2014年に韓国・ソウルで初演され、2017年には兵庫県立ピッコロ劇団により上演された、鄭義信による舞台「歌うシャイロック」が新たな顔ぶれで、京都を皮切りに2・3月に3都市で上演される。
鄭はこれまで、「泣くロミオと怒(いか)るジュリエット」(参照:桐山照史&柄本時生の“世界一不器用な”ロミジュリに鄭義信「ベストカップル」)や「てなもんや三文オペラ」(参照:生田斗真、主演作「てなもんや三文オペラ」に「ようやく開幕する事ができます」と感慨)など、確かな筆力とユーモアで、海外戯曲を我々の日常に落とし込んできた。今作ではウィリアム・シェイクスピアの「ヴェニスの商人」をベースに、商人や貴族を相手に渡り歩く金貸しシャイロックをめぐって展開する物語を、全編関西弁、歌あり踊りありのエンタテインメント作品として立ち上げる。
ステージナタリーでは、異色で意欲的な鄭の作品に挑むシャイロック役の岸谷五朗、ジェシカ役の中村ゆり、ポーシャ役の真琴つばさによる座談会を実施。昨年12月、本格的な稽古を前に初対面を果たした3人が、「歌うシャイロック」への期待を語った。
取材・文 / 大滝知里撮影 / 祭貴義道
鄭義信のオリジナリティに衝撃、チラシはまるで…
──岸谷五朗さんはご自身の演劇ユニット・地球ゴージャスで創作活動をされていますが、本作は14年ぶりの外部出演となります。制作発表会見(参照:腹巻き、雪駄…これが鄭義信の世界だ!岸谷五朗・中村ゆり・真琴つばさら「歌うシャイロック」会見)で、鄭さんの作品にご出演される喜びを「腹巻、雪駄……これが鄭義信の世界だ!」と表現されていたのが印象的でしたが、その言葉にはどのような思いがあったのですか?
岸谷五朗 義信さんの舞台に出演するのは、僕にとって念願でした。なので、気合いを入れてビジュアル撮影に臨んだら、用意されていた衣裳が腹巻、雪駄で。「シェイクスピアの『ヴェニスの商人』をやる」と言われたときに、まったく想像できない衣裳でしょう? 「これが、鄭義信が捉えるシェイクスピアの世界か」と感動し、そのオリジナリティに改めて衝撃を受けたんです。
真琴つばさ 私も、すごく綺麗なピンクの衣裳を着せていただいて、「こんな鮮やかなピンク色に耐えられるかしら?」と思ったのですが(笑)、“シェイクスピアが大阪の新世界に迷い込んだ”と考えたらスッと撮影に入れました。役のことは一度頭の端に置いて、作品世界のイメージで撮影に臨んだのですが、(チラシビジュアルを手にして)みんな表情に含みがあるし、タイトル部分を隠して「この作品の題名、何だと思う?」って聞いたら面白い答えが返ってきそうですよね。
「歌うシャイロック」チラシ
岸谷 何だろう……手にナイフを持っているし、「浪花殺人事件」?(笑) シェイクスピアとはつながらないよね。
中村ゆり 確かに、そうですね(笑)。
鄭義信とは演劇的な“良いけんか”ができた
──岸谷さんは主演映画「月はどっちに出ている」で鄭作品と出会い、地球ゴージャス「クインテット」では鄭さんの脚本を自ら演出されました。鄭さんの作品にどのような魅力を感じていますか?
岸谷 僕は二十代の頃から、義信さんは何かしら舞台で接点があってほしいと願っていた人なのですが、ずっと映像作品でしかご縁がなくて、僕の中では“映像の脚本家”という印象でした。2001年に「クインテット」でオムニバスのうちの1作を書いていただいて、初めて“舞台作家の鄭義信”に出会ったのですが、これがとても面白い体験で。200席くらいの小さな劇場だったので、「舞台装置はポール4本のみ」という条件で脚本を依頼したんです。そうしたら鄭さんは、“扉を開けたら右手に窓があって、その下の台所には何があって、居間にはみんなが集うこたつがあって……”と、リアルに立ち上げようとするとすごい物量の道具が必要になる、ディテールの細かい台本を上げてきた。それで「演出家の発注に真っ向からけんかしてくれる作家なんだ!」と思って興奮したんですよね。
岸谷五朗
真琴 わあ、すごい。それで、岸谷さんはどうなさったんですか?
