シオニズムとは何なにか――イスラエルの孤立こりつ化かと軍事ぐんじ信仰しんこうの起源きげん

シリアやイラクの混迷こんめいがあまりに衝撃しょうげき的てきであるからか、かつてほど注目ちゅうもくを集あつめなくなっているとはいえ、中東ちゅうとうにおける紛争ふんそう地ちとしてもはや「老舗しにせ」となっているイスラエルとパレスチナ。その状況じょうきょうは、現在げんざいでも悪化あっかの一途いっとをたどっている。ときが経たつにつれ、その解かいはますます闇やみのなかに埋うずもれていく感かんがあるが、この紛争ふんそうが生しょうじた経緯けいいそのものはそれほどわかりにくいものではない。

ロシアを含ふくむヨーロッパにおけるユダヤ人じん迫害はくがいが契機けいきとなって、列強れっきょうの支援しえんを受うけながらユダヤ人じんがパレスチナ地域ちいきに押おし寄よせ、国家こっか建設けんせつを行おこなったことで、もともと暮くらしていた人々ひとびと（現在げんざいではもっぱら「パレスチナ人じん」と呼よばれる）や、その同胞どうほうとしての周辺しゅうへん諸国しょこくのアラブ人じんとのあいだで争あらそいが生うまれた、というのが基本きほん構図こうずである。

この基本きほん構図こうずの一角いっかくを占しめるユダヤ人じんは、「シオニスト」と呼よばれる。シオニズム（シオン主義しゅぎ）とは、パレスチナにユダヤ人じんの民族みんぞく的てき拠点きょてんを設置せっちしようとする思想しそう・運動うんどうのことである。「シオン」とは、エルサレムのシオンの丘おかを指さす。

このシオニズムが勃興ぼっこうした背景はいけいも、それほど難解なんかいには見みえない。ユダヤ人じんは、それを民族みんぞくと呼よぶかは別べつにして、太古たいこより固有こゆうの集団しゅうだんとして存続そんぞくし、20世紀せいきに入はいってからも大半たいはんは独自どくじの生活せいかつを送おくっていた。彼かれらが、ホロコーストに結実けつじつする反はんユダヤ主義しゅぎの数々かずかずによって生存せいぞんの危機ききに瀕ひんした際さいに、安住あんじゅうの地ちを求もとめたとしても不思議ふしぎではない。また、シオニズムが始はじまった19世紀せいき終おわりからイスラエルが建国けんこくされた1948年ねんまでの時期じきは、民族みんぞくを基礎きそとした国家こっかの建設けんせつラッシュが世界中せかいじゅうで巻まき起おこってもいた。

こう考かんがえると、ユダヤ人じんのなかにこのシオニズムの道みちを選択せんたくしなかった者ものが実じつは多おおくいたことのほうが不思議ふしぎに思おもわれるかもしれない。現在げんざいのイスラエルと北米ほくべい（米べい加か）のユダヤ人口じんこうは、それぞれ600万まん人にん弱じゃくである。そのほか、50万まん人にん程度ていどがフランスに、30万まん人にん程度ていどがそれぞれイギリスと旧きゅうソ連それん諸国しょこくに暮くらしている。つまり、21世紀せいきにいたっても、「シオン」を選択せんたくしなかったユダヤ人じんのほうが多数たすう派はなのである。

では、迫害はくがいと汎ひろしヨーロッパ的てきなナショナリズムの興隆こうりゅうにもかかわらず、過半数かはんすうのユダヤ人じんが「シオン」を選択せんたくしなかったのはなぜか。実じつはそれも、さほど難むずかしいことではない。

20世紀せいき初頭しょとう、世界せかいのユダヤ人口じんこうの中心ちゅうしんはロシア東欧とうおうにあった。今日きょうの北米ほくべい・イスラエル双方そうほうのユダヤ人口じんこうの過半数かはんすうはロシア東欧とうおうにルーツを持もつのだ。地域ちいき別べつのユダヤ人口じんこうは、ポーランドの多おおくを含ふくむロシア帝国ていこくが520万まん人にん、オーストリア・ハンガリー帝国ていこくが207万まん人にん、ドイツが52万まん人にんであり、アメリカはまだ100万まん人にんにすぎなかった。

