2022.11.01
(最終更新:2022.11.01)
「関係性のリデザイン」で新しい市場が生まれる 藤田康人のウェルビーイング解体新書【7】
インテグレート代表取締役CEO/藤田康人
藤田康人(ふじた・やすと)
株式会社インテグレート代表取締役CEO。1964年東京都生まれ。慶応義塾大学文学部を卒業後、味の素に入社。ザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)の設立に参画してキシリトール・ブームを仕掛け、製品市場をゼロから2000億円規模へと成長させた。2007年5月、IMC(統合型マーケティング)プランニングを実践するマーケティングエージェンシー「インテグレート」を設立。著書に『THE REAL MARKETING―売れ続ける仕組みの本質』(いずれも宣伝会議)、『ウェルビーイングビジネスの教科書』(アスコム)など。
前回のコラムでは、米国でウェルビーイングビジネスが急成長していること、その理由の一つに日本とは異なる健康保険制度があることをお伝えしました。
民間医療保険の掛け金が年々増加の一途をたどっている米国では、その増加分の多くを負担している企業が、従業員の心身の健康を保つためにウェルビーイング・ソリューションに注目。その動きがウェルビーイングビジネスの急成長を支えています。
では、このような「企業がリードする市場環境」がない日本では、ウェルビーイングの市場をどのようにして創造していけばいいのでしょうか?
視点を変え、新しい価値を見いだす
私は、日本のビジネス領域においてブレークスルーとなるのは、企業と顧客の関係性の再定義だと考えています。製品やサービスに新しい価値を生み出すアプローチで、私はこれを「関係性のリデザイン」と呼んでいます。
顧客との関係性をリデザインすることで、さまざまな業種・業態の企業がウェルビーイングビジネスに参入することが可能になります。
それは、具体的にどういうことなのでしょうか。
「関係性のリデザイン」は、まったく新しい商品やサービスをつくり出すものではありません。かわりに、既存の商品やサービスを視点を変えて捉えることで、新しい価値を見いだすのです。新しい価値が生まれるということは、新しい市場が開拓され、今まで客ではなかった層にリーチできる可能性が広がります。
ここからは私の実際の経験をもとに、関係性をリデザインするとはどういうことなのか、実例で説明したいと思います。
注目したいのは、身近なお菓子として根強い人気を誇るガムです。私が子どものころは、お菓子の中でも特にいいイメージはない、そういう商品だったと記憶しています。
ところがその後、虫歯予防効果のある「キシリトールガム」が登場。ガムに対する多くの人の認識は、「体にいいもの」に180度変わったのではないでしょうか。
キシリトールが日本で食品添加物として認可されたのは、1997年(平成9年)のことでした。当時、私は原材料メーカーのマーケターとして、キシリトールの日本への導入に関わりました。
キシリトール入りのガムといえば、今ではすっかり虫歯予防効果のある商品として認知されていますが、この認識を世の中に広めるために大きく貢献したのは、実は歯科医師でした。
「キシリトールを日本に広めるため、歯科医師の力を借りようと思う」という話をすると、当時はほとんどの人に「そんなことが出来るはずがない」と笑われました。
よく考えたら、みなが笑うのも当然でした。もし虫歯が減れば、いちばん困るのは歯科医師だからです。しかし、そのいちばん困る人たちが、キシリトールガムを積極的に売ってくれたのです。
なぜでしょうか? それは歯科医師のビジネスにおいて、患者との関係性をリデザインしたからです。それによって、歯科医師がキシリトールガムを売るメリットが生まれたからなのです。
歯科医師が虫歯を予防するガムを売る
1997年当時、日本には約6万5000軒の歯科医院がありましたが、すでに飽和状態でした。少子化傾向が明らかになったこともあって、歯科医師はみな、危機感を募らせていました。
当時、日本の歯科医師のビジネスモデルはほとんどが治療型。つまり、虫歯や歯周病などを治療することでビジネスが成り立っていました。少子化で虫歯になる人が減ると、当然ながら収入は減ることになります。
そこで私たちが提案したのが、虫歯が減っても困らないビジネスモデル。具体的には治療型から予防型への転換です。その当時、フィンランドや米国ではすでに予防型のビジネスモデルが成功していました。フィンランドや米国の人たちは、歯科医院へ虫歯の治療に行くのではなく、定期検診により虫歯にならないために通っていたのです。