岸谷 オールSEで立ち向かいました(笑)。「スキヤキ」というタイトルの、男女4人がすき焼きを囲む中で恋愛模様が浮かび上がる物語で、ドアを開ける音から卵を割る音まで、すべての動作に音を付けて。さらに、袖で本当にすき焼きを炊いて匂いを出したんです。鄭さんとはそういう演劇的な“良いけんか”ができたので、今回、その世界にどっぷりと漬かれることが本当にうれしくて。
──中村さんは2016年に上演された鄭さん作・演出の舞台「焼肉ドラゴン」にご出演されました(参照:鄭義信三部作「たとえば野に咲く花のように」PV&「焼肉ドラゴン」写真公開)。
中村 私も、初めて「焼肉ドラゴン」で鄭さんの演出を受けたときは映像作品しか観ていませんでした。お稽古場で、鄭さんの演出には「今までやってきた自分の芝居のトーンより、過剰なものを求められている」と感じて、悩んだ時期もあります。当時、擬闘の栗原直樹さんにも熱心にご指導いただいて、鄭さんだけでなく周りの人たちの熱量の高さにもびっくりしたんですが、鄭さん自身も熱量を下げずに演出してくださるし、「これは絶対に信じたほうが良い」と直感したんです(笑)。そんな、自分の中で試行錯誤しながら挑んだ「焼肉ドラゴン」を地元大阪の友人や親が観て、「あんた良いお芝居出てるなあ」って言ってくれて。そう言ってもらえるようなお芝居にこそやる意味があると強く感じましたし、私も客席で反応してくださるお客さんの姿を観ることができて感動しました。
──真琴さんは本作で鄭さんの舞台に初参加されます。舞台キャリアの長い真琴さんが初めてのクリエイターと創作するときには、どのようなことに期待して臨まれるんですか?
真琴 こう見えて私、人見知りなので(笑)、まずは自分に負けないように挑みたいなと思っています。これまでの岸谷さんと中村さんのお話を聞いていると、お二人共、鄭さんとの思い出がありますよね。私も今回、それを作りたいんです。何かの体験が良い思い出になるときって、実はその裏側には葛藤や苦悩がたくさんあって、自分が苦しまないと良い思い出が生まれない。だから、「ええ、苦しみましょう!」と。初めてご一緒することは、先入観なしに臨める強みだと思っています。鄭さんはお稽古場ではとても“しつこい”と聞いているんですが、第一印象が柔らかくてびっくりしました(笑)。でもお稽古が始まると、気付いたら100回くらい同じシーンをやっている、みたいな感じなの? それとも灰皿が飛んでくる、みたいな熱い感じ?
中村 いえいえ、とても優しい方ですよ。すごく熱心に演出をつけてくださるので、「何回やるんだろう!?」とは思われるかもしれませんが(笑)。
左から真琴つばさ、岸谷五朗、中村ゆり。
喜劇の中で粒立つ悲劇、関西弁はクエン酸
──今回は高利貸しシャイロックの物語が音楽劇としてエンタテインメント性たっぷりに描かれます。原作の「ヴェニスの商人」は貿易商・アントーニオが主人公ですが、「歌うシャイロック」ではシャイロックを軸にすることで、原作のどのような性格が際立って見えると思いますか?
岸谷 「ヴェニスの商人」は恋愛悲劇「ロミオとジュリエット」のあとに執筆された作品で、四大悲劇(「ハムレット」「オセロー」「マクベス」「リア王」)の前に書かれた喜劇であるということが、実は重要だと思うんです。というのも、この作品にはシェイクスピアの喜劇と悲劇の両面を楽しめる、1度で2度おいしい“味わい”がある。喜劇である原作でのシャイロックは、現代人からすると、とてもかわいそうな人なんです。ユダヤ人であることで迫害される世界で、主人公のアントーニオでさえシャイロックに対して悪態をつく。そのような窮屈な社会に生きる父娘が、普通でいられるわけがないんですよね。彼らが悲しい運命を背負っているということは初めから明らかなのですが、それが「歌うシャイロック」になると一層浮き彫りになるというか。大きな物語の流れや外枠は喜劇「ヴェニスの商人」のまま、義信さんの脚本ではキャラクターの登場配分を原作から変えず、喜劇の中で悲劇を際立たせていて、なかなかに面白い台本だと感じました。
──喜劇の中での悲劇を表出させる本作で、セリフが関西弁であることは、どのくらいポイントになっているのでしょうか?
中村 関西弁になると、良い意味で人物像が雑になるというか(笑)、身近なものとして捉えやすくなると思います。お客様も「シェイクスピアだから」と身構えずに、観やすい世界観で楽しんでいただけるのではないかなと。古典でも良い作品には現代に通じるものを感じますし、鄭さんはシェイクスピア劇の中にある“今”の要素をピックアップすることがとても上手だなと、台本を読んで思いました。
中村ゆり
真琴 あのね、関西弁ってずるいの。関西弁のお芝居って観る人の心を揺さぶって、揺さぶって、ポンとピュアな感情を落としてくれる。一番おいしいところを全部持っていっちゃうような存在感があるんです。この作品では関西弁であるからこそ、岸谷さんも先ほどおっしゃられた悲しい親子二人の様子が、しっかりとした輪郭を持って見えてくるような気がしています。
岸谷 役作りとしては、方言が加わることは俳優にとって、とても大きな事情になりますよね。言葉のニュアンスが変わることで、「この人格で良いのだろうか?」と考えてしまい、今、台本と標準語で書かれた原作を照らし合わせて読んでいるんです。そうすると原作がすごく新鮮に見えるんですよ。一方で、関西弁という1つの共通言語の世界の中にいることが、カンパニーにとって一体感を生む、得なことでもあるんだなあと気付かされます。作品全体が温かくなり、人間同士の集いに温度が生まれるような、ね。さっきゆりちゃんが言っていたように、お客さんの中でのシェイクスピア劇への敷居もぐんと下がると思う。
真琴 そうよね……(血行促進を促す)クエン酸みたいな感じ?
