(Translated by https://www.hiragana.jp/)
有馬斉・的場和子(通訳)「職場におけるいじめについて」
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通訳つうやく職場しょくばにおけるいじめについて

 有馬ありま ひとし的場まとば 和子かずこ 2009/03/19
立命館大学りつめいかんだいがくグローバルCOEプログラム「生存せいぞんがく創成そうせい拠点きょてん 20090319
安部あべ あきら有馬ありま ひとし 『ケアと感情かんじょう労働ろうどう――ことなるがく交流こうりゅうからかんがえる』
立命館大学りつめいかんだいがく生存せいぞんがく研究けんきゅうセンター,生存せいぞんがく研究けんきゅうセンター報告ほうこく8,248p. ISSN 1882-6539 pp.46-57



[*講演こうえんちゅう使つかわれたスライドは(# 番号ばんごう)というかたちで本文ほんぶんちゅうしめした。スライドの内容ないよう原文げんぶんわりにまとめて収録しゅうろくしてある]

 こんにちは。おいできて大変たいへんうれしいです。おまねくださってありがとうございます。立命館大学りつめいかんだいがくきたられてとてもしあわせです。わたし今日きょう研究けんきゅう報告ほうこくは、職場しょくばのいじめについてです。学校がっこうこる場合ばあいは、(日本語にほんごでは)「いじめ」とばれているそうですが、職場しょくばではどうなのでしょうか。今日きょうはいじめの影響えいきょうについておはなしします。いじめは、職場しょくば、とくに患者かんじゃをケアする職場しょくばにおいて、否定ひていてき感情かんじょうこします。
 最近さいきんまで、じつはいじめの問題もんだいはあまりかたられてきませんでした。これはタブーでした。すべてではないにしてもほとんどの組織そしきは、自分じぶんたちの組織そしきにはいじめの問題もんだいはないといってきました。しかし、近年きんねん、ラジオやテレビなどのマスメディアから注目ちゅうもくされるようになり、この現象げんしょうのもっとくわしい分析ぶんせきおこなわれるようになりました。職場しょくばおおくの人々ひとびとが、仕事しごとかけることにたいして非常ひじょう否定ひていてき感情かんじょうをもっていることがあきらかになってきました。スカンジナヴィア、とくにノルウェイやスウェーデンやデンマークといったスカンジナヴィアの国々くにぐに人々ひとびとが、今日きょうわたしたちがっているいじめについて、おおくの先駆せんくてき研究けんきゅうおこないました(#1)。
 現在げんざい職場しょくばのいじめにかんする文献ぶんけん非常ひじょうにたくさんあります。わたしたちは、いじめを定義ていぎするところからはじめなければなりません。これまでに非常ひじょうおおくの定義ていぎされています。個人こじんとしてのひとけられた否定ひていてき行為こういである、というてん強調きょうちょうしたものから、性差せいさ民族みんぞくでわけられた集団しゅうだん関連かんれんづけたものまであります。また、セクシュアル・ハラスメントや人種じんしゅハラスメントといった言葉ことばもちいるものもあります。
 しかし、すべての意味いみ包含ほうがんする定義ていぎとしては、「職場しょくばのいじめとは、個人こじん個人こじん所有しょゆうぶつまたは集団しゅうだん組織そしきにたいして、実際じっさい言葉ことばおどしたり・感情かんじょうめんでの脅威きょういあたえたり・身体しんたいてき攻撃こうげきあたえたりすること、あるいは、実際じっさいにはそうしていなくてもそのような脅威きょういとして相手あいてめられるようなことをすること」というものがあります。こうしてみると、個人こじん集団しゅうだん、そして組織そしき全体ぜんたいのレヴェルにおいてこっていることがかります。
 さて、パム・スミス教授きょうじゅは、ケアに従事じゅうじする組織そしきとしての英国えいこく国民こくみん保健ほけんサービス(National Health Service, NHS)についておはなしされました。スミス教授きょうじゅべていたとおり、毎年まいとし、イギリスのヘルスケア委員いいんかい(Healthcare Commission)が調査ちょうさをしており、国民こくみん保健ほけんサービスのスタッフが経験けいけんしているむしろ否定ひていてき経験けいけんについて最新さいしん統計とうけいられています。状況じょうきょうは、毎年まいとし結果けっかくらべてみると、くなってきていればよいのですが、実際じっさいには、この4年間ねんかんよこばいか、あるいはわるくなってきています。
