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フランス語(フランスゴ)とは? 意味や使い方 - コトバンク

フランス語ふらんすごみ)フランスゴ英語えいご表記ひょうき)French
français[フランス]

デジタル大辞泉だいじせんフランス語ふらんすご」の意味いみみ・例文れいぶん類語るいご

フランス‐ご【フランス語ふらんすご

ロマンス諸語しょごいちフランスのほか、ベルギー南部なんぶスイス西部せいぶカナダケベックしゅうなどではなされている。はな母音ぼいん特徴とくちょうてき

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フランス‐ご【フランス語ふらんすご

  1. 名詞めいし インド‐ヨーロッパ語族ごぞくイタリックロマンス諸語しょごひとつ。フランスのほか、スイス西部せいぶ、ベルギー南部なんぶ、カナダのケベックしゅうなどではなされる。そのきゅう植民しょくみんこくにはフランス語ふらんすご国語こくご公用こうようとして使用しようしているくにおおい。ロマンス諸語しょごなかで、もっともラテン語らてんごからとおざかっている。日本語にほんごにも、しゅとして芸術げいじゅつ関係かんけいかたり借用しゃくようされた。エスプリ・シャンソン・アトリエなど。
    1. [初出しょしゅつ実例じつれい]「ほうらん西にし(フランス)かたり以太を習学し」(出典しゅってん西国さいごく立志りっしへん(1870‐71)〈中村なかむら正直まさなおやく)

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改訂かいてい新版しんぱん 世界せかいだい百科ひゃっか事典じてんフランス語ふらんすご」の意味いみ・わかりやすい解説かいせつ

フランス語ふらんすご (フランスご)
French
français[フランス]

ロマンス諸語しょごロマンス)のひとつ。古代こだいローマじんによってもたらされたラテン語らてんごが,きたフランス地方ちほうにおいて固有こゆう変化へんかげて形成けいせいされた言語げんごである。元来がんらいすうおおくの方言ほうげんふくんでいたが,そのうちのひとつ,パリを中心ちゅうしんとするイル・ド・フランス地方ちほう方言ほうげんフランシアン方言ほうげんfrancien)が13世紀せいき以降いこう国王こくおう権力けんりょく伸長しんちょう背景はいけい威信いしんたかめ,この方言ほうげん基盤きばんにした言葉ことばいではな言葉ことばがフランス全土ぜんど共通きょうつう国語こくごとしての地位ちい獲得かくとくするにいたった。たんフランス語ふらんすごという場合ばあい,この共通きょうつうたるフランス語ふらんすご,すなわち共通きょうつうフランス語ふらんすごすことがおおい。一方いっぽうラテン語らてんごにさかのぼるきたフランスしょ方言ほうげんフランス語ふらんすごしょ方言ほうげん)はオイル方言ほうげんともばれるが,それは中世ちゅうせいにおけるこれらの方言ほうげん総称そうしょうであるオイルlangue d'oïlの由来ゆらいする。とくはな言葉ことばとしてのフランス語ふらんすごには,標準ひょうじゅんとされるパリのフランス語ふらんすご多少たしょうとも発音はつおん語法ごほう語彙ごい(ごい)のてんことなる,その土地とち固有こゆう特徴とくちょうみなみフランスにおいてかれる巻舌まきじたのrの発音はつおんなど)の混入こんにゅうした地域ちいきてき変種へんしゅられ,それらを地域ちいきフランス語ふらんすごぶことがある。

フランス語ふらんすご今日きょう,フランス共和きょうわこく海外かいがいけん海外かいがい領土りょうどふくむ)および地域ちいきにおいてやく1おくにんはなゆうすると推定すいていされる。フランス国内こくないフランス語ふらんすご唯一ゆいいつ公用こうようであり,ほぼその全土ぜんど共通きょうつうとして普及ふきゅうしているが,言語げんごのみをはな少数しょうすう住民じゅうみんのほか,言語げんご(またはオイル方言ほうげん)と共通きょうつうフランス語ふらんすごとを併用へいようする相当そうとうすう住民じゅうみん存在そんざいする。一般いっぱんてき都市としほう周辺しゅうへん農村のうそんくら共通きょうつうへの一元化いちげんかすすんでいる。

 オイルけんでは共通きょうつう浸透しんとういちじるしくられ,パリをかこ広大こうだい地域ちいき東西とうざいやく400km,南北なんぼくやく250km)では本来ほんらい方言ほうげん消滅しょうめつし,ほぼ完全かんぜん共通きょうつうフランス語ふらんすごってわられている。その外側そとがわ,すなわちオイルけん周辺しゅうへん(ことにその農村のうそん)にのこ方言ほうげんぐんは,ワロニー方言ほうげん(ベルギー南部なんぶ。〈ワロン〉ともいう),ピカルディー方言ほうげんノルマンディー方言ほうげん西部せいぶ方言ほうげん(メーヌ,アンジュー地方ちほう),南西なんせい方言ほうげんポアトゥー,サントンジュ地方ちほう),中央ちゅうおう方言ほうげん(トゥーレーヌ,ベリー地方ちほう),みなみ東部とうぶ方言ほうげん(ブールボネ,ブルゴーニュ,フランシュ・コンテ地方ちほう),東部とうぶ方言ほうげん(ロレーヌ,シャンパーニュ地方ちほう)のように分類ぶんるいされるが,ワロニー方言ほうげんをほぼ唯一ゆいいつ例外れいがいとして,急速きゅうそく共通きょうつう吸収きゅうしゅうされつつある。

