カイドゥ・カン

カイドゥ・カン（Qaidu qan）は、モンゴル部ぶボルジギン氏族しぞくの族長ぞくちょうの一人ひとり。ボルジギン氏しの始祖しそボドンチャルの5世せい孫まごで、モンゴル帝国ていこくの始祖しそチンギス・カンの6世せい祖そに当あたる。『元もと史し』などの漢文かんぶん史料しりょうでは海うみ都と(hǎidōu)、『集しゅう史し』などのペルシア語ご史料しりょうでは قايدو(Qāydū)と記しるされる。

概要がいよう

カイドゥ・カンはチンギス・カンの祖先そせんの中なかでも比較的ひかくてき多おおくの記録きろくが残のこされており、特とくに『集あつまり史し』「ドゥトゥム・マナン紀き」及および『元もと史し』巻まき1太ふとし祖そ本紀ほんぎには詳細しょうさいな記録きろくが残のこされているが、何故なぜか『元朝がんちょう秘史ひし』には簡単かんたんな記述きじゅつしか存在そんざいしない。

『集あつまり史し』「ドゥトゥム・マナン紀き」によると、カイドゥ・カンが生うまれた頃ころ、ケルレン河かわ流域りゅういきには70クリエン＝7万まんの部民ぶみんを有ゆうする強大きょうだいなジャライル・ウルスという勢力せいりょくが存在そんざいし、モンゴル・ウルスを始はじめ周囲しゅういの諸しょ勢力せいりょくと争あらそっていた。ある時とき、ヒタイ（契ちぎり丹に）の軍勢ぐんぜいがジャライル・ウルスを攻せめてきたが、ジャライル人じんはヒタイ人じんがケルレン河かわを渡わたれないと信しんじ込こんで侮あなどり、帽子ぼうしや袖そでを振ふって「ここまでやって来きて、我々われわれの家畜かちくを掠奪りゃくだつしてみろ」と挑発ちょうはつした。そこでヒタイ人じんは薪たきぎや木き切きれを集あつめて筏いかだを組くみ、ケルレン河かわを渡わたってジャライル人じんを子供こどもに至いたるまで皆殺みなごろしにしてしまった。

ヒタイ兵へいから逃のがれたジャライル部ぶのある一団いちだんはケルレン河かわを遠とおく離はなれて逃亡とうぼうし、遂ついにモナルンの治おさめるモンゴル部ぶの近ちかくにまで至いたった。ジャライル人じんはスドスンという食用しょくようになる植物しょくぶつの根ねを地面じめんから掘ほり返かえして食たべていたため、モンゴル部ぶの牧まき地ちは穴あなだらけの無惨むざんな状態じょうたいとなってしまった。たまたま車くるまに乗のって外そとにでていたモナルンはこのような光景こうけいを見みて激怒げきどし、「この土地とちは我わが子こ達たちが馬うまを走はしらせる場所ばしょであるのに、何故なぜ穴あなを掘ほって台無だいなしにしてしまったのだ」と述のべて馬車ばしゃでジャライル人じんの子供こどもを轢ひき、ジャライル人じんの中なかには死人しにんまで出でた。これに怒おこったジャライル人じんはモナルンの馬うまを追おい立たてて連つれ去さってしまったため、モナルンの子供こども達たちもこれを聞きいて怒いかり、鎧よろいもつけずジャライル人じんを追おっていった。鎧よろいもつけずに出でて行いった息子むすこ達たちを心配しんぱいしたモナルンは嫁よめたちに鎧よろいを持もって行いかせたが間まに合あわず、果はたしてモナルンの子供こども達たちはジャライル人じんの攻撃こうげきを受うけて皆みな殺ころされてしまい、勝勢しょうせいに乗じょうじてジャライル人じんはモナルンたちまでも殺ころし、モンゴル部ぶは壊滅かいめつ状態じょうたいに陥おちいった。

