政治せいじ学者がくしゃ・岡田おかだ陽介ようすけさん寄稿きこう

　去さる2024年ねん4月がつ28日にち、衆議院しゅうぎいん補欠ほけつ選挙せんきょが島根しまね1区く、長崎ながさき3区く、東京とうきょう15区くで行おこなわれた。当初とうしょは昨年来さくねんらいの裏金うらがね問題もんだいに揺ゆれる自民党じみんとうや岸田きしだ文雄ふみお内閣ないかくの評価ひょうかが示しめされ、いずれ訪おとずれる衆議院しゅうぎいん選挙せんきょの行方ゆくえを占うらなう選挙せんきょと位置いちづけられていたが、島根しまね、長崎ながさきの選挙せんきょはともかく、東京とうきょうについては「選挙せんきょ妨害ぼうがい」という別べつの、しかも耳目じもくを集あつめる議論ぎろんを喚起かんきすることになった。

　きっかけは東京とうきょう15区くで立候補りっこうほした「つばさの党とう」陣営じんえいのメンバーが、複数ふくすうの他た陣営じんえいの街頭がいとう演説えんぜつに押おし寄よせ、「演説えんぜつが聞きこえなくなるほどの大だい音量おんりょうで質問しつもんを浴あびせ続つづけたり、太鼓たいこをたたいたり」「選挙せんきょカーで他たの陣営じんえいの選挙せんきょカーを追おい回まわす」「その様子ようすを動画どうがでインターネット上じょうに配信はいしんする」などの行為こういを続つづけたことである。陣営じんえいの代表だいひょう者しゃらは後日ごじつ、公職こうしょく選挙せんきょ法ほう違反いはん（自由じゆう妨害ぼうがい）の疑うたがいで逮捕たいほ・送検そうけんされた。

グレーゾーンだらけの複雑ふくざつな法律ほうりつ

　筆者ひっしゃは二に十じゅう数すう年ねん前まえ、国政こくせい選挙せんきょの新人しんじん候補者こうほしゃの秘書ひしょを経験けいけんした。まずは「絶対ぜったいに選挙せんきょ違反いはんを出ださない」とたたき込こまれ、選挙せんきょ運動うんどうにかかわる公選法こうせんほうを隅々すみずみまで確認かくにんすることが最初さいしょの仕事しごとであった。グレーゾーンだらけ、かつ複雑ふくざつな公選法こうせんほうに頭あたまを抱かかえながら、候補者こうほしゃとともに選挙せんきょ運動うんどうの場ばに飛とび込こんだが、幸さいわいにも取とり締しまりの対象たいしょうになることはなかった。

　その後ご、投票とうひょう参加さんかを研究けんきゅうして博士はかせ論文ろんぶんに仕立したてて、研究けんきゅう職しょくに就ついた。現在げんざいは、政治せいじ家かの「声こえ」の性質せいしつによる印象いんしょう形成けいせいや公選法こうせんほうなどについて、政治せいじ心理しんり学がく、政治せいじコミュニケーションといった視点してんから研究けんきゅうを続つづけている。

　政治せいじ家かの「声こえ」は、政治せいじ家かと有権者ゆうけんしゃとの直接的ちょくせつてきなコミュニケーションを媒介ばいかいするツールだ。政治せいじ家かは演説えんぜつなど「声こえ」を通とおして、有権者ゆうけんしゃに政策せいさくや主張しゅちょうを伝達でんたつするが、東京とうきょう15区くでの一連いちれんの行為こういは、政治せいじ家かの「声こえ」を「声こえ」でかき消けすものであり、それが公選法こうせんほうの違反いはんに当あたるかが問とわれている点てんで、「声こえの研究けんきゅう者しゃ」としては大変たいへん興味深きょうみぶかい。