 なお,フランス国内こくないはなされているフランス語ふらんすご以外いがい言語げんごについて一瞥いちべつしておくと,つぎのようになる。もっとおおきな勢力せいりょくたもっているのが,オイルけんみなみおこなわれているオックオクシタンかたり)occitan)である(言語げんご人口じんこうやく800まん~1000まん。そのうちだい多数たすうフランス語ふらんすごとの2言語げんご併用へいようしゃであり,そのてん以下いかフランコ・プロバンスほかも同様どうようである)。オックけん北限ほくげんはおおよそ,ジロンド河口かこうはじまり東進とうしんしながら北上ほくじょうし,リヨンよりみなみでローヌがわ横断おうだんしてアルプス山脈あるぷすさんみゃくいたせんによってしめされる。このせんひがし部分ぶぶん北側きたがわには,オイルけんとオックけんはさまれるようなかっこうでフランコ・プロバンスfranco-provençalけん(スイスの西部せいぶもろしゅう(いわゆるスイス・ロマンド地方ちほう),イタリアのバレ・ダオスタしゅうをもふくむ)が位置いちしている。ここでもオイルけん同様どうよう共通きょうつうフランス語ふらんすご勢力せいりょく都市とし中心ちゅうしんつよおよんでいる。また,スペインとの東部とうぶ国境こっきょう地域ちいきではカタルニャやく17まんにん),コルシカとうではコルシカ(=イタリア方言ほうげんやく20まんにん)がはなされている。以上いじょう言語げんごはいずれもラテン語らてんごみなもととするロマンス諸語しょごぞくする。また,ロレーヌ地方ちほう一部いちぶおよびアルザス地方ちほうでは住民じゅうみんの8わりが,土地とち本来ほんらい言語げんご,すなわちゲルマンけいのアルザスalsacien(やく130まんにん),フランス語ふらんすご,ドイツの3言語げんご併用へいようしゃである。また,ベルギーとの国境こっきょう地域ちいきではおなじくゲルマンけいフラマンやく20まんにん),ブルターニュ半島はんとうではケルトけいブルトンやく90まんにん),スペインとの西部せいぶ国境こっきょう地域ちいきでは系統けいとう不明ふめいバスクやく10まんにん)がそれぞれはなされている。

 つぎフランス語ふらんすご国外こくがいはなされている地域ちいきについてべれば,まずヨーロッパでは,ベルギー(本来ほんらいのワロニー方言ほうげんけん中心ちゅうしんに,フランス語ふらんすご人口じんこうやく500まん),スイス(本来ほんらいのフランコ・プロバンスけん中心ちゅうしんやく160まんにん),およびルクセンブルクフランス語ふらんすご公用こうようひとつとされ,モナコでは唯一ゆいいつ公用こうようである。アメリカ大陸あめりかたいりくでは,フランス語ふらんすご公用こうようひとつとするカナダに,とくにケベックしゅう中心ちゅうしんおおくのはなやく650まんにん)がいる。アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくでは,ニューイングランド地方ちほうそののカナダけい移民いみんのほか,ルイジアナしゅう一部いちぶ住民じゅうみんあいだフランス語ふらんすごはなされている。また,ハイチではフランス語ふらんすご唯一ゆいいつ公用こうようであるが,住民じゅうみんおおくはフランス語ふらんすご現地げんち混交こんこう結果けっかまれたクレオールもちいている。なお,このフランス語ふらんすごけいクレオールは,フランスの海外かいがいけんグアドループマルティニク,ギアナ)をふくカリブ海かりぶかい地域ちいきひろもちいられている。最後さいごにアフリカでは,その日常にちじょう生活せいかつでの使用しよう一部いちぶ住民じゅうみんかぎられているにせよ,きゅうフランスりょうであったくに中心ちゅうしんに,21ヵ国かこくフランス語ふらんすご唯一ゆいいつ公用こうよう,あるいは言語げんごなら公用こうようひとつに採用さいようしている。フランス語ふらんすごはまた,国際こくさい連合れんごう公用こうようひとつであるほか,教養きょうようとして世界中せかいじゅうおおくの学習がくしゅうしゃをもっている。

