山崎やまざき年みのる信しん

山崎やまざき 年みのる信しん（やまざき としのぶ、安政あんせい4年ねん（1857年ねん） - 明治めいじ19年ねん（1886年ねん）9月15日にち）は、明治めいじ初期しょきに活躍かつやくした浮世絵うきよえ師し。錦絵にしきえと新聞しんぶんの挿絵さしえで知しられる。

生涯しょうがい

月岡つきおか芳年よしとしの門人もんじん。江戸えど千住せんじゅで生うまれた。姓せいは山崎やまざき、または斎藤さいとう、名なは徳三郎とくさぶろう。仙せん斎とき、南みなみ斎ひとし、呉くれ園えん、扶桑ふそう園えん、呑海と号ごうした。父ちちは青物あおもの問屋とんやであった。家いえが貧まずしかったために絵えの才能さいのうを伸のばす道みちにすすむことができなかったが、明治めいじ3年ねん（1870年ねん）頃ごろ、13歳さいで浮世絵うきよえ師し･月岡つきおか芳年よしとしに入門にゅうもん、認みとめられて年とし信しんと号ごうした。入門にゅうもんの経緯けいいには二ふたつの説せつがある。ひとつは、提灯屋ちょうちんやで小僧こぞうとして修行しゅぎょうしているとき、神事しんじ行灯あんどんに描えがいた絵えが評判ひょうばんとなったことがきっかけとなったとする説せつ、もうひとつは、年とし信しんが提灯屋ちょうちんやではなく床屋とこやで奉公ほうこうしていたとするもので、床屋とこやの外そと戸障子としょうじに描えがいた絵えが、近所きんじょを通とおりかかった芳年ほうねんの弟子でしたちの間あいだで話題わだいとなり、その才能さいのうを惜おしんだ人物じんぶつが芳年ほうねんに紹介しょうかいしたという説せつである。

絵師えしとして本格ほんかく的てきに活躍かつやくし始はじめたのは明治めいじ10年ねん（1877年ねん）頃ごろのことで、西南せいなん戦争せんそうを題材だいざいとした30点てん余あまりの錦絵にしきえが確認かくにんされている。当時とうじ、年とし信しんはまだ20歳さいで、絵師えしとしての修行しゅぎょう期間きかんは約やく7年ねん（錦絵にしきえ師しの修行しゅぎょう期間きかんとしては短みじかい）にすぎなかったが、すでに一いち人前にんまえの絵師えしとして活躍かつやくできたということは、年とし信しんの才能さいのうと修行しゅぎょうのたまものといえるだろう。西南せいなん戦争せんそうの錦絵にしきえブームは1年ねんで終おわったが、年とし信しんはその頃ころから大阪おおさかでも仕事しごとをするようになっており、大阪おおさかで創刊そうかんされた「魁さきがけ新聞しんぶん」には、はじめて挿絵さしえを描えがいた。この時期じきに、関西かんさいの新聞しんぶん界かいの大物おおものである宇田川うだがわ文海ぶんかいとの親交しんこうがはじまる。以後いご、没ぼっするまで主おもに新聞しんぶんを舞台ぶたいに挿絵さしえ画家がかとして活躍かつやくした。明治めいじ10年ねん（1877年ねん）頃ごろからは草双紙くさぞうしの挿絵さしえも手てがけている。

年とし信しんは、稲野いなの年恒としつね、水野みずの年方としかた、右田みぎた年英としひでとともに「芳年ほうねん四天王してんのう」の1人ひとりに数かぞえられるようになった。また、芳年ほうねん門下もんかの鬼才きさい、天才てんさいなどとも呼よばれ、将来しょうらいを嘱望しょくぼうされた絵師えしであった。しかし絵師えしとして名前なまえが出でる頃ころから酒色しゅしょくに溺おぼれはじめ、仕事しごとにも支障ししょうをきたすようになった。明治めいじ13年ねん（1880年ねん）頃ごろを境さかいに錦絵にしきえの作品さくひんが見みられなくなる。この頃ころ、師しである芳年ほうねんとの間あいだにも確執かくしつが生うまれていた。仮名垣魯文かながきろぶんの仲介ちゅうかいで明治めいじ15年ねん（1882年ねん）12月、いったんは師しとの関係かんけいが修復しゅうふくされたが、その後ご、芳年ほうねんの書かき溜ためた漫画まんがを携たずさえて逃亡とうぼうするという事件じけんを起おこした。当時とうじの「いろは新聞しんぶん」広告こうこく欄らんには、芳年ほうねんの名なで年とし信しんの捜索そうさく願ねがいが掲載けいさいされているが、おそらくこのためであったとされる。事件じけんの顛末てんまつは詳つまびらかではないが、ほどなく落着らくちゃくし、漫画まんがも芳年ほうねんの元もとに戻もどった。

