森もり博之ひろゆき：トニー・レオン、ワン・イーボーとともに映画えいが「無名むめい」で存在そんざい感かんを発揮はっき、母国ぼこくで「外人がいじん」と呼よばれた経験けいけんから得えたもの

取材しゅざい・文ぶん / 金子かねこ恭きょう未子すえこ

日本人にっぽんじんなのに周まわりからは「外人がいじん」と呼よばれた

──森もりさんは東京とうきょう都とご出身しゅっしんでアメリカ、カナダで育そだったと聞ききました。

2歳さいのときに東京とうきょうからニューヨークに移うつり住すんで、そこからバンクーバーに引ひっ越こしたんです。当時とうじは日本人にっぽんじんが住すんでいることが、当あたり前まえじゃなかったんでしょうね。アジア人じんというだけでからかわれたり、周まわりの子供こどもたちに追おいかけ回まわされました。でもこっちも追おいかけ返がえしていた（笑）。活発かっぱつな子供こどもだったと思おもいます。

逆ぎゃくに、8歳さいで日本にっぽんに帰かえってきてから内向ないこう的てきになりました。僕ぼくからすると日本にっぽんは、異国いこくのような感覚かんかく。長髪ちょうはつは僕ぼくくらいで、周まわりの子供こどもたちはみんな坊主ぼうず頭あたまに短たんパン。日本人にっぽんじんなのに周まわりからは「外人がいじん」と呼よばれました。髪かみが長ながいからと、いきなり先生せんせいに「これなんとかならんのか？」と髪かみの毛けを引ひっつかまれたり、恐怖きょうふを感かんじることもあった。ただとにかく日本にっぽんのテレビが面白おもしろかったんです。「ウルトラマン」や「仮面かめんライダー」、ロボットアニメに夢中むちゅうになりました。だから“逆ぎゃくホームシック”になることはなかったです。

──そういった幼少ようしょう期きの体験たいけんが、俳優はいゆうを志こころざすきっかけだったんでしょうか？

もともと俳優はいゆうになろうなんて一切いっさい考かんがえていなかったんです。14歳さいからモトクロスを始はじめて、プロになろうと、関東かんとう選手権せんしゅけんや全日本ぜんにほん選手権せんしゅけんを夢中むちゅうで追おいかけていました。高校こうこう時代じだいは、お金かねがあったらすべて部品ぶひん代だいに消きえていた。でも10代の終おわり頃ころにプロとしてやっていけるんだろうか？と立たち止どまったとき、若者わかものが経験けいけんする普通ふつうのことを一切いっさいやっていないことに気付きづいたんです。悩なやんだ結果けっか、大学だいがくに入はいって、ディスコに行いったり、おしゃれをしてみたり。でも、1年ねんで飽あきてしまった。だからバイトしている以外いがいはずっと引ひきこもって、映画えいがばかり観みていたんです。そうこうしているうちに、演えんじることへの興味きょうみが強つよくなっていった。どうすれば俳優はいゆうになれるのかわからなかったので、養成ようせい所しょに通かよったり、この連載れんさいにも出でている奈良橋ならはし陽子ようこさんのワークショップにも参加さんかしていました。

──奈良橋ならはしさんともご縁えんがあるんですね。

そうなんです。その後ご、友人ゆうじんが出演しゅつえんしている舞台ぶたいの打うち上あげに紛まぎれ込こむことがあって、流山ながれやま児じ★事務所じむしょの演出えんしゅつ家か・流山ながれやま児じ祥さちさんと出会であったんです。「お前まえ芝居しばいやりたいのか？」と聞きかれて、「はい！」と答こたえたら、もう次つぎの舞台ぶたいに出でることになった。「煙けむりの向むこうのもう一ひとつのエントツ」という舞台ぶたいだったんですが、自分じぶんたちでセットを運はこんで、全国ぜんこく何なんカ所かしょも周まわりました。3人にんぐらいしかお客きゃくさんがいないこともあったんですが、全力ぜんりょくで芝居しばいを作つくっていく面白おもしろさをそこで知しったんです。自分じぶんの芝居しばいはカスみたいなものでしたけど（笑）。