つぎフランス語ふらんすご歴史れきし簡単かんたんかえっておこう。

今日きょうのフランス,すなわち古代こだいローマじんがガリアとんでいたケルトじん居住きょじゅう大半たいはんめる地域ちいきは,カエサルによる征服せいふくぜん58-ぜん51ねん)の結果けっか完全かんぜんにローマの支配しはいはいった。それにともない,征服せいふくしゃ言語げんごであるラテン語らてんご土着どちゃくのケルトけいケルト)のガリアにしだいにってわっていった。ラテン語らてんごはまず都市とし中心ちゅうしん浸透しんとうし,農村のうそん山間さんかんのこっていたガリアも5世紀せいきころには消滅しょうめつしたらしい。なお,フランス語ふらんすごおよびのすべてのロマンス直接ちょくせつみなもととなったラテン語らてんごは,民衆みんしゅう日常にちじょうはな言葉ことばとしてもちいた,いわゆる〈ぞくラテン語らてんごVulgar Latin〉である。ガリア地名ちめい(Lyonリヨンなど多数たすう)のほか,田園でんえん生活せいかつなどにかんするいくつかのかたり(chêne〈かしわ〉など)をフランス語ふらんすごつたえているが,音声おんせいめんにおいてガリアがこのぞくラテン語らてんご影響えいきょうおよぼしたとするせつたいしては異論いろんおおい。さて時代じだいるにしたがってぞくラテン語らてんご文語ぶんごラテン語らてんごとの相違そうい増大ぞうだいしていったが,5世紀せいきころまでは帝国ていこく各地かくちはなされていたぞくラテン語らてんごはそれほどおおきな地域ちいきてき差違さいふくんでいなかったらしい。このころまでにぞくラテン語らてんごこった,あるいはこりはじめていたとかんがえられる変化へんか--音質おんしつ長短ちょうたん両者りょうしゃによって区別くべつされる母音ぼいん体系たいけいから音質おんしつ区別くべつにのみもとづく母音ぼいん体系たいけいへの移行いこうかく変化へんか衰退すいたい冠詞かんし発生はっせいあらたな動詞どうし形態けいたい未来みらい条件じょうけんほう受身うけみ完了かんりょう)の発達はったつなど--は,細部さいぶにおけるちがいはべつにして,フランス語ふらんすごふくむすべてのロマンス反映はんえいされている。ところが西にしマ帝国まていこく崩壊ほうかいし(476),おのおのの地域ちいき別個べっこ社会しゃかいてき文化ぶんかてき状況じょうきょうかれるようになると,ぞくラテン語らてんごはいくつもの方言ほうげん分化ぶんかする傾向けいこうつよめ,ここに個々ここのロマンスかってのあゆみが開始かいしされた。

 5世紀せいき以降いこうなんひゃくねんかにわたる期間きかんに,きたガリアの言語げんごのロマンス地域ちいきくらべてはるかに〈すすんだ〉変化へんかげるにいたる。一方いっぽうみなみガリアの言語げんご出発しゅっぱつてんとなったぞくラテン語らてんごにずっと忠実ちゅうじつであった。このようにしてフランスの北部ほくぶにはオイルフランス語ふらんすご),南部なんぶにはオック,そして南北なんぼくさかいには言語げんごてきにも両者りょうしゃなかあいだてき性格せいかくしめすフランコ・プロバンスが,この時期じきかたちづくられた。なお,フランス語ふらんすご独自どくじ性格せいかく形成けいせい影響えいきょうおよぼしたとしばしば指摘してきされるのが,5世紀せいき後半こうはんにまずきたガリアを手中しゅちゅうおさめ,のちその王国おうこくフランク王国おうこく)を南部なんぶにまでひろげたフランクじん言語げんご習慣しゅうかんである。フランクじんは,すでにローマしていたガリアじん(ガロ・ローマじん)にたいして政治せいじてきには優位ゆういったものの文化ぶんかてきにはおとり,かれらガロ・ローマじんじり一方いっぽうその言語げんご習得しゅうとくし,やく4世紀せいきにわたる2言語げんご併用へいようののち,本来ほんらい言語げんごたるゲルマンけいのフランクわすった。だがかれらは,ぞくラテン語らてんごから完全かんぜん消滅しょうめつしていたhのおときたガリアのふたた導入どうにゅうし(現代げんだいフランス語ふらんすごのこる,いわゆる〈ゆうごえのh〉),軍事ぐんじ社会しゃかい生活せいかつ全般ぜんぱんおよぶかなりのかずのゲルマン起源きげんかたり(hache〈おの〉など)をフランス語ふらんすごにもたらした。さらに,フランクじん元来がんらいもっていたつよしじゃくアクセントきわだたせる発音はつおんじょう傾向けいこうが,ひらき音節おんせつきょういきおい母音ぼいんẹ,ọの重母音じゅうぼいんなど,きたガリアに特徴とくちょうてき音声おんせい変化へんか原因げんいんではなかったかとかんがえる学者がくしゃもいる。

現存げんそんするフランス語ふらんすご最古さいこ文献ぶんけんは,《ストラスブール宣誓せんせいSerments de Strasbourg》(842)とばれる,軍事ぐんじ外交がいこうじょう記録きろくである。フランス語ふらんすごうえでは普通ふつう,このころから1350ねんころまでをフランス語ふらんすご,その1600ねんころまでを中期ちゅうきフランス語ふらんすご以後いご現代げんだいまでを近代きんだいフランス語ふらんすご区別くべつする。フランス語ふらんすご重母音じゅうぼいん三重みえ母音ぼいんあるいはやぶおとなどをゆうし,名詞めいし冠詞かんし形容詞けいようしかく変化へんか主格しゅかくせいかくの2かく)をのこすなど,現代げんだいフランス語ふらんすごとは相当そうとうことなる特徴とくちょうそなえていた。この時期じきのオイル地域ちいきにはすうおおくの方言ほうげんはなされていたが,13世紀せいき以降いこうパリが政治せいじ文化ぶんか中心ちゅうしんとなるにおよび,フランシアン方言ほうげんもとづく文学ぶんがく台頭たいとうし,はな言葉ことばめんでもパリを中心ちゅうしんにして徐々じょじょ共通きょうつう形成けいせいされていった。なお,1066ねんのノルマンディーこうウィリアムによる征服せいふくともない,フランス語ふらんすごイギリスにももたらされ,英語えいご語彙ごい多大ただい影響えいきょうおよぼすことになった。