 このスライド(#2)をてもらえればわかるのですが、スタッフにたいする最大さいだい脅威きょういじつは、かれらがケアしている相手あいて、つまり患者かんじゃ患者かんじゃ家族かぞくからているのです。NHSのスタッフの23%は、なんらかのかたち患者かんじゃからのいじめをけていると報告ほうこくしています。18%が、患者かんじゃ家族かぞくからいじめをけたと報告ほうこくしています。8%が上司じょうしからのいじめ、13%が同僚どうりょうのいじめで、これらは数字すうじすこちいさいですが、やはり深刻しんこくです。実際じっさい、ヘルスケア委員いいんかいは、毎年まいとし職場しょくば文化ぶんかえることの必要ひつようせいと、そのためのもっとしっかりした政策せいさくづくりを勧告かんこくしているのです。
 スカンジナヴィアの研究けんきゅうしゃのひとりであるスタール・アイナーソン(Stale Einarsen)は、いじめを、いちどにこることではなく、徐々じょじょ展開てんかいする過程かていとしてえがいています。すこしずつ展開てんかいするので、同時どうじに、すこしずつ許容きょようされていってしまいます。きっかけは、おおくの場合ばあい職場しょくばこるなんらかのるい葛藤かっとうにあります。たとえば、わたしたちのくにではクリスマスの休日きゅうじつ家族かぞくごしたいとおもっている人々ひとびと、あるいは外国がいこくじん看護かんごであれば元旦がんたん自分じぶんくにかえるとき値段ねだんやす航空こうくうけんえるよう余分よぶん休日きゅうじつしいのですが、そういうひとたちが、有給ゆうきゅう休暇きゅうかをいつるか、だれがいつ残業ざんぎょうするか、といったことをめぐっていいます。これは比較的ひかくてきちいさなことで、だから比較的ひかくてき容易ようい解決かいけつすることもできるのですが、あつかいをあやまると、──パム・スミスがリーダーについて、いリーダーシップについてはなしましたが──、だれかが不利ふり状態じょうたいたされたりします。たとえば、クリスマスのはたらかなければならない。やすめの航空こうくうけんることができない。かれらは自分じぶんたちが不利ふり立場たちばたされているとかんじます。人々ひとびとも、かれらのことを攻撃こうげきしやすい存在そんざいとして、したがって、いつはたらかせてもかまわない、ひとだれはたらきたくないときあいだたいでもはたらかせることができる、そんな存在そんざいとして、るようになります。時間じかんつにつれて、こうした人々ひとびとは、自尊心じそんしんすこしずつうばわれ、おびやかされ、こわがらせられ、ときには同僚どうりょうからばっせられたりもするのです(#3)。
 もうすこくわしくえば、これはアイナーソンがっていることで、わたし非常ひじょう正確せいかくだとおもうのですが、初期しょきのステージにおいては、いじめは見分みわけることが非常ひじょうむずかしいということです。あまりに些細ささいなことなので、たんわたし想像そうぞうにすぎないとか、わたしあたまなかこっているにすぎないとか、本当ほんとうにはなにこっていないなどとおもわれてしまいます。しかし、時間じかんつにつれて、行動こうどうがもっと直接的ちょくせつてきになります。とくわる場合ばあいには、標的ひょうてきにされたひと、つまり被害ひがいしゃは、同僚どうりょうからけられたり、孤立こりつしたり、おおやけはじをかかされたりします。葛藤かっとうつづくと、周囲しゅうい人々ひとびと自分じぶんほう損害そんがいかぶらずに攻撃こうげきすることができるようになり、もっと頻繁ひんぱん攻撃こうげきするようになります。標的ひょうてきにされたひとは、気持きもちをくじかれ、精神せいしんてき問題もんだいこしさえして、対抗たいこうできなくなり、仕事しごと能率のうりつがってきます。そこで、周囲しゅういひとから、仕事しごと仲間なかまとして期待きたいできないなどとわれるようになります。このようにして悪循環あくじゅんかんおちいってしまうのです(#4)。
