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最終回はチーム医療の話をしよう:日経メディカル

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最終さいしゅうかいはチーム医療いりょうはなしをしよう

2014/11/17

 日経にっけいメディカルより依頼いらいされたこのコラムも今回こんかいだい6かいむかえ、大団円だいだんえん(?)となる。編集へんしゅうより提案ていあんされたおだい候補こうほなかのこっているのは3つ。「1.パワーリフティング世界せかいチャンピオンのいる病院びょういん」、「2.医療いりょう消費しょうひぜい訴訟そしょう裏側うらがわ」、「3.チーム医療いりょうについて」。

 「1.パワーリフティング世界せかいチャンピオンのいる病院びょういん」だが、今春こんしゅん世界せかいマスターズベンチプレス選手権せんしゅけんM II(50さいだい)120kgきゅうわたしは5連覇れんぱのがし3しずんだ。だからこのおだいはもう使つかえない。

 「2.医療いりょう消費しょうひぜい訴訟そしょう裏側うらがわ」だが、たしかにわれわれはくおおとりかい医療いりょう消費しょうひぜい訴訟そしょう原告げんこく4病院びょういん一角いっかくめた。しかし消費しょうひぜい訴訟そしょうは、実際じっさいには兵庫ひょうごけん民間みんかん病院びょういん協会きょうかいこしたものである。金銭きんせんてき損害そんがい明示めいじしなければ裁判さいばんあらそえないことからサンプル病院びょういんを4病院びょういんつのり、それにわれわれはくおおとりかいえらばれたにぎず、消費しょうひぜいかんして自分じぶんくわしくない。このネタは無理むりである。

 仕方しかたがない、消去しょうきょほうで「3.チーム医療いりょうについて」をくことにする。最後さいごくらいたのしいやわらかいはなしきたかったのだがもうわけない。

なぜチーム医療いりょう実践じっせんされないのか
 「チーム医療いりょうおこなうべきだ」「チーム医療いりょう時代じだいだ」とわれてひさしいが、なかなかスローガンどおりに病院びょういん運営うんえいされない。なぜできないのか。それは病院びょういん関係かんけいしゃにチーム医療いりょうがなぜ必須ひっすなのか、確信かくしんがないためである。「チーム医療いりょう」をすすめんとするものおおくには前提ぜんていとして「チーム医療いりょうただしい」との漠然ばくぜんとした観念かんねんがあるのだが、その検証けんしょうがなされておらず、そのために組織そしきにチーム医療いりょう根付ねつかせんとする馬力ばりきまれないのである。

 医療いりょうには「ヒポクラテスのちかい」や「ナイチンゲールのちかい」があり、じつ行動こうどうこす原動力げんどうりょく宗教しゅうきょうしている。個人こじん行動こうどう規範きはんかんしては宗教しゅうきょうてき色彩しきさいがあってもよいが、集団しゅうだん行動こうどうじょうではなくでなければひろがりをもたない。すなわちだれもが納得なっとくできる理論りろんがなければベクトルの統一とういつができないのだ。医療いりょう構成こうせいいんに「チーム医療いりょうがなぜ必要ひつようか」の確信かくしんたせさえすれば、おのずとことっていく。

 わたし現代げんだい医療いりょう現代げんだい病院びょういんではチーム医療いりょう完成かんせいされないと存続そんぞく危機ききき、経営けいえい継続けいぞく困難こんなんになるとの確信かくしんっている。それゆえわたしはチーム医療いりょう推進すいしん法人ほうじんグループない根付ねつかせようとしているのだ。チーム医療いりょう病院びょういん根付ねつかせるためには、構成こうせいいん生活せいかつ処遇しょぐう安定あんてい向上こうじょうするためにチーム医療いりょう必要ひつようであることを説明せつめいせねばならない。

病院びょういんなにっているのか
 病院びょういん事業じぎょうである以上いじょう、そこには病院びょういん)、患者かんじゃ)があり、るモノ、商品しょうひんがある。病院びょういん商品しょうひんとはなにか。この商品しょうひんなん規定きていするかが病院びょういん経営けいえい方針ほうしんめ、チーム医療いりょう志向しこうするかかをめる。

 病院びょういん商品しょうひんなにかは2つのかんがかたがあるようだ。1つのかんがえは「病院びょういん商品しょうひん医師いしである」というもの。もう1つは「病院びょういん商品しょうひん医療いりょうである」というかんがかたである。

