日本独自の美術様式の一つで、絵巻物ともいう。詞書(ことばがき)(文章)と絵によって、日本の上代から中世にかけて流布した物語、説話、伝記、社寺の縁起(えんぎ)などを展開するもので、巻物に仕立てられて保存・鑑賞された。日本画の一形式として現代に至るまで行われているが、ここでは10世紀(平安時代)から16世紀(室町時代)にかけて制作され、おおむね大和絵(やまとえ)の画風で描かれた、いわゆる大和絵絵巻を中心に述べる。
[奥平英雄]
絵巻物は内容のうえからみると、宗教関係の内容をもつ宗教的絵巻と、主として鑑賞的な内容をもつ鑑賞的絵巻の二つに分けられる。
宗教的絵巻には、以下のようなものがある。
(1)仏教の経典などを絵解きした経典類―『華厳(けごん)五十五所絵巻』『十二因縁(いんねん)絵巻』『地獄草紙』『餓鬼草紙』など。
(2)仏寺・神社の創建の由来や、その本尊である神仏の霊験などを描いた縁起類―『信貴山(しぎさん)縁起』『粉河寺(こかわでら)縁起』『當麻曼荼羅(たいままんだら)縁起』『石山寺縁起』『清水寺縁起』『北野天神縁起』『松崎天神縁起』『春日権現(かすがごんげん)霊験記』など。
(3)宗教に関係ある人物の伝記または逸話を描いた伝記類―『華厳宗祖師絵伝』『東征絵伝』『法然上人(ほうねんしょうにん)絵伝』『親鸞(しんらん)上人絵伝』『慕帰絵詞(ぼきえことば)』『一遍(いっぺん)上人絵伝』『聖徳太子絵伝』『西行物語絵巻』など。
これに対し鑑賞的絵巻には、以下のようなものがある。
(1)平安時代の浪漫(ろうまん)主義の文学、またはその系統を引く鎌倉時代の擬古文学に題材をとった物語・日記類―『源氏物語絵巻』『寝覚(ねざめ)物語絵巻』『紫式部日記絵巻』『枕草子(まくらのそうし)絵巻』『駒競行幸(こまくらべぎょうこう)絵巻』『伊勢(いせ)物語絵巻』『小野雪見御幸(おののゆきみごこう)絵巻』など。
(2)奇怪な事件、あるいは滑稽(こっけい)な話談などを題材とした説話類―『伴大納言(ばんだいなごん)絵詞』『吉備大臣入唐(きびだいじんにっとう)絵巻』『絵師草紙』『長谷雄卿(はせおきょう)草紙』『掃墨(はいすみ)草紙』など。
(3)室町時代を中心とする御伽(おとぎ)草子や、またこれに類する説話を題材とする御伽草子類―『福富草紙』『十二類絵巻』『天稚彦(あめのわかひこ)草紙』『鼠(ねずみ)草紙』『足引絵巻』『俵藤太(たわらとうた)絵巻』『化物(ばけもの)草子』など。
(4)歴史上の著名な合戦を主題とした戦記類―『平治(へいじ)物語絵巻』『前九年合戦絵巻』『後三年合戦絵詞(えことば)』『蒙古(もうこ)襲来絵詞』『結城(ゆうき)合戦絵詞』など。
(5)和歌を背景とする人物や風景を描き並べた和歌類―『三十六歌仙絵巻』『伊勢新名所歌合(うたあわせ)絵巻』『東北院職人歌合絵巻』『三十二番職人歌合絵巻』など。
(6)歴史的な意味をもつ肖像とか行事などを描いた記録類―『天皇摂関(せっかん)大臣影(えい)』『公家列影(くげれつえい)図巻』『中殿御会(ぎょかい)図巻』『年中行事絵巻』『随身庭騎絵巻』『駿牛(しゅんぎゅう)絵詞』『馬医草紙』など。
なおこのほかに、以上のどの類にも入らないものに『鳥獣人物戯画』などがある。
以上のように、絵巻物は題材的にみると、いろいろな種類に分かれるが、これを概観すると、大半は物語的、もしくは説話的な内容をもっているということがいえる。そしてその背景は概して人間が中心で、人間生活や人世の哀歓が大きく取り上げられている。この意味で絵巻は、多分に説話画的要素と風俗画的要素とを兼ね備えているといえる。
[奥平英雄]
絵巻は、数枚あるいは数十枚の紙(まれに絹)を横に継ぎ合わせてつくられており、縦幅はだいたい30センチメートルから39センチメートルくらいまでのものがもっとも多い。そして横の長さも普通9メートルから12メートルのものがもっとも多い。そして巻数としては1巻、2巻、あるいは3巻でまとまったものがもっとも多く、なかには十二巻本、二十巻本、そして四十八巻本という大部のものもある。