 ひとつれいげましょう。これはパム・スミス先生せんせいと、わたしと、それからもうひとりの同僚どうりょうであるヘレン・アレン(Helen Allen)とのさんにんおこなった研究けんきゅうなのですが、そのなかで、アフリカやフィリピンやその外国がいこくからきた看護かんごが、このようなあつかいをしばしば経験けいけんしていました。はじめ、かれらはなにこっているのか正確せいかく理解りかいできなかったのですが、わたしはそのうちのひとりがったことに本当ほんとうしんうごかされました。彼女かのじょは、「あさ職場しょくばってもだれ自分じぶんにはおはようとこえをかけてくれない」といったのです。おはよう、とうのは簡単かんたんなことです。「だれからもおはようといわれない。だからわたしだれにもおはようといいません。まるで自分じぶんだれにもえないかのようです。」
 このスライド(#5)は、人々ひとびと職場しょくば経験けいけんするとされる、いじめの行動こうどうのさまざまなタイプを分類ぶんるいしたものです(編者へんしゃ註:ホウエルとレイナー[Hoel and Rayner]の分類ぶんるい。いじめが、職場しょくば地位ちいおびやかすこと、個人こじん攻撃こうげきくわえること、孤立こりつさせること、現実げんじつてき仕事しごとあたえること、価値かちげさせること、このましくない身体しんたいてき接触せっしょくをもつことのいつつのタイプに分類ぶんるいされる。うえ掲のスライドを参照さんしょうのこと)。もっとも一般いっぱんてきないじめのイメージは、身体しんたいてきないじめ、つまり、非常ひじょうきやすくて、攻撃こうげきてきで、ひとこわがらせるような行動こうどうかもしれませんが、ごらんのとおり、実際じっさいにはそういうものではまったくないことがわかります。なかには非常ひじょうとらえがたく、直接的ちょくせつてきで、陰険いんけんなため、ほとんどあたまなか想像そうぞうにすぎないとか、本当ほんとうにはこっていないことだ、などとかんがえられてしまうものもあります。しかし、本人ほんにん感情かんじょうてききずいます。しかも、どうしてそうなのかよくからないのです。
 この分類ぶんるい非常ひじょうやくつとおもいます。たとえば、いじめられているひとは、職場しょくば地位ちいおびやかされたり、おおやけはじをかかされたりします。一生懸命いっしょうけんめいはたらいていないと、周囲しゅういからわれたりします。自分じぶん存在そんざいちいさくされてしまい、自分じぶんでも自分じぶんのことをちいさな存在そんざいだとおもうようにさせられてしまう。たとえば外国がいこくじん看護かんごにたいして、「あなたは看護かんごとして仕事しごとはできないが、それよりも給与きゅうよひくく、階級かいきゅうなか地位ちいひくい、介護かいごじん(carer)としてならはたらける」などとじんがいたりします。あるいは、「あなたは医療いりょうたずさわることはできないが、介護かいごじんとしてくすりませる仕事しごとならできるだろう」などとわれたりします。このようにして自尊心じそんしんきずつけられるのです。
 分類ぶんるいつぎのタイプは、個人こじん攻撃こうげきです。ケアワーカーや、看護かんごなどのスタッフは、こわがらせるようなことをわれたり、名前なまえばれて侮辱ぶじょくされたりします。たとえば、患者かんじゃが「あの黒人こくじん看護かんご治療ちりょうけたくない」とったりします。
 つぎに、孤立こりつさきほどすでに、だれからも「おはよう」と挨拶あいさつしてもらえないひとれい紹介しょうかいしましたが、これは非常ひじょう残酷ざんこく仕打しうちです。社会しゃかいてき排斥はいせき、つまり、はなしかけないようにすることで、相手あいてに、自分じぶん人間にんげんではないかのようなかんじをたせるようにすることです。これはさらに、相手あいて会議かいぎるときに必要ひつよう知識ちしき情報じょうほうおしえてあげないようなことにもつながります。ここでも、ひと存在そんざいは、まるでだれにもえないかのようになってしまいます。情報じょうほうさえっていればできたはずの貢献こうけんを、することができないようにさせられてしまうのです。