 事業じぎょうである以上いじょう商品しょうひん魅力みりょく競争きょうそうりょく最大限さいだいげんたかめることが病院びょういんにとってもっと重要じゅうよう事項じこうであり、職員しょくいん処遇しょぐう改善かいぜん直結ちょっけつする。患者かんじゃ)が医師いしいにるのなら、病院びょういんのやるべきことは医師いし商品しょうひんりょくしつ最大さいだいすることが大切たいせつになる。医療いりょういにるのなら医療いりょうしつ最大さいだいすることが肝心かんじんとなる。

 商品しょうひんをどちらとするかは病院びょういん規模きぼ診療しんりょうにもよるだろう。個人こじん医院いいんなら医師いし商品しょうひんとし、医師いしをいかに上手じょうずるかが経営けいえいめるかもしれない。しかし病院びょういんとなり、医療いりょう高度こうど複雑ふくざつするほど、さらに規模きぼおおきくなるほど事業じぎょうおこなうために多種たしゅ多様たよう能力のうりょく資格しかく人材じんざい必要ひつようとなる。そのころには病院びょういん商品しょうひんはもはや医師いしとは限定げんていできなくなる。そうして時代じだいはチーム医療いりょう時代じだいとなるのである。

 いまから30ねんほどまえわたし医師いしとなり岡山大学おかやまだいがくだい外科げかでキャリアをスタートした。当時とうじ医局いきょくちょう内田うちだはつさん先生せんせい先生せんせいだい血管けっかん手術しゅじゅつではちゅう四国しこくでかなり名前なまえとおったほうだったが、われわれ新入しんにゅう医局いきょくいんにこうわれた。

 「手術しゅじゅつがうまくくか、患者かんじゃたすかるかをめるのは、まずだいいち病院びょういんれ、つぎ手術しゅじゅつ機械きかい最後さいご医者いしゃうでだ」

 外科げか技量ぎりょう過小かしょう評価ひょうかするようで、当時とうじわたし不満ふまんおも印象いんしょうのこったのだが、いまではよくかる。先生せんせいはチーム医療いりょう重要じゅうようせい、チームのレベルをたかたもつことこそさい重要じゅうようおしえられたのだ。

 30ねん現在げんざいでも、病院びょういん商品しょうひん医師いしであるとおもんでいる医師いし経営けいえいしゃおおい。たしかに一部いちぶはそのとおりなのだが、そのかんがかた固執こしつしていては病院びょういん全体ぜんたいしつ底上そこあげ、経営けいえい改善かいぜん困難こんなん時代じだいている。病院びょういんは「宝塚歌劇たからづかかげきじょう」のようなスターシステムの時代じだいから「映画えいが仁義じんぎなきたたかい」のような集団しゅうだんげき時代じだい移行いこうしているのだ。

現代げんだいはチーム医療いりょう時代じだいである
 現代げんだい医療いりょうはスターシステムではなく集団しゅうだんげきだとべた。しかし現在げんざい社会しゃかいにはマスコミの寵児ちょうじとなっているスター医師いしもいる。地域ちいきにおいても規模きぼこそちいさくなれ看板かんばん医師いしというのはるものだ。時代じだい本当ほんとうにチーム医療いりょうなのか。ここでわたし身近みぢか経験けいけんべたい。

 わたし出身しゅっしん医局いきょく先述せんじゅつのとおり岡山大学おかやまだいがくだい外科げかである。わたし医局いきょくいん時代じだいはい移植いしょく夜明よあまえであり、医局いきょくいんおおくははい移植いしょく関連かんれん研究けんきゅうをし、その論文ろんぶん学位がくいっていた。わたし学位がくい論文ろんぶんはい移植いしょく関連かんれんちいさな研究けんきゅうであった。1998ねん10がつわたしきょくした5ねん清水しみず信義のぶよし教授きょうじゅわたし同期どうきで、クリーブランド・クリニックで研鑽けんさんんだ伊達だてひろしいたり講師こうし執刀しっとう本邦ほんぽうはつ生体せいたい部分ぶぶんはい移植いしょくおこなわれた。手術しゅじゅつ成功せいこう、その岡山大学おかやまだいがく生体せいたいはい移植いしょく日本にっぽんのメッカとして症例しょうれいかさね、その治療ちりょう成績せいせき生存せいぞんりつなしに世界一せかいいちとなり、本家ほんけのクリーブランドをしのぐ成績せいせきつづけた。