ロシア東欧とうおうのユダヤ人じんの多おおくは貧まずしく、迫害はくがいよりも経済けいざい的てき苦境くきょうからの脱出だっしゅつを求もとめる場合ばあいが多おおかった。だが、もともと手工業しゅこうぎょうや商業しょうぎょう（といっても小規模しょうきぼなものが大半たいはん）に従事じゅうじしていたユダヤ人じんに適てきした就職しゅうしょく先さきは、当時とうじのパレスチナには乏とぼしかったのだ。一方いっぽう、1920年代ねんだいに移民いみん制限せいげんが始はじまるまでのアメリカは可能かのう性せいに満みちていたし、実際じっさい、多おおくのユダヤ人じんは２世代せだい目めまでに中産ちゅうさん階級かいきゅうに上昇じょうしょうした。

こうしてみると、一部いちぶのロシア東欧とうおうのユダヤ人じんが、わざわざ「シオン」を目指めざした動機どうきのほうが不思議ふしぎに思おもえてくる。難むずかしいのはここからである。

改あらためて、ロシア東欧とうおうのユダヤ人じんという観点かんてんから見みてみると、そのシオニズムへの道みちは必かならずしも十分じゅうぶんに理解りかいされてこなかった。簡単かんたんな概説がいせつでは、シオニズムの契機けいきとして1881年ねんのロシアでのポグロム（反はんユダヤ暴動ぼうどう・虐殺ぎゃくさつ）に言及げんきゅうされ、その後ごで、もっぱら西欧せいおうユダヤ人じんのテオドール・ヘルツルがシオニズムを推進すいしんしたと説明せつめいされる場合ばあいが多おおい。

要ようするに、ロシア東欧とうおうのユダヤ人じんは、西欧せいおうユダヤ人じんに率ひきいられるだけの受うけ身みの存在そんざいであったことが暗黙あんもくの前提ぜんていになっているのである。つねに「西にし」が新あらたな運動うんどうの推進すいしん者しゃであるはずだ、という近代きんだい世界せかいの陳腐ちんぷな想定そうていは、シオニズムに関かんしてはあまり反省はんせい的てきに乗のり越こえられていないのである（そして反省はんせいするには地道じみちに研究けんきゅうしなければならない）。

しかし、初代しょだいイスラエル首相しゅしょうと大統領だいとうりょう（名誉めいよ職しょく）の双方そうほうがロシア帝国ていこく出身しゅっしん者しゃ（それぞれダヴィド・ベングリオンとハイム・ワイツマン）だったことに象徴しょうちょうされるように、西欧せいおうユダヤ人じんがシオニズムを率ひきいたといえる局面きょくめんは実じつは相対そうたい的てきには少すくないのだ。シオニズムの推進すいしん者しゃとされるヘルツルも、初期しょきこそカリスマ的てきに運動うんどうを盛もり上あげたが、次第しだいにロシア東欧とうおう系けいからその「西欧せいおう的てき」手法しゅほうを批判ひはんされるようになり、志こころざし半なかばにして早世そうせいしている。

ロシア東欧とうおうにおいて、シオニズムは生うまれ、進化しんかしていった。以下いかではそのさわりに触ふれてみたい。ポイントとなるのは、ユダヤ人じんの自己じこ意識いしきと他者たしゃ認識にんしきに生しょうじた根本こんぽん的てきな変化へんかである。

