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ジェイソン・ドノヴァン

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ジェイソン・ドノヴァン
Jason Donovan
ジェイソン・ドノヴァン(2007ねん
基本きほん情報じょうほう
出生しゅっしょうめい Jason Sean Donovan
生誕せいたん (1968-06-01) 1968ねん6月1にち(56さい
出身しゅっしん オーストラリアの旗 オーストラリア ビクトリアしゅうメルボルン
職業しょくぎょう 歌手かしゅ俳優はいゆう
活動かつどう期間きかん 1979ねん -
共同きょうどう作業さぎょうしゃ ストック・エイトキン・ウォーターマン
ジェイソン・ドノヴァン(2007ねん

ジェイソン・ドノヴァンJason Donovan1968ねん6月1にち - )は、オーストラリアメルボルン出身しゅっしん歌手かしゅおよ俳優はいゆうである。

略歴りゃくれき[編集へんしゅう]

ジェイソン・ドノヴァンは、メルボルンの都心としんから南東なんとうへ8kmはなれたマルバーン地区ちく出身しゅっしん。「ショーン」というミドルネームのとおりアイルランドけいで、父親ちちおや俳優はいゆうイングランドまれのテレンス・ドノヴァン。母親ははおやイギリスやオーストラリアで女優じょゆうとして活躍かつやくしたスー・マッキントッシュである。かれ両親りょうしん1973ねん離婚りこんしたが、母親ははおやのちべつ男性だんせい再婚さいこんし、父親ちちおやちがいのいもうとであるステファニー・マッキントッシュも女優じょゆうという芸能げいのう一家いっかだしである。

11さいとなった1979ねん、オーストラリアのテレビシリーズ『Skyways』で子役こやくとしてデビュー。番組ばんぐみちゅうではおなじく子役こやく出身しゅっしんであるカイリー・ミノーグ共演きょうえんすることもあった。その順調じゅんちょう活動かつどうし、1987ねんには同国どうこく芸能げいのう雑誌ざっし『TV Week』による「ロギーしょう将来しょうらい有望ゆうぼう芸能人げいのうじんたいする部門ぶもん)」にかがや[1]1988ねんストック・エイトキン・ウォーターマンによるプロデュースで歌手かしゅデビューしたが、デビューきょくの「青春せいしゅんきずな」がいきなりぜんえい5日本にっぽん洋楽ようがくチャートでは1かがやくなど、華々はなばなしいスタートをる。さらに2まいのシングルである「ブロークン・ハーツ」がぜんえい1となり、1989ねんにはデビュー・アルバムである『テン・グッド・リーズンズ』が3しゅう連続れんぞくぜんえい1げとなった。ほぼどう時期じきにカイリー・ミノーグもイギリスに拠点きょてんうつして、日本にっぽんでもられるヒットきょく連発れんぱつするなど活躍かつやくしていたが、「エスペシャリー・フォー・ユー」で幼馴染おさななじみでもあるミノーグとのデュエットを実現じつげんさせ、これが1989ねんぜんえい年間ねんかん売上うりあげだい4となる。1990年代ねんだい前半ぜんはんまでヒットきょくつづき、1980年代ねんだい後半こうはんから1990年代ねんだい前半ぜんはん代表だいひょうするアーティストのひとりとなった。

歌手かしゅとしての華々はなばなしい活動かつどうかたわら、母国ぼこくオーストラリアでは俳優はいゆうぎょうにもせいし、1990ねんには2度目どめのロギーしょう短編たんぺん部門ぶもん)を受賞じゅしょう同年どうねん太平洋戦争たいへいようせんそうあつかった『アンボンでなにさばかれたか』で映画えいがはつ出演しゅつえんたす。