中期ちゅうきフランス語ふらんすごは,12世紀せいきにその〈古典こてん〉にたっしたフランス語ふらんすご体系たいけいくずれ(重母音じゅうぼいん単音たんおんかく変化へんか消失しょうしつなど),近代きんだいフランス語ふらんすご種々しゅじゅ要素ようそかたちづくられていく,転換期てんかんきフランス語ふらんすごとしてとらえることができる。ひゃくねん戦争せんそう(1339-1453)の結果けっか国王こくおうによる中央ちゅうおう集権しゅうけん促進そくしんされ,パリのフランス語ふらんすご国語こくごとしての地位ちい確立かくりつする。フランス語ふらんすごはこれまでラテン語らてんごもちいられていた分野ぶんやにも進出しんしゅつし,フランス語ふらんすごによる理論りろんしょ宗教しゅうきょうてき著作ちょさくあらわれ,またビレル・コトレのおうれい(1539)によって,あらゆる訴訟そしょう手続てつづきにおけるフランス語ふらんすご使用しよう義務ぎむづけられた。ルネサンスにはイタリアからおおくのかたり導入どうにゅうされ,また書物しょもつつうじてラテン語らてんごからの借用しゃくようさかんにおこなわれたほか,派生はせい合成ごうせい多数たすうつくられた。その結果けっか,16世紀せいきフランス語ふらんすごはきわめて豊富ほうふ語彙ごいゆうする言語げんごとなったが,反面はんめん差違さい分明ぶんめいでない類義語るいぎご数多かずおおくもつなど,整理せいり部分ぶぶんをも内包ないほうしていた。

17世紀せいきはいると,絶対ぜったいおう政治せいじ政治せいじてき社会しゃかいてき条件じょうけん背景はいけいに,フランス語ふらんすご純化じゅんかし,その規範きはん確立かくりつしようとするうごきがたかまってくる。多数たすう文法ぶんぽう活動かつどうアカデミー・フランセーズ設立せつりつ(1635)により,規範きはん設定せっていが〈よき慣用かんよう〉,すなわちしゅとして宮廷きゅうていにおける言葉ことばづかいをよりどころにしながらおこなわれていった。16世紀せいきの〈過剰かじょうな〉語彙ごい整理せいりされていちいち意味いみ明確めいかく限定げんていされる。一方いっぽう文意ぶんい明晰めいせきにするための正確せいかく語法ごほう冠詞かんし主語しゅご人称にんしょう代名詞だいめいし使用しよう強制きょうせい,〈一致いっち〉の規則きそく)が規定きていされ,発音はつおんつづについても標準ひょうじゅんさだめられた。17世紀せいき確立かくりつした規範きはんは18世紀せいき以降いこう国語こくごにもがれ,現代げんだいフランス語ふらんすごいたるまでつよちからおよぼしている。語彙ごいめんにおけるおおきな変容へんようあらたな社会しゃかい生活せいかつそくした新語しんごやことに英語えいごからの借用しゃくよう増大ぞうだい)はあったにせよ,フランス語ふらんすご構造こうぞう基本きほんてきには17世紀せいき以来いらいわっていない。フランス革命かくめい国内こくない方言ほうげん言語げんご圧迫あっぱくしつつ,それまでおもにかぎられた社会しゃかい階層かいそう共通きょうつうであったフランス語ふらんすご民衆みんしゅうあいだひろめようとした。その学校がっこう教育きょういく普及ふきゅう交通こうつう通信つうしん手段しゅだん発達はったつによって,フランス語ふらんすごはその流通りゅうつう範囲はんいいちじるしく拡大かくだいしていった。フランス語ふらんすごとくに18世紀せいき以降いこうひろ国外こくがい上流じょうりゅう階層かいそうあいだ教養きょうようとしてひろまり,また,今日きょうでは英語えいごにその地位ちいうばわれているものの,18世紀せいき初頭しょとうからだい1世界せかい大戦たいせんいたるまで外交がいこう用語ようごとしても優位ゆういたもった。

