アキバ系けいカルチャーとのクロスオーバー（後編こうへん）

取材しゅざい・文ぶん / 小野田おのだ衛まもる インタビューカット撮影さつえい / 曽我そが美よし芽め

集あつまった子こたちの共通きょうつう点てんがオタクだった

でんぱ組ぐみ（のちのでんぱ組ぐみ.inc）なるアイドルグループを結成けっせいすることになったはいいが、秋葉原あきはばらディアステージでは肝心かんじんのメンバーになろうとする者ものが現あらわれなかった。当然とうぜんである。キャストがアイドルに憧あこがれていないのだから。秋葉原あきはばらという街まちでもディアステージ店内てんないでも、少女しょうじょたちの崇拝すうはいする対象たいしょうは3次元じげん（アイドル）でなく2次元じげん（アニメ）だったのだ。

唯一ゆいいつの例外れいがいが古川ふるかわ未み鈴すずだった。古川ふるかわはアイドルを愛あいしており、落選らくせんしたもののAKB48やSKE48のオーディションも受うけたようなゴリゴリのアイドル志願しがん者しゃ。彼女かのじょの強つよい希望きぼうを受うけて、ディアステージを運営うんえいする当時とうじのモエ・ジャパン代表だいひょう取締役とりしまりやくのもふくちゃん（福嶋ふくしま麻衣子まいこ）はアイドルのプロジェクトをスタートさせる。しかし「みりんちゃん（古川ふるかわ）とくっつけるべき子こが、店内てんないを見渡みわたしても1人ひとりもいなかった」ということで、いきなり頭あたまを抱かかえたという。

「当時とうじもいなかったし、そもそもそのあとも相沢あいざわ梨なし紗しゃちゃんは90年代ねんだいの声優せいゆうさん、えいたそ（成瀬なるせ瑛美えみ）は90年代ねんだいのアニメにしか興味きょうみがなかった。（夢ゆめ眠ねむり）ねむちゃんは完全かんぜんメイド宣言せんげんの熱心ねっしんなオタクで、自分じぶんも完全かんぜんメイド宣言せんげんみたいになりたいからディアステージに入はいった。そんな人ひとたちで結成けっせいされたアイドルグループですからね。純粋じゅんすいにアイドルに憧あこがれているみりんちゃんは、むしろ亜流ありゅうなんです。

だから『でんぱ組ぐみに入はいればアニソンも歌うたえるかもよ』って騙だまし討うちみたいにして巻まき込こんでいったんですよ。当時とうじ、でんぱ組ぐみはPCゲームのタイアップ（『トロピカルKISS』のオープニングテーマ『Kiss+kissでおわらない』）が1つ決きまっていたので」（もふくちゃん）

アイドルになりたくて仕方しかたなかった古川ふるかわと、強引ごういんに巻まき込こまれたほかの初期しょきメンバー。この温度おんど差さは決定的けっていてきと言いえるものだった。実際じっさい、結成けっせい当時とうじの経緯けいいについてメンバーの捉とらえ方かたは驚おどろくほど異ことなっている。まずは古川ふるかわの証言しょうげんから。

「もともと私わたしはほかのメイド喫茶きっさで働はたらいていたのですが、『歌うたいたいんだったら、どう？』と誘さそわれる形かたちでディアステージに来きたんです。私わたしが目指めざしていたアイドルは、モーニング娘むすめ。さんやSPEEDさんのように歌うたって踊おどれてテレビにめちゃくちゃ出でている人ひとたち。自分じぶんもそうなりたいと思おもっていたんですね。そういう意味いみではほかの子こと確たしかに考かんがえ方かたは違ちがっていたけど、正直しょうじき、そこはあまり気きにしなかったかもしれない。当時とうじは周まわりのことをあまり考かんがえていなかったというのもあるし、アイドルになりたい子こよりもなんとなくなっちゃった子このほうが人気にんきも出でる気きがしましたし」（古川ふるかわ）

