幕府ばくふ（読よみ）バクフ

征夷大将軍せいいたいしょうぐん（せいいたいしようぐん）を首長しゅちょうとする武家ぶけ政権せいけん。鎌倉かまくら，室町むろまち（足利あしかが），江戸えど（徳川とくがわ）幕府ばくふがある。織田おだ信長のぶなが，豊臣とよとみ秀吉ひでよしの政権せいけんは武家ぶけ政権せいけんではあるが，信長のぶなが，秀吉ひでよしが征夷大将軍せいいたいしょうぐんとならなかったので幕府ばくふとは呼よばない。今日きょう一般いっぱんに行おこなわれているこのような幕府ばくふ概念がいねんは，江戸えど時代じだいに成立せいりつしたものである。

　本来ほんらい幕府ばくふとは，中国ちゅうごくで出征しゅっせい中ちゅうの将軍しょうぐんの軍営ぐんえいをいい，戦陣せんじんに幕まくを張はって軍営ぐんえいを設営せつえいしたゆえである。日本にっぽんでは幕府ばくふは近衛府このえふの唐名とうみょうで，転てんじて近衛このえ大将たいしょうやその居館きょかんを意味いみした。1190年ねん（建たて久ひさ1）源みなもと頼朝よりともは右みぎ近衛このえ大将たいしょうに任にんぜられ，やがて辞退じたいしたが，その居館きょかんを幕府ばくふ，頼朝よりとものことを幕下まくしたと呼よぶようになった。92年ねん，頼朝よりともが征夷大将軍せいいたいしょうぐんとなって後ごも，居館きょかんは幕府ばくふと呼よばれた。しかし武家ぶけ政権せいけんの首長しゅちょうが征夷大将軍せいいたいしょうぐんである必要ひつようはなかった。94年ねんに頼朝よりともは征夷大将軍せいいたいしょうぐんの辞表じひょうを提出ていしゅつしているし，その子こ頼よりゆき家かが征夷大将軍せいいたいしょうぐんになったのは，父ちちのあとを継ついで3年ねん後ごである。1203年ねん（建たて仁ひとし3）頼よりゆき家かの弟おとうと実じつ朝ちょうが兄けいのあとを継つぐと同時どうじに征夷大将軍せいいたいしょうぐんに任にんぜられ，それ以来いらい武家ぶけ政権せいけんの首長しゅちょうと征夷大将軍せいいたいしょうぐんとが一体いったいのように考かんがえられるに至いたった。しかし鎌倉かまくら・室町むろまち幕府ばくふではその首長しゅちょうが幼少ようしょうのため，元服げんぷくして征夷大将軍せいいたいしょうぐんになるまで，征夷大将軍せいいたいしょうぐんを欠かくようなことは珍めずらしくなく，とくに九条くじょう頼よりゆき経けい，足利あしかが義政よしまさなどは首長しゅちょうの地位ちいについてから征夷大将軍せいいたいしょうぐんとなるまでの期間きかんが6～7年ねんに及およんでいる。