一般に絵巻物というと、その語感から、絵だけを描いた巻物というふうにとられがちであるが、絵巻物はほとんどすべて詞(ことば)と絵がかかれている(『鳥獣人物戯画』のように詞がなく絵だけを描いたものは特例である)。そのかき方にはいろいろな形があるが、普通は詞のほうを先に書き、次にこれに対応する絵を描く、そしてこの形を繰り返しながら叙述を進めていくという形式がもっとも多く行われている。この詞と絵との交互配列の形式は、日本の絵巻物の標準形式となっている。
絵巻は巻物仕立てとなっているから、本来は机上に置き、左手で開き右手で巻きながら、右から左へとすこしずつ目を移して見ていくのが原則である。このように画面をじかに自分の手で動かしながら、時間をかけて見ていくのが絵巻物鑑賞の基本条件であって、こうすることによって、画面に時間的・空間的な展開が生ずる。これが、屏風絵(びょうぶえ)、襖絵(ふすまえ)、掛軸画(かけじくえ)などと異なる絵巻物の特徴である。
絵巻の叙述は、前述のように詞と絵とを繰り返すことによって行われるが、絵の構図法としては段落式のものと連続式のものとがある。段落式構図は、画面を挿絵風に短く切った構図(源氏物語絵巻)をいい、一場面一場面の情趣を静かに鑑賞するのに適している。これに対し連続式構図は、いくつもの情景を次々と描き続け、長い画面を構成した構図(信貴山縁起)をいい、時間的に発展する事件を描くのに適している。絵巻物形式の妙味は、むしろこの連続式構図によって発揮される場合が多い。
絵巻の構図には俯瞰(ふかん)描写を試みたものが多く、これは、絵巻の画面の幅が狭いことから、多くの人物、物象、自然を盛り入れ、さらに人物の動きを豊富に写すための必要上試みられたものと考えられる。そして建物の屋根や天井を省いて、室内の模様を俯瞰的に描いた「吹抜屋台(ふきぬきやたい)」というような大胆な画法も発明されている。また主要人物の描写に重点を置き、そのために周囲の背景との比例や遠近の法則を破って、主要人物をとくに大きく描いている場合がしばしばある。
[奥平英雄]
一般に絵巻物は大和絵の画風で描かれている。大和絵は平安中期に、それまで影響を受けてきた大陸、とくに中国隋(ずい)・唐の画風から脱して、日本の風俗、自然などを表現するのにふさわしい画風として生み出されたもので、絵巻物のような日本的な題材を中心としているものとは切っても切れない関係にある。そこで絵巻物の題材が多様となり、内容が豊富になるにつれて、それを表現する大和絵の様式も多彩となり、技巧も複雑になっている。そうした様式の代表的なものの一つは、『源氏物語絵巻』にみられる「作り絵」である。これは画面を全部濃い色彩でうずめ、細い線で輪郭を描き起こした一種の装飾画風のもので、人物の顔面は「引目鈎鼻(ひきめかぎはな)」の非写実的な表情に描かれている。その優雅な色彩、静かな顔面描写などは、情趣的な画面効果をよく発揮している。『寝覚物語絵巻』『紫式部日記絵巻』などの物語絵系統の作品は、おおむねこの系列に属する。
これと対照的な様式になるのが『信貴山縁起』で、これは色は淡彩にとどめ、線描に重点を置き、肥痩(ひそう)のある描線を駆使して線のもつ運動性を強調している。『源氏物語絵巻』が静的、情趣的であるのに対して、これは動的、劇的であり、『源氏物語絵巻』が叙情的であるのに対し、これは叙事的である。この『信貴山縁起』の系統に属するものに『粉河寺縁起』『地獄草紙』『餓鬼草紙』『病草紙(やまいのそうし)』などがある。
以上の『源氏物語絵巻』や『信貴山縁起』などのように、色彩と描線のどちらかに重点を置くのではなく、そのどちらにも重点を置いて描いている作品は非常に多く、むしろそういった折衷的な画風で描かれたものが、のちになるほど多くつくられている。それらのなかで『伴大納言絵詞』や『平治物語絵巻』などは、とくに優れた作品である。
