2024.06.19
(最終更新:2024.06.19)
経団連、選択的夫婦別姓の実現を政府に提言 「旧姓の通称使用、ビジネス上のリスクに」
編集部
経団連は6月10日、選択的夫婦別姓制度の早期実現を求める政府への提言を発表した。民間企業などでは、改姓によるキャリアの分断を避けるために結婚後も旧姓を通称として使用することが定着しているが、提言は、通称使用によるトラブルが「企業にとっても、ビジネス上のリスクとなり得る事象であり、企業経営の視点からも無視できない重大な課題」だと指摘。「不自由なく自らの姓を選択できる制度の実現」を求めた。(編集長・竹山栄太郎)
「DEIはイノベーションの源泉」
提言のタイトルは「選択肢のある社会の実現を目指して~女性活躍に対する制度の壁を乗り越える~」。「ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包摂性)(DEI)は、イノベーションの源泉であり、社会・経済のサステナブルな成長に欠かせない要素だ」としたうえで、夫婦同姓を義務づけた民法750条の規定は、「DEIの本質に照らし、時代とともに変化し多様化していく価値観や考え方、社会実態に合わせて、一人ひとりの『選択肢』を増やす観点からも見直しが必要である」と指摘。「希望すれば、不自由なく、自らの姓を自身で選択することができる制度」の早期実現を求めている。
提言は、現行制度で95%の夫婦が夫の姓を選び、妻が姓を改めていることについて、「アイデンティティの喪失や自己の存在を証することができないことによる日常生活・職業生活上の不便・不利益といった、改姓による負担が、女性に偏っているのが現実である」と指摘。
企業の現場でも、「社員の税や社会保険などの手続きに際し、戸籍上の姓との照合などの負担を強いられてきた」「結婚・離婚といったセンシティブな個人情報を、本人の意思と関係なく一定の範囲の社員が取り扱わねばならない」といった弊害が起きていると述べた。
そのうえで、政府に対して「夫・妻おのおのが、希望すれば、生まれ持った姓を戸籍上の姓として名乗り続けることができる制度の早期実現を求めたい」とし、改正法案の国会提出と、国会での建設的な議論を求めた。
経団連によると、十倉雅和会長は6月10日の定例会見で、選択的夫婦別姓について「家族のあり方も変わっており、速やかに議論をおこない、課題を洗い出して、スピーディーに対応いただきたい。今後、女性の活躍を願うのであれば、この問題は放置されるべきではない」と述べた。
「改姓で別人格とみなされる」
法務省によると、夫婦同姓が義務づけられているのは世界中で日本だけだとされる。
民間企業や行政などの職場では、改姓によるキャリアの分断を避けるため、旧姓を通称として使うことが一般的になっている。しかし、経団連の提言は、「旧姓併記を拡大するだけでは解決できない課題も多い」とし、「女性活躍が進めば進むほど通称使用による弊害が顕在化するようになった」としている。
経団連によると、トラブルになるのは「①契約・手続きなどをおこなう際の弊害」「②キャリアを積むうえでの弊害」「③海外に渡航する際の弊害」「④プライバシーの侵害」といったパターンがあり、具体的には以下のような事例を挙げている。
・多くの金融機関では、ビジネスネームで口座をつくることや、クレジットカードを作ることができない。(契約・手続きでの事例)
・国際機関で働く場合、公的な氏名での登録が求められるため、姓が変わると別人格としてみなされ、キャリアの分断や不利益が生じる。(キャリアに関する事例)
・社内ではビジネスネーム(通称)が浸透しているため、現地スタッフが通称でホテルを予約した。その結果、チェックイン時にパスポートの姓名と異なるという理由から、宿泊を断られた。(海外渡航の事例)
岸田首相「真摯に受け止める」とするが…
選択的夫婦別姓制度をめぐっては、1996年に法相の諮問機関である法制審議会が導入すべきだと答申。これを受けて、法務省が1996年と2010年に改正法案を準備したが、自民党内で反対が根強く、国会提出には至らなかった。
最高裁は2015年と2021年に、現行の夫婦同氏制度について合憲と判断した一方、「この種の制度の在り方は国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」だとも指摘した。
今回の提言を受けても、政府は消極姿勢のままだ。岸田文雄首相は6月17日の衆院決算行政監視委員会で、提言について「真摯(しんし)に受け止める必要がある。ご指摘は重く受け止める」とした一方、「議論の際には、ビジネス上のさまざまなリスクとあわせて、家族形態の変化や国民意識の動向、家族の一体感、子どもへの影響といったさまざまな視点が考慮される必要がある」とも述べた。
岸田首相は「国会において建設的な議論をしていくことが重要だ。社会全体における家族のあり方にも関わる問題であり、国民の間にさまざまな意見があることから、より幅広い国民の理解を得る必要がある」とするにとどめた。
竹山栄太郎
( たけやま ・えいたろう )
朝日新聞SDGs ACTION!編集長。2009年に朝日新聞社入社。京都、高知の両総局で勤務後、東京・名古屋の経済部で通信、自動車、小売りなどの企業を取材。2021年にSDGs ACTION!編集部に加わり、副編集長を経て2024年4月から現職。
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