岸谷 あははは! クエン酸かどうかはわからないけど、作品の武器になるなと思います。
俳優も登場人物も生きていた…舞台で命の炎を燃やすために
──役についてもお伺いしたいです。真琴さんは、父親から遺産を譲り受け、男たちから求婚されるも、ふさわしい相手が現れない令嬢ポーシャを演じます。シャイロック親子の運命や、物語の展開の鍵を握る人物です。
真琴 ポーシャは前回公演では、宝塚歌劇団の先輩である剣幸さんが演じられたお役で、剣さんを第一の目標にと考えていますが、50歳を過ぎたオールドミスという点で精神的なプレッシャーはだいぶなくなりました。物語の結末にも関わる彼女の突飛な行動に、“未来を切り開きたい”という願望から“未来は変えられる”という確信に変わり、輝きを増す女性の姿が見えて、その様子には現代に通じるものを感じました。変えたいという思い、強さ、それに加えてポーシャの人間的なかわいらしさもちょっと出したいなと思っています。ポーシャにとって大切な存在になるパッサーニオ役の岡田義徳さん、ネリッサ役の福井晶一さんのお力もお借りして、ポーシャの魅力を引き出していけたらと。
真琴つばさ
中村 “切り開く”女性のポーシャに対して、ジェシカは、選択肢がないことが大きな苦しみだと思っています。“この現実から連れ出してくれる人をずっと待っていた”というようなセリフがあるのですが、自分の力ではどうにもならない息苦しさの中で、環境や境遇に振り回されながらも女性としての幸せをつかもうともがく人物。役者としては、何かに翻弄される人ってとてもやりがいがあるので、思いっきり楽しんで演じたいです。言うまでもなく、鄭さんに追い込まれていくと思うので、誠心誠意、食らいつきたいなと。
岸谷 そういう苦しい中で作る舞台って、終わったときに「演劇やってる!」という気がするよね。僕が演じるシャイロックは、抱えているものが大きいなあと思います。宗教的な摩擦やそのほかの問題が背景にあって、それが当たり前になっている男として舞台上に存在しなければならない。さらに、悪役であることも忘れちゃいけないんです。本作のテーマは“悪とは何か?”ですから、シャイロックが主人公になるからと言って、善として出てきてはダメで。そこにいるだけで「悪役が出てきた」と思わせるにはどうすれば、と今は考えているところです。あと、ゆりちゃんが義信さんの「焼肉ドラゴン」で受けた刺激って、役者がきっちり“炎を燃やして生きていた”ことだと思うんですよね。舞台上にその炎が存在する作品は、本当に良いものになる。炎を燃やすために役者が生きて、登場人物も生きて……そういう循環が生まれれば良いなと思っています。
──岸谷さんは今回、役者人生の中で初めて京都で初日を迎える舞台になるそうですね。京都の南座でスタートを切ることについて、どのようなお気持ちですか?
岸谷 東京の人間で、東京公演から公演が始まるのが当たり前だったので、京都からスタートすることも、南座に立てることもすごくうれしいです。これは余談ですが、僕はブロードウェイに最も近い観客は、大阪のお客さんだと思っているんですよ。作品が面白ければ客席で「ワー、きゃー!」と盛り上がり、つまらなければリアクションしない。地球ゴージャスの公演の大千秋楽は必ず大阪に持っていくくらい、大阪の観客が大好きなのですが、コロナ禍で2020年以降、2作品で大阪公演が一部中止になりました。だから今、大阪で芝居をやりたくてしょうがないんです。そんなエネルギーがあるときに、大阪に近い京都のお客さんの前で初日を迎えられるので、鬱積したものを関西で放てると思うと、気合いが入ります。
真琴 東京の人間にとってはある意味、挑みに行くような感覚がありますよね。しかも関西弁の芝居を、まずご披露するのが京都ですから。緊張します。
中村 私は大阪出身なので、お稽古場で関西弁のサポートでしたらできるかと。京都公演のあとは福岡で、おいしいものを食べたいですね。
岸谷 そうだね、芝居が跳ねてみんなでご飯に行くという、演劇の醍醐味は我慢しなくてはならないから、役者にとっては苦しい時期が続いているけど。まずは京都公演から福岡、そして東京に戻ってくるまで、皆さんとワンチームになって走り切りたいですね。
左から真琴つばさ、岸谷五朗、中村ゆり。