　武家ぶけ政権せいけんの創設そうせつ者しゃが征夷大将軍せいいたいしょうぐんになった時点じてんを幕府ばくふの成立せいりつ時期じきと見みる考かんがえ方かたは広ひろく行おこなわれ，1192年ねんに源みなもと頼朝よりとも，1338年ねん（延のべ元もと3・暦れき応おう1）に足利尊氏あしかがたかうじ，1603年ねん（慶長けいちょう8）に徳川とくがわ家康いえやすが征夷大将軍せいいたいしょうぐんに任にんぜられたときを，それぞれ鎌倉かまくら，室町むろまち，江戸えど幕府ばくふの成立せいりつと見みている。しかしこれは征夷大将軍せいいたいしょうぐん即そく幕府ばくふとする形式けいしき的てきな考かんがえ方かたであり，最近さいきんではこれらよりやや早はやい時期じきに，それぞれの幕府ばくふの実質じっしつ的てきな成立せいりつ時期じきを求もとめるのが普通ふつうである。足利あしかが義満よしみつは1368年ねん（正平しょうへい23・応おう安やす1）征夷大将軍せいいたいしょうぐんに任にんぜられ，78年ねん（天授てんじゅ4・永和えいわ4）右みぎ馬ば寮りょう御ご監かんとなり，83年ねん（弘和こうわ3・永えい徳いさお3）久我くが氏しにかわって源みなもと氏しの長者ちょうじゃとなり，淳和じゅんな・奨学しょうがく両院りょういん別当べっとうとなったが，以後いご歴代れきだいの将軍しょうぐんはこれらの地位ちいを兼かねるのが慣例かんれいとなり，徳川とくがわ氏しもこれにならった。室町むろまち時代じだいには清和せいわ源はじめ氏しの流りゅうが征夷大将軍せいいたいしょうぐんとなるという原則げんそくが定着ていちゃくした。塙はなわ保己一ほきいち（はなわほきいち）はこれを，皇室こうしつが天皇てんのうを，藤原ふじわら氏しが摂政せっしょう・関白かんぱくを独占どくせん的てきに世襲せしゅうするのと同おなじことだと述のべている。したがって清和せいわ源はじめ氏しでない織田おだ・豊臣とよとみ両氏りょうしは征夷大将軍せいいたいしょうぐんになれず，幕府ばくふを開ひらかなかったと見みられている。徳川とくがわ氏しが清和せいわ源はじめ氏しで，足利あしかが氏しに対立たいりつした新田にった氏しの支流しりゅうだと称しょうしたのも，武家ぶけ統合とうごうの官職かんしょくである征夷大将軍せいいたいしょうぐんに就任しゅうにんすることを望のぞんだためである。それゆえ徳川とくがわ氏しは，室町むろまち幕府ばくふの例れいにならって殿中でんちゅうの儀礼ぎれいを定さだめ，足利あしかが将軍しょうぐんに近侍きんじしていた吉よし良りょう氏し，伊勢いせ氏しらを用もちいて儀式ぎしき典礼てんれいをつかさどらせた。源みなもと頼朝よりともから徳川とくがわ氏しまで，鎌倉かまくら幕府ばくふから江戸えど幕府ばくふまでを一貫いっかんして幕府ばくふ政治せいじ，武家ぶけ政治せいじとしてとらえる考かんがえ方かたもこの時代じだいに生うまれてきた。1867年ねん（慶応けいおう3）王政おうせい復古ふっこの大だい号令ごうれいによって幕府ばくふは廃はいされた。
執筆しっぴつ者しゃ：上うえ横手よこて 雅まさ敬たかし

中国ちゅうごくでは，天子てんしを輔佐ほさする者ものや天子てんしの委任いにんを受うけた者ものが，長官ちょうかんとして府ふを開ひらき属官ぞっかんを置おいたが，野戦やせん軍ぐん司令しれい官かんの場合ばあいは帷幕いばく（いばく）で府ふを設営せつえいするのでこれを幕府ばくふといった。ここから転てんじて一般いっぱん官署かんしょの意味いみにも用もちいられる。幕府ばくふの語かたりは戦国せんごく時代じだいころから見みられ，前漢ぜんかんの李り広ひろや衛まもる青あおらも匈奴きょうど討伐とうばつのために前線ぜんせんに幕府ばくふを設もうけた。幕府ばくふの語かたりが官署かんしょの意味いみに用もちいられるようになるのは，後こう漢かんの明あかり帝みかど時代じだい，東平とうへい王おう蒼あおが驃騎将軍しょうぐんとなって自己じこの政庁せいちょうを置おき，天子てんしを輔佐ほさしたときあたりからだという。三さん国こく以後いごになると，将軍しょうぐん号ごうを帯おびる者ものが各地かくちに都みやこ督ただし府ふを開ひらき，1州しゅうないし数すう州しゅうの軍事ぐんじ権けんを掌握しょうあくした。都と督とく府ふはしだいに州しゅうの行政ぎょうせい権けんも握にぎるようになった。都と督とく府ふの属官ぞっかん（府ふ官かん）には府ふ主ぬしの輔佐ほさとして長ちょう史ふみ・司馬しばが置おかれ，その下したに各種かくしゅの参さん軍ぐんがあって府ふ事ごとを分掌ぶんしょうした。都と督とく府ふの規模きぼは府ふ主ぬしの位階いかいによって等級とうきゅうが定さだめられたが，大おおきなものになると1万まん人にんもの官吏かんりを擁ようした。上級じょうきゅうの府ふ官かんは中央ちゅうおう政府せいふの任命にんめいによるが，実際じっさいには府ふ主ぬしの上申じょうしんに基もとづくことが多おおく，府ふ主ぬしと府ふ官かんとの間あいだには情誼じょうぎ関係かんけいで結むすばれることが少すくなくなかった。隋ずい・唐から時代じだいの州しゅう県けん制せいはこの都と督とく府ふ制度せいどに由来ゆらいする。