 それから、現実げんじつてきりょう仕事しごとあたえられることもあります。これはまたべつのタイプのいじめの行動こうどうです。たとえば、ひとに、不可能ふかのう期日きじつあたえて、仕事しごとわず失敗しっぱいするように仕向しむけます。ひとはこうして仕事しごと効率こうりつわる人間にんげんだとみなされるようになります。また、ひと価値かちひくくすることや、ひと失敗しっぱいするように仕向しむけることも、これと関係かんけいがあります。たとえばひと無意味むいみ仕事しごとあたえたり、ひと仕事しごと価値かちなんらかの仕方しかたひくせたりします。たとえば、「あなたがなにっているかだれもあなたの言葉ことば理解りかいできない」とったりするのです。こうしたことも、ひとがいあたえます。本人ほんにん他人たにんをケアする自分じぶん能力のうりょく自信じしんてなくなります。
 最後さいごのひとつは、このましくない身体しんたいてき接触せっしょくせまることです。セクシュアル・ハラスメントはそのあきらかなれいですが、これは、セクシュアル・ハラスメントにかぎりません。たとえば、上司じょうしがあなたのかたいて圧力あつりょくをかけること。これはゆるされることではありません。「わたしはあなたよりもすぐれている。だからあなたはわたしのルールにしたがってはたらかなければならないのだ」といっているのとおなじことであり、このましいことではありません。
さて、職場しょくばでこうしたことを経験けいけんしている人々ひとびとには、ときに非常ひじょう深刻しんこく影響えいきょう可能かのうせいがあります(#6)。こうしたるいのいじめを頻繁ひんぱんけると、ひと病気びょうきになるかもしれません。もちろん、そうなれば事態じたいはますますわるくなります。かれらは病気びょうきで、いつもやすんでばかりいることになります。つまり、かれらは同僚どうりょうだとはみなされなくなり、仕事しごと効率こうりつわるく、たよりがいのない同僚どうりょうである、ということになります。ここにも悪循環あくじゅんかんがみられます。
 病気びょうき仕事しごとやすみまでしなくても、おそれや不安ふあん絶望ぜつぼうやショックなどの深刻しんこく感情かんじょうてき反応はんのうともなうことがあります。こうした感情かんじょうは、スミス教授きょうじゅ今日きょう報告ほうこくはなされたような、感情かんじょう労働ろうどうにつながるような感情かんじょうではありません。こうした状況じょうきょうにおいては、人々ひとびと非常ひじょう否定ひていてき感覚かんかくつようになります。職場しょくばこわがるようになったり、職場しょくばおびやかされるようにかんじたりします。こうした人々ひとびとにとって、職場しょくば居心地いごこち場所ばしょではありません。極端きょくたん場合ばあいには、こうしたひと症状しょうじょう心的しんてき外傷がいしょうストレス障害しょうがいちかい、という指摘してきもなされています。しんてき外傷がいしょうストレス障害しょうがいというのはごぞんじのように、ふつうはショックやトラウマのあとでこるものですが、これと感情かんじょうてき反応はんのう非常ひじょうているのです。もちろん、なが期間きかんわたってこうしたことを経験けいけんつづけると、くない影響えいきょうともないます。
 さてしかし、こうした否定ひていてき影響えいきょうは、逆説ぎゃくせつてきなことに、いじめの直接ちょくせつ標的ひょうてきにはなっていないひとふくめたほかおおくの同僚どうりょうにも同時どうじ影響えいきょうおよぶのです。また、直接ちょくせつ標的ひょうてきであるスタッフがここまでにべたようなことを経験けいけんしている場合ばあい患者かんじゃたいする影響えいきょうも、けっしていものではありません。さらに、こうしたことがこっていることをているだけの周囲しゅうい人々ひとびとにもおなじような恐怖きょうふしんこってきます。スタッフが経験けいけんする否定ひていてき感情かんじょうは、患者かんじゃたいするケアのしつにも影響えいきょうあたえるのです。スタッフは、自分じぶんたち自身じしんのことばかりがあたまにあると、患者かんじゃ注意ちゅういけられなくなり、患者かんじゃ感情かんじょうてき奉仕ほうしすることができなくなるため、結果けっかとして、患者かんじゃ自分じぶん放置ほうちされているようにかんじたり、ひととしてではなくものとしてあつかわれているようにかんじたりするようになります。患者かんじゃ気持きもちもこのようにして影響えいきょうけるのです(#7)。