この事件じけんの後のち、モナルンの家族かぞくの中なかではメネン・トドンの末弟ばっていでバルグト部ぶに婿むこ入いりしていたナチンと、メネン・トドンの息子むすこのカイドゥのみが生いき残のこり、この両者りょうしゃによってモンゴル部ぶの復興ふっこうが果はたされる。しかし、モンゴル部ぶの復興ふっこうに至いたる経過けいかは『集あつまり史し』と『元もと史し』でやや異ことなり、まず『集あつまり史し』では事件じけんが起おこった時ときにカイドゥとナチンはともに婿入むこいり先さきの部族ぶぞくに滞在たいざいしており、ジャライル人じんが攻せめてきた時ときにはナチンが馬うま乳ちち酒しゅを入いれておく酒樽さかだるに似にた大おおきな壷つぼの下したにカイドゥを隠かくして保護ほごし、その後ご成長せいちょうしたカイドゥはバルグジン・トクムに移住いじゅうして勢力せいりょくを蓄たくわえモンゴル部族ぶぞくを復興ふっこうさせたとする。

一方いっぽう、『元もと史し』は事件じけんが起おこった時ときにカイドゥはモナルンの下したに居いたが、乳母うばが積つみ木きの中なかに隠かくしたので一族いちぞくの中なかで唯一ゆいいつ助たすかったとする。その後ご、婿入むこいり先さきの部族ぶぞくにいたので難なんを逃のがれたナチンが実家じっかを訪おとずれると、傷きずついた老婆ろうば10数すう名めいとカイドゥしかおらずなすすべもなくいたが、幸運こううんにもジャライル人じんが連つれ去さった殺ころされたナチンの兄あにの黄き毛馬けまが3度ども竿ざおをかけられながら逃のがれて戻もどってきた。この馬うまに乗のったナチンは馬飼まかいいのふりをしてジャライル人じんの下したに向むかった所ところ、今度こんどは殺ころされた兄あにの飼かっていた鷹たかを持もつ父子ふしに行いき会あった。ナチンは近ちかくによって若わかい方ほうに「赤毛あかげの馬うまが馬うま群ぐんを連つれて東ひがしへ走はしって行いくのを見みなかったか」と尋たずねたが、若者わかものは「見みていない」と答こたえ、逆ぎゃくにナチンに「爾なんじの通とおってきたところには鴨かもや雁かりはいたか」と質問しつもんしてきたので、ナチンは彼等かれらを偽いつわって案内あんないしてやることにした。河かわの湾曲わんきょくしている所ところで親おやを引ひき離はなしたナチンは隙すきを見みて息子むすこの方ほうを刺さし殺ころし、馬うまと兄あにの鷹たかを繋つなぐと親おやの方ほうに向むかった。親おやはナチンに向むかって「鴨かもや雁かりを射いに来きた私わたしの息子むすこは、何故なぜ横よこになって動うごかないのか」と尋たずねたが、ナチンは鼻血はなぢを出だして倒たおれてるのだとはぐらかし、親おやが怒おこった所ところを隙すきを見みて刺さし殺ころした。その後ご更さらに進すすんだナチンは数すう百ひゃくの馬うまがいるのを見みつけたが、見張みはりをしているのは子供こどもが数すう人にんのみであった。ナチンは近ちかくまでよってこれが殺ころされた兄あにたちから奪うばわれた馬うまであると確認かくにんし、子供こどもたちに問といただしたが、やはりしらを切きられたので、近ちかくに誰だれもいないことを確認かくにんして子供こども達たちを皆殺みなごろしにし、馬うまを連つれてカイドゥの下したに帰かえった。それからナチンは老婆ろうばたちとカイドゥを連つれてバルグジン・トクムに移住いじゅうし、カイドゥが成長せいちょうするとバルグジン・トクムの民みんとともにカイドゥを君主くんしゅ（カン）に戴いただいてモンゴル部ぶを復興ふっこうさせた。

モンゴル部ぶの長ちょうとなったカイドゥは兵へいを率ひきいてジャライル部ぶの残党ざんとうに報復ほうふくし、その生いき残のこりを自みずからの傘下さんかに収おさめた。『集あつまり史し』「ジャライル部族ぶぞく志こころざし」には「彼等かれら（ジャライル人じん）の妻子さいしは総すべてモナルンの息子むすこカイドの家人かじん(bande) とし、彼等かれらのうちの何人なんにんかの子供こどもは捕虜ほりょ (asiri)とみなし、カイドゥ一門いちもんの家人かじん(bande)とした」とあり、これ以後いごジャライル部族ぶぞくの人間にんげんはモンゴル部ぶボルジギン氏しの譜代ふだい家人かじん（オテグ・ボゴル）になったと説明せつめいする。

