語えいご表記ひょうきの略りゃくを用もちいた D.Phil. と表記ひょうきする^[2]。いずれの場合ばあいも Ph. D. のようにスペースを空あけたり Ph.D のように最後さいごのピリオドを省略しょうりゃくしたりはしない。

歴史れきし

「リベラル・アーツ」も参照さんしょう

近代きんだいになって自然しぜん科学かがくの発展はってんに伴ともない、社会しゃかい科学かがく・人文じんぶん科学かがくの学術がくじゅつ系けい（Academic）の学問がくもんが発展はってんするにつれて、学芸がくげい諸般しょはんを統すべるものとして哲学てつがく部ぶが他たの3学部がくぶと比肩ひけんされるに至いたって、近代きんだい西欧せいおう語ごでいうところの大学だいがく（universitas）は、真理しんり発見はっけんの場ばとされるようになった^[3]。以上いじょうのような歴史れきし的てきな経緯けいいを経へて初はじめて哲学てつがく部ぶはPh.D.の学位がくい授与じゅよの認定にんてい権けんを獲得かくとくしたのであり、Ph.D.は、現在げんざいでは、教養きょうよう部ぶ（Faculty arts and sciences）、物理ぶつり学がく、天文学てんもんがくなどを含ふくむ自然しぜん科学かがく（natural science）のみならず、社会しゃかい科学かがく（social science）や人文じんぶん科学かがく（Humanities）をも含ふくむ広範こうはんな学位がくいとなっている^[4]。

同様どうようの経緯けいいから、ヨーロッパでは、農学部のうがくぶ・工学部こうがくぶなど新あたらしい職業しょくぎょう分野ぶんやでは長ながらく学位がくい授与じゅよが認みとめられず、日本にっぽんと違ちがい職業しょくぎょう系けいではM.Eng（Master of Engineering, 工学こうがく修士しゅうし）のみの場合ばあいも多おおい^[5]。

これに対たいし、アメリカではそのような歴史れきし的てきな区別くべつはなされず、19世紀せいきになってから、ドイツのフンボルト大学だいがくを手本てほんに、真理しんり発見はっけんに資しする学術がくじゅつ系けいの学問がくもんであれば広ひろくPh.D.の学位がくいを認みとめるようになった^[3]。現在げんざいでは、Ph.D.は学術がくじゅつの研究けんきゅうを行おこなう者ものに与あたえられており、BA（Bachelor of Arts, 教養きょうよう学士がくし・文学ぶんがく士し〔外国がいこく語ごと哲学てつがくを含ふくむ〕）、BS（Bachelor of Science, 理学りがく士し）、MA（Master of Arts, 文学ぶんがく修士しゅうし）、M.Sc.（Master of Science, 理学りがく修士しゅうし）、M.Phil.（Master of Philosophy, 哲学てつがく修士しゅうし）の上位じょういの学位がくいである。そのため、どのような分野ぶんやの研究けんきゅうにも適応てきおうできる学位がくいであるとして「変幻へんげん自在じざいな学位がくい」 (the protean Ph.D.) と表現ひょうげんする者ものもいる^[6]。

アメリカのニュースクール大学だいがくでは、2つ目めの博士はかせ号ごうに対たいしてD.S.Sc.（Doctor of Social Science, 社会しゃかい科学かがく博士はかせ）を授与じゅよしてきたが、この制度せいどは廃止はいしされた。

ドクターとマスターの問題もんだいは、中世ちゅうせいの大学だいがくの歴史れきしに由来ゆらいする。もともと大学だいがくはギルドの意味いみで、徒弟とてい制度せいどの下したで親方おやかたに個人こじん的てきに認定にんていされる免状めんじょうをとった者ものをマスターと呼よんでいた^[7]。もともとマスター（主おもにパリ大学だいがくでの呼よび方かた）とドクター（主おもにボローニャ大学だいがくでの呼よび方かた）は同おなじ意味いみであった^[8]が、やがてマスターはドクター以下いかのものとなっていき、近代きんだいに繋つながる、バチェラー／マスター／ドクターの三さん位い階かい制せいに発展はってんした^[9]。

