希求ききゅう法ほう

希求ききゅう法ほう（ききゅうほう、けぐほう）または願望がんぼう法ほう（がんぼうほう）（英語えいご：optative mood）は文法ぶんぽう的てきな法ほうの一ひとつで、話者わしゃの意志いしや希望きぼうを示しめすものである。勧奨かんしょう法ほう（en:cohortative mood）に似にており、接続せつぞく法ほうと密接みっせつな関係かんけいがある。

日本語にほんごで言いえば、主語しゅごの心情しんじょうまたは動作どうさとしての希望きぼうを表現ひょうげんする「…たい」「…たがる」「…てほしい」などのい方いかた（日本語にほんご文法ぶんぽうでいう希望きぼう）ではなく、「…たらなあ」「…ように」など、話者わしゃの願望がんぼう自体じたいを述のべるい方いかたに相当そうとうする。

希求ききゅう法ほうを持もつ言語げんごの例れいとしては、インドヨーロッパ語族ごぞくの古代こだいギリシア語ご、アルバニア語ご、アルメニア語ご、クルド語ご、古こプロシア語ご、サンスクリット、セルボ・クロアチア語ご、またグルジア語ご、トルコ語ご、ナバホ語ごなどがある。

印欧語いんおうご族ぞく

印しるし欧おう祖語そご

希求ききゅう法ほうは印しるし欧おう祖語そごに元々もともとあった4つの法ほうの1つである（他たの3つは直ちょく説法せっぽう、接続せつぞく法ほう、命令めいれい法ほう）。しかし多おおくの印欧語いんおうごは希求ききゅう法ほうを失うしなうか、または希求ききゅう法ほうが接続せつぞく法ほうに変化へんかした。

アルバニア語ご

アルバニア語ごでは、希求ききゅう法ほう（mënyra dëshirore：「願望がんぼう法ほう」の意味いみ）は願望がんぼうを表現ひょうげんし、また呪のろいや誓ちかいに用もちいられる。

• 願望がんぼう：U bëfsh 100 vjeç!（100歳さいまで生いきられますように）
• 呪のろい： Të marrtë djalli!（悪魔あくまがおまえを連つれてってしまえ）

古代こだいギリシア語ご

古代こだいギリシア語ごでは希求ききゅう法ほうは、主しゅ節ふしで願望がんぼうまたは可能かのう性せいを表現ひょうげんするのに用もちいられた。従属じゅうぞく節ぶし（目的もくてき、時とき、条件じょうけん、間接かんせつ話法わほうでの引用いんようを表あらわす）では、希求ききゅう法ほうは過去かこ時制じせいの主しゅ動詞どうしに伴ともなう形かたちで多おおく用もちいられる。願望がんぼうを表あらわす希求ききゅう法ほうは、それ自体じたいで、または前まえに小しょう辞じεいぷしろんἴθしーたεいぷしろん（eithe）をつけて用もちいられる。可能かのう性せいを表あらわす希求ききゅう法ほうは、主しゅ節ふしでは常つねに翻訳ほんやく不能ふのうの小しょう辞じἂνにゅーを伴ともない、従属じゅうぞく節ぶしではそれだけで用もちいられる。

• Εいぷしろんἴθしーたεいぷしろん βάλλοις （Eithe ballois）「あなたが投なげてくれるかなあ」
• Χαίροιμι ἂνにゅー, εいぷしろんἰ πορεύοισθε（Chairoimi an, ei poreuoisthe）「あなたが旅たびをできたら嬉うれしいのだが」

コイネーでは、希求ききゅう法ほうは接続せつぞく法ほうに取とって代かわられ始はじめ、新約しんやく聖書せいしょでは、主しゅとして慣用かんよう句くに用もちいられた。

希求ききゅう法ほうの語尾ごびは、οおみくろん/εいぷしろん母音ぼいんを持もつ動詞どうし（thematic verb）ではοおみくろんιいおたに、οおみくろん/εいぷしろん母音ぼいんを持もたない動詞どうし（athematic verb）ではιいおたになる特徴とくちょうがある。