日本にっぽんでも翻訳ほんやくによって知しられるようになったダニエル＆ジョナサン・ボヤーリンが指摘してきするように、ディアスポラ（離散りさん；事実じじつ上じょうはパレスチナ／イスラエル以外いがいでの居住きょじゅうを指さす）におけるユダヤ人じんの生存せいぞん戦略せんりゃくは「女々めめしく」生いきるというものだった（これはもちろん、伝統でんとう的てきなジェンダー規範きはんのなかで「女性じょせい」に付与ふよされた意味いみにおいて、であって、実際じっさいの女性じょせいがそうであるという意味いみではない）。

「男おとこらしく」軍事ぐんじ力りょくにものを言いわせるイメージの強つよい現在げんざいのイスラエルとは対照たいしょう的てきに、ディアスボラのユダヤ人じんは、暴力ぼうりょくで立たち向むかうのではなく、権力けんりょく者しゃの懐ふところに入はいり込こんで、ときに狡猾こうかつに、ときに柔軟じゅうなんに、またあるときは息いきを殺ころして、うまく生いき抜ぬいてきたのである。

数々かずかずの迫害はくがいを受うけながらも、この戦略せんりゃくが機能きのうする場所ばしょにユダヤ人じんは落おち着ついてきた。20世紀せいき初頭しょとうの段階だんかいでロシア東欧とうおうにユダヤ人じんが多おおかったのも、そうした理由りゆうによる。中世ちゅうせい西欧せいおうのキリスト教きりすときょう復興ふっこうのなかでユダヤ人じん迫害はくがいが激化げきかした際さいに、貴族きぞくがユダヤ人じんの社会しゃかい経済けいざい的てきな機能きのうを買かってユダヤ人じんを懐柔かいじゅうしたポーランドに、多おおくのユダヤ人じんが移住いじゅうしたのである。

その後ごポーランドを取とり込こんだロシア帝国ていこくでは、政府せいふ自体じたいはユダヤ人じんに敵対てきたい的てきであったものの、実質じっしつ的てきにはポーランド時代じだいのあり方かたがかなり温存おんぞんされた。温存おんぞんされた背景はいけいには、ユダヤ人じんが確実かくじつに当該とうがい地域ちいきの社会しゃかい経済けいざい構造こうぞうの一角いっかくを占しめていた事実じじつがあった。

ユダヤ人じんの多おおくは手工業しゅこうぎょう者しゃや商人しょうにん、輸送ゆそう業者ぎょうしゃや金融きんゆう業者ぎょうしゃとして、当地とうちに欠かかせない役割やくわりを担になっていたのである。こうした役割やくわりゆえに、農民のうみんの搾取さくしゅ者しゃとしての偏見へんけんを持もたれることも多おおかったが、ユダヤ人じんはロシア帝国ていこくにおける自己じこの存在そんざい意義いぎを自覚じかくしていた。

しかし、産業さんぎょう化かと反はんユダヤ主義しゅぎの激化げきかにより、この構図こうずは狂くるい始はじめていく。大だい工場こうじょうや鉄道てつどうの発達はったつは、伝統でんとう的てきなユダヤ人じんの役割やくわりを奪うばい、彼かれらの多おおくは失業しつぎょうして都市としに流入りゅうにゅうしていった。彼かれらの受うけ皿ざらとして社会しゃかい主義しゅぎ運動うんどうがユダヤ人じんの間あいだで発達はったつし、また、北米ほくべいや西欧せいおうを目指めざす移民いみんが急激きゅうげきに増ふえたのもこうした背景はいけいによる。

このような変動へんどう期きに頻発ひんぱつするようになったのが、ユダヤ人じんに対たいするポグロム（反はんユダヤ暴動ぼうどう・虐殺ぎゃくさつ）である。先さきにも触ふれたが、1881年ねんから1884年ねんにかけてのポグロムが、シオニズムの契機けいきとしてよく知しられている。ただし、シオニストになった者ものたちは、必かならずしもポグロムからの逃避とうひを考かんがえていたわけではない。多た民族みんぞく帝国ていこくロシアにおいて、なぜユダヤ人じんだけがかようにも差別さべつされるのか、その原因げんいんに考かんがえを巡めぐらせていたのだ。ユダヤ人じんだけが唯一ゆいいつ国こくを持もたずに流浪るろうした存在そんざいである、だからこそ軽蔑けいべつされているのではないか、というのが彼かれらの見立みたてである。

