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チョーク・リバー研究所けんきゅうじょ

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チョーク・リバー研究所けんきゅうじょ
正式せいしき名称めいしょう Chalk River Laboratories
日本語にほんご名称めいしょう チョーク・リバー研究所けんきゅうじょ
略称りゃくしょう CRL
所在地しょざいち カナダ
オンタリオしゅうチョーク・リバー、
オタワ北西ほくせいやく180km
設立せつりつ年月日ねんがっぴ 1944ねん
上位じょうい組織そしき カナダ原子力げんしりょく公社こうしゃ
ウェブサイト https://web.archive.org/web/20110606050822/http://www.aecl.ca/Science/CRL.htm
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チョーク・リバー研究所けんきゅうじょ(チョーク・リバーけんきゅうじょ、Chalk River Laboratories:正式せいしきめい Chalk River Nuclear Laboratories)はカナダにある原子力げんしりょく研究けんきゅう機関きかんである。オンタリオしゅうチョーク・リバー近郊きんこうにある。

沿革えんかく[編集へんしゅう]

1942ねんイギリスとカナダの研究けんきゅうしゃ共同きょうどうして、NRC(National Research Council of Canada:カナダ国家こっか研究けんきゅう会議かいぎ)のした原子力げんしりょく研究けんきゅう施設しせつとして、モントリオール研究所けんきゅうじょつくられた。

1944ねんに チョーク・リバー研究所けんきゅうじょ開所かいしょされた。1945ねんには、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくそとでは最初さいしょかく反応はんのう施設しせつである重水じゅうすい試験しけんZEEP(Zero Energy Experimental Pile)がつくられた。1946ねんモントリオール研究所けんきゅうじょ閉鎖へいさされ、チョーク・リバー研究所けんきゅうじょ集約しゅうやくされた。1947ねん天然てんねんウラン燃料ねんりょうのフルスケール重水じゅうすい研究けんきゅうNRX(National Research eXperimental)が運転うんてん開始かいしした[1]

1952ねんかく平和へいわ利用りようをはかるために、カナダ原子力げんしりょく公社こうしゃAECL(Atomic Energy of Canada Limited)が設立せつりつされ、チョーク・リバー研究所けんきゅうじょもNRCからAECLに移管いかんされた。

同年どうねん12月12にち試験しけん原子げんしNRXで原子げんし暴走ぼうそう燃料ねんりょうぼう溶融ようゆうする原子力げんしりょく事故じこ発生はっせい[2][3]後年こうねん国際こくさい原子力げんしりょく事象じしょう評価ひょうか尺度しゃくどレベル5と判定はんていされた。

1950年代ねんだいから2000年代ねんだいおおくのかく反応はんのう研究けんきゅう施設しせつ設置せっちされ、医療いりょうよう科学かがく実験じっけんよう放射ほうしゃせい物質ぶっしつ生産せいさんされた。医療いりょうよう放射ほうしゃせい物質ぶっしつ世界せかい生産せいさんりょう半分はんぶん生産せいさんしている。カナダ最初さいしょ原子げんしちかくに建設けんせつされた(Nuclear Power Demonstration (NPD)はCANDU(カナダがた重水じゅうすい))。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ 原子力げんしりょく百科ひゃっか事典じてんATOMICA カナダの原子力げんしりょく政策せいさく計画けいかく (14-04-02-01)
  2. ^ 川野かわの真治しんじ 京都大きょうとだいがく原子炉実験所げんしろじっけんしょ かく軍事ぐんじ利用りよう商業しょうぎょう利用りよう(PDF)
  3. ^ このとき、のちのアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく大統領だいとうりょうジミー・カーターは、海軍かいぐん原子力げんしりょく技術ぎじゅつしゃとして事故じこ処理しょりにあたり、被曝ひばくもした。--「『かく燃料ねんりょうサイクルは実現じつげん困難こんなん』カーターもとべい大統領だいとうりょう単独たんどくインタビュー」東京とうきょう新聞しんぶん、2012ねん1がつ23にち

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]