 しかし2007ねんすで岡山大学おかやまだいがくだい外科げか教授きょうじゅとして活躍かつやくしていた伊達だて教授きょうじゅ京都大学きょうとだいがく胸部きょうぶ外科げか教授きょうじゅとして転任てんにんすることになった。わたしはい移植いしょく関連かんれんのほとんど意味いみのない論文ろんぶんを1ほんいただけだが、じつ落胆らくたんした。同期どうきであり友人ゆうじんでもある伊達だて教授きょうじゅ決定けってい尊重そんちょうするが、だい外科げか同門どうもん一丸いちがんとなってげた生体せいたいはい移植いしょくえるのか。たしかに伊達だて教授きょうじゅあってのはい移植いしょくだが、同門どうもん有形ゆうけい無形むけい努力どりょくがれることなくえていくのかと。

 しかしそれは杞憂きゆうであった。伊達だて教授きょうじゅ自分じぶんなくともはい移植いしょく良好りょうこう成績せいせきおこなえるチームを10ねんあいだ完成かんせいさせていたのだ。後任こうにん三好みよし新一郎しんいちろう教授きょうじゅ大藤おおふじつよしひろしじゅん教授きょうじゅのチームはそのまったくペースをとすことなく素晴すばらしい移植いしょく手術しゅじゅつ次々つぎつぎおこない、いま岡山大学おかやまだいがくだい外科げか生体せいたいはい移植いしょく生存せいぞんりつ世界一せかいいち水準すいじゅんであり、すで手術しゅじゅつれいは100れいえた。

 このような高度こうど医療いりょうこそ、執刀しっとう力量りきりょうだけではなく周囲しゅうい医師いしチーム、麻酔ますいチーム、ICUチーム、病棟びょうとうチーム、呼吸こきゅうリハチーム、つまりは病院びょういん全体ぜんたい力量りきりょうわれる行為こういであり、チーム医療いりょう発露はつろえるのであった。

 たしかにわれわれ市井しせい病院びょういんはこのような困難こんなん症例しょうれいあつかうわけではない。しかしいん対応たいおうできるせいいちはい症例しょうれいにおいては、また日常にちじょうてき疾患しっかん治療ちりょう成績せいせき向上こうじょうにおいてもチーム医療いりょう実践じっせん、チーム医療いりょうのレベル向上こうじょうこそがカギをにぎるとわたし確信かくしんしている。

著者ちょしゃプロフィール

古城こじょうひさ医療いりょう法人ほうじんはくおおとりかい 赤穂あこう中央ちゅうおう病院びょういん代表だいひょうしゃ理事りじちょう)〇こじょうもとひさ1958ねん岡山おかやまけんまれ。84ねん日大にちだい医学部いがくぶ卒業そつぎょう岡山大おかやまだいだい2外科げか入局にゅうきょく。93ねん赤穂あこう中央ちゅうおう病院びょういん勤務きんむ、2001ねんはくおおとりかい理事りじちょう大阪おおさかあかつきあかりかん病院びょういん東京とうきょう白鬚橋しらひげばし病院びょういんなどの経営けいえい継承けいしょうし、グループのそうベッドすうは1115しょうに。趣味しゅみはベンチプレスで、世界せかいマスターズベンチプレス選手権せんしゅけんで4かい優勝ゆうしょうし、世界せかいしん記録きろくを1樹立じゅりつしている。

連載れんさい紹介しょうかい

赤穂あこう風雲児ふううんじ 古城こじょうひさ急性きゅうせい病院びょういんふうろく
兵庫ひょうごけん赤穂あこう中央ちゅうおう病院びょういん(265しょう)を拠点きょてんに、大阪おおさか東京とうきょう都内とないでも医療いりょう介護かいご事業じぎょう拡大かくだいしてきたはくおおとりかいグループ。その事業じぎょう展開てんかいくわ病院びょういん運営うんえいめん改革かいかくでも注目ちゅうもくあつめている理事りじちょう古城こじょうひさが、みずからのみのほか、制度せいど改革かいかく荒波あらなみまれる急性きゅうせい病院びょういんの「今後こんご」についてかたります。

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