　読者どくしゃの多おおくにはなじみが薄うすいかもしれないが、公選法こうせんほうは政治せいじ家かや候補者こうほしゃだけでなく有権者ゆうけんしゃをも縛しばる法律ほうりつである。法律ほうりつという形かたちで定さだめられる「ゲームのルール」が、実じつはプレーヤーである政治せいじ家か、候補者こうほしゃ、有権者ゆうけんしゃの振ふる舞まいを大おおきく左右さゆうする。実際じっさいに選挙せんきょに触ふれた経験けいけんを通つうじてこの法律ほうりつの重要じゅうよう性せいを痛感つうかんしたことが、研究けんきゅう対象たいしょうのひとつに選えらんだ最大さいだいの理由りゆうである。

　今年ことしは、世界せかい的てきに数すう多おおくの選挙せんきょが実施じっしされる「選挙せんきょイヤー」だ。選挙せんきょに触ふれたり、見聞みききしたりする機会きかいが多おおくなるからこそ、公選法こうせんほうやその違反いはんについて改あらためて考かんがえてみるよい機会きかいだと考かんがえる。

選挙せんきょ違反いはんは減少げんしょう傾向けいこうにあるが…

　統計とうけいを見みると、公選法こうせんほう違反いはん（選挙せんきょ違反いはん）の件数けんすう自体じたいは近年きんねん、大幅おおはばな減少げんしょう傾向けいこうにある。戦後せんごの1950・60年代ねんだいには著いちじるしく上昇じょうしょうしたが、それ以降いこうは次第しだいに減少げんしょう、現在げんざいでは極きわめて低ひくい値ねで推移すいいしている。『警察けいさつ白書はくしょ』によれば、2021年ねんの衆院しゅういん選せんでは検挙けんきょ件数けんすうが91件けん、検挙けんきょ人員じんいんは109人にん、2022年ねんの参院さんいん選せんでは検挙けんきょ件数けんすうが53件けん、検挙けんきょ人員じんいんは59人にんであった。

　選挙せんきょ違反いはんには、買収ばいしゅう、文書ぶんしょ図画ずがにまつわる形式けいしき犯はん、選挙せんきょの自由じゆう妨害ぼうがいなどがある。票ひょうをカネで“買かう”買収ばいしゅうは、かつては各地かくちで見みられ、「差さし入いれのおにぎりの中なかに現金げんきんが入はいっている」「封筒ふうとうに入はいった現金げんきんが自宅じたく郵便受ゆうびんうけに投なげ込こまれる」など巧妙こうみょうな（下劣げれつな？）ものもあった。

　また、文書ぶんしょ図画ずがなどの形式けいしき犯はんは、ポスターやビラの大おおきさや枚数まいすうについての細こまかな規制きせい、使用しよう可能かのうな種類しゅるいなどを巡めぐる違反いはんである。たとえば、ネオンサインは禁止きんしされているが、提灯ちょうちん（ちょうちん）は使つかうことができる。

　東京とうきょう15区くで問題もんだいになった選挙せんきょの自由じゆう妨害ぼうがいは近年きんねん、選挙せんきょ違反いはんに占しめる割合わりあいが増加ぞうかしている。これは、選挙せんきょ違反いはんの総数そうすう自体じたいの減少げんしょうに加くわえ、選挙せんきょ違反いはんの大半たいはんを占しめていた買収ばいしゅうの件数けんすうが減少げんしょうしていることも影響えいきょうしている。

　一般いっぱんに、選挙せんきょの自由じゆう妨害ぼうがいは、選挙せんきょを巡めぐって暴行ぼうこうや威力いりょくを加くわえたり、交通こうつうや集会しゅうかいを妨さまたげたり、演説えんぜつを妨害ぼうがいしたり、ポスターなどの文書ぶんしょ図画ずがを毀棄きき（きき）したりすることなどが対象たいしょうだ。暴力ぼうりょくなどによる自由じゆう妨害ぼうがいはこのところ激減げきげんしており、候補者こうほしゃ以外いがいによる演説えんぜつの妨害ぼうがい、ポスターを破やぶいたりするなどが中心ちゅうしんになっていた。

　そんななか、東京とうきょう15区くでは今回こんかい、「候補者こうほしゃ自身じしん」による他たの陣営じんえいへの妨害ぼうがいという荒あらっぽい事態じたいが出現しゅつげんした。背景はいけいに何なにがあるのか？

　1950年ねん4月がつに成立せいりつした公おおやけ…