どこかクールな視線しせんで状況じょうきょうを受うけとめていた古川ふるかわとは対照たいしょう的てきに、成瀬なるせは釈然しゃくぜんとしないまま加入かにゅうした1人ひとり。そんな成瀬なるせはでんぱ組ぐみの記念きねんすべき初はつライブを目撃もくげきしている。当日とうじつ、会場かいじょうで物販ぶっぱんやチェキ撮影さつえいの手伝てつだいをしていたためだ。そのときの印象いんしょうを尋たずねると、「これ、本当ほんとうのこと言いっちゃって大丈夫だいじょうぶですかね……」と躊躇ちゅうちょしながら口くちを開ひらいた。

「私わたし、3次元じげんのグループアイドルにマジでまったく興味きょうみがなかったんですよ。同おなじ3次元じげんでも声優せいゆうさんは大好だいすきだったんですけど。あの日ひは誰だれかが『えいちゃん、でんぱ組ぐみが出でているから行いってきなよ！』って声こえをかけてくれたんですけど……正直しょうじき、観みたところでなんの印象いんしょうも残のこらなかったです。強しいて言いえば、ねむちゃんががんばって歌うたって踊おどっている姿すがたを観みてちょっと感動かんどうしたくらい。ねむちゃんとは昔むかしから一緒いっしょに遊あそんでいましたから」（成瀬なるせ）

当時とうじの彼女かのじょは、なぜそこまで3次元じげんから距離きょりを取とろうとしていたのか？ 成瀬なるせの語かたり口くちから察さっするに、この問題もんだいは外部がいぶが考かんがえるよりもはるかに根ねが深ふかいように感かんじられた。

「3次元じげんに興味きょうみがないというより、3次元じげんアンチだったかもしれない。今いま思おもうと視野しやが狭せますぎて自分じぶんに呆あきれるんですけど（笑）。私わたしが大好だいすきなアニメやマンガにアイドルが絡からんでくると、『ああ……大だい3次じw』とか素もとで思おもっていましたから。マジで厄介やっかい。当時とうじはアイドルと聞きくと『大人おとなたちに操あやつられている！』みたいな印象いんしょうがあって……『主体性しゅたいせいがない』っていうイメージだったんですよね」（成瀬なるせ）

この話はなしをするとき、成瀬なるせはしきりに「もちろん今いまはそんな偏見へんけんまったくありませんけど」「でんぱ組ぐみも実際じっさいに入はいってみると完全かんぜんな自己じこプロデュースでしたけど」などとフォローを挟はさみ込こんでくる。心配しんぱいしないでも、そんなことはファンならずとも気きが付ついているはず。むしろここで重要じゅうようなのはイデオロギーの完全かんぜんに異ことなるメンバーが集結しゅうけつしたということだろう。

それにしても、なぜこのメンバーだったのか？ 「みりんちゃんと合あうメンバーがいなかった」のは事実じじつだろうが、だからと言いって誰だれでもよかったわけではあるまい。もふくちゃんの中なかではグループの確固かっこたるコンセプトがあり、それに見合みあったメンバーに声こえをかけたと考かんがえるのが自然しぜんである。

「オタクを集あつめたというのは違ちがっていて、集あつまった子こたちを眺ながめながら『共通きょうつう点てんは？』と考かんがえてみると全員ぜんいんがオタクだった。だから、そこを打うち出だしたに過すぎないんです。よく覚おぼえているのは『ナダールの穴あな』（フジテレビ系けい）という千原ちはらジュニアさんが司会しかいを務つとめる番組ばんぐみに出でたときのこと。やっぱりテレビの世界せかいって、きちんとしたコンセプトを事前じぜんに求もとめてくるんですよね。『どういう特徴とくちょうのグループなんですか？ ウリはなんですか？』って。私わたしも『ヤバいな、これは』と悩なやんだ末すえ、打うち出だしたコンセプトが『でんぱ組ぐみ.incはオタクのアイドルです。しかも5人にんが5人にんとも別べつジャンルのオタクなんです』というもの。みりんちゃんはゲームオタク、跡部あとべみぅちゃんはBLオタク……といった調子ちょうしで説明せつめいしていったんですね。だから言いっちゃえば苦くるし紛まぎれのコンセプトなんだけど、テレビ的てきにはこれがすごくわかりやすかったのかなと」（もふくちゃん）

