アベノミクスでバブルが起おきるは本当ほんとうか？

2012年ねん11月がつ半なかばから、株かぶ高だか・円えん安やすが続つづいている。安倍あべ首相しゅしょうが唱となえる経済けいざい政策せいさくによって、金融きんゆう緩和かんわが強つよまりそれへの期待きたいでもたらされた「アベノミクス相場そうばである」。この市場いちばの動うごきをどう評価ひょうかするか、メディアでも様々さまざまな意見いけんが飛とび交かっている。こうしたなかで、これまでの「デフレと円えん高だかと不況ふきょう」が日本にっぽん経済けいざいのスタンダードと考かんがえる識者しきしゃなどは、2012年ねん11月から始はじまった円えん安やすを、気きに食くわないことと感かんじているようだ。

なかには、アベノミクスによって、「安倍あべバブルが起おきるだけ」などと警鐘けいしょうを鳴ならしている人ひとも散見さんけんされる。こうした見方みかたの代表だいひょう例れいとして、「日銀にちぎんの敗北はいぼくはバブルの始はじまり」と題だいする、2013年ねん1月がつ14日にちの池田いけだ信夫しのぶ氏しによる論説ろんせつがあげられる（http://agora-web.jp/archives/1512864.html）。

また、当とうの日銀にちぎんの白川しらかわ総裁そうさい自身じしんが、1月がつ22日にちの日銀にちぎん政策せいさく決定けってい会合かいごうの記者きしゃ会見かいけんにて以下いかのように述のべたという。

物価ぶっか上昇じょうしょう率りつが目標もくひょうに届とどかない段階だんかいでバブルなど金融きんゆう面めんの不ふ均衡きんこうが顕在けんざい化かした場合ばあいは、金融きんゆう政策せいさく運営うんえいについて「日銀にちぎんが責任せきにんを持もって判断はんだんする」と明言めいげんした。［東京とうきょう 22日にち ロイター］

そもそも、アベノミクスで実現じつげんしようとしている、日本銀行にっぽんぎんこうによる金融きんゆう緩和かんわ強化きょうか、そして＋2%の物価ぶっか目標もくひょうの設定せっていなどが何なになのかを冷静れいせいに考かんがえてみよう。これらの政策せいさくメニューは、すでに米べいFRBなどが先行せんこうして実現じつげんしている政策せいさくである。具体ぐたい的てきには、FRBは2010年ねん以降いこう、量的りょうてき金融きんゆう緩和かんわの規模きぼを増ふやし、FRBの資産しさん規模きぼはリーマンショック時じから約やく3倍ばいまで拡大かくだいしている（それに対たいし、日本銀行にっぽんぎんこうのバランスシートはリーマンショック後ごに1.4倍ばいまでしか増ふえていない）。そしてFRBは今後こんごも、失業しつぎょう率りつの改善かいぜんなどが実現じつげんするまで、量的りょうてき緩和かんわを拡大かくだいすると宣言せんげんしている。なお、FRBは2012年ねん1月がつに物価ぶっか目標もくひょう＋2%を公式こうしきに設定せっていしている。

それがわかるのが以下いかのグラフである。

つまり、物価ぶっかが安定あんていして2%前後ぜんごで推移すいいしていても、金融きんゆう緩和かんわを緩ゆるめないFRBの政策せいさくを、少すくなくとも日本にっぽん銀行ぎんこうが見習みならうべし、というのがアベノミクスである。物価ぶっか安定あんていの責任せきにんを持もつ日本銀行にっぽんぎんこうが、他たの中央ちゅうおう銀行ぎんこうと同様どうようにきちんと仕事しごとをするということだ。

こうした事実じじつを踏ふまえるとまず、「日銀にちぎんの敗北はいぼく」というが、これは事実じじつ誤認ごにんである。デフレが問題もんだいであるなら、妥当だとうな物価ぶっか目標もくひょうを定さだめて金融きんゆう緩和かんわを強化きょうかするのは、自然しぜんなことである。

