陀羅尼だらに（読よみ）ダラリ

サンスクリットのダーラニーdhāraṇīの音おと写うつしで，〈総そう持じ〉〈能のう持じ〉〈能のう遮さえぎ（しや）〉と訳やくす。総そう持じ，能のう持じはいっさいの言語げんご説法せっぽうを記憶きおくして忘わすれない意味いみであり，能のう遮さえぎはすべての雑念ざつねんをはらって無念むねん無想むそうになることである。陀羅尼だらにを繰くり返かえし繰くり返かえしとなえれば雑念ざつねんがなくなって禅定ぜんじょうに入はいり，その結果けっかはいっさいの言語げんご説法せっぽうを記憶きおくすることができる。これを聞持（もんじ）陀羅尼だらにともいうが，そのためには声こえに出ださずにとなえるのがよいので入にゅう音声おんせい（にゆうおんじよう）陀羅尼だらにともいう。しかし陀羅尼だらにが普通ふつうの言葉ことばではその意味いみを分別ふんべつするので，無念むねん無想むそうになれない。したがって意味いみ不明ふめいな呪文じゅもん（じゆもん）のほうがよいことになる。たとえば大日如来だいにちにょらいにはアビラウンケンとかアアーアンアクアーンク，オンアラハシャノーなどの真言しんごんがあり，教理きょうり的てき解釈かいしゃくはあるけれども，実際じっさいの意味いみは不明ふめいである。しかし陀羅尼だらにの宗教しゅうきょう性せいはその意味いみにあるのでなく，これが仏ふつの真実しんじつ語ごであると信しんじ，その神秘しんぴ的てきな力ちからに帰依きえする信仰しんこうにある。したがってこれを神呪かんのう（じんしゆ）ともいうが，これを信しんじないものにはまったく無力むりょくである。大日だいにち真言しんごんのアビラウンケンを〈油あぶら売うろうか〉と憶おぼえた老婆ろうばの加持かじはよく効きいたが，僧そうからアビラウンケンと正ただされてから効きかなくなったという話はなしが《沙すな石せき集しゅう》にみえる。陀羅尼だらには仏教ぶっきょう経典きょうてんに多おおくふくまれ，旧訳きゅうやく経典きょうてんでは呪のろいと訳やくしている。密教みっきょう経典きょうてんはこの陀羅尼だらにから成なっているので一般人いっぱんじんにわかりにくいため，秘密ひみつ教きょうとよばれる。インドにおいてすでにそうだったから，そのインドの発音はつおんを漢字かんじで音おと写うつして日本にっぽんに伝つたわった密教みっきょう経典きょうてんが，日本人にっぽんじんにわかりにくいのは当然とうぜんである。日本にっぽんで密教みっきょうを真言宗しんごんしゅうといったのは，陀羅尼だらにをマントラ（真言しんごん，密みつ言ごと，密みつ呪のろい）ともいうので，陀羅尼だらに宗むねを真言宗しんごんしゅうと名なづけたものである。それほどに密教みっきょうの要素ようそとして陀羅尼だらには本質ほんしつ的てきなものなので，陀羅尼だらにこそ仏ふつの真ま言語げんごとする思想しそうが生うまれ，仏ふつの真しんの説法せっぽうは陀羅尼だらにで説とかれたと考かんがえられるようになった。しかしこれは秘密ひみつ語ごの呪文じゅもんであるから，意味いみ不明ふめいなのが当然とうぜんなのである。
執筆しっぴつ者しゃ：五ご来らい 重おも