「なんだ、こいつら!?」と気きに留とめてもらうことが大事だいじ

アイドルになりたくなかったアイドル。それがでんぱ組ぐみ.incの出発しゅっぱつ点てんだとしたら、グループを維持いじ・運営うんえいする苦労くろうは並大抵なみたいていのことではなかったはずだ。実際じっさい、初期しょきは目めまぐるしくメンバーが入いれ替かわっている。2008年ねん12月の結成けっせいメンバーは古川ふるかわ未み鈴すずと小和田こわだあかり。2009年ねん6月がつには相沢あいざわ梨なし紗しゃと夢ゆめ眠ねむねむが加入かにゅうし、このタイミングででんぱ組ぐみからでんぱ組ぐみ.incに改名かいめいしている。2010年ねん6月がつに成瀬なるせ瑛美えみと跡部あとべみぅが加入かにゅう。7月には小和田こわだが卒業そつぎょう。2011年ねん12月には跡部あとべが卒業そつぎょうし、最上さいじょうもが、藤ふじ咲さき彩いろどり音おんが加入かにゅう……というあたりでラインナップがようやく固かたまる。

「何なん年ねんにもわたって『アニメの曲きょくを歌うたいたい！』と言いわれ続つづけてきたんですよ。アイドルを続つづけるモチベーションのうちの1つが、『いつかアニメの曲きょくを歌うたえるかも』というメンバーは多おおかったかなと。『私わたしたちだってアニソンを歌うたいたい！』『私わたしたちは2次元じげんになりたい！』という気持きもちが、どうしたって根幹こんかんにはあるんですよね。それで実際じっさいのちにアニメの曲きょくを担当たんとうさせてもらえるようになったり、アプリとタイアップして2次元じげんのキャラになったりするわけですけど……そうやって徐々じょじょに『でんぱ組ぐみでがんばっていれば、自分じぶんの夢ゆめは叶かなうんだな』という実感じっかんにつながったのかもしれません」（もふくちゃん）

この発言はつげんを補足ほそくするように「作詞さくしが畑はた亜貴あきさんで、作曲さっきょくが小池こいけ雅也まさやさん……それを聞きいたとき、心しんが固かたまりました」と成瀬なるせはでんぱ組ぐみ.incへの加入かにゅうの決きめたときのことを振ふり返かえる。畑はたけは「らき☆すた」のテーマ曲きょく「もってけ！セーラーふく」も書かいたアーティスト。オタクたちにとっては神かみと同義どうぎだった。最初さいしょに「Kiss+kissでおわらない」で畑はたけがでんぱ組ぐみ,incの楽曲がっきょくに関かかわることを伝つたえられたメンバーは「嘘うそでしょ!? 私わたしたちのために、あの畑はた亜貴あきさんが!?」とその場ばで泣なき崩くずれたという。

一方いっぽう、作曲さっきょくを手てがけた小池こいけは桃井ももいはること音楽おんがくユニット・UNDER17を組くんでいたアニソン界かいのレジェンド。畑はたけと小池こいけがタッグを組くむことは、でんぱ組ぐみのメンバーからしたらとんでもないことだった。こんなドリームチームがお膳立ぜんだてしてくれるのに、自分じぶんたちが駄々だだをこねている場合ばあいじゃない。ようやくメンバーは同おなじ方向ほうこうを向むき始はじめる。

「Wiennersとの出会であいも大おおきかったですね。最初さいしょにWiennersを聴きいたとき、『これって女おんなの子こが歌うたったら、そのまんま電波でんぱソングになるじゃん』と思おもったんです。厳密げんみつに言いうとそれまで存在そんざいしていた電波でんぱソングとは微妙びみょうに違ちがうんだけど、だからこそニュー電波でんぱソングになり得えるんじゃないかという手応てごたえがありました」（もふくちゃん）