そもそも、なぜ世界せかいで物価ぶっか目標もくひょう制せいが導入どうにゅうされているかと言いえば、それは中央ちゅうおう銀行ぎんこうの独立どくりつ性せいを高たかめる有効ゆうこうな仕組しくみだからである。こういう仕組しくみがあれば、中央ちゅうおう銀行ぎんこうはインフレ率りつが高たかまりすぎる時ときに、金融きんゆう引ひき締しめを行おこなうことができる。

というのも、そうした明確めいかくな判断はんだん基準きじゅんがあれば、仮かりに政治せいじが暴走ぼうそうしても、国民こくみんがこうした明確めいかくな判断はんだん基準きじゅんに沿そって中央ちゅうおう銀行ぎんこうを支援しえんすることができるのだ。日本にっぽんには、そうした基本きほん的てきな仕組しくみが整ととのっていないことがそもそもの問題もんだいなのだ。

アベノミクスは、日本銀行にっぽんぎんこうの金融きんゆう政策せいさくが、米国べいこくと同様どうようの姿すがたに近ちかづくことをまず目指めざしている。本来ほんらいならば、中央ちゅうおう銀行ぎんこうがしっかりとプラスの物価ぶっか安定あんてい持続じぞくに成功せいこうしていれば、「政治せいじ対たい中央ちゅうおう銀行ぎんこう」という不毛ふもうな対立たいりつの構図こうずは生うまれなかったはずだ。そもそも、これまで、日本にっぽん銀行ぎんこうにまかせて過去かこ20年間ねんかん何なにが起おきてきたのか？ そうした冷静れいせいな事実じじつすら、池田いけだ氏しのような識者しきしゃには観察かんさつすることができないのかもしれない。

そして、日本銀行にっぽんぎんこうがFRBなどと同おなじ中央ちゅうおう銀行ぎんこうに正常せいじょう化かするだけで、本当ほんとうにバブルが起おきるのだろうか？ 仮かりにそれが心配しんぱいであれば、すでに、日本銀行にっぽんぎんこうよりも大胆だいたんに金融きんゆう緩和かんわしてきた、米国べいこくや英国えいこくでは「バブルの予兆よちょう」がみられるはずである。しかし、金融きんゆう市場いちばに携たずさわっている人間にんげんにとっては、米国べいこくなどで、株式かぶしきや不動産ふどうさん市場いちばでバブルを心配しんぱいする声こえは寡聞かぶんにして聞きいたことがない。

たとえば、米国べいこくのダウ平均へいきん株価かぶかは、2013年ねん1月がつ中旬ちゅうじゅんに14000ドルに迫せまる勢いきおいで、2007年ねん12月がつ以来いらいの水準すいじゅんまで上昇じょうしょうしている。それがわかるのが上うえのグラフだ。これは、リーマンショックが起おきる前まえの水準すいじゅんまで戻もどっているということだ。金融きんゆう緩和かんわの強化きょうかによるアベノミクスが心配しんぱいな池田いけだ氏しは、この米国べいこく株かぶの動うごきも、当然とうぜんバブルと認識にんしきしているのだろうか？ もしそうであれば、米国べいこくの投資とうし家かに向むけて、「今いまの米国べいこく株かぶ市場いちばがバブルである」という論説ろんせつでも書かかれてみたらどうだろうか？

たとえば、株価かぶかの水準すいじゅんを評価ひょうかする予想よそうPERという指標しひょうは、現在げんざいの株価かぶかが、今後こんごの将来しょうらいの企業きぎょう利益りえきの何なん倍ばいに相当そうとうするかを、投資とうし家かが評価ひょうかしているかがわかる数字すうじだ。この米国べいこく株かぶ市場いちばの予想よそうPERは、10倍ばい台だい前半ぜんはんと歴史れきし的てきにみて低ひくい。データを遡さかのぼることのできる1985年ねん以降いこうの予想よそうPERの平均へいきん値ちは15倍ばい前後ぜんこうである。つまり通常つうじょうであれば、米国べいこく株価かぶかの予想よそうPERは15倍ばい前後ぜんこうというのが普通ふつうであるということだ。

これを踏ふまえれば、市場いちばが通常つうじょう想定そうていする株価かぶか（S&P500指数しすう）は1700前後ぜんこうが通常つうじょうであり、現在げんざいの株価かぶかは1500前後ぜんこうなわけだから、通常つうじょうの株価かぶかを10%以上いじょう下回したまわっている。これをダウ平均へいきん株価かぶかに当あてはめると、ダウ平均へいきん株価かぶかは14000ドル近辺きんぺんだが、少すくなくとも15000ドルが通常つうじょうであり、決けっして割高わりだかにあるとは言いえない。

