樟脳しょうのうと台湾たいわん

樟脳しょうのうと台湾たいわんでは、樟脳しょうのうをめぐる台湾たいわんの歴史れきしについて記述きじゅつする。台湾たいわんにおいて樟くすのき樹いつき（クスノキ）栽培さいばいによる製材せいざいや製せい脳のうは、清きよし代だい台湾たいわんの重要じゅうような山林さんりん産業さんぎょうの一ひとつであり、当初とうしょは主おもに生薬きぐすりや防腐ぼうふ剤ざいに使つかわれたが、19世紀せいきにセルロイド（人工じんこう象牙ぞうげ）の発見はっけんにより、工業こうぎょう原料げんりょうとして台湾たいわんの独占どくせん的てき商品しょうひんとして、世界せかいの注目ちゅうもくを集あつめるようになった。

清国きよくに統治とうち時代じだい

1858年ねん6月の天津てんしん条約じょうやくによって台たい南みなみ・安平あびら（アンピン）港みなとや基もと隆たかし港みなとが欧州おうしゅう列強れっきょうに開港かいこうされる前まえには、イギリス商人しょうにんジャーディン・マセソン商会しょうかい及およびデント商会しょうかいが、清国きよくに官吏かんりと結託けったくして台湾たいわん島内とうないで産出さんしゅつされる樟脳しょうのうを輸出ゆしゅつし、巨額きょがくの利益りえきを得えていた。その後ご多おおくの西洋せいよう列強れっきょう各国かっこくの商人しょうにんが樟脳しょうのう輸出ゆしゅつに参加さんかし、利益りえきを独占どくせんしていた。清国きよくに政府せいふは、台湾たいわんの樟脳しょうのうの輸出ゆしゅつを官業かんぎょう独占どくせんとすることを二に度ど試こころみたが、西洋せいよう列強れっきょう各国かっこく（特とくにイギリス）の商人しょうにんおよび各国かっこく領事りょうじの反対はんたいにあって果はたせなかった。列強れっきょう各国かっこく商人しょうにんの独占どくせん的てき地位ちいは確固かっこたるものがあった。

外国がいこく商人しょうにん独占どくせんから日本にっぽん政府せいふの専売せんばいへ

1895年ねん （明治めいじ28年ねん）の下関しものせき条約じょうやくに基もとづいて台湾たいわんが清きよし朝あさから日本にっぽんに割譲かつじょうされ、日本にっぽんによる台湾たいわん統治とうちが開始かいしされると、日本にっぽん政府せいふは樟脳しょうのうに関かんする外国がいこく商人しょうにんの独占どくせん的てき地位ちいを駆逐くちくすることを目論もくろんだ。1895年ねん（明治めいじ28年ねん）樟脳しょうのう製造せいぞう取締とりしまり規則きそくを定さだめ、翌よく1896年ねん（明治めいじ29年ねん）樟脳しょうのう税制ぜいせいを定さだめて一定いっていの課税かぜいを課かしたが、外国がいこく商人しょうにんからの抗議こうぎを受うけ、その目的もくてきを果はたすことはできなかった。1899年ねん（明治めいじ32年ねん）6月がつ、樟脳しょうのうの専売せんばい制度せいどを開始かいしすべく、勅みことのり令れい第だい246号ごうをもって台湾たいわん樟脳しょうのう局きょく官制かんせいを公布こうふした。樟脳しょうのうおよび樟脳しょうのう油ゆの収納しゅうのう、売うれ渡わたり、検査けんさと製造せいぞうに関かんする事務じむを掌理しょうりするため台北たいぺい、新しん竹たけ、苗なえ栗ぐり、台たい中ちゅう、林はやし圯埔、羅ら東ひがしに樟脳しょうのう局きょくが設置せっちされた。ここにようやく樟脳しょうのう商権しょうけんは、外国がいこく商人しょうにん独占どくせんから政府せいふの独占どくせんに引ひきあげられた。しかしながら、この時点じてんでは輸出ゆしゅつに関かんしては、輸出ゆしゅつ業者ぎょうしゃの競争きょうそう入札にゅうさつにより、イギリスのサミュエル・サミュエル商会しょうかい一いち社しゃのみが落札らくさつしており、専売せんばい実施じっし後ごも樟脳しょうのう輸出ゆしゅつに関かんしてはなお外国がいこく資本しほんの独占どくせんに属ぞくした。（なお、樟脳しょうのう局きょくは、1901年ねん（明治めいじ34年ねん）6月がつに阿片あへん専売せんばいの台湾たいわん総督そうとく府ふ製薬せいやく所しょと塩しお専売せんばいの塩しお務つとむ局きょくとともに総督そうとく府ふ専売せんばい局きょくに統合とうごうされた。）1908年ねん（明治めいじ41年ねん）に総督そうとく府ふが、その販売はんばい方法ほうほうを変更へんこうして直営ちょくえいとして、三井物産みついぶっさんに委託いたく販売はんばいさせたことにより、初はじめて樟脳しょうのう商権しょうけんは日本にっぽん資本しほん家かに帰きすることになった。

