暗闇くらやみの中なかで互たがいの声こえに耳みみを澄すます

──「鴨かもの音おと 第だい四よん夜や『恋こい詠歌えいか林りん』」1日にち目めの公演こうえんを拝見はいけんしました。野外やがいということもあり、視界しかいに入はいる建造けんぞう物ぶつや森もり、空そらの様子ようすのインパクトが強つよく、開演かいえんまではそのことに気きを取とられてしまっていたのですが、キャストの皆みなさんの声こえに誘さそわれて物語ものがたりの世界せかいにだんだんと入はいっていく感覚かんかくが心地ここちよく、とても忘わすれ難がたい体験たいけんでした。実際じっさいに舞まい殿どので「鴨かもの音おと」を初はつ体験たいけんしたお二に人にんは、どんなことが一番いちばん印象いんしょうに残のこっていますか？

小野おの賢けん章あきら　寒さむかった。

佐倉さくら綾あや音おん　あははは！

小野おの　下鴨神社しもがもじんじゃが神聖しんせいな場所ばしょだからなのか、想像そうぞう以上いじょうに周まわりが静しずかで、シーンとしていたのが印象いんしょう的てきで、空気くうきが澄すんでいたから余計よけいに寒さむく感かんじたのかもしれません（笑）。

佐倉さくら　私わたしは、実じつは前日ぜんじつに声こえが出でなくなってしまって、その日ひの仕事しごとを全部ぜんぶお休やすみしたんです。公演こうえんの途中とちゅうで声こえが出でなくなる可能かのう性せいも大おおいにあるような状況じょうきょうだったのですが、なんとか体調たいちょうも回復かいふくし、本番ほんばんに臨のぞめることになりました。それで公演こうえんの前まえにみんなでおはらいをしていただいたときに、「鴨かもの音おと」のお守まもりをもらったんです。そのお守まもりは「声こえが綺麗きれいに出でるように」という願ねがいが込こめられていて、いただいたのは特別とくべつ仕様しようのものだったのですが、スタイリストさんが「無事ぶじに乗のり切きれますように」と衣裳いしょうの背中せなかに仕込しこんでくださって。いろいろな思おもいが功こうを奏そうしてか、本番ほんばん中ちゅうは声こえが出で続つづけてくれたので、1日にち目めを終おえた安堵あんど感かんは、ほかの皆みなさんのそれとは少すこし違ちがうかもしれません。賢けん章あきらさんも病やみ上あがりでしたよね？

小野おの　そう（笑）。インフルエンザにかかってしまって。リハーサルも本読ほんよみしか参加さんかできず、ぶっつけ本番ほんばんで挑いどみました。だからこそ無我夢中むがむちゅうでやりましたし、不安ふあんを感かんじる暇ひまもなくあっという間まに終おわっていました。目めの前まえに佐倉さくらさん、後うしろには僕ぼくたちを支ささえてくれるかのように中井なかい和哉かずやさんと三石みついし琴乃ことのさんがいて、暗くらいのでお客きゃくさんの顔かおも見みえませんでしたし、暗闇くらやみの中なかで4人にんで読よんでいるみたいな感覚かんかくでした（笑）。

佐倉さくら　私わたしも御ご三さん方ぽうの声こえをよく聞きくようにしていました。私わたしが演えんじる華はなは視力しりょくにハンディキャップがある女おんなの子こなのですが、実際じっさいに私わたしの位置いちからは誰だれの姿すがたも見みえないので、聞きこえてくる声こえから皆みなさんの動うごきや表情ひょうじょう、姿すがた形がたを想像そうぞうして。皆みなさん距離きょり感かんを大切たいせつに演えんじてくださるのでイメージが浮うかびやすかったです。

時どきを超こえるのも、この神社じんじゃなら“ある”と思おもえた

──今回こんかいの物語ものがたりは、平安へいあん・鎌倉かまくら時代じだいの京都きょうとで歌うたの名手めいしゅと呼よばれた3人にんの歌人かじん（藤原ふじわら定家さだいえ、範子のりこ内親王ないしんのう、順徳天皇じゅんとくてんのう）と、彼かれらの時代じだいにタイムスリップした現代げんだいの女性じょせいが、時ときを超こえ、思おもいを交かわし合あう様子ようすが描えがかれます。下鴨神社しもがもじんじゃには、登場とうじょう人物じんぶつの1人ひとりである範子のりこ内親王ないしんのうをはじめ、35代だいの斎とき王おうの御ご神霊しんれい社しゃが祀まつられていますが、“物語ものがたりが生うまれた場所ばしょで、その物語ものがたりを読よむ”という体験たいけんに、いつもとは違ちがう心情しんじょうが湧わき上あがりましたか？

