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維基大典

維基大典たいてん:卷首かんしゅ

たくちょ
許浚朝服像
もと浚朝ふくぞう

もとせいはじめごう龜岩かめいわ朝鮮ちょうせんかわひとちゅうむねさんじゅうねんなま一說いっせつさんじゅうよんねんせい

せんねんためやなぎのぞみはるところこもいれ內醫いんよんねんにんしたがえ四品內醫院僉正。ろくねんにんせいさんひん內醫いんせいはちねんあずか安光やすみつつばさにゅうじょうみゃくじゅうよんねん受命じゅめいかんこう《纂圖かたろんみゃく集成しゅうせい》,なみ題跋だいばつじゅうねん上體じょうたい平復へいふく,受賜鹿しかがわじゅうさんねん救療きゅうりょう王子おうじ受命じゅめいたまもの以爵秩,にんせいさんひんどおりせい大夫たいふ堂上どうじょうかんりょうつかさ王子おうじゆうやましようやく治療ちりょう官職かんしょくぶん事故じこれんけいやめあらためかえおさむうえまこと

じゅうねんやまとへい入寇にゅうこう扈從こしょうせん始終しじゅう不離ふりじゅうはちねんうえ別殿べつでん便びんぼう,受針やいとじゅうきゅうねん東宮とうぐうにんせいひん正憲まさのり大夫たいふつかさ諫院ふく以東いとうみやゆうやましやくぞく職分しょくぶん事故じこけい改正かいせいうえしたがえ

さんじゅうねんあずかつつみ調ちょうきむおうみなみひとしにゅうさむらいさんじゅうさんねんにん內醫いんくび翌年よくねんちょなりことわざかい胎產しゅうよう》《ことわざかい救急きゅうきゅうかた》《ことわざかい痘瘡とうそうしゅうよう》。さんじゅうななねん六月ろくがつさつろく三等忠勤貞亮扈聖功臣。じゅうがつうえ曰︰「浚博どおりもろしょろう於用やく」。かんいたりしたがえいちひんたかし祿ろく大夫たいふふう陽平ようへいくん
せいてん
文字もじ,以紋ごと也。ぶた人文じんぶんはじめきょう社稷しゃしょくはつだて物事ものごととげおもえごとほうある以圖ある結繩けつじょうおわりゆうけん定紋じょうもんかざり以繫かくこと,乃有文字もじまたゆう以圖成文せいぶんしゃ,以羊がたゆびひつじ,以牛がたゆびうしにちりゃく其形,また成文せいぶん
新知しんち
  • ぼくあずかひとせき泰山たいざん而論守道もち
  • からしうしよんがつなにみんしおきょうよこしま
  • 國際こくさい」而うまかつおもえ嘗入しゃなに也?
  • いむてい乃有此兒!」孰為此兒
  • はつしたがえ曹操そうそうしたがえりょぬの曹操そうそうよくそん而不おわり其戮しゃ也?(
鑒賞


すすむおう珣伯どおじょう
世事せじ
こんおつねんがつはつななごう西曆せいれきねんさんがつろくにちしんこれ

 


かたり