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まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 - | ele-king
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まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地

まだ名前なまえのない、日本にっぽんのポスト・クラウド・ラップの現在地げんざいち

松島まつしま広人ひろと Apr 05,2024 UP

 はるた。なにかが一新いっしんされたようなこの感覚かんかく錯覚さっかくであることはわかりきっていても、やはりうれしいものはうれしい。さいわ花粉かふんしょうなやまされるのは(個人こじんてきには)まだまださきのことみたいだから、そとをフラフラしながらまち香気こうきひかりをのびのびとたのしんでいる。
 音楽おんがくむすびついている自分じぶん記憶きおくのなかのはるっぽさは、快晴かいせいかろやかさではなくむしろ曇天どんてんのようにまとわりつくだるさだ。どこかにげたいな……という気持きもちでかつてすがった音楽おんがくは、はるにはつかわしくない陰気いんきなものがどちらかといえばおおかったようながする。

 ちると肌寒はださむくなったり、自身じしん環境かんきょう一変いっぺんしたり、理想りそう現実げんじつのギャップに滅入めいったり。調子ちょうしくるいやすくなるこのぶし普段ふだんなら心地ここちよくかんじられるはずの陽気ようきをついうっとうしくかんじてしまうこともあるでしょう。そんな感情かんじょううつろいをケアするための、日本にっぽんのユースによる「ポスト・クラウド・ラップ」とでも形容けいようすべきダルくてうつくしいトラックをいくつかげてみようとおもいます。


tmjclub - #tmjclub vol.1

 2021ねん前後ぜんこうtrash angelsというコレクティヴがSoundCloudじょう瞬間しゅんかんてき誕生たんじょう、メンバーであるokudakun、lazydoll、AssToro、Amuxax、voぼく(vq)、siyuneetの6にんそれぞれがデジコア──ハイパーポップをトラップてき先鋭せんえいさせた、デジタル・ネイティヴ世代せだいのヒップホップ──を日本にっぽんみ、ラップもビートメイクもトータルてきかついつつ、独自どくじのものとしてローカライズさせていった。
 2021ねんというとつい先日せんじつのことのようにかんじられるが、かれらユースにとっては3ねんじゃくまえのことなんかはるかとおむかしはなしだろう。trash angelsは2022ねんごろには実質じっしつてき解散かいさんした。そして2024ねん年明としあけごろ、SNSじょうに @tmjclubarchive というアカウントが突如とつじょあらわれた。そこにはVlogふうのショート動画どうがやなんてことのないセルフィーが、いずれも劣化れっかしたデジタル・データのような質感しつかんでシェアされていた。
 そう、このtmjclubこそ当時とうじのtrash angelsにちかいメンバーがべつかたちさい集結しゅうけつしたあらたなミームてきコレクティヴなのだ。突然とつぜん公開こうかいされたミックステープ『#tmjclub vol.1』には上述じょうじゅつしたlazydoll、okudakun、AssToroにくわえ、日本にっぽんのヨン・リーンとでもいうべき才能さいのうaeoxve、ウェブ・アンダーグラウンドの深奥しんおうひそむHannibal Anger(=dp)やNumber Collecterといった、おなじSoundCloudという土地とちざしつつもけっして前述ぜんじゅつのデジコアてき表現ひょうげんてはまらない、よりダークでダウナーなラップを披露ひろうしていた面々めんめん合流ごうりゅう日本にっぽんにおけるクラウド・ラップの発展はってん進化しんか、そして今後こんご深化しんかかんじさせる記念きねんてき必聴ひっちょうばんとしてだい推薦すいせんしたい。ここには未来みらいがある。


vq - はだ

 SoundCloudではぐくまれるユースの才能さいのうには大人おとなばした瞬間しゅんかんえゆく不安定ふあんていさがあり、その反発はんぱつこそがすべてをアーカイヴできるはずのインターネットじょうにあるしゅなぞのこしている、とぼくかんがえている。情報じょうほう過多かた時代じだいのカウンターとして、だれもがミスフィケーションという演出えんしゅつ選択せんたくしている、ともいいかえられる。
 とくに、前述ぜんじゅつしたtrash angelsでもいくつかのトラックに参加さんかしていたvq(fka voぼく)はそのいろつよく、過去かこ発表はっぴょうしてきたすうまいのEPはいずれも配信はいしんプラットフォームから抹消まっしょうされており、現在げんざい視聴しちょう可能かのうなのはこの2きょくいれ最新さいしんシングル『はだ』のみである。
 がしかし、かれがミスフィケーションしようとしているのはあくまでも自身じしんのパーソナリティのみで、音楽おんがくそれ自体じたいたいする作為さくいてき演出えんしゅつはまるでない。むしろあまりにイノセントで、あまりにしの純真じゅんしんさをもって音楽おんがくっていて、そこにはヒップホップという文化ぶんかしたささえするキャラクターせい、つまりはスターであるための虚飾きょしょくてき要素ようそ解体かいたいし、ただただ透明とうめいでありつづけたいという切実せつじつおもいがめられているようにおもえる。
 あえて形容けいようするなら “グリッチ・アコースティック” とでもいうべき不定ふていがたなビートにせられる、まっすぐな言葉ことばによる心情しんじょう吐露とろ削除さくじょされた過去かこさくをここで紹介しょうかいできないことがくやしい。原液げんえきのような濃度のうどったこの表現ひょうげんしゃのことを、よりおおくのひとに、いたみをかかえたあらゆるひと見聞みききしてほしい。