当時とうじのロシア帝国ていこくでは、ポーランド人じんやウクライナ人じんのあいだでも次第しだいにナショナリズムの機運きうんが高たかまりつつあった。議会ぎかいをロシアに導入どうにゅうする契機けいきとなった1905年ねん革命かくめいでは、ロシアが多様たような民族みんぞくに同権どうけんを与あたえる国家こっかに生うまれ変かわることが期待きたいされた。前記ぜんきのように、単たんにパレスチナに逃のがれることよりも、ロシアにおけるユダヤ人じんの民族みんぞく的てき権利けんりの承認しょうにんを求もとめていたシオニスト運動うんどうも、こうした文脈ぶんみゃくのなかで盛もり上あがりを見みせた。

このことからわかるように、この段階だんかいでのシオニズムは、ユダヤ人じんが安住あんじゅうすることだけに視野しやを絞しぼっていたわけではなかった。それが最終さいしゅう的てきな目的もくてきではあれ、そのためには帝国ていこく全体ぜんたいの民主みんしゅ化かが不可欠ふかけつであると理解りかいし、他たの民族みんぞくとの共闘きょうとうを視野しやに入いれていた。本稿ほんこうではディアスポラに長ながくとどまったシオニストに焦点しょうてんを当あてているが、このことは、早々そうそうにパレスチナ開拓かいたくに向むかったシオニストにも当あてはまる。彼かれらもまた、社会しゃかい主義しゅぎ的てきな理想りそうに燃もえ、「搾取さくしゅ者しゃ」としてのユダヤ人じんの生いき方かたを根本こんぽん的てきに変かえるために農民のうみん化かすることを目指めざしていた。その一ひとつの帰結きけつが、一時期いちじき世界せかい的てきに注目ちゅうもくされたこともあるキブツである。アラブ人じんとの労働ろうどう組合くみあいの展開てんかいも模索もさくされた。

つまり、20世紀せいき初頭しょとうまでの段階だんかいでは、シオニストは、ユダヤ人じんの境界きょうかいを超こえて他者たしゃとつながる、いわば普遍ふへん的てきな原理げんりについての関心かんしんを保たもっていたのである。もちろん、普遍ふへん主義しゅぎは普遍ふへん主義しゅぎで限界げんかいを持もつ（その典型てんけいが帝国ていこく主義しゅぎ・植民しょくみん地ち主義しゅぎである）。だがここで重要じゅうようであるのは、この段階だんかいでのシオニズムが、軍事ぐんじという殻からに自みずからを閉とじ込こめようと決きめ込こんでいたわけではまだなかった、ということである。基本きほん的てきにはロシア帝国ていこくという枠わくに限かぎられるとはいえ、シオニストは他者たしゃとのつながりを具体ぐたい的てきに思おもい描えがき続つづけていたのだ。

では、現在げんざいではシオニズムの大おおきな特質とくしつとさえいえる軍事ぐんじ信仰しんこうの契機けいきとは何なにだったのか。それは、ユダヤ人じんに対たいしてさらに強烈きょうれつに吹ふき荒あれていった物理ぶつり的てき暴力ぼうりょくであったと筆者ひっしゃは考かんがえている。そしてそれは、暴力ぼうりょくを振ふるわれたから暴力ぼうりょくで返かえすという単たんなる脊髄せきずい反射はんしゃにとどまらない、より深刻しんこくな次元じげんに影かげを落おとしていた。

