黠鼠賦ふ

黠鼠賦ふ
作者さくしゃ：蘇そ軾　北きた宋そう

本ほん作品さくひん收錄しゅうろく於《東ひがし坡全集しゅう》

蘇そ子こ夜よる坐すわ，有ゆう鼠ねずみ方かた齧かじ，拊床而止之の，既すんで止とめ復ふく作さく。使つかい童子どうじ燭しょく之の，有ゆう橐中空なかぞら。嘐嘐聱聱，聲こえ在ざい橐中。曰：「嘻！此鼠之の見み閉而不ふ得え去ざ者しゃ也。」發はつ而視之の，寂さび無む所有しょゆう，舉燭而索，中有ちゅうう死し鼠ねずみ。童子どうじ驚おどろき曰：「是ぜ方かた齧かじ也，而遽死し耶？向こう為ため何なん聲こえ，豈あに其鬼耶？」覆くつがえ而出之の，墮地乃走，雖有敏さとし者しゃ，莫措其手。蘇そ子こ嘆曰：「異い哉！是ぜ鼠ねずみ之の黠也。閉於橐中，橐堅而不可ふか穴あな也。故こ不ふ齧かじ而齧，以聲致人；不死ふし而死，以形求もとめ脫だつ也。吾われ聞有生せい，莫智於人。擾龍伐き蛟みずち，登のぼり龜ひさし狩かり麟，役やく萬物ばんぶつ而君之の，卒そつ見み使し於一鼠ねずみ；墮此蟲ちゅう之の計けい中なか，驚おどろき脫だつ兔うさぎ於處女おんな，烏がらす在ざい其為智也ともや。」坐すわ而假寢ね，私わたし念ねん其故。若わか有ゆう告つげ余あまり者しゃ曰：「汝なんじ惟おもんみ多た學がく而識之の，望もち道どう而未見みけん也。不ふ一いち於汝，而二に於物，故こ一鼠之齧而為之變也。人ひと能のう碎千金きん之の壁かべ，不能ふのう無む失しつ聲ごえ於破釜がま；能のう搏猛虎とら，不能ふのう無む變色へんしょく於蜂蠆：此不一いち之これ患也。言げん出で於汝，而忘之の耶？」余あまり俯而笑わらい，仰おおせ而覺。使つかい童子どうじ執筆しっぴつ，記き余あまり之の作さく。