樟脳しょうのうと台湾たいわん財政ざいせい

上記じょうきのとおり、樟脳しょうのうは台湾たいわんの特産とくさん品ひんとなるだけでなく、台湾たいわん総督そうとく府ふの財政ざいせいの健全けんぜん化かに大おおきな役割やくわりを果はたしている。日本にっぽんによる台湾たいわん統治とうちの初期しょきにおいて、台湾たいわんの財政ざいせいは日本にっぽん政府せいふの巨額きょがくの国庫こっこ補助ほじょが必要ひつようであった。1896年ねん（明治めいじ29年ねん）の台湾たいわん総督そうとく府ふ歳入さいにゅう965万まん円えん中日ちゅうにち本ほん政府せいふの国庫こっこ補助ほじょは694万まん円えんをしめた。翌よく1897年ねん（明治めいじ30年ねん）の歳入さいにゅう1128万まん円えん中国ちゅうごく庫こ補助ほじょは596万まん円えんを占しめた。1898年度ねんど（明治めいじ31年度ねんど）からは、台湾たいわん特別とくべつ会計かいけいによる国庫こっこ補助ほじょが開始かいしされている。このような中なか、台湾たいわんの財政ざいせい的てきな自立じりつが、台湾たいわん統治とうち上じょうの最大さいだいの眼目がんもくになっていた。1899年ねん（明治めいじ32年ねん）に塩しおとともに樟脳しょうのうの専売せんばい制度せいどが開始かいしされた。台湾たいわん財政ざいせいの独立どくりつ化かが専売せんばい制度せいどに負おうところが大おおきい。翌よく1900年ねん（明治めいじ33年ねん）から10年間ねんかんの間あいだ、樟脳しょうのう専売せんばいの平均へいきん収入しゅうにゅうは385万まん円えんであり、台湾たいわんの経常けいじょう歳入さいにゅうのおよそ19パーセントを占しめて、総督そうとく府ふの財政ざいせいの主しゅたる財源ざいげんとなった。

なおこの時とき、樟脳しょうのうを扱あつかう多おおくの業者ぎょうしゃが専売せんばい制度せいどに反対はんたいの意向いこうを示しめしたのに対たいし、金子かねこ直吉なおきち率ひきいる鈴木すずき商店しょうてんが賛成さんせいに回まわり反対はんたい派はの切きり崩くずしを行おこなったことは有名ゆうめい。鈴木すずき商店しょうてんはこの功績こうせきにより、樟脳しょうのうの精製せいせい時じに出でる樟脳しょうのう油ゆの再製さいせいについて台湾たいわん総督そうとく府ふとの間あいだで請負うけおい契約けいやくを結むすぶことに成功せいこうし、後ごの総合そうごう商社しょうしゃ化かへの基盤きばんを固かためることになる。