1903年ねんから1906年ねんにかけて、より大だい規模きぼなポグロムがユダヤ人じんを襲おそう。このとき、シオニストや他たのユダヤ人じんの運動うんどうのなかから、自衛じえい組織そしきが立たち上あがった。先述せんじゅつのように、これはユダヤ史しのなかでの新あたらしい動うごきである。ユダヤ人じんがユダヤ人じん自身じしんのための軍事ぐんじ組織そしきを立たち上あげた例れいは、長ながいユダヤ史しのなかでも、パレスチナの地ちにユダヤ王国おうこくが存在そんざいしていた20世紀せいき前まえまで遡さかのぼらなければならない。

そしてロシア帝国ていこくは、1917年ねんに崩壊ほうかいする。それは多おおくのユダヤ人じんにとってさらなる苦境くきょうの始はじまりだった。赤軍せきぐん（ボリシェヴィキ）と白しろ軍ぐん（自由じゆう主義しゅぎ者しゃと右翼うよくを中心ちゅうしんとした反はんボリシェヴィキ）の争あらそいに、ウクライナではウクライナ・ナショナリストも参入さんにゅうする内戦ないせんが数すう年ねんにわたって繰くり広ひろげられたが、その際さい、ユダヤ人じんに対たいする暴力ぼうりょくがかつてない規模きぼで吹ふき荒あれたのである。

反はんユダヤ主義しゅぎをブルジョワのプロパガンダとして抑制よくせいしようとした赤軍せきぐんに対たいし、白しろ軍ぐんはボリシェヴィキの親玉おやだまとしてユダヤ人じんを敵視てきしした（これはもちろん偏見へんけんであり、この時点じてんでユダヤ人じんはせいぜい人口じんこう比ひと同どう程度ていどしかボリシェヴィキには所属しょぞくせず、社会しゃかい主義しゅぎ政党せいとうではメンシェヴィキにより多おおくのユダヤ人じんがいた）。ウクライナ・ナショナリストはユダヤ人じんを、ウクライナ独立どくりつを阻はばむ裏切うらぎり者ものとして攻撃こうげきした。

こうしたなかで、ユダヤ人じんの多おおくが、もっとも「まし」であったボリシェヴィキに次第しだいに傾かたむいていったのも無理むりはない。だが、中産ちゅうさん階級かいきゅうを敵視てきしするボリシェヴィキを危険きけん視ししたユダヤ人じんも少すくなからずおり、彼かれらのなかには、ポグロムにもかかわらず白しろ軍ぐんを支援しえんする者ものがいた。彼かれらはロシアの国家こっか的てき秩序ちつじょが回復かいふくすれば、ポグロムのような粗野そやな行為こういは制止せいしされると見みていた。

だが、思想しそう的てきには赤軍せきぐんよりも白しろ軍ぐんに近ちかい者ものも多おおかったシオニストのあいだで、ユダヤ人じんに対たいする暴力ぼうりょくをより深刻しんこくに捉とらえる者ものは確実かくじつに増ふえていた。それは自衛じえい組織そしきの拡大かくだいという実際じっさい的てきな側面そくめんにとどまらず、ロシアに対たいする不信ふしん感かんとしても表出ひょうしゅつした。ロシアにおいて、他者たしゃとの具体ぐたい的てきな関係かんけい性せいのなかで自己じこの存在そんざい意義いぎを見出みいだしていたユダヤ人じんは、ここに至いたって、他者たしゃとのつながりを捨すて、孤立こりつ化かの道みちを歩あゆむことになったのである。

こうした他者たしゃに対たいする姿勢しせいの変化へんかこそが、シオニストが軍事ぐんじに身みを包つつむための前提ぜんてい条件じょうけんだったのではないかと筆者ひっしゃは見みている。軍事ぐんじとは、究極きゅうきょく的てきには敵てきと味方みかたを明確めいかくに分わけ、その「間あいだ」を決けっして許ゆるさない論理ろんりを前提ぜんていとする。そのため、他者たしゃとのつながりの断絶だんぜつは、軍事ぐんじ化かへの障害しょうがいがなくなったことを意味いみする。そしてこうした傾向けいこうは、ロシア帝国ていこく亡なき後あとのポーランドにおいて増幅ぞうふくしていく。