 なん介入かいにゅうもなくはなっておかれると、ふつうはこうしたことがこります。いじめられているひとけようとする同僚どうりょうなかにはてきますが、おおくのひとは、いろいろな理由りゆうがあって、けようとはしません。自分じぶんつぎ被害ひがいしゃになるのをおそれているのかもしれないし、あるいはただ、らないりをしたり被害ひがいしゃ攻撃こうげきしたりする大勢おおぜいしたがっているだけなのかもしれません。同僚どうりょうからそんなふうにあつかわれている被害ひがいしゃのためにがって擁護ようごしようとすれば、大変たいへん勇気ゆうきります。組合くみあいなか人々ひとびとけようとすることもありますが、しかし、おおくのひとすすんで組合くみあい加担かたんしようとしません。というのも、いじめの行動こうどうは、あまりにも目立めだたなくて、直接的ちょくせつてきであり、実際じっさいなにこっているのかを正確せいかく指摘してきすることはむずかしいからです。そこで、すでにべたように、いじめられているひとは、すこしずつ、仕事しごと効率こうりつわるくなり、周囲しゅういから個人こじんてき問題もんだいのあるひととして理解りかいされるようになります。周囲しゅういから批難ひなんされ、また「自分じぶんはこの仕事しごといていないんだ」と、自分じぶんのことを自分じぶんでも批難ひなんするようになるかもしれません。組織そしきなかほか人々ひとびとは、ほとんどだれも、こうした人々ひとびとから感情かんじょうのダメージを理解りかいしようとしません。そこで、実際じっさいのところ、現実げんじつにはおおくのひと職場しょくばることになります(#8)。
 シャーロット・レイナー(Charlotte Rayner)の見積みつもりによれば、これは人事じんじをとおしてめた人々ひとびとにインタビューした結果けっかからの見積みつもりですが、いじめが原因げんいん職場しょくばったひとは、4ぶんの1、つまり25%にものぼることがあるそうです。これは人的じんてき資源しげんとおかねおおきな無駄むだです。
 そこでなにわたしたちにできることはあるでしょうか。幸運こううんなことに、あります。重要じゅうようなことは、これはよく組合くみあい個人こじんすすめることでもあるのですが、実際じっさいこっていることをめ、情報じょうほうとしてあつめておくことです。日記にっきしるしたり、出来事できごとこったままに記録きろくのこしたりすることです。ひとひとつのものはたいしたものではないようにおもわれるかもしれませんが、時間じかんてそれがかさなってくると、これがいじめとしてあらわれてきます。どうしてそれがこっているのか、原因げんいんについての情報じょうほうること、そして、とくにその職場しょくばにおいてどのような影響えいきょうているのか、また、問題もんだい解決かいけつするためにりうる行動こうどう介入かいにゅうのありかたについて情報じょうほうあつめること。できることは非常ひじょうにたくさんあるのです(#9)。
 はじめに、いじめられた人々ひとびと正式せいしきもうてをする場合ばあいかんがえましょう。これもひとつの対処たいしょ仕方しかたです。かれらは上司じょうしとまず面会めんかいし、組合くみあい自分じぶんたちのいいぶん代表だいひょうしてもらうことができるようになります。わたしたちはこれを「仲裁ちゅうさい(arbitration)」とんでいます(#10)。そのあとのプロセスは非常ひじょう形式けいしきてきなものです。この方法ほうほう問題もんだいてんは、組織そしきやとわれている仲裁ちゅうさいしゃが、このプロセスを支配しはいしてしまうこと、また、仲裁ちゅうさいしゃ組織そしきたいして義務ぎむっていることにあります。仲裁ちゅうさいしゃは、ばちあたえたりひと批難ひなんしたりすることができるようになっています。結果けっかとして、たいていの場合ばあい問題もんだいけの問題もんだいになってしまいます。しかしこれはいことではありません。つまり、一方いっぽうちます。それは雇用こようしゃがわかもしれません。すると雇用こようしゃ職場しょくばのこることになりますが、その雇用こようしゃは、周囲しゅういからはトラブルをこしがちなひととしてられることになります。あるいは、雇用こようしゃけるかもしれません。するとかれらは組織そしきから排除はいじょされてしまいます。いくらかおかねわたされるかなにかして、くようにわれます。どちらにしても、これは非常ひじょう気持きもちのわるいものです。たいていの場合ばあい結果けっかはあまりくありません。
