「僕ぼくは先さきに死しんじゃう、アンパンマンはずっと生いきていく」 やなせたかしさんが感かんじた責任せきにん

（写真しゃしん提供ていきょう：やなせスタジオ）

2013年ねん、94歳さいでこの世よを去さられた漫画まんが家かのやなせたかしさん。東日本ひがしにっぽん大震災だいしんさいが起おきると、「アンパンマンのマーチ」のリクエストが放送ほうそう局きょくに殺到さっとうし、晩年ばんねんは被災ひさい地ちの支援しえんも精力せいりょく的てきに行おこないました。やなせさんがアンパンマンの作者さくしゃとして、これからの未来みらいに馳はせた思おもいとは？

※本稿ほんこうは、やなせたかし著ちょ『何なにのために生うまれてきたの？』（PHP文庫ぶんこ）より内容ないようを一部いちぶ抜粋ばっすい・編集へんしゅうしたものです

これからの時代じだいに希望きぼうはあるのか

――さまざまな時代じだいを生いきてこられたやなせさんにとって、いまの時代じだいはどう映うつるのでしょうか？

いまの時代じだいは、あまりにもいろんなものに恵めぐまれすぎている。食たべる物ものにしても、仕事しごとにしても。みんな電化でんかしてるんで、非常ひじょうに楽らくになってきたんだね。

だからどうなったかというと、まず、離婚りこんがすごく多おおくなった。せっかく結婚けっこんしたのに「合あわないから別わかれよう」と、すぐに別わかれちゃうんだね。つまり、わがままになってしまったんですね。

それで子こどもたちは、見みたところはすごく可愛かわいらしくなって、頭あたまも賢かしこくなった。でも、なんだかとても弱よわいんですよ。耐たえられないっていうか、すぐ挫折ざせつしてしまって、「もうダメだ」って音おとをあげるんだね。打うたれ弱よわくなってしまったというか。

世よの中なかは確たしかに、文化ぶんか的てきにも発展はってんしてきたけど、ある意味いみ、我慢がまんができない人間にんげんができてきたわけですね。駅えきで知しらない人ひとを刺さしたり、ただぶつかったというだけで腹はらを立たててみたり。そんな大人おとな、むかしはいなかった。

そして、前まえに言いったようにバイオレンス（暴力ぼうりょくシーンがたくさん出でてくる小説しょうせつ）とか、そういうものを読よんでいる人ひとがとても多おおいんで、そういうことが平気へいきになってしまって、現実げんじつにそれをやってしまう人間にんげんが出でてしまったんだね。

これは、アメリカでも日本にっぽんでも同おなじなんです。非常ひじょうに恐おそれるべきことだと思おもっています。

――これからの時代じだいに希望きぼうはあるんでしょうか？

もちろん、あると思おもっています。

汚よごれた水みずの中なかに、一滴いってきのきれいな水みずを入いれても、なんの効果こうかもないと思おもうんだけど、それでも、さっきの瓦礫がれきと同おなじように、一人ひとりじゃなく、10人にん、100人にんという具合ぐあいに増ふえていけば、なんとかなっていくんです。

楽たのしてお金かねをたくさん儲もうけようとばかり考かんがえるんじゃなくて、自分じぶんのやっていることが世間せけんにどういう影響えいきょうを与あたえるか、ということを考かんがえれば、やるべきことは自おのずと決きまっていくと思おもう。そういう人間にんげんが少すこしずつでも増ふえていけば、いまの世よの中なかを変かえていくことは不可能ふかのうではないと思おもいます。

「これはもう、ダメだ」と絶望ぜつぼうしないで、一滴いってきの水みずでも注そそぐというか、そういう仕事しごとを自分じぶんもやっていく。そうすれば、それに同調どうちょうしてくれる人間にんげんが必かならず出でてくると思おもいます。

この間あいだの震災しんさいでは、例たとえば外国がいこくだったら暴動ぼうどうが起おきて、非常ひじょうに荒あれ果はてた状態じょうたいになるでしょう。でも、この日本にっぽんでは、危機ききになっても助たすけ合あう人ひとが多おおいんです。不満ふまんなことはいろいろあるけど、まだまだ絶望ぜつぼう的てきじゃない。希望きぼうはあると思おもいます。そう僕ぼくは思おもう。そう信しんじないと、生いきていかれないからね。

小ちいさな子こどもたちには、アンパンマンは実在じつざいしている

＜夕日ゆうひの歌うた＞

ぼくは今いま、夕日ゆうひを見みている
もうすぐ暗くらい夜よるだというのに
なんという真紅しんく(まっか)な夕焼ゆうやけ
孤独こどくな夕日ゆうひは輝かがやきながら沈しずんでいく
とまれ夕日ゆうひ
もうしばらくはそのままでいてくれ
あれは誰だれ？
金かねにふちどりされた
すみれ色いろの雲くもの下した
飛とんでくるのは
あれが噂うわさのアンパンマン
まるい団子だんごばなは紅潮こうちょうして
ほっぺたもりんご色しょく
ぼくの生命せいめい（いのち）の分身ぶんしんが
幻影げんえいのように飛とんでくる
ぼくのぱっとしない人生じんせいの晩年ばんねんに
めぐりあったヒーロー
アンパンマン
君くんに逢あえてよかった
夕日ゆうひよとまれ
ほんのひととき
ぼくが君きみの伝説でんせつをかき終おわるまで

――どんな思おもいを込こめて、この詩しを書かかれたんですか？

自分じぶんが晩年ばんねんになって、このヒーローとめぐり逢あったわけです。つまり人生じんせいの夕日ゆうひに。君くんに逢あえてよかったなという思おもいですね。

――今後こんご、アンパンマンはどうあってほしいと思おもいますか？

僕ぼくは先さきに死しんじゃいますが、アンパンマンそのものは、ずっと生いきていくんじゃないかと思おもいます。

あの、3・11の震災しんさい後ご、まったく笑わらわなくなってしまった子こどもが、アンパンマンの絵えを見みたとたん笑わらい出だし、それを見みたお母かあさんがうれしくて泣なき出だしてしまったというお便たよりをいただいたんです。小ちいさな子こどもたちには、アンパンマンは実在じつざいしているんですよ。そういう声こえを聞きいてしまったら、僕ぼくはそれに値あたいすることをしなくちゃいけないと思おもって。作者さくしゃとして責任せきにんを感かんじるから。

「なんのために生うまれてなにをして生いきるのか」

長ながい間あいだ、僕ぼくはずいぶん悩なやんできたけど、やはり子こどもたちのためにお話はなしを書かいたり、絵本えほんを描えがいたりするのが自分じぶんの天職てんしょくだなあと思おもうようになりました。だから引退いんたいもできないんです。自分じぶんだけがのんびり寝ねているわけにはいかないと思おもうから。やっぱり、死しぬまで描えがき続つづけていくことになるんでしょうね。