以上いじょうのように、ジャライル・ウルスの攻撃こうげきでモンゴル・ウルスは一度いちど壊滅かいめつ状態じょうたいに陥おちいったが、ナチンの助力じょりょくもあって逆ぎゃくにジャライル・ウルスを併合へいごうして更さらにモンゴル・ウルスは強大きょうだいになったというのがカイドゥにまつわる伝承でんしょうであった。

『遼りょう史し』に見みられる記述きじゅつ

以上いじょうのような『元もと史し』・『集あつまり史し』に見みられるジャライル・ウルスの滅亡めつぼうは、『遼りょう史し』に記しるされる敵てき烈れつ部ぶの滅亡めつぼうに相当そうとうするのではないかと考かんがえられている。『遼りょう史し』によると、1014年ねん（開ひらき泰たい3年ねん）に敵てき烈れつ部ぶの夷えびす剌（イラ）なる人物じんぶつが酋長しゅうちょうの稍やや瓦かわら（シャワ）を殺ころして叛乱はんらんを起おこし、近隣きんりんの部族ぶぞくもこれに呼応こおうして遼りょうの巨きょ母はは古いにしえ（クムク）城しろを攻せめ落おとしてしまった。これに対たいし、遼りょうは叛乱はんらん鎮圧ちんあつのために耶律世良せらを派遣はけんし、翌よく1015年ねん夏なつにはまず敵てき烈れつ部ぶに呼応こおうした阻卜部ぶ（ケレイト部ぶ）・烏がらす古部こぶ（タタル部ぶ）を撃破げきはし、敵てき烈れつ部ぶをも一旦いったん服属ふくぞくさせた。しかし、遼りょうの朝廷ちょうていでは敵てき烈れつ部ぶによる叛乱はんらんの再発さいはつを防ふせぐため内地ないちに移住いじゅうさせる計画けいかくが唱となえられており、耶律世良せらがこの計画けいかくを実行じっこうする隙すきを突ついて敵てき烈れつ部ぶは再ふたたび叛乱はんらんを起おこした。再度さいどの叛乱はんらんに懲こりた耶律世良せらは敵てき烈れつ部ぶを再度さいど撃破げきはしてその成年せいねん男子だんし（丁ちょう壮たけし）を皆殺みなごろしにしてしまった。その後ごも遼りょう軍ぐんの隙すきを突ついた敵てき烈れつ部ぶの逆襲ぎゃくしゅうがあり、将しょうの一人ひとり勃括を討うち漏もらすという失態しったいがあったものの、最終さいしゅう的てきには生いき残のこりの敵てき烈れつ部ぶ人じんをケレイト河かわ沿ぞいに移住いじゅうさせてそこに住すまわせた。

このような、『遼りょう史し』に描えがかれる敵てき烈れつ部ぶの滅亡めつぼうは時代じだい・場所ばしょともにジャライル・ウルスの滅亡めつぼうと酷似こくじしており、同一どういつの事件じけんを指さしていると考かんがえられる。この事件じけんで遼りょう軍ぐんの攻撃こうげきを逃のがれた敵てき烈れつ部ぶ人じん＝ジャライル人じんがモンゴル部ぶへの攻撃こうげきを行おこなったのだとすると、カイドゥ・カンが活躍かつやくしたのは11世紀せいき前半ぜんはんのことであったと見みられる。

系図けいず

参考さんこう文献ぶんけん

• 岡田おかだ英弘ひでひろ『チンギス・ハーン』朝日新聞社あさひしんぶんしゃ、1993年ねん
• 志茂しも碩せき敏さとし『モンゴル帝国ていこく史し研究けんきゅう 正篇せいへん』東京大学とうきょうだいがく出版しゅっぱん会かい、2013年ねん
• ドーソン（訳注やくちゅう：佐さ口こう透とおる）『モンゴル帝国ていこく史し1』平凡社へいぼんしゃ、1989年ねん
• 宮脇みやわき淳子じゅんこ『モンゴルの歴史れきし 遊牧民ゆうぼくみんの誕生たんじょうからモンゴル国こくまで』刀かたな水すい書房しょぼう、2002年ねん
• 村上むらかみ正二しょうじ訳注やくちゅう『モンゴル秘史ひし１チンギス・カン物語ものがたり』平凡社へいぼんしゃ、1970年ねん