シオニスト運動うんどうはソ連それんで次第しだいに禁止きんしされるようになり、そのディアスポラでの主戦しゅせん場じょうは新生しんせいポーランドに移うつっていった。当時とうじのポーランドの人口じんこうの3割わり強きょうが、ウクライナ人じんやユダヤ人じん、ベラルーシ人じん、ドイツ人じんなどの非ひポーランド人じんだった。シオニストを含ふくむユダヤ人じんは多た民族みんぞく共生きょうせいに期待きたいを寄よせ、まだディアスポラの地ちを諦あきらめてはいなかった。だが多た民族みんぞく的てきな枠組わくぐみを維持いじしようとしていた独裁どくさい者しゃピウスツキが1935年ねんに死去しきょすると、ポーランド民族みんぞく中心ちゅうしん的てきなポーランド・ナショナリズムがいよいよ本格ほんかく的てきに吹ふき荒あれるようになっていった。

こうしたなかユダヤ人じんは、ポーランド人じん中産ちゅうさん階級かいきゅうの競争きょうそう相手あいてとして、二に級きゅう市民しみんの扱あつかいに甘あまんじていく。他者たしゃと手てを携たずさえて作つくり出だしていく普遍ふへん的てきな将来しょうらい像ぞうが想起そうきされる余地よちはなくなっていた。

ロシア帝国ていこくからパレスチナに向むかっていった社会しゃかい主義しゅぎ志向しこうの強つよいシオニストも、1920年ねんにハガナーと呼よばれるイスラエル国防こくぼう軍ぐんの前身ぜんしんをパレスチナで組織そしきすることになったが、より過激かげきな軍事ぐんじ組織そしきをつくっていったのは、戦せん間あいだ期きポーランドを中心ちゅうしんに興隆こうりゅうした「ベタル」と呼よばれる軍国ぐんこく主義しゅぎ的てきな青年せいねん運動うんどうである。

のちにイスラエル首相しゅしょうとなったメナヘム・ベギンも、ポーランドのベタル出身しゅっしんであり、イスラエル建国けんこく直前ちょくぜんに、パレスチナを統治とうちしていたイギリスに対たいするテロ活動かつどうに身みを投とうじていた人物じんぶつである。そのベギンは自伝じでんのなかで次つぎのような言葉ことばを残のこしている。

 

「世界せかいは屠殺とさつされる者ものに同情どうじょうしない。世界せかいが尊敬そんけいするのは、戦たたかう者ものだけである。諸しょ国民こくみんは、この厳きびしい現実げんじつを知しっていた。知しらなかったのはユダヤ人じんだけである。われわれは甘うまかった。敵てきがわれわれを意いのままに罠わなにかけて殺戮さつりくできたのは、そのためである。」（メナヘム・ベギン『反乱はんらん―反はん英えいレレジスタンスの記録きろく』（ミルトス、1989年ねん上巻じょうかん、72頁ぺーじ）

自衛じえいのために武器ぶきを取とることを避さけてきた平和へいわ主義しゅぎのユダヤ人じんは、一夜いちやにして過激かげき派はになったわけではない。19世紀せいき終盤しゅうばんに始はじまるロシア東欧とうおうでの経験けいけんが、一部いちぶであれ、ユダヤ人じんをして孤立こりつ化かの道みちを歩あゆませ、軍事ぐんじへの信仰しんこうを揺ゆるぎないものにしていったのである。

シオニズムが様々さまざまな局面きょくめんを持もった思想しそうであり運動うんどうであることはいうまでもない。以上いじょうはその一いち面めんにすぎない。しかし、シオニズムが強靭きょうじんで孤高ここうなユダヤ民族みんぞくを前提ぜんていとし、実際じっさいにそのことをパレスチナにおいて誇示こじしてきた事実じじつは、ロシア東欧とうおうでのユダヤ人じんの経験けいけんが、シオニズムの不可欠ふかけつな局面きょくめんであったことを示唆しさしているのだ。