目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。「六月大歌舞伎」は萬屋一門にとって特別な公演。中村時蔵が初代中村萬壽、中村梅枝が六代目中村時蔵を襲名し、梅枝の長男・小川大晴が五代目中村梅枝、中村獅童の長男・小川陽喜が初代中村陽喜、獅童の次男・小川夏幹が初代中村夏幹として初舞台を踏むのだ。
今回は、新・梅枝、陽喜、夏幹の、あどけなくも凛とした姿を写真に収めつつ、父親である新・時蔵と獅童にインタビュー。子供たちの初舞台や、公演に向けた思いを語ってもらった。
取材・文 / 川添史子撮影 / 平岩享
中村時蔵インタビュー
30年名乗った“梅枝”との別れは「正直言ってとっても寂しい」
──お父様の中村時蔵さんが初代中村萬壽に、梅枝さんが六代目中村時蔵に、そしてご長男の小川大晴くんが五代目中村梅枝で初舞台を踏むという、三代襲名のおめでたい興行が始まりました。先頃行われた会見では萬壽さんが「もし息子の出来が悪かったら、自分が43年間名乗った時蔵の名前は絶対に譲らない。私の厳しい目で見ても良くなってきている」とおっしゃっていて、ジンときました。
とても驚きましたし、ありがたい言葉でしたけれど……自分の中ではまだまだ足りてない部分があることも重々自覚しております。でも今回の襲名を機に、今までよりもスピードアップしながら、ハードルをどんどん超えていかないといけない年代に突入していくわけです。本来幼名である梅枝だったら許されていたことも、時蔵では許してもらえないような場面も出てくるでしょうし。身が引き締まる思いで父の言葉を聞いていました。
左から中村梅枝、中村時蔵。
──時蔵さんも、30年名乗ったお名前との別れです。5月は歌舞伎ファンも、惜別の情と祝福の気持ちが入り混じる気持ちで最後のひと月を拝見しました。もう“若手花形”とはお呼びできないですね。
「もうおじさんだな」と思ってます?(笑)
──いえいえ、立派なまぶしいお姿を、目を細めて眺めております!
実は歴代の梅枝の中で、僕が一番この名前を長く名乗ったことになるそうです。(尾上)松也さんが呼び始めてみんなが呼んでくれるようになった、「梅ちゃん」という愛称ともさよならですし、正直言って、とっても寂しいですね。
──ではまた、新しい愛称を松也さんに考えていただきましょう。大きなお名前を襲名することに、最初は戸惑いがあったとか。
父の背中、父の“時蔵像”しか見て来なかったので、「果たして僕が名乗れるのかな」と不安でしたし、とにかく「まだ僕には早い」という気持ちが大きかったんですね。でもこうやって、さまざまな方々から背中を押していただいて、ようやく挑む気持ちがわいてきましたし、すべてはこれからだと思います。
「妹背山婦女庭訓」のお三輪は“女方なら誰でも憧れる役”
──襲名披露狂言は「『妹背山婦女庭訓』三笠山御殿」のお三輪を初役で勤められます。燃えるような情熱、狂気をはらむ嫉妬、恋に散る娘の哀れ……魅力と技が詰まったステキなお役ですね。
女方なら誰でも憧れる役ですし、恋する求女に対して、どれだけの思いを表現できるか、そして“疑着の相”(すさまじい嫉妬の形相)に向かって、どういう感情のプロセスを踏んでいくかがポイントの役だと思います。気持ちの整理をつけないと成立しないでしょうし、壮大なお芝居だからといって、すべてを背負って出てきてしまうと、娘らしさが出てこなくなってしまいます。きちんとたどり着くべきところに向かいながらも、場面場面を自然に見せていければと思います。あとは、豪華な共演者の皆様が助けてくださるでしょう。いじめの官女は親戚ばかりですし。
中村時蔵扮するお三輪。©松竹
──小川家勢ぞろいで、ご襲名の良い記念になりますね。
僕より下の世代の子たちには、「僕に対して、日頃の鬱憤を晴らすかのようにいじめてこい」と伝えてあります(笑)。
息子である新・中村梅枝は「初日と本番に強い子」
──梅枝くんは現在8歳。三月歌舞伎座「喜撰」の所化は、可愛らしくも堂々とされていて立派でした。お父様は、息子さんのお姿をどうご覧になっていらっしゃいますか?