小野おの　不思議ふしぎな感覚かんかくでしたね。物語ものがたりの中なかで、実際じっさいにある「百人一首ひゃくにんいっしゅ」の和歌わかが引用いんようされていたり、下鴨神社しもがもじんじゃが劇げき中ちゅうに出でてくるような歌合うたあわせが行おこなわれていた場所ばしょだと理解りかいしながら読よんでいたりしても、自分じぶんが経験けいけんしていないことは想像そうぞうでしかない。とはいえ、舞台ぶたいとなった場所ばしょでその物語ものがたりを読よむことには意味いみがあると感かんじましたし、少すこしでも当時とうじの思おもいを感かんじ取とることができればという気持きもちでやっていました。“セット（舞台ぶたい装置そうち）はいらない”と思おもえる、本物ほんものの場ばの力強ちからづよさも相あいまって、貴重きちょうな経験けいけんをさせていただいたなと。

佐倉さくら　私わたしは朗読ろうどく劇げきのオファーがあったときに、“私わたしじゃないとできない役やく”や何なにかを学まなび取とれそうな作品さくひんなど、琴線きんせんに触ふれるものがあるものをお受うけするようにしているんです。今回こんかい、下鴨神社しもがもじんじゃで行おこなわれる朗読ろうどく劇げきということでオファーをお受うけしましたが、実じつは私わたし自身じしん、歴史れきしや古ふるい建造けんぞう物ぶつ、神社じんじゃ仏閣ぶっかくにはあまり興味きょうみがなくて。

小野おの　そうなの？

佐倉さくら　はい。でも、下鴨神社しもがもじんじゃにはご縁えんがあって、以前いぜん出演しゅつえんしたアニメ「有頂天うちょうてん家族かぞく」の舞台ぶたいが下鴨神社しもがもじんじゃで、そこで描えがかれている下鴨神社しもがもじんじゃを見みて「いつかここに行いってみたい」と珍めずらしく思おもったんです。タイミングが合あわず、なかなか来くることができなかったのですが、いざ実際じっさいに来きてみたら、理屈りくつではない不思議ふしぎな雰囲気ふんいきが漂ただよっていて。今回こんかいの朗読ろうどく劇げきでは、場所ばしょの空気くうき感かんが物語ものがたりにしっかりと生いかされていて、時ときを超こえることも「この神社じんじゃならありそう」と思おもえるというか。このロケーションだからこそ、作品さくひんに説得せっとく力りょくを持もたせられたのだと思おもいました。

感かんじ方かたは受うけ手てに任まかせる、正解せいかいがない“表現ひょうげん”という仕事しごと

──劇げき中ちゅうでは、4人にんの軽妙けいみょうなやり取とりの中なかで現代げんだい語ご訳やくされた「百人一首ひゃくにんいっしゅ」の和歌わかが詠よまれるほか、それらの解釈かいしゃくにまつわるエピソードや歌人かじんたちの秘ひめた思おもいが立たち上あがります。お二に人にんはこの物語ものがたりからどのようなメッセージを感かんじましたか？

小野おの　僕ぼくが一番いちばん良よいなと思おもったのは、「和歌わかの解釈かいしゃくは受うけ手て側がわに任まかせる」ということです。和歌わかは31文字もじで自由じゆうに表現ひょうげんするもの。一方いっぽうで、僕ぼくらの仕事しごとにも正解せいかいはなくて。僕ぼく自身じしん、表現ひょうげんをするところまでが仕事しごとだと考かんがえているので、何なにを考かんがえながら演えんじたか、観客かんきゃくに何なにを感かんじてほしいかは、受うけ手て側がわにお任まかせしたい。劇げき中ちゅうに「どういう解釈かいしゃくだって良よいじゃないか、誰だれにそれが否定ひていできようか」と明言めいげんするセリフがあるのですが、和歌わかを題材だいざいにして“自分じぶんの思考しこうや感性かんせいを守まもる”というテーマを描えがいたこの作品さくひんは、現代げんだいの我々われわれに刺ささるんじゃないかなと。僕ぼくも何なにが正解せいかいかは皆みなさんにお任まかせしたいんですよ、だからインタビューで何なにを答こたえるかって……。

