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おおやけかい

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

おおやけかい(くがい)とは、公共こうきょうあるいは(「わたし」にたいする)「おおやけ」の概念がいねん言葉ことば

概要がいよう

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もと中国ちゅうごくもちいられていたかたりで、禅宗ぜんしゅう用語ようごとして日本にっぽんつたえられた。禅宗ぜんしゅうにおいては、俗界ぞっかいからはなれた修行しゅぎょうやそこで修行しゅぎょうする僧侶そうりょしたとかんがえられている。日本にっぽんにおける最古さいこれいたからおさむ2ねん1248ねん)に永平寺えいへいじにて制定せいていされた「永平寺えいへいじいんぶんまわししき」に「おおやけかいまい」のかたり登場とうじょうしている。また、道元どうげんらんけい道隆みちたか無学むがくもとなどの禅僧ぜんそうもしばしば「おおやけかい」のかたりもちいている。

南北なんぼくあさ時代じだいから戦国せんごく時代じだいにかけて、おおやけかい私事しじたいする「おおやけ(おおやけ)」を意味いみする言葉ことばとしてもちいられるようになった。ただし、この場合ばあいの「おおやけ」は今日きょう国家こっか権力けんりょくすものではなく、社会しゃかい世間せけん一般いっぱんのことをした。その一方いっぽうでこの時代じだいの「わたし」には主従しゅうじゅう関係かんけい隷属れいぞく関係かんけいなど当時とうじ人々ひとびと通常つうじょう規制きせいしていた社会しゃかい関係かんけいふくんでいたことから、そういった関係かんけいとははなされたあるいは自立じりつしたひと場所ばしょすようになった。たとえば、おおやけかいしゃ能役者のうやくしゃ連歌れんが)・おおやけかいしゅさんおけ傾城けいせい)とばれた人々ひとびと無縁むえんてら自治じち都市とし一揆いっきなど、外部がいぶ世俗せぞく対立たいりつ戦乱せんらんからはなされた「無縁むえん」の領域りょういき西洋せいようにおける「アジール」)。ただし、犯罪はんざいごと理由りゆう社会しゃかいから排除はいじょされた「おおやけかい往来おうらいじん」のようにそのすべてが自主じしゅてきおおやけかい選択せんたくしたわけではなかった。

だが、個人こじん確立かくりつされていなかった当時とうじ社会しゃかいは、社会しゃかいからはなされることは貧困ひんこんそして表裏一体ひょうりいったい関係かんけいにあり、国家こっか権力けんりょく統制とうせいつよまった近世きんせいには否定ひていてき意味いみとらえられる場合ばあい登場とうじょうした。たとえば、遊郭ゆうかく遊女ゆうじょを「苦界くがい」と表現ひょうげんしたのは、「おおやけかい」からてんじたものとされている(遊郭ゆうかく内部ないぶ社会しゃかいからはなされていた)。ただし、本来ほんらい公共こうきょう意味いみ完全かんぜんうしなわれたわけではなく、町村ちょうそん公共こうきょう仕事しごと奉仕ほうしを「おおやけかい」とれい近代きんだいまでられた。

参考さんこう文献ぶんけん

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  • 網野あみの善彦よしひこおおやけかい」(『日本にっぽんだい事典じてん 2』平凡社へいぼんしゃ、1993ねん ISBN 978-4-582-13102-4
  • 網野あみの善彦よしひこおおやけかい」(『日本にっぽん歴史れきしだい事典じてん 1』小学館しょうがくかん、2000ねん ISBN 978-4-095-23001-6
  • 網野あみの善彦よしひこ『[増補ぞうほ無縁むえんおおやけかいらく 日本にっぽん中世ちゅうせい自由じゆう平和へいわ』(平凡社へいぼんしゃライブラリー)