この事件じけんをきっかけとして、年とし信しんは芳年ほうねんの元もとを去さることになったと思おもわれる。そして明治めいじ15年ねん（1882年ねん）末まつか16年ねん（1883年ねん）の初はじめに、高知こうちの「土ど陽ひ新聞しんぶん」の専属せんぞく絵師えしとして高知こうちに赴おもむいた。そこで年とし信しんは、坂本さかもと龍馬りょうまを主人公しゅじんこうとした連載れんさい小説しょうせつ『汗あせ血ち千里せんりの駒こま』（坂崎さかざき紫瀾しらん著ちょ）の挿絵さしえを担当たんとうし、人気にんきを博はくした。高知こうち出身しゅっしんの評論ひょうろん家か・田岡たおか嶺雲れいうんは『数奇すうき伝でん』において、当時とうじこの挿絵さしえから強つよい印象いんしょうを受うけたことを記しるしている。『汗あせ血ち千里せんりの駒こま』の著者ちょしゃ坂崎さかざきは、明治めいじ15年ねん（1882年ねん）に講釈こうしゃく師しとして上のぼった演壇えんだんでの発言はつげんが不敬ふけい罪ざいに問とわれており、連載れんさい中ちゅうの3月がつ末まつから約やく3か月げつ間あいだ入獄にゅうごくすることとなったため連載れんさいは一時いちじ休止きゅうしされた。年とし信しんはこの間あいだに高知こうちを去さったらしく、5月29日にち付づけの「土ど陽ひ新聞しんぶん」には、今後こんご同紙どうしの画工がこうは藤原ふじわら信一しんいち（ふじわら のぶかつ）であるという広告こうこくが掲載けいさいされた。信一しんいちは、当時とうじの人気にんき役者やくしゃであった尾上おがみ多た見み蔵ぞうの弟子でしの女形おんながたであり、尾上おがみ多た見尾みおと名乗なのっていたが、それをやめて年とし信しんに弟子でし入いりした絵師えしである。『汗あせ血ち千里せんりの駒こま』の挿絵さしえは全部ぜんぶで66枚まいあり、そのうち38点てんに年とし信しんの落款らっかんが確認かくにんできるが、無む落款らっかん20点てんのうちにも年とし信しんの作品さくひんが含ふくまれていると思おもわれる（残のこり8点てんには門人もんじんの藤原ふじわら信一しんいちの落款らっかんがある）。『汗あせ血ち千里せんりの駒こま』は、連載れんさい途中とちゅうに、明治めいじ16年ねん（1883年ねん）5月がつに京都きょうとの駸々しんしん堂どうから出版しゅっぱんされたのをはじめとして、明治めいじ期きに複数ふくすうの版元はんもとから出版しゅっぱんされたが、年とし信しんの挿絵さしえは大幅おおはばにカットされている。

高知こうちを去さった年とし信しんは、その後ご「いろは新聞しんぶん」などに挿絵さしえを提供ていきょうした。明治めいじ18年ねん（1885年ねん）になって京都きょうとに移うつり、「日出ひので新聞しんぶん」に挿絵さしえを描えがきはじめた。新聞しんぶん挿絵さしえで認みとめられ、春香はるかと号ごうしている。この時期じき、勝川かちがわ春はる章あきらの錦絵にしきえなどを研究けんきゅうし、その影響えいきょうを受うけた画風がふうに変かわったが、かつてのような人気にんきは出でなかった。錦絵にしきえは「鹿児島かごしま征討せいとう紀き聞」、「戦地せんちの実況じっきょう奏聞そうもん之の図ず」その他たの西南せいなん戦争せんそう物もののほか、「大だい日本にっぽん優ゆう名めい鏡きょう」などが知しられている。新聞しんぶん挿絵さしえでは他たに「朝野あさの新聞しんぶん」、「大阪おおさか魁さきがけ新聞しんぶん」などの挿絵さしえがある。

明治めいじ18年ねん（1885年ねん）6月がつより肺炎はいえんを患わずらい、その後ご脳膜炎のうまくえんを併発へいはつして、9月15日にちに京都きょうとで没ぼっした。切きれ目めなく酔よっ払ぱらっていたといわれるほどに酒さけを好このんだことや、師し芳年ほうねんとの確執かくしつもあって、デビューから2、3年間ねんかんを除のぞけば不遇ふぐうであった。奇行きこう奇癖きへきの人ひとという評判ひょうばんもある。そのような年とし信しんを愛あいした面々めんめんもあり、死後しご、隅田川すみだがわ堤つつみの白しろ鬚ひげ神社じんじゃ境内けいだいに記念きねん碑ひを建たてようという動うごきもあった。芳年ほうねんもそこに加くわわっている。この碑いしぶみは現存げんそんしないが、同どう神社じんじゃから近ちかい向島むこうじま百ひゃく花園はなぞのにある芳年ほうねん記念きねん碑ひには、物故ぶっこ弟子でしとして年とし信しんの名なが刻きざまれている。享年きょうねん29。墓所はかしょは京都きょうと市し中京ちゅうきょう区く新京極しんきょうごく蛸薬師たこやくし上あがルの西光寺さいこうじ。