──どんな役やくを演えんじたんですか？

チンピラ役やくでしたね（笑）。何なにもできなかったんですが、とても楽たのしかった。その後ご、オーディションを経へて、美輪みわ明宏あきひろさんの舞台ぶたい「毛皮けがわのマリー」に出でることになりました。美輪みわさんは、演技えんぎとはどういうものなのかを教おしえてくれた。貴重きちょうな経験けいけんでした。そこからテレビや映画えいがにちょいちょい出ださせてもらったんですが、あまり芽めが出でなかったんです。だから俳優はいゆうという仕事しごとは1回かい置おこうと。それでモータースポーツの世界せかいに戻もどって、Rotax MAX Challengeというレーシングカートをやっていました。

──演技えんぎからしばらく離はなれていたということですが、どういった経緯けいいで中国ちゅうごく作品さくひんに関かかわるようになったんでしょうか？

Rotax MAX Challengeで日本一にっぽんいちを獲えったんですが、2011年ねんに東日本ひがしにっぽん大震災だいしんさいが起おきて、自分じぶんの中なかでいろんな価値かち観かんがガラッと変かわってしまった。この先さきどうしようかと考かんがえて、石川いしかわ県けんに引ひっ越こしたんです。そこで、テレビCMなどを数すう千せん本ほん手てがけている長谷川はせがわ章あきらさんと縁えんができて、「デジタル掛かけ軸じく」というプロジェクトアートを手伝てつだうことになりました。ある日ひ、長谷川はせがわさんを訪たずねてきた中国ちゅうごくの美術びじゅつ関係かんけいの方ほうと一緒いっしょに食事しょくじをすることになったんですが、その席せきにいたのが、今いま、マネジメントをしてくれているセレクトリンクスの桜木さくらぎ愛あいさんだったんです。「中国ちゅうごくの作品さくひんに興味きょうみありますか？」と聞きくので「ありますよ」と。それで出演しゅつえんすることになったのが、中国ちゅうごくドラマ「谜·途と」（※）でした。1つひとつの縁えんがつながって、今いまに至いたっています。

※「谜·途と」：「琅琊榜＜弐に＞～風雲ふううん来くる長ちょう林はやし軍ぐん～」のチャン・ボー（張ちょう博ひろし）、「有ゆう翡（ゆうひ） -Legend of Love-」のチョー・シアオ（車くるま暁あかつき）、「贅ぜい婿むこ［ぜいせい］～ムコ殿どのは天才てんさい策士さくし～」のジャン・イーイー（蒋依依よ）らが共演きょうえんした中国ちゅうごくドラマ。公開こうかい時期じきは未定みてい。

──初はじめて体験たいけんした中国ちゅうごくの撮影さつえい現場げんばはいかがでしたか？

とにかくエネルギッシュでした。猛暑もうしょの中なか、助監督じょかんとくが朝あさから晩ばんまで大おおきな声こえを出だしていて、「この人ひと、いつ疲つかれるんだろう？」と。いろいろなアイデアをすぐ取とり入いれていく柔軟じゅうなん性せいも感かんじました。ただ最初さいしょの作品さくひんなので、言葉ことばも理解りかいできないですし、何なにがなんだかわからなかった。そういった状況じょうきょうの中なかで、なんとかしていくことも、同時どうじに身みに付つけていく必要ひつようがありました。演技えんぎ面めんでもシンプルに演えんじればいいわけではなく、異国いこくの文化ぶんかと向むき合あいながらやっていかなければならない。もちろんそれは中国ちゅうごくだけでなく、ほかの国くにでもそうですよね。

説明せつめいしてもしょうがない、現場げんばで見みせるしかなかった

──中国ちゅうごくでの映画えいがデビュー作さくとなった、ヤン・フォン（楊楓）監督かんとくの「鉄道てつどう英雄えいゆう」ではチャン・ハンユー（張ちょう涵予）、ファン・ウェイ（范偉）といったそうそうたる面々めんめんとともにメインキャラクターの藤原ふじわらを演えんじていらっしゃいます。

周まわりが大だいスターの中なか、誰だれ？という状況じょうきょう。僕ぼくの名前なまえを知しっている人ひとは誰だれもいない。それをどうひっくり返かえしていくか。僕ぼくはこういう人間にんげんですと説明せつめいしてもしょうがないので、現場げんばで見みせるしかなかった。中国ちゅうごく語ごでのセリフも初はじめてで、膨大ぼうだいなセリフ量りょうと向むき合あいながら、物語ものがたりの歴史れきし的てき背景はいけいも調しらべていきました。コロナで21日間にちかん隔離かくりされていたんですが、一いち歩ほも外そとに出でられないのでずっと映画えいがのことを考かんがえていた。プレッシャーはありましたが、現場げんばに入はいるときは堂々どうどうと行いこうと。