まず音韻おんいんめんでは,16の母音ぼいん(i,e,ɛ,a,ɑ,ɔ,o,u,y,φふぁい,œ,ə,ɛ~,ɑ~,ɔ~,œ~)と20の子音しいん(p,b,t,d,k,ɡ,f,v,s,z,ʃ,ʒ,l,r,m,n,ɲ,j,w,ч)が区別くべつされる。母音ぼいん種類しゅるいきわだっておおく(ただしɑがaに,œ~がɛ~に統合とうごうされる傾向けいこうられる),またそのなかはな母音ぼいんふくまれること,rがふつうくちおく調音ちょうおんされる摩擦音まさつおんであることなどが注目ちゅうもくされるてんである。アクセントは単語たんご個々ここ発音はつおんする場合ばあいには最終さいしゅう音節おんせつ母音ぼいんに,文中ぶんちゅうでは,意味いみじょうのまとまりをなすかたりぐんからなり,ひとつづきに発音はつおんされる〈リズム段落だんらく〉の最後さいご母音ぼいんかれる。アクセントの有無うむにかかわらずすべての音節おんせつつね明瞭めいりょう発音はつおんされること,単語たんごのレベルでは発音はつおんされない語末ごまつ子音しいんかたりぐんちゅうでは母音ぼいんまえ復活ふっかつし,その母音ぼいんと1音節おんせつ形成けいせいする,いわゆる〈リエゾン〉の現象げんしょうをもつこともフランス語ふらんすご特徴とくちょうである。

 つぎ文法ぶんぽうめんにおいては,名詞めいし文法ぶんぽうじょうせい男性だんせい女性じょせい),かず単数たんすう複数ふくすう)による区別くべつがあること,動詞どうし体系たいけい複雑ふくざつであること(不定ふてい分詞ぶんしのほか,主語しゅご人称にんしょうおうじて語形ごけい変化へんかする〈ときしょうがた〉をいくつかずつふくちょく説法せっぽう接続せつぞくほう条件じょうけんほう命令めいれいほうゆうする),前置詞ぜんちし機能きのうラテン語らてんごよりはるかにおおきくなっていることなど,ロマンス諸語しょご全体ぜんたい共通きょうつうする特徴とくちょうのほか,のロマンスにはられないフランス語ふらんすご性格せいかくとして,のようなてんがあげられる。動詞どうしの〈ときしょうがた〉(命令めいれいほうのぞく)にかんして,人称にんしょうによる語形ごけい変化へんか退化たいかし,主語しゅご名詞めいしである場合ばあい以外いがいつねに,主語しゅご人称にんしょう代名詞だいめいし要求ようきゅうされること,名詞めいし単数たんすう複数ふくすうかんしても,名詞めいしおとがたそのものによってではなく(つづじょうは,単数たんすうがたに〈発音はつおんされない〉sをけて複数ふくすうがたしめすのが原則げんそく),それに先立さきだ冠詞かんし語形ごけいなどによって識別しきべつされる場合ばあいおおいことなどである。

 最後さいごフランス語ふらんすご語彙ごいかんしていえば,ラテン語らてんご由来ゆらいするものがだい多数たすうめる。ただしぞくラテン語らてんごから今日きょういたるまでとだえることなく使つかわれつづけ,現在げんざい基本きほん語彙ごい根幹こんかんをなす,いわゆる〈民衆みんしゅうmot populaire〉と,フランス語ふらんすご以来いらい言葉ことばとしての中世ちゅうせいラテン語らてんごから,あるいはとくにルネサンス以降いこう古典こてんラテン語らてんごから意識いしきてき借用しゃくようされた,抽象ちゅうしょうをはじめとする多量たりょうの〈学識がくしきmot savant〉とを区別くべつすることができる。〈民衆みんしゅう〉にはガリアやゲルマン起源きげんかたりふくまれ,また〈学識がくしき〉にはギリシアやアラビア起源きげんかたりふくまれるが,フランス語ふらんすご語彙ごいにはこのほか,オイル方言ほうげんやオック,イタリアとくに15~18世紀せいき),英語えいごとくに17世紀せいき以降いこう)その言語げんごからの借用しゃくよういだせる。のロマンスくら音韻おんいん変化へんかいちじるしかったフランス語ふらんすごには,これを規則きそくてきおおった〈民衆みんしゅう〉を中心ちゅうしんに,1音節おんせつとうみじかかたり同音どうおん異義いぎ数多かずおお存在そんざいするてん注目ちゅうもくされる。