ただし、法務ほうむ博士はかせ (J.D.) などの職業しょくぎょう系けいの学位がくいは必かならずしもこの枠組わくぐみに当あてはまらない。例たとえばアメリカのM.D. (Doctor of Medicine) や法務ほうむ博士はかせなどの専門せんもん職しょく学位がくいはPh.D.とは別べつの課程かていであり、学術がくじゅつ的てきには修士しゅうし相当そうとうと見みなされている。アメリカの多おおくのメディカル・スクールでは在籍ざいせき中ちゅうに、別べつに学術がくじゅつ系けいの大学院だいがくいんの課程かていに在籍ざいせきして博士はかせ号ごう (Ph.D.) を取得しゅとくしてからM.D.の学位がくいを取得しゅとくする場合ばあいが多おおい（アメリカの医学いがく教育きょういくを参照さんしょう）。また、イギリスでは外科げか医い（産科さんか、泌尿器ひにょうき科かなどを含ふくむ）に対たいする正ただしい敬称けいしょうはマスターではなくミスターである。これはかつて、外科げか医いは徒弟とてい制度せいどの下したで訓練くんれんされていたという歴史れきし的てき経緯けいいの名残なごりである^[10]。ドイツではドクターの敬称けいしょうを付ふされるのは博士はかせ号ごうを保持ほじする医師いしだけである。

各国かっこくにおけるPh.D.

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくでの最初さいしょのPh.D.は、1861年ねんにイェール大学だいがくが神学しんがく、古典こてん語ご、物理ぶつり学がくの3分野ぶんやで3件けん授与じゅよしたのが初はじめてである。当初とうしょは分野ぶんやも数かずも限かぎられていたが、ジョンズ・ホプキンス大学だいがくがPh.D.の授与じゅよ制度せいどの改革かいかくを行おこない、大学院だいがくいん教育きょういくと奨学しょうがく金きんを組くみ合あわせることによって広ひろく全土ぜんどに広ひろまった^[11]。

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくにおけるPh.D.の授与じゅよを受うけるための大学院だいがくいんの課程かていは、日本にっぽんの大学院だいがくいんの前期ぜんき2年ねん・後期こうき3年ねんの区分くぶんを設もうけない博士はかせ課程かてい（一貫いっかん制せい博士はかせ課程かてい）に似にており、大学だいがく（の学部がくぶ）を卒業そつぎょうした者ものであれば入学にゅうがくできる。

一般いっぱん的てきに、Ph.D.の授与じゅよを受うけるには、所定しょていの在学ざいがく期間きかん (minimum residence) の後のち、所定しょてい科目かもくの筆記ひっき試験しけんおよび口頭こうとう試験しけんに合格ごうかくした者もの (Ph.D. candidate) のみが3年ねんから5年ねん以内いないに博士はかせ学位がくい請求せいきゅう論文ろんぶん (dissertation) を提出ていしゅつし、数すう人にんの研究けんきゅう者しゃで構成こうせいされる審査しんさ委員いいん会かいの口頭こうとう試問しもん (defence) に合格ごうかくする必要ひつようがある。

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくでは、Ph.D.の授与じゅよを受うけるためには最低さいていでも3年ねんの在学ざいがく期間きかんが必要ひつようとされているが、Ph.D.の取得しゅとくには平均へいきんして7.5年ねんかかるといわれる。入学にゅうがく者しゃの半分はんぶんは卒業そつぎょうせず辞やめていくと言いわれている。なお、日本にっぽんとは異ことなり、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくでは、心理しんり学がく、文学ぶんがく、教育きょういく学がくなどの文科ぶんか系けいのPh.D.の方ほうが、理科りか系けいのPh.D.よりも多おおい。

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくでは、かつての日本にっぽんにおける「理学りがく博士はかせ」（現在げんざいでは「博士はかせ（理学りがく）」）や「工学こうがく博士はかせ」（現在げんざいでは「博士はかせ（工学こうがく）」）と同おなじく、専攻せんこう分野ぶんやごとに異ことなっている（たとえば教育きょういく学がく分野ぶんやにおける博士はかせは、一般いっぱん的てきに Ed.D.〔教育きょういく学がく博士はかせ〕と呼よばれる）が、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく教育きょういく省しょう (U.S. Department of Education) および全米ぜんべい科学かがく財団ざいだん (National Science Foundation) は、これらの学位がくいを特別とくべつに区別くべつせずPh.D.と等価とうかのものとみなしている。

日本にっぽん

Ph.D.が「Doctor of Philosophy」の略称りゃくしょうであることから、かつては「哲学てつがく博士はかせ」と翻訳ほんやくされることがあった。1975年ねんの学位がくい規則きそく改正かいせいによって、学際がくさい的てきな分野ぶんやを扱あつかう大学院だいがくいんの博士はかせ課程かていを修了しゅうりょうした者ものに対たいして「学術がくじゅつ博士はかせ」（現在げんざいの「博士はかせ（学術がくじゅつ）」）の学位がくいの授与じゅよも行おこなわれるようになった。