日本の虫歯の有病率は人口の約1割といわれていて、1人の客が治療に訪れるのは平均すると3~5年に1回です。しかし、予防歯科が普及すると、客が定期検診のために短い頻度で来院するようになります。
そうなると、1回あたりの利益は低くても経営が成り立つようになります。また、ホームドクター(かかりつけ医)としての関係がつくれると、客本人だけでなく、家族、友人へと広がる可能性もあります。
ただし、予防型に転換するには課題がありました。
それは、予防には保険が適用されないことです。保険診療に慣れている日本人は、保険が適用されないとなると、とたんに財布のひもが固くなります。要するに、客に予防のためのお金を払ってもらうには、虫歯が減るという裏付けと目に見える結果が必要だったのです。
ここで、キシリトールガムの登場です。
虫歯になるリスクは、その原因となる虫歯菌を減らすことで格段に抑えられます。キシリトールは当時、虫歯菌を減らすことが世界中の臨床研究で証明されている世界で唯一の成分でした。
ただ、いくら言葉で「キシリトールガムをかむと虫歯になりませんよ」と言ったところで、本当に虫歯菌が少なくなっていることを確認したり実感したりできなければ、誰も信じません。
そこで私たちは、虫歯菌の数を計測できる機器をフィンランドから輸入し、歯科医院で測定できるようにしました。キシリトールガムの効果を、患者が直接確認できるようにしたのです。
歯科医師は、虫歯の治療に来た患者の虫歯菌の数量を測定し、虫歯菌を減らす方法としてキシリトールガムを推奨する。その際に「1カ月後にもう一度、虫歯菌を調べてみましょうか」と付け加えました。
1カ月後、再び虫歯菌の数を測定することでその効果を確認できた患者は、またキシリトールガムを購入し、数カ月後にも再び歯科医院を訪れて虫歯菌の数を測定するようになります。
歯科医師がキシリトールガムを売ることで、平均3~5年に1回程度の来院だった患者が、短い間隔で歯の定期健診に来院するようになるなど、歯科医院への来院頻度が驚くほど増えることになりました。それをきっかけにして正しいブラッシングなどの指導を行うことで、口腔(こうくう)ケアの意識向上にもつながり、患者の満足度はさらに向上していきました。
定期的に歯科医院を訪れるようになると、かかりつけ医という感覚になるため、家族や友人など新しい患者を連れてくる確率が高くなります。さらに、治療ではなく検診なら歯科衛生士でも対応できるため、歯科医師以外のスタッフの収益向上にもつながりました。
虫歯を減らすと患者が増えて収益が上がる、という新しいビジネスモデルの誕生です。
収益を伸ばすためには、歯科医師として治療の腕を上げることももちろん大事です。しかしそれ以外にも、視点を変えて考えることによって、思いもしなかった場所に新しい価値や市場が生まれることがあるのです。
スペック競争からリデザインへ
今回のケースでは、歯科医師が提供するサービスの中身そのものは基本的に変化していません。にもかかわらず、キシリトールをきっかけにして患者との「関係性のリデザイン」を行ったことで、今まであまり足を運ばなかった人々が続々と歯科医院を訪れるようになりました。大きな変化が起きたのです。
歯科医院の場合、治療型から予防型に転換することで、「虫歯を治療してもらいに行く場所」に加えて、「虫歯にならないために行く場所」という新しい価値が生まれました。つまり、患者と歯科医院の関係性、接点が変わったということです。これが、リデザインするということなのです。
ウェルビーイングビジネスでも同じことが言えます。一人ひとりのウェルビーイングを実現するための手段として「関係性をリデザインする」という視点に立つと、あらゆる可能性が広がってくるはずです。
そもそもすべてのビジネスは、顧客に自社の商品やサービスを通じてウェルビーイングを提供していたはずです。それがいつの間にか顧客が見えなくなり、製品の機能やスペックを他社と競うことにとらわれた結果、多くのビジネスが停滞してしまったのではないでしょうか。
コロナ禍を経て顧客の求めるウェルビーイングも大きく変わっています。自社と顧客とをどんな関係性にリデザインしていくのか。そのことが今、あらためて求められているのです。
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