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ソグディアノス

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ソグディアノス
ペルシアおう
在位ざいい 紀元前きげんぜん424ねん - 紀元前きげんぜん423ねん
べつごう エジプトのファラオ

死去しきょ 紀元前きげんぜん423ねん
ペルセポリス
王朝おうちょう アケメネスあさ
父親ちちおや アルタクセルクセス1せい
母親ははおや アロギュネ
宗教しゅうきょう ゾロアスターきょう
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ソグディアノスSogdianos, Sogdyậna、? - 紀元前きげんぜん423ねん)は、アケメネスあさペルシア大王だいおうつたわる人物じんぶつぜん424ねんから翌年よくねんにかけてのごく短期間たんきかん王位おういにあったとされる。

紀元前きげんぜん424ねん大王だいおうアルタクセルクセス1せい死後しご、その息子むすこ皇太子こうたいし正室せいしつダマスピアの息子むすこ)のクセルクセス2せい王位おういいだ。ところがわずかすう週間しゅうかん異母弟いぼていバビロニア出身しゅっしん側室そくしつアロギュネの息子むすこ)のソグディアノスがクセルクセスを暗殺あんさつして王位おうい簒奪さんだつした。さらにそのすうヶ月かげつべつ異母弟いぼてい(バビロニア出身しゅっしん側室そくしつコスマルテュデネの息子むすこヒュルカニア総督そうとく)のオコスが蜂起ほうきした。ソグディアノスが騎兵隊きへいたいちょうアルバリオスに暗殺あんさつされたのち、オコスは大王だいおうダレイオス2せいとして即位そくいした。

以上いじょう事績じせきクニドス歴史れきしクテシアスつたえるところであるが、こんにちの歴史れきしがくではクテシアスの著述ちょじゅつ信憑しんぴょうせいとぼしいと評価ひょうかされている。どう時代じだいバビロニア史料しりょうによれば、おそらくはアルタクセルクセス1せい死後しごさん兄弟きょうだいがそれぞれの領地りょうち分立ぶんりつして後継こうけいしゃ自称じしょうし、最終さいしゅうてきにダレイオスが勝利しょうりしたとかんがえるのが妥当だとうである[よう出典しゅってん]。アルタクセルクセス1せい最後さいご碑文ひぶん紀元前きげんぜん424ねん12月24にち、ダレイオス2せい最初さいしょ碑文ひぶんまえ423ねん1がつ10日とおか年代ねんだいけられている。

文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • Pierre Briant: From Cyrus to Alexander: A History of the Persian Empire. Winona Lake 2002.

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]


先代せんだい
クセルクセス2せい
アケメネスあさおう
ぜん424ねん‐423ねん
次代じだい
ダレイオス2せい