ゲルマン語ご

接続せつぞく法ほうとして知しられることが多おおいゲルマン語ごの一部いちぶの動詞どうしは、実際じっさいには印しるし欧おう祖語そごの希求ききゅう法ほうに由来ゆらいするものである。ゴート語ごの接続せつぞく法ほう現在げんざい形かたち nimai「（彼かれが）とるように」は、古代こだいギリシア語ごの希求ききゅう法ほう現在げんざい形かたちφέροι「（彼かれが）運はこぶように」と比較ひかくされるものである。

古ふるい印欧語いんおうごの希求ききゅう法ほうがゲルマン語ごでは接続せつぞく法ほうに当あたることは、ゴート語ごを見みれば明あきらかである。ゴート語ごは、決きまった願望がんぼうあるいは意図いとを表あらわしていた、印欧語いんおうごの古ふるい「本当ほんとうの」接続せつぞく法ほうを失うしなったのである。接続せつぞく法ほうの機能きのうは希求ききゅう法ほう現在げんざい形がた（当初とうしょは可能かのう性せい、非ひ現実げんじつ的てきな事柄ことがら、一般いっぱん的てきな願望がんぼうだけを表あらわした）に受うけ継つがれた。

ゲルマン語ごでは、希求ききゅう法ほう過去かこ形かたちの形態けいたいと機能きのうが新あらたに生うみ出だされ、これは過去かこおよび未来みらいの非ひ現実げんじつを表あらわすものである。このことは、ゴート語ご、古高ふるたかドイツ語ご、古こ英語えいご、古こノルド語ごの証拠しょうこにより認みとめられる。この（新あたらしい）希求ききゅう法ほう過去かこ時制じせいを非ひ現実げんじつに使つかう方法ほうほうは、明あきらかに、ゲルマン祖語そごの過去かこ時制じせい（かつては完了かんりょう時制じせいだった）が印欧語いんおうごのアオリストに取とって代かわった後のちに起おこったものである（Euler 2009:184を参照さんしょう）。

ラテン語らてんご

ラテン語らてんごでも同様どうように、印欧語いんおうごの希求ききゅう法ほうに基もとづいて新あらたに接続せつぞく法ほうが作つくられた。ラテン語らてんごではこの変化へんかにより、いくつかの古ふるい接続せつぞく法ほう形態けいたいが未来みらい形がたになった。従したがって、禁止きんし法ほう（否定ひてい願望がんぼうと禁止きんし）は、「*ne + 動詞どうしの希求ききゅう法ほう現在げんざい形かたち」という組くみ合あわせで形作かたちづくられた。

ルーマニア語ご

ルーマニア語ごでは、条件じょうけん法ほうと希求ききゅう法ほうは同おなじ形がたを持もち、一般いっぱんに希求ききゅう条件じょうけん法ほうと呼よばれる。

サンスクリット

サンスクリットでは、希求ききゅう法ほうは動詞どうし語幹ごかんに二に次じ的てき語尾ごびを付つけて作つくられる。時じにより願望がんぼう、要望ようぼう、要求ようきゅうを表現ひょうげんする：

• bhares「あなたが運はこぶように」（能動態のうどうたい）
• bharethās「あなたが[自分じぶんのために]運はこぶように」（中ちゅう動態どうたい）

また可能かのう性せい（例たとえばkadācid goṣabdena budhyeta「彼かれは多分たぶん牛うしが啼ないたから起おきたのだろう」）や、疑うたがい、不ふ確実かくじつ性せい（例たとえばkatham vidyām Nalam「私わたしはどうしたらナラを見みつけられるというのか」）も表現ひょうげんする。希求ききゅう法ほうは条件じょうけん法ほうの代かわりに使つかわれることもある。

関連かんれん項目こうもく

• 希望きぼう (言語げんご学がく)