──台本だいほんは中国語ちゅうごくごと日本語にほんごのものを受うけ取とるんですか？

そうですね。ただ日本語にほんごの台本だいほんは日本語にほんごセリフとして完成かんせいされた状態じょうたいではないこともあります。中国ちゅうごく語ごは非常ひじょうに短みじかい文字数もじすうの中なかにいろんな意味いみが入はいってくるので、それを日本語にほんごに翻訳ほんやくしようとすると長ながくなってしまうんです。短みじかくしようとすれば、普段ふだん日本人にっぽんじんがあまり使つかわないような古ふるい言葉ことばや、四よん字じ熟語じゅくごを使つかわざるを得えなくなる。だからそういう言語げんご間あいだの違ちがいを把握はあくしたうえで、監督かんとくと協議きょうぎして日本語にほんごセリフを修正しゅうせいすることはあります。

──現場げんばによっては急きゅうにセリフが変更へんこうになることもあると聞ききます。

監督かんとくによってはそうですね。特とくに「無名むめい」は恐おそろしかった（笑）。セットに入はいったあとに、ここをやっぱりこうしたいということはありました。

──かなり瞬発しゅんぱつ力りょくが要求ようきゅうされる現場げんばでしたか？

うわさには聞きいていたんです。だから「はい」とだけ答こたえて、演えんじていました。でも、普通ふつうは絶叫ぜっきょうじゃないですか（笑）。その場ばで覚おぼえ直なおさないといけないので。

渡部わたなべを演えんじるためには、歴史れきしを理解りかいしないとどうにもならない

──「無名むめい」は映画えいがナタリーで記事きじを出だすたびに大おおきな反響はんきょうがあります。森もりさんの周まわりはいかがですか？

自分じぶんの友人ゆうじんだけじゃなく、いろんな方ほうのレビューも見みているんですが、さまざまな意見いけん、見方みかたがあるなと感かんじます。日本人にっぽんじんだからといって、日本人にっぽんじんの歴史れきしを知しっているわけじゃない。実じつは知しらないことがかなりありますよね。だからこの映画えいがを観みて、歴史れきしに興味きょうみを持もったとか、日本にっぽんと中国ちゅうごくの関係かんけいを見直みなおすきっかけになったという感想かんそうはとてもうれしいです。

──この映画えいがは、ほかの方ほうの感想かんそうを読よみたくなる作品さくひんだと感かんじます。

ネクタイの意味いみは？とか、皆みなさんの解説かいせつや考察こうさつを読よんでいると、僕ぼくも知しらないことがいっぱいで、そうなの!?って。レビューを読よんでから、もう1回かい観みるとほんまや！とびっくりすることもあります。

トニー・レオンさん演えんじる諜報ちょうほう員いんフーとワン・イーボーさん演えんじるフーの部下ぶかイエは両面りょうめん性せいを持もたせなくてはならないキャラクター。観客かんきゃくに伝つたえたいけど、伝つたえてはいけない、難むずかしい演技えんぎが課かせられていますよね。それを1回かい観みただけで、把握はあくするのは難むずかしい。何なん度ども観みている方ほうもいると思おもうんですが、映像えいぞうのクオリティと作つくり込こみがすごいので、その回数かいすうに耐たえうる作品さくひんにもなっている。何なん回かい観みても面白おもしろいし、ネタバレを読よんだあとに観みても面白おもしろい映画えいがだと思おもいます。

──時とき系列けいれつが交錯こうさくしたり、かなり複雑ふくざつな作品さくひんですが、初はじめて脚本きゃくほんを読よんだときはどんな印象いんしょうを持もちましたか？

一読いちどくしてもよくわからなかったんですが、パっと読よんでこれは面白おもしろいことになるなという予よ感かんがしました。時代じだい背景はいけいを考かんがえると、一筋縄ひとすじなわではいかない。いったい、これをどう撮とるんだろう？ どういう物語ものがたりになるんだろう？ 自分じぶんはどう演えんじればいいんだろう？と考かんがえながら、これはいい映画えいがになるなと思おもいました。

──森もりさんが演えんじた渡部わたなべは、上海しゃんはいに駐在ちゅうざいする日本にっぽんの将校しょうこうでスパイのトップです。強烈きょうれつな存在そんざい感かんを放はなつキャラクターですが、どのように役やく作づくりをしていったのでしょうか？