　中ちゅう唐とう以後いご各地かくちに節度せつど使しが配置はいちされて数すう州しゅうを管轄かんかつしたが，その政庁せいちょうは使つかい府ふとよばれた。属官ぞっかんには判官ほうがん・推官など令れい制せい外がいの幕まく職しょく官かんが置おかれ，従来じゅうらいの州しゅう県けん官かんの権限けんげんをしのいで管轄かんかつ地域ちいきの軍事ぐんじと行政ぎょうせいを掌握しょうあくした。幕まく職しょく官かんも節度せつど使しの意向いこうによって任用にんようされた。宋そう代だいになって節度せつど使しの権限けんげんを弱よわめ，中央ちゅうおう政府せいふと州しゅう県けんの直結ちょっけつ化かをはかったが，幕まく職しょく諸しょ官かんの名称めいしょうや職掌しょくしょうは，地方ちほう行政ぎょうせい機構きこうのなかに編あみこまれている。このように，中央ちゅうおう集権しゅうけん政治せいじの徹底てっていした中国ちゅうごくでも，官庁かんちょうは長官ちょうかんの開府かいふ置おけ属ぞくしたものという趣おもむきが強つよい。清朝せいちょうでは総督そうとく・巡じゅん撫なで以下いか地方ちほう差遣さけんの長官ちょうかんは，一定いっていの属官ぞっかんのほかに，私費しひで幕まく友とも（幕まく賓まろうど，幕まく客きゃくともいう）を招まねいて実務じつむを遂行すいこうさせた。幕まく友ともは多おおくが知識ちしき人じんで，府ふ主ぬしの秘書官ひしょかんないしは政治せいじ顧問こもんという立場たちばでこれを輔佐ほさした。その任務にんむの中心ちゅうしんは裁判さいばんと財政ざいせいにあり，そのための知識ちしきを幕まく学がくと称しょうした。幕まく友ともの制度せいどは，地方ちほう政治せいじが官僚かんりょうの請負うけおい事業じぎょう的てき性格せいかくのものであったことを思おもわせる。

　一般いっぱんに地方ちほう官庁かんちょうは中央ちゅうおう官庁かんちょうのミニアチュアであり，両者りょうしゃのあいだに質的しつてきな差さはない。たとえば魏ぎ晋すすむ南北なんぼく朝あさの都と督とく府ふは，中書ちゅうしょ・門下もんか・尚書しょうしょ各省かくしょうと類似るいじした機構きこうを内蔵ないぞうしている。有力ゆうりょくな都と督とく府ふが挙兵きょへいして現げん王朝おうちょうにとって代かわると，都と督とく府ふの人的じんてき構成こうせいはそのまま新しん政府せいふの内閣ないかくに移行いこうし，〈籌策（はかりごと）を帷とばり帳ちょうの中なかに運うん（めぐ）ら〉（《史記しき》留とめ侯こう世よ家か）せた属官ぞっかんたちが閣僚かくりょうの地位ちいを占しめる。幕府ばくふは王朝おうちょうの一部分いちぶぶんであると同時どうじにこれと同質どうしつの構造こうぞうをもつので，前者ぜんしゃが後者こうしゃに転化てんかする可能かのう性せいがつねにはらまれ，それがいわゆる易姓革命えきせいかくめいとして現実げんじつ化かする。これに対たいし日本にっぽんの幕府ばくふは朝廷ちょうていが征夷大将軍せいいたいしょうぐんに開府かいふの権限けんげんを与あたえたものであり，この点てんでは中国ちゅうごくの制度せいどを継受けいじゅしたものといえるが，統治とうちの機構きこうや原理げんりにおいては朝廷ちょうていと異質いしつな面めんが多おおく，それゆえにかえって両者りょうしゃの相互そうご補完ほかん関係かんけいが保たもたれた。
執筆しっぴつ者しゃ：谷川たにがわ 道雄みちお