次に、ただ墨一色の描線を主にして描いた、いわゆる「白描(はくびょう)」の代表的なものに『鳥獣人物戯画』と『枕草子絵巻』がある。しかし同じく白描といっても、それぞれ違った特徴や効果をもっており、『鳥獣人物戯画』は肥痩のある軽快流暢(りゅうちょう)な描線で鳥獣の動態を生き生きと描いている。これに対し『枕草子絵巻』は、きわめて細緻(さいち)な輪郭線と、濃淡の度を異にする墨色の面とによって構成され、黒白の諧調(かいちょう)によって優艶(ゆうえん)な情趣的な世界を展開している。
絵巻は以上のごとくいろいろな様式で描かれているが、総じて柔和で温雅な画趣が特色といえる。この大和絵の画風で描かれた絵巻に対して、大和絵以外の画風(たとえば漢画など)による巻物は画巻(がかん)あるいは図巻とよんで区別され、絵巻とはよばない。それゆえ絵巻のことを厳格に大和絵絵巻とよぶ人もある。
[奥平英雄]
絵巻物にはその筆者の名前を明記したものはきわめて少ないが、文献や遺品などによって知られる画人は、天皇、皇族、公家(くげ)、廷臣、学僧、絵師、絵仏師などの各階層にわたっている。現存作品で知られる『伴大納言絵詞』の筆者常盤光長(ときわみつなが)、『春日権現霊験記』の高階隆兼(たかしなたかかね)、『清水寺縁起』の土佐光信(みつのぶ)らは宮廷絵所の絵師であり、『大仏縁起』を描いた芝琳賢(しばりんけん)は興福寺絵所の絵仏師である。また『一遍上人絵伝』の筆者円伊(えんい)、『東征絵伝』の蓮行(れんぎょう)らも同じく絵仏師と考えられる。『源氏物語絵巻』『信貴山縁起』『鳥獣人物戯画』などのような典型的な作品も筆者は不詳であるが、どれも一流の専門画家の手で描かれたものと考えられる。
なおこのほかに、宮廷にも寺院にも関係のない、在野の画人も存在していたと想像される。たとえば室町時代の御伽草子類の絵巻のなかには、無名の町絵師の手で描かれたと思われる作品がたくさんある。絵巻物に絵筆を染めた画人の数は、数字的にはっきり示すことはできないが、相当の数に上ることと思われる。
[奥平英雄]
絵巻物という形式は、本来中国から伝わったものである。したがって日本で絵巻物がつくられるようになったのは、当然中国の影響によるものと考えなければならない。日本で日本的題材の絵巻物が生まれたのは、だいたい10世紀に入ってからと考えられるので、それ以前は、いわゆる中国伝来のものを手本にして、自国のものを生み出すまでの下地を養っていた時期とみてよいであろう。今日、日本に伝わっている絵巻物形式の最古の遺品に、奈良時代(8世紀)の『絵因果経(えいんがきょう)』があるが、これは中国伝来の底本に基づいて日本の画人が書写したものである。当時の仏教界の情勢を考えると、この種のものがいろいろ日本に輸入されたことが想像され、それに次いで唐朝の鑑賞的な画巻のたぐいも輸入されていたものと考えられる。そういった中国画巻の移植時代を経て、平安時代に入り、ようやく日本独特の内容と画風を備えた絵巻物が生み出されるに至ったと考えてよかろう。
その開花の時期はだいたい平安後期の10世紀から11世紀にかけてであって、いわゆる遣唐使廃止後の国風文化の台頭期にあたる。この時代の絵巻物の遺品はまったく現存しないが、この時代の物語、歌集などの記事によってだいたいその姿や内容を知ることができる。なかでも『源氏物語』の記事(桐壺(きりつぼ)、須磨(すま)、絵合(えあわせ)、蛍(ほたる)の巻など)は大いに参考になるもので、当時(10世紀前半=延喜(えんぎ)・天暦(てんりゃく)時代)の宮廷貴族社会の間で盛んに絵巻物が鑑賞され、かつ制作されていたことをうかがうことができる。その種類もさまざまであって、日記絵巻、四季絵巻、年中行事絵巻、物語絵巻、説話絵巻など、いろいろ日本的な題材を取り入れたものが多かったことがわかる。要するにこの『源氏物語』の記事によって、10世紀前半ごろの絵巻物が貴族趣味的な、そして装飾美に富んだもので、内容的には多分に物語性、世俗性をもっていたことが認められる。その内容が物語性に富んでいたことは、この時代に勃興(ぼっこう)した物語文学の影響によるところが甚だ大きかったと考えられるが、この内容における物語性は、これからのちのちまで日本絵巻の顕著な特性として受け継がれている。
