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ジン (アラブ)

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア（Wikipedia）』

ジン（アラビア語ご: جِنّ‎、jinn‎、英えい、仏ふつ: jinn、djin、日本語にほんごの翻訳ほんやくのクルアーンの漢字かんじ: 幽かそけ精きよし[1]、妖霊[2]）とは、アラブ世界せかいで人ひとにあらざる存在そんざいであり、なおかつ人ひとのように思考しこう力りょくをもつとみなされる存在そんざい、すなわち精霊せいれいや妖怪ようかい、魔ま人じんなど一いち群ぐんの超ちょう自然しぜん的てきな生いき物ものの総称そうしょうである[3]。

イスラーム以前いぜんからいわば俗信ぞくしんとしてアラブ人じんに信しんじられてきた[3][4]が、イスラム以降いこう、クルアーン(コーラン)がその存在そんざいを否定ひていせずに認みとめているため、神学しんがくなどで盛さかんに論ろんじられるようになった[3]。一般いっぱん的てきには千せん夜や一夜いちや物語ものがたり（アラジンと魔法まほうのランプ）に登場とうじょうするランプの精せいが有名ゆうめいである[5]。

名称めいしょう

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アラビア語ごの語根ごこん（英語えいご版ばん） j-n-n から成なる語かたりとしては、「隠かくす、覆おおう；（死装束しにしょうぞくで死者ししゃを）包つつみ隠かくす；（死者ししゃを墓はかに）埋葬まいそうする」[6]などを意味いみする動詞どうし جَنَّ（janna, ジャンナ）やその受動態じゅどうたいで「ジンに取とり憑つかれる、狂くるう，狂気きょうきに陥おちいる」などを意味いみする جُنَّ（junna, ジュンナ）がある。名詞めいしとしては本ほん項こうに係かかる جِنّ（jinn, ジン） のほか、「（来生きすぎにおける）楽園らくえん；庭園ていえん、果樹かじゅ園えん」[7]を意味いみする جَنَّة（janna(h), ジャンナ）、「（ジンに）憑りつかれた（人ひと）、狂人きょうじん」などを意味いみする مَجْنُون（majnūn, マジュヌーン）、「隠かくされた者もの；胎児たいじ；植物しょくぶつの胚はい；墓ぼに埋葬まいそうされた者もの；墓ぼ；植物しょくぶつの胚はい」[8]などを意味いみする جَنِين（janīn, ジャニーン）といった単語たんごが見みられる[9]。

جِنّ（jinn, ジン）は集合しゅうごう名詞めいしでジンという種たね全体ぜんたい・そのものを示しめす総称そうしょう用法ようほうで用もちいたり複数ふくすうのジンの集あつまりに対たいして用もちいる。これに -yy 語尾ごびをつけ単数たんすう化かしたものが単数たんすう形がた・男性だんせいの جِنِّيّ（jinnī, ジンニー）で、女性じょせい化かの機能きのうを持もつ ة（ター・マルブータ）を付与ふよした単数たんすう形がた・女性じょせいが جِنِّيَّة（jinniyya(h) / jinnīya(h), ジンニーヤ）[10] である。

同おなじ語根ごこん j-n-n から派生はせいして似にたような意味いみを持もつ複数ふくすう形がたの言葉ことばには、ほかに、jinna, jānn, jinnān があり[9][11]、マグリブ方言ほうげんでは جِنُون（jīnun, ジヌーン）という複数ふくすう形がたから語頭ごとう子音しいんの母音ぼいん脱落だつらくが起おこった jnūn（ジヌーン）も見みられる[11]。jānn の語源ごげんについて、19世紀せいきイギリスの東洋とうよう学者がくしゃレイン（英語えいご版ばん）は、預言よげん者しゃムハンマドと同どう時代じだいのアラビアの詩人しじんフザリー（アラビア語ご版ばん）の詩句しくに基もとづいて、少すくなくともクルアーンの時代じだいには「五感ごかんによる知覚ちかくからは隠かくされた、あるいは隠かくれた、精神せいしん的てきな存在そんざい」を意味いみしたのであろうと推測すいそくした[9]。フザリーの詩句しくにおいて、"jinn" の意味いみには「天使てんし」が含ふくまれている[9]。

jinn, jinna, jānn, jinnān の語源ごげんはさらに遡さかのぼれる可能かのう性せいがあるが、確たしかなことは言いえないのが21世紀せいき現在げんざいの状況じょうきょうである[11]。フランス語ふらんすごで「天才てんさい」や「工学こうがく」を意味いみする génie は「守護神しゅごじん」や「精霊せいれい」などの意味いみもあり[12]、語源ごげんはラテン語らてんごの genius にさかのぼる[11]。フランス語ふらんすご génie は、本ほん項こうで取とり扱あつかうアラブ民話みんわの「ジン」をフランス語ふらんすごの中なかで表あらわす言葉ことばとして定着ていちゃくしているが、アラビア語ご jinn も同様どうように、ラテン語らてんご genius に由来ゆらいするとする説せつが、19世紀せいきのヨーロッパでは確たしかな根拠こんきょなく信しんじられていた[11]。しかし、オランダの東洋とうよう学者がくしゃ Arent Jan Wensinck の "The etymology of the arabic djinn (spirit)" (1920) はこうした俗説ぞくせつを否定ひていし、その後ごも Eichler, Starcky といった学者がくしゃも支持しじした[11]。