日本にっぽんでは、課程かてい博士はかせ（大学院だいがくいん博士はかせ課程かてい〔標準ひょうじゅんで3年ねん以上いじょう〕で必要ひつよう単位たんいを取得しゅとく後ご博士はかせ論文ろんぶん審査しんさに合格ごうかくしたものに授与じゅよされる）と、論文ろんぶん博士はかせ（博士はかせ課程かていに進学しんがくせずに大学院だいがくいんに論文ろんぶん提出ていしゅつし、博士はかせ審査しんさに合格ごうかくしたものに授与じゅよされる）がある。3年ねん以上いじょう博士はかせ課程かていに在学ざいがくし必要ひつよう単位たんいは取得しゅとくしているものの博士はかせ論文ろんぶんを提出ていしゅつせずに退学たいがくする者もの（いわゆる満期まんき退学たいがく又または単位たんい取得しゅとく後ご退学たいがくなどと呼称こしょう^[12]）の割合わりあいは卒業そつぎょう者しゃ全体ぜんたいの30-40%程度ていどである^{[要よう出典しゅってん]}。かつては、文系ぶんけい学位がくいの取得しゅとくは極きわめて困難こんなんであり、例たとえば博士はかせ（文学ぶんがく）については全ぜん単位たんい取得しゅとく者しゃの70-80%程度ていどが単位たんい取得しゅとく退学たいがく者しゃとなる^{[要よう出典しゅってん]}。近年きんねんでは、課程かてい在学ざいがく中ちゅうに博士はかせ論文ろんぶん執筆しっぴつと提出ていしゅつおよび合否ごうひ判定はんていを行おこなうように大学院だいがくいんの指導しどうが変かわってきており、欧米おうべい等とうの水準すいじゅんと同おなじような学位がくいの授与じゅよが行おこなわれるようになってきている。

脚注きゃくちゅう

[脚注きゃくちゅうの使つかい方かた]

^ “National Center for Science and Engineering Statistics (NCSES) | National Science Foundation (NSF)”. www.nsf.gov. 2021年ねん3月がつ20日はつか閲覧えつらん。
^ フィリップス・ビュー 2010, p. 47.
^ ^a ^b 館たて昭あきら、2006年ねん、15頁ぺーじ
^ 館たて昭あきら、2006年ねん、62頁ぺーじ
^ 齋藤さいとう、2002年ねん、3-33頁ぺーじ
^ 羽田はた積つもる男おとこ、2000年ねん、202頁ぺーじ
^ 『第だい4期き教育きょういく中央ちゅうおう審議しんぎ会かい大学だいがく分科ぶんか会かい委員いいん懇談こんだん会議かいぎ事ごと要旨ようし』2008年ねん12月16日にち、3頁ぺーじ
^ ハスキンズ、2009年ねん、30頁ぺーじ
^ ハスキンズ、2009年ねん、52頁ぺーじ
^ ""Questions about surgeons", The Royal College of Surgeons of England, 2011年ねん5月がつ12日にち閲覧えつらん
^ 羽田はた、2000年ねん、191頁ぺーじ
^ 新しん時代じだいの大学院だいがくいん教育きょういくの展開てんかいに向むけて（中間なかま報告ほうこく案あん）（中央ちゅうおう教育きょういく審議しんぎ会かい大学だいがく分科ぶんか会かい大学院だいがくいん部会ぶかい第だい31回かい配付はいふ資料しりょう5）

参考さんこう文献ぶんけん

C.H.ハスキンズ著ちょ、青木あおき靖やすし三さん・三浦みうら常つね司つかさ訳やく『大学だいがくの起源きげん』（八坂やさか書房しょぼう、2009年ねん）ISBN 978-4-89694-947-6
齋藤さいとう安あん俊しゅん「“Master of Engineering”と呼よばれる学士がくしレベルの学位がくい」『学位がくい研究けんきゅう』第だい16号ごう（大学だいがく評価ひょうか・学位がくい授与じゅよ機構きこう、2002年ねん3月がつ、3-33頁ぺーじ）ISSN 0919-6099
館たて昭あきら『原点げんてんに立たち返かえっての大学だいがく改革かいかく』（東ひがし信しん堂どう、2006年ねん）ISBN 4-88713-686-2
羽田はた積つもる男おとこ『創設そうせつ期きジョンズ・ホプキンズ大学だいがくにおける学位がくいPh.D.の創造そうぞう』（「研究けんきゅう紀要きよう」日本にっぽん大学だいがく文理学部ぶんりがくぶ人文じんぶん科学かがく研究所けんきゅうじょ、2000）
エステール・M・フィリップス; デレック・S・ビュー『博士はかせ号ごうのとり方かた学生がくせいと指導しどう教官きょうかんのための実践じっせんハンドブック』角谷かどや快かい彦（翻訳ほんやく）、出版しゅっぱんサポート大樹たいじゅ舎しゃ、2010年ねん。ISBN 978-4990455507。