普段の様子はごく年相応というか、「こんな甘えていて大丈夫かな」と不安になりますけれど、初日と本番に強い子なんですよ。先日も東京と京都で行われた襲名パーティーで舞踊を披露したのですが、それぞれ違う演目にも関わらず、しっかり踊り切っていましたし。間が1週間しかなくて、しかも僕が忙しくてあまり稽古してあげられなかったので、親のほうがドキドキしちゃって。「ちぇ、なんだ(心配して損した)……」ってなりますよね(笑)。
──おお、なんとも頼もしい。
少し注意すればすぐに直りますし、むしろこちらがストッパーをかけないと、子供らしい大らかさがなくなってしまう気もしていて。あまり細かく言わないように気をつけています。
中村梅枝は、野球が大好き! 投球ポーズを取ってもらった。
今度は打者に。カメラマンの「ホームランを打とう!」という要望に応え、カッコよくフルスイング。
──のびのびと楽しみながら舞台に立つ年代ですものね。坂東彦三郎さんのご長男・亀三郎くん、寺島しのぶさんのご長男・尾上眞秀くん、尾上菊之助さんのご長男・尾上丑之助くんと周囲には年齢が近いちびっ子が大勢で、遊び相手のお兄さんもいっぱい。さぞ劇場に来るのが楽しいでしょう。
本当に、舞台裏でみんなワーキャー遊んでいますよ。こちらが心配しすぎても仕方ないので、「大人に怒られてしまえばいい!」と、程よく距離を置いて見守っています。
──時に怒られながら、元気に育っていただきたいです(笑)。初舞台の襲名披露狂言は「山姥」の怪童丸。いわゆる金太郎のモデルで、普通は頭のてっぺんを剃ったおかっぱ頭……ですが、今回はお父様が“かっこいい鬘”をご提案されたとか。
僕も小さいときに怪童丸はやりましたが、幼心に、あの河童みたいな頭にすごく抵抗感があったんです。正直、本当に恥ずかしくてイヤだったんですよ。今回は初舞台で新たな門出ですから、床山さん、そして振付のご宗家(藤間勘十郎)にも相談させていただいて、お許しをいただきました。(尾上)松緑さんには、「なんで河童じゃないんだ! 俺は恥ずかしくても、河童でやったぞ!」と言われましたけれど(笑)。こうして僕が前例を作りましたので、今後「山姥」の怪童丸をやる子供たちは、僕に感謝してもらいたいですね!
中村梅枝扮する怪童丸後に坂田金時。©松竹
左から、中村梅枝扮する怪童丸後に坂田金時、中村萬壽扮する山姥。©松竹
──あはは、この親心が、10年後、20年後、梅枝くんにも伝わるでしょう。そして時蔵さんには、スケールの大きな女方になっていただきたいです!
それは(中村)児太郎くんに任せます(笑)。
──いえいえ、皆さんで歌舞伎を盛り上げてください。会見で「後進の育成に関しても考えていかなくてはいけない」とおっしゃっていた言葉も印象的でした。最後に、歌舞伎の未来における、ご自身の役割について伺えますでしょうか。
人間1人で出来ることには限りがありますので、あくまで自分が出来ることを考えると……ありがたいことに、僕は古典に専念させていただける環境にあります。ですから、やはりそういう自分だからこそできる、古典を通しての気持ちの伝え方、心に残る芝居の表現を突き詰めたいと考えています。歌舞伎も数ある演劇の中の1つではありますが、演じるうえで必要な技術というものは確実にあります。最終的に大事なのは、どの演劇とも同じで“気持ち”ではありますが、歌舞伎の古典には、それを伝える独特の技術がたくさん詰まっているんです。それを早く習得し、下の子たちにも伝えてあげたい。それが古典に長く携わらせてもらっている身の責務だと考えております。国立劇場養成所で教える父の姿も見てきましたし、下が育たないと歌舞伎の発展もない。そういう意味でも、今まで自分がいただいた恩を、徐々に若い世代に返すことができたらと考えております。
中村時蔵(右)&中村梅枝(左)親子で、ハマっているアニメ「ドラゴンボール」より、かめはめ波のポーズ。
プロフィール
中村時蔵(ナカムラトキゾウ)
1987年、東京都生まれ。萬屋。中村萬壽の長男。1991年に初お目見得。1994年に四代目中村梅枝を襲名し初舞台。2024年6月に歌舞伎座「六月大歌舞伎」で、六代目中村時蔵を襲名。1995年、NHK大河ドラマ「八代将軍吉宗」に七代将軍家継で出演。2024年7月に、大阪・大阪松竹座で襲名披露狂言「八重桐廓噺 嫗山姥」を勤める。12月に東京・新橋演舞場、2025年2月に福岡・博多座で上演される歌舞伎NEXT「朧の森に棲む鬼」に出演予定。
歌舞伎俳優 | 中村梅枝 中村萬太郎 公式ホームページ
中村時蔵の記事まとめ
中村梅枝(ナカムラバイシ)
2015年生まれ。中村時蔵の長男。2020年に国立劇場「彦山権現誓助剣―毛谷村―」で初お目見得。2024年6月に歌舞伎座「六月大歌舞伎」で、五代目中村梅枝を襲名し初舞台。2024年7月に大阪・大阪松竹座で初舞台狂言として「恋女房染分手綱」を祖父・中村萬壽と勤める。
小川 大晴(ひろはる) (@hiroharu_1028) | Instagram
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