電波でんぱソングとは何なにか？ 2000年代ねんだいに入はいってから台頭たいとうした音楽おんがくジャンルの一種いっしゅである。最初さいしょは主おもに成人せいじん向むけPCゲームに使つかわれていたが、のちにアニソンの世界せかいにも広ひろがっていく。音楽おんがく的てき特徴とくちょうとしては「唐突とうとつな転調てんちょうを繰くり返かえすプログレッシブな曲きょく展開てんかい」「高速こうそくリズムと早口はやくちボーカル」「オーケストラヒットやシンセベースを多用たようしたハイテンションなトラック」などが挙あげられる。でんぱ組ぐみ.incのサウンドを確立かくりつするにあたって、もふくちゃんはクリエイター陣じんと緻密ちみつな協議きょうぎを重かさねた。

「とにかくエクストリームな要素ようそがないと聴きいてもらえないと考かんがえたんですね。『なんだ、こいつら!?』と気きに留とめてもらうことが、まずは大事だいじだと思おもった。アイドルが出でるイベントって下手へたしたら30組くみくらい次々つぎつぎ登場とうじょうして、それぞれの持もち時間じかんなんて15分ふんくらいしかないこともある。そんな中なかで印象いんしょうに残のこるものを出だすって並大抵なみたいていのことじゃないですよ」（もふくちゃん）

手拍子てびょうしすることすら困難こんなんな超ちょう高速こうそくの人工じんこう的てきビートに、興奮こうふん剤ざいを打うたれたように熱狂ねっきょうするオーディエンスたち。現在げんざいのアイドルシーンで主流しゅりゅうとなった“沸わき曲きょく”という概念がいねんは、でんぱ組ぐみ.incによって発明はつめいされたと見みる向むきは多おおい。しかし一方いっぽうで、でんぱ組ぐみ.incには小沢おざわ健二けんじ「強つよい気持きもち・強つよい愛あい」のカバーや、かせきさいだぁ作さくのメロウなナンバー「くちづけキボンヌ」でリスナーをホロッとさせる懐ふところの深ふかさも併あわせ持もっていた。

「ハロヲタって渋谷しぶや系けいが好すきな方ほうが多おおいなと。だから、その枠わくは狙ねらっていきたいなと意識いしき的てきに考かんがえていたんです。普段ふだんはアイドルを聴きかない、みたいな層そうに届とどくといいなと。

それと私わたしは小倉おぐら優子ゆうこさんや吉川よしかわひなのさんが歌うたう曲きょくの感触かんしょくが大好だいすきだったんです。小倉おぐらさんの『オンナのコ▽オトコのコ』（▽はハートマークが正式せいしき表記ひょうき。作詞さくし作曲さっきょくは小西こにし康やすし陽ひ）とか本当ほんとうに最高さいこうだなと思おもっていて。ヘタウマの境地きょうちというか、キッチュな魅力みりょくがめちゃくちゃ出でている。それで学生がくせい時代じだいすごく好すきだったかせきさいだぁさんにダメ元もとでオファーしたところ、奇跡きせき的てきに受うけてくれたんです。やっぱりかせきさいだぁさんとか、渋谷しぶや系けいとかとアイドルの歌うたは抜群ばつぐんに相性あいしょうがよかったです」（もふくちゃん）

Beastie Boys「Sabotage」のカバーを好このんで披露ひろうしていたことも、こういった発想はっそうの延長線えんちょうせん上じょうにあるのだろう。奇異きいな電波でんぱソングで注目ちゅうもくを集あつめるだけでは聴きく者ものを選えらんでしまう。「知しる人ひとぞ知しる存在そんざい」で終おわるつもりは鼻はなからなかったのだ。

「ヒャダインさんをはじめとしたクリエイターの皆みなさん、ダンスのYumiko先生せんせい、それからトイズファクトリー……徐々じょじょにだけど周まわりの環境かんきょうが整ととのってきたんです。ちょうど『Future Diver』の頃ころですかね。CDセールスはまだまだだったけど、『でんぱなら新あたらしいアイドル像ぞうを作つくってくれそうだ』という周まわりからの期待きたいを感かんじましたね。『やるしかない！』と気合きあいが入はいりました」（古川ふるかわ）