日本にっぽんフランス語ふらんすご学習がくしゅうされはじめたのは19世紀せいき初頭しょとう長崎ながさきにおいてである。開国かいこくせま外圧がいあつたかまるにつれ,オランダ以外いがい西洋せいよう理解りかいする必要ひつようかんじた徳川とくがわ幕府ばくふは,1808ねん文化ぶんか5),本木もとぎ(もとき)しょう左衛門さえもん正栄しょうえいとも。1767-1822)ほか5めいのオランダ通詞つうじフランス語ふらんすご学習がくしゅうめいじたのであった。開国かいこくしげるしょ調ちょうしょ(ばんしよしらべしよ)でフランス語ふらんすご学習がくしゅう教授きょうじゅはじめられた(1860)ほか,フランス政府せいふ協力きょうりょくのもとに,通訳つうやくフランス語ふらんすごつうじた士官しかん養成ようせい機関きかんとして横浜よこはま仏蘭西ふらんす語学ごがく伝習でんしゅうしょ設立せつりつ(1865)され,フランスじんによる教授きょうじゅ開始かいしされた。維新いしん以後いごしん政府せいふ欧米おうべい文化ぶんか導入どうにゅう政策せいさく背景はいけいに,外国がいこく,ことに英語えいご中心ちゅうしんとする洋学ようがくじゅく明治めいじ初期しょき隆盛りゅうせいたが,日本にっぽんフランスがく始祖しそといわれる村上むらかみ英俊ひでとし(ひでとし)(1811-90)の主宰しゅさいするいたるどう,フランス留学りゅうがくからかえった中江なかえ兆民ちょうみんひらいた〈仏学ぶつがくじゅく〉ではフランス語ふらんすごこうじられ,おおくの門弟もんていあつめた。官立かんりつ教育きょういく機関きかんでは幕末ばくまつ開成かいせいしょいだ大学南だいがくみなみこう,また東京とうきょう外国がいこく学校がっこう(1873設立せつりつ)などでフランス語ふらんすご教育きょういくおこなわれたが,ことに法学ほうがく兵学へいがく分野ぶんやおもんじられたフランス語ふらんすごは,司法省しほうしょうあかりほうりょう(1871設立せつりつ)や陸軍りくぐん士官しかん学校がっこう(1874設立せつりつ)の教科きょうかにもれられた。しかし明治めいじ憲法けんぽう制定せいていをきっかけにドイツけい学問がくもんさかんになるにおよび,当初とうしょより英語えいご優勢ゆうせい教育きょういくかいにおいてフランス語ふらんすごめる相対そうたいてき勢力せいりょくはさらに減少げんしょうした。このような英語えいご,ドイツフランス語ふらんすご外国がいこく教育きょういくにおける勢力せいりょく関係かんけいは,根本こんぽんてきにはくつがえされることなく今日きょうおよんでいるが,このあいだ明治めいじ大正たいしょう昭和しょうわつうじて,とくにフランス文学ぶんがく研究けんきゅう翻訳ほんやく紹介しょうかい活発かっぱつおこなわれ,日本にっぽん文学ぶんがくかいおおきな影響えいきょうおよぼしてきた事実じじつのがせない。なお,だい2世界せかい大戦たいせん学制がくせい改革かいかくともない,フランス語ふらんすごはドイツならんでおおくの新制しんせい大学だいがくだい2外国がいこくとして採用さいようされるにいたり,また,種々しゅじゅ語学ごがく機関きかん放送ほうそう,レコード,テープをつうじての教育きょういく学習がくしゅうさかんになったことにより,フランス語ふらんすご学習がくしゅうしゃかず戦前せんぜんくら飛躍ひやくてき増大ぞうだいした。
執筆しっぴつしゃ


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百科ひゃっか事典じてんマイペディアフランス語ふらんすご」の意味いみ・わかりやすい解説かいせつ

フランス語ふらんすご【フランスご】

インド・ヨーロッパ語族ごぞくのイタリックぞくするロマンスひとつ。ラテン語らてんごをもとに,ガリア地方ちほうにいたケルトぞくのケルトケルト)と,さらに,フランクぞく侵入しんにゅうによるゲルマンゲルマン)の影響えいきょうけて形成けいせいされた。しかし南部なんぶではフランクぞく影響えいきょうすくなかったため,北部ほくぶのオイル南部なんぶのオックプロバンス)の区別くべつしょうじ,前者ぜんしゃフランス語ふらんすご標準ひょうじゅん基礎きそとなる。最古さいこ文献ぶんけんは9世紀せいきのもの。13世紀せいきまつまでを古代こだいフランス語ふらんすごとし,語形ごけい変化へんかおおく,方言ほうげんかれていたのが特徴とくちょう。《ローランのうた》などがこの時期じきぞくする。14世紀せいきから15世紀せいき古代こだいフランス語ふらんすご崩壊ほうかいで,中代なかだいフランス語ふらんすごばれ,パリを中心ちゅうしんとするイル・ド・フランス地方ちほう言語げんご標準ひょうじゅんとなる。16世紀せいきにはルネサンスと宗教しゅうきょう改革かいかくにつれてフランスラテン語らてんご圧倒あっとうして語彙ごい(ごい)も豊富ほうふになり,近代きんだいフランス語ふらんすご時代じだいはいった。17世紀せいきにはアカデミー・フランセーズ文法ぶんぽう学者がくしゃによって論理ろんりてき言語げんごとして整備せいびされ,古典こてん文学ぶんがく開花かいかして現代げんだいフランス語ふらんすご基礎きそ確立かくりつした。フランスのほか,ベルギー,スイス,カナダなどではなされる。また植民しょくみん支配しはい普及ふきゅうしたことから,現在げんざいでもアフリカ,カリブ海かりぶかい地域ちいき,カナダ,米国べいこく一部いちぶなどでひろ使用しようされる。
関連かんれん項目こうもくフランスラングドック

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世界せかい主要しゅよう言語げんごがわかる事典じてんフランス語ふらんすご」の解説かいせつ

