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蒲生がもうのクス

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蒲生がもうのクス

蒲生がもうのクス(かもうのクス)は、鹿児島かごしまけん姶良あいら蒲生がもうまち上久徳かみぎゅうとく蒲生がもう八幡やはた神社じんじゃ境内けいだいにあるクスノキ巨木きょぼくである。くに特別とくべつ天然記念物てんねんきねんぶつ

概要がいよう[編集へんしゅう]

蒲生のクスの位置(鹿児島県内)
蒲生のクス
蒲生がもうのクス
蒲生がもうのクスの位置いち

たかやく30メートル、地上ちじょうから1.3メートルのたかさでのみきしゅうは24.2メートルで、根回ねまわり33.5メートル、みきなかにはひろやく13平方へいほうメートル(たたみ8じょうぶん)の空洞くうどうがあり、樹齢じゅれいやく1500ねん推定すいていされている(平成へいせい23ねん2011ねん現在げんざい)。昭和しょうわ63ねん1988ねん)におこなわれた環境庁かんきょうちょうによる巨樹きょじゅ巨木きょぼく調査ちょうさ昭和しょうわ63年度ねんど)において日本にっぽん最大さいだい巨木きょぼく認定にんていされている。蒲生がもう大楠おおくす蒲生がもうだいクスという表記ひょうきもみられる。

歴史れきし[編集へんしゅう]

宇佐うさ八幡宮はちまんぐう神託しんたく事件じけんだいすみ配流はいるされた和気清麻呂わけのきよまろ当地とうちおとずれ、にしていたつえしたものが根付ねついたものとつたえられ(つえ伝説でんせつ)、蒲生がもうしゅんきよし蒲生がもう八幡やはた神社じんじゃ創建そうけんした保安ほあん4ねん1123ねん)の時点じてんすで神木しんぼくとしてまつられていたともされているので[1]当時とうじから相当そうとう大木たいぼくであったとかんがえられている。えいただし3ねん1506ねん正月しょうがつ7にち八幡やはたもり発生はっせいした火災かさい延焼えんしょうえだ一部いちぶ焼失しょうしつした。

大正たいしょう2ねん1913ねん)に発表はっぴょうされた「だい日本にっぽん老樹ろうじゅ番付ばんづけ」でひがし横綱よこづなとされ、どう11ねん3がつ8にちには天然記念物てんねんきねんぶつに、昭和しょうわ27ねん1952ねん)3がつ29にちには特別とくべつ天然記念物てんねんきねんぶつ指定していされている。昭和しょうわ60ねん1985ねん)8がつ31にち台風たいふう13ごう強風きょうふうのためおおくの枝葉えだはうしなったが町民ちょうみん保護ほご活動かつどうによって復活ふっかつしている。

なお、どうけん出水いずみ指定してい天然記念物てんねんきねんぶつである「出水しゅっすい大楠おおくす」とは相思そうしなかで、このりょうまつわる悲恋ひれん物語ものがたりつたえられている[1]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • 蒲生がもうまち郷土きょうどへんさん委員いいんかいへん 『蒲生がもうまち郷土きょうど』 蒲生がもうまち、1991ねん

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]

座標ざひょう: 北緯ほくい3145ふん56.75びょう 東経とうけい13034ふん9.99びょう / 北緯ほくい31.7657639 東経とうけい130.5694417 / 31.7657639; 130.5694417