福建ふっけん省しょうの樟脳しょうのう専売せんばい

樟脳しょうのうと台湾たいわんの関係かんけいは、台湾たいわん島内とうないにとどまらず、台湾たいわんの対岸たいがん地域ちいきとりわけ福建ふっけん省しょうの樟脳しょうのうにも影響えいきょうを及およぼした。 1901年ねん（明治めいじ34年ねん）、台湾たいわん名望めいぼう家かの林はやし朝ちょう棟とうが清国きよくにの福建ふっけん省しょう当局とうきょくから樟脳しょうのう専売せんばい権けんを獲得かくとくしようとした。しかし林はやしは、資金しきんを集あつめることに困難こんなんを来きたしたので、総督そうとく府ふに資金しきん援助えんじょを求もとめた。当時とうじの台湾たいわん総督そうとく児玉こだま源太郎げんたろうは、これを「天与てんよの恵めぐみ」と考かんがえた。福建ふっけん省しょうの樟脳しょうのう独占どくせん専売せんばいによる利益りえきが得えられるのみならず、台湾たいわんの樟脳しょうのう原木げんぼく資源しげんの温存おんぞんができ、またそれにより樟くすのき木き生産せいさん地ちである「蛮地」との緊張きんちょうを緩和かんわすることができるからである。のみならず台湾たいわんの対岸たいがんである福建ふっけん省しょうを始はじめ中国ちゅうごく大陸たいりく南部なんぶにおける新あらたなコロニーの確保かくほによる日本にっぽんの勢力せいりょく拡大かくだいが期待きたいされたからである。そこで総督そうとく府ふは、「三さん五ご公司こうし」という表面ひょうめん上じょうは日本にっぽんと中国ちゅうごくの合弁ごうべん会社かいしゃの形態けいたいをとるが、実際じっさいは国家こっか的てき色彩しきさいの強つよい機関きかんを設立せつりつした。その責任せきにん者しゃとして愛あい久ひさし澤さわ直哉なおやをあてた。まず、愛あい久澤くざわは林はやしに設備せつびの弁償べんしょう金きんとして2万まん円えんを支払しはらい、林はやしを福建ふっけん省しょう樟脳しょうのう専売せんばい事業じぎょうより切きり離はなした上うえで、新設しんせつされた「官かん脳のう局きょく」の技師ぎしとなった。「官かん脳のう局きょく」すなわち実質じっしつ的てきには三さん五ご公司こうしの樟脳しょうのうの移出いしゅつ・輸出ゆしゅつ量りょうは1907年ねん（明治めいじ40年ねん）には、約やく2700斤きんに上のぼり、1901年ねんの設立せつりつ時じのそれの17倍ばいとなり、ピークを迎むかえた。しかし、総督そうとく府ふによる福建ふっけん省しょうの樟脳しょうのうの専売せんばいは西洋せいよう列強れっきょう各国かっこくの反発はんぱつを招まねいた。清国きよくに政府せいふにとっても「官かん脳のう局きょく」は自己じこに何なんら利益りえきをもたらさない厄介やっかい者しゃであったため、「官かん脳のう局きょく」撤廃てっぱいの要求ようきゅうが高たかまることになった。そのため1910年ねん（明治めいじ43年ねん）には三さん五ご公司こうしによる樟脳しょうのう専売せんばいは中止ちゅうしされた。