アラビア語ごの jinn は、英語えいごにおいてはより英語えいご化かされたかたちの genie のつづりで書かかれることがある（例たとえば、ディズニーキャラクターのジーニーなど）[13]。これは『千せん一いち夜や物語ものがたり』の英語えいご翻訳ほんやくの際さい（18世紀せいき）にフランス語ふらんすご génie から借用しゃくようしたものがある程度ていど定着ていちゃくしたものである[13][14]。アラビア語ご jinn が表あらわすものと、ラテン語らてんご由来ゆらいフランス語ふらんすごの génie が表あらわすものが大おおまかには一致いっちしているため、定着ていちゃくしたものと考かんがえられている[15]。

性質せいしつ

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1802年ねんに描えがかれたジン。

普段ふだんは目めに見みえないが、煙けむりのような気体きたいの状態じょうたいから凝結ぎょうけつして固体こたいとなって姿すがたを現あらわす[3]。その姿すがたも変幻へんげん自在じざいで、さまざまな動物どうぶつや蛇へび[3]、巨人きょじん、醜みにくい生いき物もの、さらには美うつくしい女性じょせいにも変かわることができる[16]。知力ちりょく・体力たいりょく・魔力まりょく全すべてにおいて人間にんげんより優すぐれるが、ソロモン王おうには対抗たいこうできないとされる[3]。ソロモン王おうはジンを自在じざいに操あやつり、神殿しんでんを立たてる際さいにもジンを動員どういんしたと言いわれている[17]。

人間にんげんに善人ぜんにんと悪人あくにんがいるように、ジンにも善人ぜんにんと悪人あくにん[4]、ムスリムと非ひムスリムがおり[17]、人間にんげんと同様どうように救すくいを受うけるものとジャハンナム（地獄じごく）に落おちるものがいる[4]。人間にんげんに取とり憑く場合ばあいがあり、ジンに取とり憑つかれた人ひとすなわち気きが狂くるった人ひとを مَجْنُون（majnūn, マジュヌーン）と呼よぶ。善ぜん性せいのジンに取とり憑つかれれば聖者せいじゃとなり社会しゃかいに利益りえきをもたらすが、悪性あくせいのジンに取とり憑つかれると狂人きょうじんになる[3]。

害悪がいあくを与あたえるといっても、ただの悪戯いたずら好すきから人間にんげんの命いのちを奪うばうものまで様々さまざまである。強大きょうだいで恐おそろしいものから順じゅんに مَارِد（mārid, マーリド）、عِفْرِيت（ʿifrīt, イフリート）、شَيْطَان（shayṭān / shaiṭān, シャイターン）、جِنّ（jinn, ジン）、جَانّ（jānn, ジャーン）と格付かくづけされており、リーダー格かくがイブリースだと言いわれている[3]。しかしイブリースがアッ＝シャイターンと呼よばれているので異説いせつもある。人助ひとだすけをするイフリートもいることから、この階級かいきゅうは悪性あくせいだけでなく、善悪ぜんあく統合とうごうした階級かいきゅうだという意見いけんもある[要よう出典しゅってん]。

また、無明むみょう時代じだい以前いぜんから、職業しょくぎょう的てきにジンに憑依ひょういされ、神かみがかった意識いしき状態じょうたいで霊感れいかんや啓示けいじを受うける巫みこ者しゃや詩人しじん、聖職せいしょく者しゃ（カーヒン）も存在そんざいした[18]。例たとえば、無明むみょう時代じだいの詩人しじんアル＝アアシャーは自分じぶんに降おりてくるジンにミスハルという名なを与あたえ、親友しんゆうのような関係かんけいを築きずいたという。これらの人々ひとびととジンの関係かんけいは、ジンが降おりる人間にんげんを選えらび、人間にんげん側がわはそれに拘束こうそくされるというもので、アル＝アアシャーのように尊敬そんけいされる場合ばあいもあれば詐欺さぎ師しや妖術ようじゅつ師し扱あつかいされる場合ばあいもあった[18]。

イスラームとの関係かんけい

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イスラム教いすらむきょうが成立せいりつするより前まえ、ジャーヒリーヤ（無明むみょう時代じだい）と呼よばれた頃ころには、ジンは神かみ々またはそれに準じゅんじる存在そんざいとしてアラブ人じんによって崇拝すうはいされていた[4]。

