夷えびす陵りょう郡ぐん,中国ちゅうごく隋ずい朝あさ时设置おけ的てき郡ぐん。
大だい业三さん年ねん(607年ねん)改あらため峡かい州しゅう置おけ,治ち所しょ在ざい夷えびす陵りょう县(今いま湖北こほく省しょう宜むべ昌あきら市し西北せいほく)。辖境相しょう当今とうぎん湖北こほく省しょう宜むべ昌あきら、宜むべ都と、远安等とう市し县地。唐から朝あさ初年しょねん改名かいめい峡かい州しゅう。天宝てんぽう初はつ复名夷えびす陵りょう郡ぐん。下した辖夷えびす陵りょう县(今いま湖北こほく省しょう宜むべ昌あきら市し西陵せいりょう区く鼓こ楼ろう街道かいどう)、远安县、宜むべ都と县、长阳县、巴ともえ山さん县(今いま湖北こほく省しょう长阳县鸭子口こう乡巴ともえ山村さんそん,749年ねん废除)。乾いぬい元はじめ元年がんねん(758年ねん)复改峡かい州しゅう。