樟脳しょうのうと佐久間さくま総督そうとくによる「理り蕃しげる」事業じぎょう

樟脳しょうのうの需要じゅようが増ますに連つれて、樟脳しょうのう採取さいしゅ用ようのクスノキの良りょう木きが高山こうざんでしか手てに入はいらなくなり、日本にっぽん資本しほんの製せい脳のう業者ぎょうしゃからは原木げんぼく採取さいしゅの要求ようきゅうが高たかまっていた。そこで、第だい5代だい台湾たいわん総督そうとくの佐久間さくま左ひだり馬うま太ふとしは、山地さんちに住すむ先住民せんじゅうみん族ぞくの軍事ぐんじ的てき制圧せいあつを行おこなうことにした。当時とうじ先住民せんじゅうみん族ぞくは「蕃人ばんじん」と呼よばれ、「隘勇線せん」の外側そとがわにあるものを「熟蕃じゅくばん」、「隘勇線せん」の内側うちがわにあるものを「生蕃せいばん」と呼よんだ。「隘勇線せん」とは、先住民せんじゅうみん族ぞくの住すむ山地さんちを砦とりでと柵しがらみで包囲ほういして閉とじ込こめるものであり、電話でんわ線せんを架設かせつし、必要ひつような地点ちてんには砲台ほうだいの設備せつびがあり、高こう電圧でんあつ鉄条てつじょう網もう、地雷じらいなども使用しようされていた。総督そうとく府ふは、「隘勇線せん」を圧縮あっしゅくして先住民せんじゅうみん族ぞくの生活せいかつ圏けんを狭せばめ、その武装ぶそう抵抗ていこうを誘発ゆうはつした。「熟蕃じゅくばん」側がわも採と脳のうにより生活せいかつ圏けんを荒あらされていたので、反乱はんらんを起おこした。1900年ねん（明治めいじ33年ねん）のタイヤル族ぞくの反乱はんらん、1902年ねん（明治めいじ35年ねん）のサイシャット族ぞくパアガサン社しゃの反乱はんらん、1905年ねん（明治めいじ38年ねん）の大だい豹ひょう社しゃの反乱はんらんである。 とりわけ1904年ねん（明治めいじ37年ねん）の鳳おおとり紗しゃ山方やまがた面めんの隘勇線せん圧縮あっしゅく作戦さくせんはクスノキを確保かくほするために「生蕃せいばん」を高山こうざんに追おい上あげて食料しょくりょうを断たち、餓死がしを迫せまる残酷ざんこくな作戦さくせんだった。1909年ねん（明治めいじ42年ねん）には、5カ年かねん計画けいかくで軍隊ぐんたいを投入とうにゅうして総そう攻撃こうげきを行おこない、全島ぜんとうの隘勇線せんを圧縮あっしゅくして包囲ほうい網もうを狭せばめて「生蕃せいばん」を標高ひょうこう3000メートル級きゅうの高山こうざんが連つらなる台湾たいわん脊梁せきりょう山系さんけいに追おいあげ、かつ追おいつめ、餓死がしか降伏ごうぶくかの択一たくいつを迫せまるという作戦さくせんを展開てんかいした。5年ねん目めの1914年ねん（大正たいしょう3年ねん）には、脊梁せきりょう山系さんけいの西側にしがわから台湾たいわん守備しゅび隊たいの兵力へいりょくの大だい部分ぶぶん（3,108名めい）を投入とうにゅうし、東側ひがしがわから警察けいさつ隊たいを投入とうにゅうし（3,127名めい）、最後さいごの包囲ほうい圧縮あっしゅくを行おこない（太ふとし魯閣番ばんの役やく）、5カ年かねん計画けいかくを終了しゅうりょうさせた（同年どうねん8月がつ19日にち）。

参考さんこう文献ぶんけん

• 「岩波いわなみ講座こうざ東ひがしアジア近きん現代げんだい通史つうし　第だい3巻かん世界せかい戦争せんそうと改造かいぞう」（2010年ねん）所収しょしゅう、李り文ぶん良りょう（中ちゅう文ぶん翻訳ほんやく；北村きたむら嘉よしみ恵めぐみ）「日本にっぽん統治とうち期き台湾たいわんにおける『理り蕃しげる政策せいさく』」
• 矢内やない原はら忠雄ただお「帝国ていこく主義しゅぎ下かの台湾たいわん」（1988年ねん復刻ふっこく版ばん）岩波書店いわなみしょてん