 かんがえてみてください。かりにあなたがって、職場しょくばもどることがゆるされたとしても、もうてがそもそもこった原因げんいんはあなたにあるのだから、やはり上司じょうしはあなたのことをきらったままでいることでしょう。つまり、形式けいしきてきにはあなたはったのですが、実際じっさいには、おそらく、ほんのすこしのあいだだけ職場しょくばのこったあと、そこでしあわせなままいることはできなくなるので、どちらにしても職場しょくばることになるかもしれないのです。
 わたしは、これよりもっと効果こうかてきべつ方法ほうほう提案ていあんしたいとおもいます(#11)。「労働ろうどう調停ちょうてい(conciliation)」は、もっとはや段階だんかいにおける介入かいにゅうのことです。まるで裁判所さいばんしょ全員ぜんいんがいるようなかんじになる「仲裁ちゅうさい」をったりせず、もっと中立ちゅうりつてき立場たちばから両者りょうしゃみちびくことができるよう訓練くんれんけた仲介ちゅうかいじんあるいは和解わかい調停ちょうていしゃが、もっとはや段階だんかい介入かいにゅうします。調停ちょうていしゃは、組織そしきなかでとくに地位ちいたかひとというわけではないのですが、同僚どうりょうから尊敬そんけいあつめており、だれかを非難ひなんしたり、一方いっぽうだけをばっしたりしません。仲介ちゅうかいじんは、過去かここった事柄ことがら意識いしきっていくのではなく、そのわりに、将来しょうらいどのようにすればわたしたちがもっと効果こうかてきともはたらいていくことができるか、ということをかんがえます。かれらの目的もくてきは、両者りょうしゃがどちらもつにすること、だれかが自分じぶんけたとかんじてったりしないでませることにあります。いじめられたひとも、いじめたとしてうったえられたひとも、どちらについても、です。
 れいをひとつげましょう。すでにさきほどげたれいですが、海外かいがいから看護かんごが、家族かぞくうためにフィリピンの実家じっかかえりたがっている。しかし、もしも彼女かのじょには帰国きこくするのにちょうどりるだけのやすみしかあたえられず、月曜日げつようびには普段ふだんどおりの勤務きんむもどらなければならないとすれば、彼女かのじょ航空こうくうけんだいを200ドルも余計よけい支払しはらわなければなりません。そこで彼女かのじょは、「おねがいですからいちにちおそ飛行機ひこうきって、月曜日げつようびではなく、火曜日かようびもどることをゆるしてください」とたのむのです。はじめ上司じょうしは「それはダメだ、かれらはいつも余分よぶん休暇きゅうかをもらいたがたっているのだ」とかんがえるかもしれません。しかし労働ろうどう調停ちょうていしゃがここにやってくれば、妥協だきょうてんいだすことができるかもしれない。ひとつの可能かのうせいは、余分よぶんいちにちぶんだけを有給ゆうきゅうではなくすることです。ほかにもなに方法ほうほうがあるかもしれません。また、ここで上司じょうしは、まずしい家族かぞくささえるおかねかせぐために、家族かぞくやときにはどもまでくにのこしてている看護かんごが、そのことによってすでにっているおおきな感情かんじょう労働ろうどうのことを理解りかいするようになります。労働ろうどう調停ちょうていしゃは、このような上司じょうし理解りかいうながすのです。そうすることによって、よりおおきな同情どうじょう理解りかいまれることになります。看護かんごも、「相手あいて自分じぶん状況じょうきょう理解りかいしてくれた。自分じぶんえてきた困難こんなんを、文句もんくわずに理解りかいしてくれた」とかんじるでしょう。こうして全員ぜんいん気持きもちになります。感情かんじょうくなります。
 最後さいごからふたのスライドは、イギリスの国民こくみん保健ほけんサービス(NHS)が展開てんかいしてきたすぐれた実践じっせんれいです(#12)。そのひとつは、職場しょくば全員ぜんいん尊厳そんげん敬意けいいをもって周囲しゅういからあつかわれることが期待きたいできるように、労働ろうどうにおける尊厳そんげんかんする方針ほうしんてることです。このような方針ほうしんてることが、いずれ、いじめにあうひと割合わりあいすくなくするのに役立やくだつようねがいます。もうひとつのアイデアは、最高さいこう責任せきにんしゃ直接ちょくせつにつながるホットラインをつくることです。これを使つかって最高さいこう責任せきにんしゃ電話でんわをかけるのは、勇気ゆうきることでしょう。しかし電話でんわはあります。最高さいこう責任せきにんしゃが、本当ほんとう公正こうせいひとで、他人たにんはなしにきちんとみみかたむけるひとであれば、電話でんわにもおうじるはずです。その指示しじけたひと組織そしき文化ぶんか人種じんしゅ問題もんだい対応たいおうします。文化ぶんか人種じんしゅ問題もんだいは、イギリスのような民族みんぞく社会しゃかいでは、ことなる文化ぶんかてき背景はいけいゆうする人々ひとびとともはたらこうとするときに困難こんなん葛藤かっとうこるため、おおきな問題もんだいです。