年とし信しんは絵師えしとしてはほとんど忘わすれられた存在そんざいであるが、『高知こうち県けん人名じんめい事典じてん』は年とし信しんに一いち項こうをあて、高知こうちの美術びじゅつ界かいに与あたえた影響えいきょうは大おおきかったと評価ひょうかしている。活動かつどう期間きかんが短みじかく、現存げんそんしている作品さくひん数すうも多おおくはない。今日きょうではほとんど顧かえりみられることのない絵師えしであるが、現存げんそんする錦絵にしきえ作品さくひんにも快かい作さくがあり、また新聞しんぶん挿絵さしえの開拓かいたく者しゃのひとりとして再さい評価ひょうかが待またれる。

二に代目だいめ年ねん信しんこと田口たぐち年みのる信しんがおり、両者りょうしゃの作品さくひんはしばしば混同こんどうされている。

作品さくひん

• 「近世きんせい報国ほうこく高名こうみょう集しゅう」　大判おおばん3枚まい続つづけ　明治めいじ10年ねん
• 「鹿児島かごしま紀き聞」　大判おおばん3枚まい続つづけ　明治めいじ10年ねん
• 「鹿児島かごしまノ賊徒ぞくと熊本くまもとニテ地雷じらい火ひの図ず」　大判おおばん3枚まい続つづけ　明治めいじ10年ねん
• 「城山しろやま最後さいご之の決戦けっせん」　大判おおばん3枚まい続つづけ　明治めいじ10年ねん
• 「戦地せんち之の実況じっきょう奏聞そうもん之の図ず」　大判おおばん3枚まい続つづけ　明治めいじ10年ねん
• 「佐土原さどわら城しろ進撃しんげき之の図ず」　大判おおばん3枚まい続つづけ　明治めいじ10年ねん
• 「朝野ちょうや新聞しんぶん　実業じつぎょう家かの会談かいだん」　大判おおばん　明治めいじ11年ねん　山崎やまざき徳三郎とくさぶろうの落款らっかん
• 「大だい日本にっぽん優ゆう名めい鏡きょう　西郷さいごう隆盛たかもり　江藤えとう新平しんぺい　前原まえはら一誠いっせい」　大判おおばん
• 「大だい日本にっぽん優ゆう名めい鏡きょう　市川いちかわ団だん十郎じゅうろう　大だい蘇芳すおう年ねん　熊ケ嶽くまがたけ庄五郎しょうごろう」　大判おおばん
• 「大だい日本にっぽん優ゆう名めい鏡きょう　三条さんじょう太政大臣だじょうだいじん　岩倉いわくら右大臣うだいじん　大久保おおくぼ贈おく右大臣うだいじん」　大判おおばん
• 「大だい日本にっぽん優ゆう名めい鏡きょう　東京とうきょう小しょう万まん　西京にしぎょう嘉代かよ　大阪おおさか房ぼう鶴づる」　大判おおばん
• 「大だい日本にっぽん優ゆう名めい鏡きょう　柳原やなぎはら愛子あいこ 神功じんぐう皇后こうごう 雲上うんじょう姫ひめ」　大判おおばん

参考さんこう文献ぶんけん

• 日本にっぽん浮世絵うきよえ協会きょうかい編へん　『原色げんしょく浮世絵うきよえ大だい百科ひゃっか事典じてん』第だい2巻かん　大修館書店たいしゅうかんしょてん、1982年ねん
• 吉田よしだ漱　『浮世絵うきよえの見方みかた事典じてん』　北辰ほくしん堂どう、1987年ねん
• 野崎のさき左文さぶん「明治めいじ初期しょきの新聞しんぶん小説しょうせつ」『増補ぞうほ私わたしの見みた明治めいじ文壇ぶんだん一いち』2007年ねん 平凡社へいぼんしゃ所収しょしゅう
• 中村なかむら茂生しげお「山崎やまざき年みのる信しん伝でん備考びこう―坂本さかもと龍馬りょうま伝でん『汗あせ血ち千里せんりの駒こま』（坂崎さかざき紫瀾しらん著ちょ）の絵師えし」『土佐とさ史談しだん』第だい243号ごう 2010年ねん3月がつ