い換いかえると、PERの逆数ぎゃくすう（利益りえき/株価かぶか）である株式かぶしきの益えき利回りまわりが高たかいというわけである。株式かぶしきの益えき利回りまわりとは、株式かぶしきへの投資とうしによって１年ねん後ごにどの程度ていどのリターンを投資とうし家かが得えられるかを示しめすものだ。これが高たかいということは、株式かぶしき投資とうしで投資とうし家かがリスクをテイクする際さい、要求ようきゅうしているリターンが高たかい状態じょうたいにあることを示しめしている。

つまり、リーマンショック後ごに大だい規模きぼな金融きんゆう緩和かんわ政策せいさく（2013年ねん1月がつ現在げんざいの日銀にちぎんの金融きんゆう緩和かんわの規模きぼの2倍ばいにあたる規模きぼの金融きんゆう緩和かんわ）が行おこなわれたアメリカの金融きんゆう市場いちばにおいても、バブルと考かんがえられているどころか、株式かぶしきに投資とうしするリスクをとるには、ハードルが依然いぜんとして高たかいと投資とうし家かが感かんじているということだ。

さらにこの株かぶの益えき利回りまわりから、リスクプレミアムを引ひけば、米国べいこくの投資とうし家かが、長期ちょうき的てきな企業きぎょう利益りえきの期待きたいを前提ぜんていに、株式かぶしき投資とうしに対たいしてどれだけのリターンを想定そうていしているかがわかるようになる。リスクプレミアムとは、株式かぶしき市場いちばの変動へんどうによって生しょうじる損失そんしつリスクを表あらわす数字すうじである。より具体ぐたい的てきには、2013年ねん1月がつ現在げんざい、米国べいこく株かぶの益えき利回りまわりが約やく7.6%前後ぜんご。ここから株式かぶしき市場いちばにおける平均へいきん的てきなリスクプレミアム（5%）を差さし引ひいても2%台たいという水準すいじゅんにある現実げんじつが見みて取とれる。

そして現在げんざい、リスクプレミアムを引ひいた後のちの株式かぶしき益えき利回りまわりが2％台だいという数字すうじと、損失そんしつリスクがほとんどない米国べいこく10年ねん国債こくさいの金利きんり（2％前後ぜんこう）があまり変かわらないという状況じょうきょうになっている。これは、株式かぶしき投資とうしと国債こくさいに対たいする期待きたいリターンが、ほとんど変かわらない状態じょうたいになっているということだ。

つまり、株式かぶしき市場いちばで「将来しょうらいの企業きぎょうの利益りえき成長せいちょうがほぼゼロと想定そうていされている」ということである。これはあまりに異常いじょうな状態じょうたいだ。なぜなら、どんなに成熟せいじゅくした国くにでも、4％程度ていどは経済けいざい全体ぜんたい――つまり企業きぎょう利益りえき――が成長せいちょうするからである。だから、リスクプレミアム調整ちょうせい後ごの株式かぶしきの益えき利回りまわりが、10年ねんものの米国べいこく債さいの金利きんりと同おなじ水準すいじゅんにあるということは、米国べいこくの投資とうし家かが、今後こんご、経済けいざい成長せいちょうが続つづかないことを想定そうていしていることを意味いみしている。

これは、現在げんざいの米国べいこくの金融きんゆう市場いちばの大おおきなパズルと言いえる。つまり、FRBはこれまで大胆だいたんな金融きんゆう緩和かんわ政策せいさくを行おこなってきたが、「株式かぶしき市場いちばがバブル」というよりも、株式かぶしき市場いちばが将来しょうらいの企業きぎょう利益りえきの成長せいちょうを期待きたいしていないことを見みれば分わかる通とおり、「なぜ米国べいこく株かぶは割安わりやすなままなのか」がマーケットにおける目下もっかの議論ぎろんになっているということである。