 ひとつの委託いたく会社かいしゃに、10にん訓練くんれんされたサポート要員よういんがいて、苦情くじょううったえについて、共感きょうかんちたささえと指示しじとをあたえる。これは、和解わかいひとつのありかたです。サポート要員よういんは、ひと苦情くじょううちめていかりをこらえられなくなるまえ苦情くじょう解消かいしょうする目的もくてきのためにいます。非常ひじょうわる状態じょうたいこるまえに、人々ひとびと態度たいどえようとこころみます。職場しょくば感情かんじょう教育きょういくのために必要ひつよう環境かんきょうととのえ、また、自分じぶんがいじめられているとおもっているひとや、他人たにんがいじめられているのをているひと、また加害かがいしゃふくめて、すべてのひとにサポートを提供ていきょうします。いじめるがわひとも、おおきなプレッシャーをかんじている場合ばあいがあります。かれらがひとのことをいじめるのはそのためです。自分じぶんもまた、非常ひじょうにストレスをかんじているからです。組織そしき自分じぶん無理むり期日きじつしつけてきているというかんじがあるために、おなじようないをする人々ひとびとたいしては、よりおおきな同情どうじょう理解りかいしめしたりします。こうした行動こうどうにはいつも理由りゆうがあるのです。
 また、おおくのNHSの委託いたく会社かいしゃは、患者かんじゃたいして「寛容かんようゼロ」の方針ほうしん採用さいようしています。つまり、「スタッフにたいするいかなる攻撃こうげきてきあるいは暴力ぼうりょくてき行動こうどうも、一切いっさいゆるさない」というわけです。これは、わたし感覚かんかくでは、そしてまた学校がっこうにおけるいじめにかんする研究けんきゅうでもわれていることですが、あまり効果こうかてき方法ほうほうではありません。しかしこれもひとつのこころみです。ほとんどの病院びょういんやクリニックが、「寛容かんようゼロ」とかれたポスターをしています。わたしは、これはとく攻撃こうげきてき患者かんじゃや、その家族かぞくたいしてはあまりききめがないとおもっていますが、しかし、これもNHSがっているひとつの方策ほうさくです。
 最後さいごのスライド(#13)は、ここまでにべてきたことの要約ようやくです。職場しょくばにおけるいじめの起源きげん理解りかいすること、そして、なにこっているのか、その結果けっかはどうか、標的ひょうてきになっているひとだけでなく、それをている周囲しゅういひとふくめた職場しょくば全体ぜんたい感情かんじょう雰囲気ふんいきへの影響えいきょうはどうか、といったことを理解りかいすることが、非常ひじょう重要じゅうようです。そして、関係かんけいくし、感情かんじょう教育きょういくうながすことによって、感情かんじょう労働ろうどう職場しょくばただしく認識にんしきされるようにすることは、人々ひとびと自分じぶん不幸ふこうにばかりられずにむようにするためにも、非常ひじょう大切たいせつなことです。もちろん、訓練くんれんなくしてこうしたことは実現じつげんしません。リーダーシップのスキルについて監督かんとくしゃ訓練くんれんけ、かれらがその態度たいどをモデルとしてほかのスタッフにしめせるようにすること、またかれらが職場しょくば存在そんざいしている感情かんじょう理解りかいできるようにすることが、非常ひじょう重要じゅうようです。職場しょくばにおいては、感情かんじょう統制とうせいされていなくてはなりません。わたしたちは、患者かんじゃをケアし、患者かんじゃささえるために、まさにそのために、職場しょくばにいるのです。わたしたちの感情かんじょう職場しょくばいたるところにらされている、というようなことではいけません。つまり、わたしたちはたらのことをケアする環境かんきょうがまず必要ひつようなのです。そしてこれが、今度こんど患者かんじゃやその家族かぞくたすけることにもつながるのです。