このようにして芽生えた絵巻は、平安後期の12世紀に入って数々の名作を生んだ。『源氏物語絵巻』『信貴山縁起』『伴大納言絵詞』『鳥獣人物戯画』などがそれで、これらの作品は絵巻の系譜の主流をなす代表的作品であるばかりでなく、それぞれ異なった技法や様式によってそれぞれ別個の世界を形成している点でまた意義が深い。この四つの作品は現存の絵巻物のなかではどれも最高峰に位する傑作であって、これだけの名品を生んだ12世紀は、まさに絵巻の黄金時代といっても過言ではない。
この黄金時代から次の鎌倉時代(13~14世紀)に移ると、ここに絵巻の流行時代が現出する。内容の面からみても物語文学、伝奇説話、和歌文学、戦記などを題材とする鑑賞的なもの、また社寺の縁起、祖師の伝記を主題とする宗教的なものなど、その内容は前時代に比べていっそう多彩になっている。こうして絵巻の内容が豊富になったため、これに伴って登場人物の種類も多種となり、これまでの貴族階級のほかに僧侶(そうりょ)、武士、農夫、職人以下、遊女、乞食(こじき)に至るまで多数の人物が描かれている。背景も平安時代よりいっそう拡大され、都市のほかに山村僻地(へきち)に及び、地方的色彩を増している。このように内容、題材が豊富多彩になったのに伴って、これを表現する画風も多彩となり、大和絵様式としてのいくつかのスタイルがつくられていった。今日残るいちおう名の通っている作品のなかでは、この鎌倉時代の作品が種類のうえからも量のうえからもいちばん多い。これは、従来の貴族だけでなく、さらに僧侶や武家階級などが絵巻制作の支持背景となったからで、絵巻はこうした背景の力によって華やかな流行時代を現出することができたのである。
しかしこれも次の室町時代(15~16世紀)になると、絵巻はようやく盛りを過ぎて衰退期に入っていく。この時代の絵巻にはもはや前時代のような活気もみずみずしさもない。内容的にも新味がなく、技巧的にも沈滞の色が濃くなってくる。すなわち、これまで絵巻物の支柱であった大和絵も、この時期に入ると萎縮(いしゅく)して生彩を失ってしまう。こうした大和絵の沈滞期にあたって、これにかわり頭をもたげてきたのが中国宋元画(そうげんが)の流れをくむ漢画で、室町時代の画界はこの漢画により風靡(ふうび)されるに至った。そしてこの中国伝来の新画風が隆盛になるにつれて、沈滞期の大和絵はますます後退し、ついに絵巻も室町時代をもって終局を告げたといってよい。
絵巻の歴史はこうして幕を閉じることになるが、しかし巻物形式の絵画は近世に入っても依然としてつくられ、また明治・大正から現代までわずかだが制作されている。しかし絵巻とは、日本美術史のうえでは、とくに大和絵の画風で描かれたものをさし、それが衰退した16世紀を一つのめどとして、時代的には16世紀までのものをさすことにしている。絵巻は美術史上輝かしい足跡を残しているが、また日本の古代、中世の風俗、生活を知るうえでの資料としても、欠くべからざる貴重な文化財であることを付記しておきたい。
[奥平英雄]
『上野直昭著『絵巻物研究』(1950・岩波書店)』▽『奥平英雄著『絵巻』(1957・美術出版社)』▽『武者小路穣著『絵巻』(1963・美術出版社)』▽『奥平英雄編『日本の美術2 絵巻物』(1966・至文堂)』▽『秋山光和著『原色日本の美術8 絵巻物』(1968・小学館)』▽『梅津次郎著『絵巻物叢考』(1968・中央公論美術出版)』▽『『新修日本絵巻物全集』30巻・別巻2巻(1975~1981・角川書店)』▽『『日本絵巻大成』26巻・別巻1巻(1977~1979・中央公論社)』