渡部わたなべを演えんじるためには、歴史れきしを理解りかいしないとどうにもならないと思おもいました。この作品さくひんも撮影さつえい前まえに21日間にちかんの隔離かくり期間きかんがあったんですが、セリフには一切いっさい、手てを付つけず、歴史れきしや組織そしきの背景はいけいを調しらべることだけに集中しゅうちゅうしました。物語ものがたりの中なかで起おこる出来事できごとには、もとになっている実在じつざいの事件じけんがあります。それを整理せいりしながら、あの時代じだいに、渡部わたなべが何なにを考かんがえ、何なにをしようとしていたのかを探さぐっていきました。そこから自分じぶんならどうしただろうか？と、自分じぶんを渡部わたなべの中なかに入いれていく。そうすると葛藤かっとうが生うまれますし、彼かれが選択せんたくせざるを得えない行動こうどうへの苦くるしみにも直面ちょくめんしました。渡部わたなべは傲慢ごうまんでないと生いきていけない人間にんげん。一番いちばん自分じぶんに近ちかいと感かんじたのは、彼かれが案外あんがいだまされるところでしたね。

──渡部わたなべを演えんじるうえでモデルにした人ひとはいますか？

このキャラクターのモデルは◯◯じゃないかと考察こうさつされている方ほうもいらっしゃいますが、僕ぼくは実在じつざいの人物じんぶつ3人にんぐらいをミックスしています。1人ひとりを見みつけている方ほうはいましたが、残のこりの2人ふたりを当あてている方ほうは今いまのところいないようです。2人ふたりのうち1人にんは文官ぶんかんで、もう1人ひとりは実在じつざいの女おんなスパイ・鄭てい蘋茹（テンピンルー）と家族かぞくぐるみの付つき合あいがあった人物じんぶつです。彼女かのじょをモデルとしたジャンに渡部わたなべが恋愛れんあい感情かんじょうを持もっていたんじゃないか？というところから、その人ひとをモデルにしました。

──モデルになった3人にんはチェン・アル（程ほど耳みみ）監督かんとくから指示しじがあったんでしょうか？

監督かんとくから特別とくべつ指示しじはなかったです。隔離かくり期間きかんがあったというのもあって、事前じぜんに監督かんとくとディスカッションする時間じかんが取とれなかった。だからいきなり現場げんばに入はいって、挨拶あいさつをして、もう「リハーサル行いこうか」と。監督かんとくはまず、演えんじているものを見みてみたかったんだと思おもいます。そのあとは特とくに何なにも言いわれませんでした。驚おどろくほど演出えんしゅつ面めんの要望ようぼうは少すくなかったと思おもいます。

──少すくない中なかで、監督かんとくから受うけた演出えんしゅつにはどんなものがありましたか？

画面がめんに出でてくる感情かんじょう量りょうを調整ちょうせいすることですね。「無名むめい」はキャラクターの感情かんじょうを極力きょくりょく抑おさえた作品さくひん。そんな中なかで、渡部わたなべは一番いちばんフリーで、シンプルな立場たちばなので、わかりやすく感情かんじょうや表情ひょうじょうが動うごく人間にんげんです。演えんじているとだんだんイライラしてきて、「近衛このえ（文麿ふみまろ）は！ 近衛このえは！」と感情かんじょう的てきになることもありました。そんなときには、監督かんとくから「怒いかりすぎ」と声こえが掛かかって、少すこし抑おさえました。受うけた演出えんしゅつといえばそれぐらい。

──細こまかい指示しじをされることはなかったんですね。

そうですね。チェン・アル監督かんとくの現場げんばは中国ちゅうごくの撮影さつえい現場げんばの中なかでも特別とくべつだと思おもいます。とにかく静しずかか。スタッフへの指示しじはすべてヘッドセットで届とどけられる。みんな動うごかずに淡々たんたんと準備じゅんびを進すすめて行いく。とにかく演技えんぎがしやすい現場げんばでした。待まち時間じかんが長ながくなったときには監督かんとくからお茶ちゃが届とどけられたり、一丸いちがんとなって映画えいがを撮とっていこうという空気くうき感かんが強つよかった。撮影さつえいの日ひにスッとその日ひの台本だいほんが届とどいて、夕方ゆうがた撮影さつえい開始かいしという恐怖きょうふはありましたけど（笑）。