qquq - lost

 以上いじょうのようにげた、trash angelsにはしはっする日本にっぽんのデジコア・シーンは猛烈もうれつなスピードでうごきつづけていて、はやくもかれ彼女かのじょたちに影響えいきょうけた次世代じせだい誕生たんじょうしはじめている。そのひとりが、qquqという日本にっぽんのどこかにひそわかきラッパーだ。
 おそらくはゼロ年代ねんだい以降いこうまれだろうと(電子でんしうみでの)いから推察すいさつできるものの、自身じしんのパーソナリティはほとんどおおやけにせずSoundCloudへダーク・ウェブ以降いこう質感しつかんまつわったトラックを粛々しゅくしゅく投稿とうこうする、という「いま」がありありとあらわれているスタイルもみでフレッシュな才能さいのうだ。クラウド・ラップやヴェイパーウェイヴが下地したじにありつつもデジコアの荒々あらあらしさがブレンドされる初期しょき衝動しょうどうてきなラフさもあれど、けっしてアイデアにあぐらをかかず、自分じぶんだけの表現ひょうげんろうともがいているようにもえる。かれ孵化ふかがいまはたのしみだ。


松永まつなが拓馬たくま - Epoch

 神奈川かながわけん相模原さがみはら拠点きょてんとするベッドルーム・ラッパー、松永まつなが拓馬たくま最新さいしんさく。2021ねんにはEP「SAGAMI」をリリースし、2022ねんには1stアルバム『ちがうなにか』を発表はっぴょうするとともにいまをばたくトランス・カルト〈みんなのきもち〉とリリース・レイヴを敢行かんこうするなどアクティヴに活動かつどうをしていたかれが、1ねんはんおよ沈黙ちんもくのなか、Miru Shinoda(yahyel)によるプロデュースのもとした力作りきさくだ。
 アナログ・シンセサイザーによってゼロから作成さくせいされたトラックには、昨今さっこん潤沢じゅんたくかつ利便りべんせいむDAW環境かんきょうではさがてることのできないクリティカルなおとつぶっており、そのすべてがユースのプロパーな表現ひょうげん手法しゅほうとは一線いっせんかくしている。リリックには男性だんせいせいだつ構築こうちくしたかのようなあたらしいスワッグさもただよ特異とくいなバランス感覚かんかくがあり、エレクトロニカ~IDMてき領域りょういきへと移行いこうしつつありながらも、やはりバックボーンにはクラウド・ラップ以降いこう繊細せんさいなヒップホップ・センスがよこたわっている。ドレイン・ギャングの面々めんめんやヨン・リーンなどを輩出はいしゅつしたストックホルムの〈YEAR0001〉が提示ていじする美学びがくたいする、日本にっぽんからの解答かいとうがようやくるのかもしれない。まだはじまったばかり、これからのはなしだけれど。



rowbai - naïve

 バイオグラフィをチェックしようとした我々われわれす、プロフィール写真しゃしんするど眼光がんこう。「過剰かじょうさ」が共通きょうつうこうである2020sのあらたな表現ひょうげんとはことなる、プレーンでエッジのいた、ソリッドなミニマリズムをかんじさせるSSW・rowbaiの2ねん2ヶ月かげつぶりとなるこの作品さくひんを、あえてクラウド・ラップというテーマになぞらえてげたい。
 前作ぜんさく『Dukkha』では「よわさの克服こくふく」をモチーフとしていた彼女かのじょ今回こんかいねがったのは「よわさの受容じゅよう」とのこと。朴訥ぼくとつとしたフロウからおくされるリリックには、りない、こえない、えない、まれない……そうしたアンコントローラブルな不能ふのうかん随所ずいしょまれつつも、うたいたい、だれ邪魔じゃまできない、ひかりたい、ここにいたっていい……そうした自身じしん鼓舞こぶしながらききてをエンパワメントする意志いしまじわり、くらくもあかるい、いたみにったケアとしての表現ひょうげん慈愛じあいかんじられる。トラックはエレクトロニックとアコースティックを折衷せっちゅうした有機ゆうきてきなデジタル・サウンドでヴァラエティにんでおり、まっすぐなポップ・センスで真正面ましょうめんから表現ひょうげんっている切実せつじつ印象いんしょう作品さくひん全体ぜんたいあたえている。それでありながら、歌唱かしょうることはなくあくまでもフロウとしてのうたがある。現代げんだいのポップスがラップ・ミュージックといかにつよむすびついているかをあらためてかんがえさせられてしまった。

松島まつしま広人ひろと