李り裪(韓かん文あや:이도;1397年ねん5月7號ごう—1450年ねん4月がつ8號ごう),字じ元正がんしょう(원정),史し稱しょう朝鮮ちょうせん世よ宗むね(조선 세종),韓國かんこく人じん通稱つうしょう世よ宗むね大王だいおう(세종대왕),係かかり大だい朝鮮ちょうせん國こく第だい四よん代だい國王こくおう(1418年ねん-1450年ねん在位ざいい)。
佢係諺文おんもん創造そうぞう、發表はっぴょう者しゃ。1443年ねん12月創造そうぞう韓かん文ぶん28字じ,1446年ねん9月發表はっぴょう,初はつ時じ叫さけべ訓くん民みん正せい音おと,後ご改稱かいしょう韓かん文ぶん。之これ前ぜん嘅韓國かんこく人じん係かかり借用しゃくよう漢字かんじ。
而家韓國かんこく一いち萬まん元げん(만원)銀紙ぎんがみ印しるし咗佢個こ樣さま。