直垂ひたたれ（読よみ）ヒタタレ

鎌倉かまくら時代じだい以後いご，武家ぶけの間あいだに多おおく用もちいられた垂たれ領りょう（すいりよう）（たりくび）式しきの衣服いふくで，上体じょうたい衣ころもと袴はかまの上下じょうげで一いち具ぐとなっている。この服装ふくそうはもと庶民しょみんの用もちいたもので，古ふるく古墳こふん時代じだいの埴輪はにわ（はにわ）の男子だんし像ぞうに見みる衣ころも褌ふんどし（きぬはかま）が，7～8世紀せいきのころ中国ちゅうごくから伝つたわった新しん様式ようしきの盤ばん領りょう（ばんりよう）（あげくび）形かたちの唐とう式しき服装ふくそう（袍ほう（ほう））の流行りゅうこうとともに，上流じょうりゅう者しゃの間あいだでは用もちいられなくなり，庶民しょみん服ふくとなって残のこったものと思おもわれる。平安へいあん・鎌倉かまくら期きの絵巻物えまきものなどに見みられる，庶民しょみんの男子だんしの着きている筒袖つつそで衣ころもにひざまでの括くく（くくり）袴はかまをはいた袖そで細ほそ（そでぼそ）の姿すがたがこれで，やがて庶民しょみん階級かいきゅうから起おこった武家ぶけの間あいだでしだいに形かたちをととのえながら，完成かんせいされていったものであろう。したがって，その形かたちには素朴そぼくな庶民しょみん服ふくの特徴とくちょうである垂たれ領りょう式しき，胸むねひも，袴はかまの中なかへ上衣うわぎを着きこめる着ちゃく装そう法ほうなどと，公家くげ風ふうの影響えいきょうと思おもわれる広ひろい二に幅ぶくの袖そで，かかとまである切きり袴はかまなど2種しゅのものが見みられる。形態けいたい上じょうの特徴とくちょうとしてはこのほか，両りょう袖そでの袖そでつけと背せおよび袴はかまの両側りょうがわには胸むねひもと同おなじ丸打まるうちひもの菊きく綴つづり（きくとじ）があり，袖そでの下した端はしには袖そで括くくのなごりと見みられる露ろがついている。生地きじや色目いろめには，狩衣かりぎぬと同おなじように元来がんらいが自由じゆうな略服りゃくふくであるだけに，かえってやかましいきまりがなく，生絹きぎぬ（せいけん），精せい好このみ（せいごう），紗しゃ（しや）などの高級こうきゅうな絹織物きぬおりものが多おおく用もちいられ，色いろも紅べに，萌葱もえぎ（もえぎ），朽葉くちば（くちば），紫むらさき，樺かば（かば）などさまざまであった。鎌倉かまくら時代じだいには武士ぶしの平服へいふくとして用もちいられたが，次じの室町むろまち時代じだいになると，これと同どう形式けいしきの大紋だいもん（だいもん），素襖すおう（すおう）が，平服へいふくないし略式りゃくしきの公おおやけ服ふくとして用もちいられるようになり，直垂ひたたれはこれらの上位じょういにあって，しだいに儀式ぎしき的てきな公おおやけ服ふくとしての性格せいかくをもってくる。袴はかまも素襖すおう，大紋だいもんと同おなじく長袴ながばかまとなった。江戸えど時代じだいの服ふく制せいでは，白しろ小袖こそでに直垂ひたたれ，風ふう折おり烏帽子えぼし（かざおりえぼし）というのは武家ぶけ最上さいじょうの礼装れいそうで，侍従じじゅう以上いじょうの料りょうとして，将軍家しょうぐんけも正式せいしきの服ふくとして葡萄ぶどう（えび）色しょくの直垂ひたたれを着用ちゃくようした。明治めいじ以後いごは一般いっぱんの礼装れいそうとしては用もちいられることがなくなり，宮廷きゅうていの楽人がくじん服ふくとして制定せいていされた。

　このように直垂ひたたれは日本にっぽんの公おおやけ服ふくの流ながれの中なかで，武家ぶけ階級かいきゅうとその興亡こうぼうを共ともにした服装ふくそう，つまり武家ぶけを代表だいひょうする服装ふくそうであり，公家くげ風ふうから武家ぶけ風ふう，すなわち盤ばん領りょう形がたの衣ころもから垂たれ領りょう形がたのものに移うつる最初さいしょに位くらいするものとして注目ちゅうもくに値あたいする。直垂ひたたれの一種いっしゅに鎧よろい直垂ひたたれというのがある。これは鎧よろいを着用ちゃくようする時ときに下したに着きるためのもので，形かたちはだいたいふつうの直垂ひたたれと変かわりはないが，籠かご手しゅ（こて）をつけたりする関係かんけいで袖そでたけが短みじかく，また，袖口そでぐちを引ひきしめるための袖そで括くくがあり，袴はかまの裾すそにも裾すそ括くくがついている。地質ちしつも武士ぶしが戦場せんじょうで用もちいる晴着はれぎとして，錦にしき，綾あや，目もく結ゆい（めゆい）などのはでやかなものが用もちいられた。なお，鎌倉かまくら時代じだいころの物語ものがたりなどに〈ひたたれ〉といって，庶民しょみんの用もちいた夜具やぐのようなものをさしていることがある。これは綿めんの厚あつく入はいった今日きょうの夜着よぎに類るいするものらしく，衣服いふくとしての直垂ひたたれとは別べつのものである。
執筆しっぴつ者しゃ：山辺やまべ 知行ともゆき