フランスご【フランス語ふらんすご

インドヨーロッパ語族ごぞくイタリックぞくする、ロマンス諸語しょごひとつ。フランス本国ほんごく海外かいがいけん海外かいがい領土りょうどのほか、ベルギー、スイス、カナダ、ハイチ、またアフリカではきゅうフランスりょうなど21ヵ国かこくで、唯一ゆいいつ公用こうようあるいは言語げんごなら公用こうようひとつになっている。話者わしゃすうは4おく1000まんにん国際こくさい連合れんごう公用こうようひとつ。ローマじんによるガリア(フランスの古名こみょう征服せいふくでもたらされたラテン語らてんご民衆みんしゅう日常にちじょうとして定着ていちゃく、そのいくつもの方言ほうげん分化ぶんかした。このうちパリを中心ちゅうしんとしたフランス北部ほくぶ方言ほうげん王権おうけん伸長しんちょうとともに共通きょうつうになった。17世紀せいき設立せつりつされたアカデミーフランセーズが、国家こっか機関きかんとしてフランス規範きはんさだめる役割やくわりになっている。発音はつおんではrのおとはな母音ぼいん、リエゾンなどに特徴とくちょうがある。ラテン語らてんごかく消失しょうしつして屈折くっせつから、語順ごじゅん前置詞ぜんちしなどが文法ぶんぽうてき機能きのうをになう分析ぶんせきがた言語げんご転換てんかんしたが、動詞どうし人称にんしょうかず時制じせいたいほう要素ようそをもち複雑ふくざつ体系たいけいたもっている。◇仏語ふつご(ふつご)ともいう。

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世界せかいだい百科ひゃっか事典じてん旧版きゅうばんうちフランス語ふらんすご言及げんきゅう

英語えいご】より

…ノルマンじん本来ほんらい北欧ほくおうじんで,10世紀せいきにフランスおうはこれを懐柔かいじゅうするためかれらに土地とちあたえ,その首領しゅりょう封建ほうけん諸侯しょこうれっせしめた。かれらは短期間たんきかんにフランスの言語げんご文化ぶんか吸収きゅうしゅうしたが,その言語げんごはノルマンディー方言ほうげんだったので,これをノルマン・フレンチNorman‐French(略称りゃくしょうNF)とんでパリを中心ちゅうしんとする中央ちゅうおうフランス語ふらんすごCentral French(略称りゃくしょうCF)と区別くべつされた。ノルマン・コンクエストイギリスの支配しはい階級かいきゅう高級こうきゅう聖職せいしょくしゃはほとんどノルマンけいめられ,またノルマンディーはじめフランスないにいくつかの領地りょうち保有ほゆうつづけ,えいふつあいだ往来おうらいつづいたので,支配しはい階級かいきゅうあいだではフランス語ふらんすご日常にちじょうであり,ラテン語らてんごとともに公用こうよう公文書こうぶんしょ文学ぶんがく言語げんごとしてももちいられた。…

古典こてん主義しゅぎ】より

… 言葉ことばによってすべてが表現ひょうげんできるというフランス古典こてん主義しゅぎ文学ぶんがく基底きていてき了解りょうかいも,このような政治せいじてき社会しゃかいてきコンテクストにおいて意味いみをもつ。リシュリュー以来いらい文化ぶんか政策せいさく根幹こんかん国語こくごとしてのフランス語ふらんすご統一とういつ洗練せんれんにあったように,芸術げいじゅつ表現ひょうげんにおいてもフランス語ふらんすごという分節ぶんせつ言語げんごこそがすべての言語げんごたいちまさる統一とういつてき媒体ばいたいとなった。それが一部いちぶ知的ちてき選良せんりょうのサロンで純粋じゅんすいのようなものとなるかわりに,たん宮廷きゅうていだけではなく,宮廷きゅうていをもんで,町民ちょうみん階級かいきゅう中心ちゅうしんとする無名むめい群集ぐんしゅうびかける演劇えんげきとその劇場げきじょうとをみずからの舞台ぶたいとしたことは,この言葉ことば中心ちゅうしん主義しゅぎ文化ぶんか戦闘せんとうてきでもあり解放かいほうしゃてきでもある様相ようそう雄弁ゆうべんかたっている。…

【ドイツ】より

…しかし,統一とういつされた文語ぶんご成立せいりつにはいたらず,13世紀せいきちゅうごろからの騎士きし階級かいきゅう没落ぼつらくとともに,文学ぶんがく均一きんいつせいふたたうしなわれた。 この時代じだいには,騎士きし文化ぶんか隆盛りゅうせいとともに,フランス語ふらんすごから,宮廷きゅうてい騎士きし文化ぶんかかんする多数たすうかたり借用しゃくようされたが,それらのかたりおおくは今日きょううしなわれている。また,動詞どうし派生はせいする‐ierenをはじめ,今日きょうでももちいられる種々しゅじゅ接尾せつびフランス語ふらんすごから借用しゃくようされた。…