やがて成立せいりつした、唯ただ一神教いっしんきょうであるイスラーム教きょうでも、ジンの存在そんざいを完全かんぜんには無視むしできなかった。クルアーン(コーラン)もその存在そんざいを認みとめており[3][4]、アル＝ジンという表題ひょうだいのスーラ（章あきら）があるほどである。 クルアーンの中なかで、預言よげんを説とくムハンマドが街まちの人々ひとびとからもの憑きや詩人しじん扱あつかいされたという記述きじゅつがいくつも登場とうじょうするが、シャーマニズム性せいを否定ひていするイスラームでは、ジンによる憑依ひょうい現象げんしょうとムハンマドの召命という構造こうぞう的てきに類似るいじしているように見みえる出来事できごとを峻別しゅんべつする必要ひつようがあった[18]。

クルアーンに拠よる公認こうにん教義きょうぎでは、ジンは人間にんげんと天使てんしの間あいだに位置いちする被ひ造物ぞうぶつとされる[17]。古典こてんイスラム法ほうでもジンの位置いちづけを定さだめているが、ジンが人間にんげんと結婚けっこんする事ことについても論考ろんこうされている[17]。

アッラー（アッラーフ）が土どからアーダム (آدم‎) を作つくる2000年ねんも前まえに[3]、煙けむりの出でない火ひ[3][19]、またはサハラ砂漠さはらさばくを越こえて吹ふく熱風ねっぷう「シムーン」[16]から作つくられたとされる。エジプトでは、アッラー（アッラーフ）の名なを唱となえることで、悪あくをなすジンを退散たいさんできると信しんじられていた。また、砂漠さばくの夜空よぞらに流星りゅうせいが光ひかるのはアッラー（アッラーフ）がジンを攻撃こうげきしているためだとされていた[16]。

脚注きゃくちゅう

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[脚注きゃくちゅうの使つかい方かた]
  1. ^ イスラムのホームページ
  2. ^ 聖せいクルアーン
  3. ^ a b c d e f g h i j k 堀内ほりうち (1997), p. 970.
  4. ^ a b c d e ケネディ,山我やまが訳やく (1991), p. 126.
  5. ^ 『幻想げんそう動物どうぶつ事典じてん』・173頁ぺーじ
  6. ^ Team, Almaany. “تعريف و شرح و معنى جن بالعربي في معاجم اللغة العربية المعجم الوسيط - معجم عربي عربي صفحة 1” (英語えいご). www.almaany.com. 2023年ねん2月がつ1日にち閲覧えつらん。
  7. ^ Team, Almaany. “تعريف و شرح و معنى جنة بالعربي في معاجم اللغة العربية الغني - معجم عربي عربي صفحة 1” (英語えいご). www.almaany.com. 2023年ねん2月がつ1日にち閲覧えつらん。
  8. ^ “معنى شرح تفسير كلمة (جنين)”. www.almougem.com. 2023年ねん2月がつ1日にち閲覧えつらん。
  9. ^ a b c d Edward William Lane (1863年ねん). “An Arabic-English Lexicon”. pp. 462. 2019年ねん9月がつ11日にち閲覧えつらん。
  10. ^ Team, Almaany. “تعريف و شرح و معنى جن بالعربي في معاجم اللغة العربية اللغة العربية المعاصر - معجم عربي عربي صفحة 1” (英語えいご). www.almaany.com. 2023年ねん2月がつ1日にち閲覧えつらん。
  11. ^ a b c d e f Nünlist, Tobias (2015) (ドイツ語ご). Dämonenglaube im Islam. Walter de Gruyter GmbH & Co KG. pp. 22-23. ISBN 978-3-110-33168-4. https://books.google.co.jp/books?id=yoE_CgAAQBAJ 
  12. ^ 旺文社おうぶんしゃ『ロワイヤル仏ふつ和わ中ちゅう辞典じてん』第だい2版はん p.933
  13. ^ a b Oxford English Dictionary, 3rd ed. "genie, n." Oxford University Press (Oxford), 2014.
  14. ^ Arabian Nights' entertainments, Vol. I, (1706) .
  15. ^ John L. Mckenzie The Dictionary Of The Bible Simon and Schuster 1995 ISBN 9780684819136 p. 192
  16. ^ a b c ローズ,松村まつむら訳やく (2003), p. 190.
  17. ^ a b c d ボスワース,松永まつなが訳やく (1999), p. 227.
  18. ^ a b c 井筒いづつ俊彦としひこ「言語げんご現象げんしょうとしての「啓示けいじ」」『イスラーム思想しそう 2』岩波書店いわなみしょてん〈岩波いわなみ講座こうざ 東洋とうよう思想しそう〉第だい4巻かん1988年ねん、ISBN 4-00-010324-5 pp.22-29.
  19. ^ ボスワース,松永まつなが訳やく (1999), p. 226.

参考さんこう文献ぶんけん

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