そして、米国べいこく市場いちばでの議論ぎろんを、日本にっぽん株かぶの現状げんじょうに当あてはめればどうだろうか。世界せかいの株式かぶしき市場いちばを引ひっ張ぱってきた米国べいこく株かぶ市場いちばですら、「株価かぶかがなぜ割安わりやすか」が議論ぎろんされているわけだから、アメリカよりも株価かぶかの伸のび率りつが低ひくい日本にっぽんにおいても、ほぼ同様どうようの議論ぎろんが当あてはまる。

1月がつ中旬ちゅうじゅん現在げんざいの日経にっけい平均へいきん株価かぶかは、11000円えん台だいを窺うかがう水準すいじゅんにあるが、アベノミクス相場そうばが始はじまる直前ちょくぜんの12年ねん11月がつ半なかばの9000円えん前後ぜんこうから2割わり前後ぜんこう上昇じょうしょうしていることになる。米国べいこくダウ平均へいきん株価かぶかと比較ひかくして表示ひょうじしているのが上うえのグラフだ。この程度ていどの株かぶ高だかで、「安倍あべバブル」などと騒さわぎ立たてるのは、先さきに説明せつめいした標準ひょうじゅん的てきな株価かぶか水準すいじゅんの考かんがえ方かたを踏ふまえれば、残念ざんねんながら、「マーケット知しらない妄言ぼうげん」であると言いわれてもしようがないような状況じょうきょうだろう。

日本にっぽん株かぶは、リーマンショック後ごの高値たかねである2010年ねん4月がつにも達たっしていない。日本にっぽんが、過去かこ3年ねん続つづいた経済けいざいの大だい失政しっせいが終おわり、米べい欧おうのように経済けいざいが正常せいじょう化かする過程かていにあるならば、2010年ねん4月がつの高値たかねなどは通過つうか点てんに過すぎない。そもそも、米べい欧おうの株価かぶか水準すいじゅんがリーマンショック前まえの水準すいじゅんを取とり戻もどしているのに比くらべれば、日本にっぽんの株価かぶか水準すいじゅんは「格段かくだんに出遅でおくれている」状況じょうきょうには変かわりはない。しかも、アベノミクス相場そうば以降いこう起おきた、20％前後ぜんこうの株価かぶか上昇じょうしょうは、2009年ねん以降いこう年ねんに1回かいくらいは起おこる普通ふつうの出来事できごとである。100歩ほ譲ゆずって「バブル」と騒さわぐにしても、それはまだまだ先さきというのが、金融きんゆう市場いちばに携たずさわるものの常識じょうしきであろう。

では、日本にっぽんの株価かぶかがどこまでいけばバブルの心配しんぱいも少すこしは出でてくると言いえるのか。いろいろな考かんがえ方かたがあるが、少すくなくとも、現在げんざいの米国べいこく同様どうように、リーマンショック前まえの2007年ねん12月がつ時じのように日経にっけい平均へいきん株価かぶかが15000円えんまで上昇じょうしょうする時ときがあげられるだろう。米国べいこく株かぶと同様どうように日本にっぽん株かぶがリーマンショック前まえに戻もどっているということは、日本にっぽん経済けいざいが将来しょうらいデフレ脱却だっきゃくに向むかっていると市場いちばが認識にんしきしている、ことを意味いみするからだ。

米国べいこく市場いちばでは「なぜ株価かぶかが割安わりやすなのか」が議論ぎろんされている。そして、債務さいむ問題もんだいに苦くるしんでいる欧州おうしゅう主要しゅよう国こくでもリーマンショック前まえの水準すいじゅんにまで株価かぶかは上昇じょうしょうしている。こうしたなかで日本にっぽんも、アベノミクスが成功せいこうし、デフレ脱却だっきゃくと経済けいざいが正常せいじょう化かする道筋みちすじがみえれば、今後こんご米べい欧おうと同様どうように株価かぶかが追おいついてもおかしくない。

ただ、それが成功せいこうするかどうかは政治せいじ次第しだいだから、脱だつデフレシナリオを完全かんぜんに織おり込こむのは早はやいだろう。いずれにしても、「バブルが起おきる」というのは、長年ながねん低てい成長せいちょうを経験けいけんしてきた日本人にっぽんじんにとって、あまりにも控ひかえめに過すぎやしないであろうか。