【トルコ】より

…(4)語彙ごいのきわめておおくの部分ぶぶん外来がいらいめている。従来じゅうらいからアラビアがきわめておおく(たとえばTürk Cumhuriyeti〈トルコ共和きょうわこく〉のCumhuriyetはアラビア,Türkと‐iはトルコ),ペルシアもかなりあり,近代きんだいになってはフランス語ふらんすごおおはいっている(れい:sinema〈映画えいが〉,istasyon〈えき〉)。 トルコ歴史れきしは,10~11世紀せいきしょうアジアへ移住いじゅうしたセルジュークぞくとオグズぞく言語げんご(チュルク諸語しょごひとつ)にはじまり,14世紀せいき以後いごのオスマン帝国ていこく時代じだい言語げんごて,1923ねん共和きょうわこく誕生たんじょうとともにトルコ共和きょうわ国語こくご確立かくりつした。…

【ビレル・コトレのおうれい】より

改正かいせいてんとしてとくに注目ちゅうもくされるのは,王権おうけんによる言語げんご統一とういつ戸籍こせき制度せいど法制ほうせいであり,いずれも王権おうけんによる支配しはい貫徹かんてつをはかったものである。言語げんごについては,ぜん王国おうこく国王こくおう裁判所さいばんしょにおいて,判決はんけつその訴訟そしょう文書ぶんしょはすべて〈母語ぼごなるフランス語ふらんすごlangage maternel françois〉にてしるさるべし,とさだめた(だい111じょう)。これはラテン語らてんごたいするフランス語ふらんすご優位ゆうい宣明のぶあきすると同時どうじに,みなみフランスでひろもちいられていたオックや,ブルトン,バスク,そのしょ方言ほうげん使用しようきんじ,王権おうけん基盤きばんであるきたフランスのオイル国家こっかとして強制きょうせいするものであって,王権おうけんによる中央ちゅうおう集権しゅうけん重要じゅうようなてことなった。…

【フランス】より

正式せいしき名称めいしょう=フランス共和きょうわこくRépublique française面積めんせき=54まん7026km2人口じんこう(1996)=5831まんにん首都しゅと=パリParis(日本にっぽんとの時差じさ=-8あいだ)主要しゅよう言語げんごフランス語ふらんすご通貨つうか=フランfrancヨーロッパ大陸たいりく西部せいぶにある共和きょうわこく。ヨーロッパに位置いちする本国ほんごくのほかに,世界せかい各地かくち海外かいがいけん海外かいがい領土りょうどをもっている。…

【ベルギー】より

正式せいしき名称めいしょう=ベルギー王国おうこくKoninkrijk België∥Royaume de Belgique∥Kingdom of Belgium面積めんせき=3まん0528km2人口じんこう(1996)=1018まんにん首都しゅと=ブリュッセルBruxelles(日本にっぽんとの時差じさ=-8あいだ)主要しゅよう言語げんご=フラマン(オランダ),ワロン(フランス語ふらんすご)通貨つうか=ベルギー・フランBelgian francヨーロッパ北西ほくせいにある立憲りっけん君主くんしゅこくきたはオランダ,ひがしはドイツ,南東なんとうはルクセンブルク,みなみはフランスとさかいせっし,西にし北海ほっかいめんして65.5kmの海岸かいがんせんかたちづくりイギリスにたいする。…

【ヨーロッパ】より

…これこそ中世ちゅうせい普遍ふへん主義しゅぎ体現たいげんするものであった。だい2のそうは,王権おうけん基盤きばんであるきたフランスのオイル,とりわけパリ地域ちいきもちいられてきたフランシアン方言ほうげん基準きじゅんとする標準ひょうじゅんフランス語ふらんすごであった。人文じんぶん主義しゅぎしゃ一人ひとりJ.デュ・ベレーは《フランス語ふらんすご擁護ようご顕揚けんよう》(1549)において,このうつくしい〈フランス語ふらんすご〉を擁護ようごする。…

【ロマンス】より

…ロマンス今日きょうヨーロッパおよびアメリカ大陸あめりかたいりく中心ちゅうしんに,ぜん世界せかいで5おくにんにのぼるとも推定すいていされる人々ひとびと日常にちじょうとしてひろ使用しようされている。〈ロマンス〉また〈ロマン〉という名称めいしょうふくまれる〈ロマンス〉〈ロマン〉(英語えいごRomance,ドイツromanisch,フランス語ふらんすごroman)なるかたりは,字義じぎどおりには〈ローマふうに〉を意味いみする中世ちゅうせいラテン語らてんごのromaniceにさかのぼるものであり,古代こだいローマじん言語げんごはっするその起源きげん端的たんてき物語ものがたっている。
分類ぶんるい分布ぶんぷ
 ロマンス分類ぶんるいかんしてはさまざまなこころみがなされているが,19世紀せいきまつ死滅しめつしたダルマティア(かつてアドリア海あどりあかい東岸とうがん分布ぶんぷ)を今日きょう使用しようされているロマンスくわえたうえで,のような分類ぶんるいかんがえられる(配列はいれつ順序じゅんじょはヨーロッパにおける分布ぶんぷをおおよそ西にしからひがしにたどったもの)。…

※「フランス語ふらんすご」について言及げんきゅうしている用語ようご解説かいせつ一部いちぶ掲載けいさいしています。

出典しゅってん株式会社かぶしきがいしゃ平凡社へいぼんしゃ世界せかいだい百科ひゃっか事典じてん旧版きゅうばん)」

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