しかし順風じゅんぷうまんだった芸能げいのう活動かつどうも、1992ねんにイギリスの月刊げっかん『The Face』に「同性愛どうせいあいしゃ」であるとほうじられたことから裁判さいばん沙汰ざたとなり[2]勝訴しょうそしたものの、その過程かていで「同性愛どうせいあいしゃ差別さべつしている」とほうじられたことなどから人気にんきくだざかとなり、さらに薬物やくぶつにも[3]、すっかり暗転あんてんしてしまう。

その薬物やくぶつ依存いぞん克服こくふく家庭かていち、現在げんざいでは歌手かしゅミュージカル俳優はいゆうなどとして、母国ぼこくやイギリスで芸能げいのう活動かつどうつづけている。

その[編集へんしゅう]

日本にっぽんでは1994ねんテレビ映画えいが最後さいご弾丸だんがん』に主役しゅやく1人ひとりとして出演しゅつえん[4]

ディスコグラフィ[編集へんしゅう]

アルバム[編集へんしゅう]

  • テン・グッド・リーズンズ』 - Ten Good Reasons (1989ねん、PWL Records)
  • 虹色にじいろのときめき』 - Between the Lines (1990ねん、PWL Records)
  • 『オール・アラウンド・ザ・ワールド』 - All Around the World (1993ねん、Polydor)
  • Let It Be Me (2008ねん、Universal)
  • Soundtrack of the 80s (2010ねん、Universal)
  • Sign of Your Love (2012ねん、Polydor)

シングル[編集へんしゅう]

  • 青春せいしゅんきずな』 - "Nothing Can Divide Us" (1988ねん)
  • エスペシャリー・フォー・ユー』 - "Especially for You" (1988ねん) ※カイリー・ミノーグとのデュエット
  • ブロークン・ハーツ』 - "Too Many Broken Hearts" (1989ねん)
  • なみだくちづけ』 - "Sealed With a Kiss" (1989ねん)
  • 『エヴリ・デイ』 - "Every Day (I Love You More)" (1989ねん)
  • 『カム・バック・トゥ・ミー』 - "When You Come Back to Me" (1989ねん)
  • きみにハング・オン』 - "Hang On to Your Love" (1990ねん)
  • 『アナザー・ナイト』 - "Another Night" (1990ねん)
  • かなしきあめおん』 - "Rhythm of the Rain" (1990ねん)
  • 『ファイン』 - "I'm Doing Fine" (1990ねん)
  • 『R.S.V.P.』 - "RSVP" (1991ねん)
  • 『エニー・ドリーム・ウィル・ドゥ』 - "Any Dream Will Do" (1991ねん)
  • ハッピー・トゥゲザー』 - "Happy Together" (1991ねん)
  • "Joseph Mega Remix" (1991ねん)
  • "Mission of Love" (1992ねん)
  • "As Time Goes By" (1992ねん)
  • "All Around the World" (1993ねん)
  • "Angel" (1993ねん)
  • "Share My World" (2007ねん)
  • "Dreamboats and Petticoats" (2008ねん)
  • "Make Love" (2012ねん)

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ Australia TV Week 1988 Logie Awards”. ALLdownunder.com (1988ねん3がつ11にち). 2015ねん10がつ17にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2022ねん6がつ11にち閲覧えつらん
  2. ^ Jack Marx (2012ねん8がつ6にち). “Jason's technicolour life” (英語えいご). The Sydney Morning Herald. 2022ねん6がつ11にち閲覧えつらん
  3. ^ Demelza De-Burca (2017ねん2がつ21にち). “Jason Donovan told how he visited U2's Dublin studio on a drug binge with Robbie Williams - Irish Mirror Online” (英語えいご). Irish Mirror Online. 2022ねん6がつ11にち閲覧えつらん
  4. ^ 最後さいご弾丸だんがん - 映画えいが情報じょうほう・レビュー・評価ひょうか・あらすじ | Filmarks映画えいが”. Filmarks映画えいが情報じょうほう. つみき (1994ねん). 2022ねん6がつ11にち閲覧えつらん

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]