佐倉さくら　あっ、そこまでで（笑）。

小野おの　あははは！ いや、演えんじる側がわの人間にんげんの発言はつげんは、「それが正ただしい」というふうに捉とらえられがちで、どうしても影響えいきょう力りょくが大おおきくなってしまうじゃない？ 表現ひょうげんとして出だしたものを観みて、感かんじてほしいなと思おもうんです。

佐倉さくら　でも賢けん章あきらさんのおっしゃることもわかります。私わたしも自分じぶんの解釈かいしゃくを押おし付つけることにならないように、なるべく核心かくしんからは逃にげながら（笑）、インタビューではヒントを出だしてみたり、演技えんぎを組くみ立たてた背景はいけいをお話はなしさせていただいたりしています。今回こんかいは、伏線ふくせんが張はり巡めぐらされている脚本きゃくほんだったので、お客様きゃくさまがわからなくならないように、歌人かじんたちの世界せかいに巻まき込こまれる華はなの時間じかん軸じくと、華はなと登場とうじょう人物じんぶつたちの関係かんけい値ちをきちんと把握はあくして、辻褄つじつまが合あうように整理せいりして演えんじなくてはと思おもいながら、台本だいほんの読よみ込こみを心こころがけました。

──佐倉さくらさんが演えんじる華はなは、幼おさない頃ころから両親りょうしんと共ともに和歌わかに親したしんでいた女性じょせいで、幼稚園ようちえんでは天智天皇てんぢてんのうの歌うたにある“苫とま（とま）”を“トマト”と得意とくいげに解釈かいしゃくしたことから、ちょっとした失敗談しっぱいだんがある様子ようすが、かわいらしく描えがかれていましたね。

佐倉さくら　驚おどろいたことに、私わたしも華はなと状況じょうきょうがまったく一緒いっしょで、小学生しょうがくせいのときに両親りょうしんと一緒いっしょに「百人一首ひゃくにんいっしゅ」で遊あそんでいたんです。授業じゅぎょうで習ならい始はじめる前まえから知しっていたので、クラスメートよりも少すこしだけ知識ちしきがあるという状態じょうたいも同おなじで。配信はいしんを観みてくれていた母ははから「あのときのまんまだったね」と言いわれるくらい（笑）。母親ははおやの名前なまえが“しのぶ”というのですが、劇げき中ちゅうに“しのぶ君くん”も出でてきますし、「しのぶれど」が母親ははおやの名前なまえと似にているから覚おぼえやすいねという会話かいわをしながら「百人一首ひゃくにんいっしゅ」を覚おぼえていったのを思おもい出だして。これも不思議ふしぎなご縁えんだなと個人こじん的てきにはびっくりしていました。

──小野おのさんは現在げんざいと過去かこで華はなにとってキーパーソンとなる2人ふたりの人物じんぶつを演えんじます。演えんじ分わけについて注意ちゅういした部分ぶぶんはありましたか？

小野おの　2人ふたりの登場とうじょう人物じんぶつを演えんじるにあたって、役やくが入いれ替かわる瞬間しゅんかんに気きを遣つかいました。ガラっと入いれ替かわることでお客きゃくさんに余計よけいな思考しこうが生うまれてしまうのを避さけたかったので、脚本きゃくほん家かの山下やました（平たいら祐ゆう）さんにどこから入いれ替かわっているのかを確認かくにんし、替かわり目めを微妙びみょうなグラデーションのように感かんじ取とってもらえるようにしたいなと。でも、僕ぼくは緻密ちみつに計算けいさんして演えんじるタイプではないですし、朗読ろうどく劇げきはほかの役者やくしゃさんのテンションによって演技えんぎが変かわってくるので、決きめ切きらずにやることを意識いしきしました。その中なかで、ポイントになってくる役やくの気持きもちや、大事だいじなセリフを押おさえながら作つくっていったという感かんじです。