 みなさん、いてくださってありがとうございます。わたしたちのふたつのセッションについてのディスカッションと質疑しつぎ応答おうとうたのしみにしています。ありがとうございました。



崎山さきやま:カウイ先生せんせい、すてきなプレゼンテーション、どうもありがとうございます。カウイ先生せんせい研究けんきゅう報告ほうこくからわたしたちはみっつぐらい、とく組織そしき感情かんじょうについて、重要じゅうよう示唆しさることができたかとおもいます。
 まず重要じゅうようてんというのは、いじめといったものは、けっしてわかりやすいものではなくて、複雑ふくざつ要因よういんからんでおり、やりかた非常ひじょう巧妙こうみょうであることです。つまり、わかりやすい身体しんたいてきないじめだけではなくて、すこしずつ人々ひとびと感情かんじょうだとか自尊心じそんしんきずつけるようなやりかたでやっていく、だからこそむずかしいということがまずだいいちてんかとおもいます。
 だいには、いじめという問題もんだいけっして個人こじん問題もんだいではなく、むしろ組織そしきとしてむべき問題もんだいであるということがあります。それはかならずしも、組織そしき生産せいさんせいたかめるということだけではなくて、組織そしきレベルでメンタルヘルスへの意識いしきたかめること。こういう観点かんてんからふせがれるべきだということだとおもいます。というのも、たとえばマネージャーがいじめをふせぐのが非常ひじょうむずかしい。それは、ひとつには、いじめを判断はんだんするプロセスでつよちからったり、組織そしきとして結論けつろんさなければならないため、片方かたがた非難ひなんしたりさばいたりしてしまわざるをえない。だから、いじめの解決かいけつは、結果けっかとして、けというかたちにしかならないというむずかしさがある。かり労働ろうどうしゃが「ち」、職場しょくばのこることになっても、人々ひとびとかれらをトラブルメーカーとてしまう。そうなると、「け」になってしまうわけです。それは、組織そしきかれらに、退職たいしょく手当てあてすこあたえて解雇かいこしようとしたりするからです。どちらにせよ、みんなが幸福こうふくになるというわけではない。たとえば、そんな状況じょうきょうであなたが「った」ことで、職場しょくば復帰ふっきした場合ばあい想像そうぞうしてみてください。あなたの上司じょうしたち(マネージャー)は、あなたがかれらへの不平ふへい不満ふまんうったえたことをちますよ。そうなったら、制度せいどじょうは「った」としても、居心地いごこちわるくなるから、すぐに職場しょくばうつらなくてはならなくなります。こうしたむずかしさがあるゆえに、いじめの問題もんだいにはやはり組織そしきてき必要ひつようがあるとのご指摘してきだったかとおもいます。
 だいさんには、いじめというものを現在げんざいのぞいていくためには、感情かんじょうというものがやはり非常ひじょう重要じゅうようになってくることです。いじめの犠牲ぎせいしゃおちいっている感情かんじょうについて、たんにそのいじめにあっているという苦痛くつうだけではなく、さまざまなかたちでその生活せいかつするうえでこってくるだろう感情かんじょう状態じょうたいについてより想像そうぞうりょく発揮はっきしていくこと。とくにいじめというものに仲介ちゅうかいしていく上司じょうしとか、労働ろうどう調停ちょうてい委員いいん人々ひとびとには、そういったことが現在げんざいもとめられているのではないかということがおおきなポイントかとおもいます。
 どうも、みなさん。カウイ先生せんせい研究けんきゅう報告ほうこくいていただいて、ありがとうございました。
 これから10ふんぐらい休憩きゅうけいって、そののちに5にんひさげだいしゃほうから5ふんぐらい手短てみじかに、カウイ先生せんせいやスミス先生せんせい研究けんきゅう報告ほうこくをもとに疑問ぎもん意見いけんべていただき、そのあとフロアの方々かたがたとの意見いけん交換こうかんのようなものをできればとおもいます。
 ですので、ちょっと予定よてい変更へんこうします。終了しゅうりょう時間じかん、だいたい6ぐらいというかたちにしようかとおもっています。すみませんが、ご協力きょうりょくのほうおねがいします。では、前半ぜんはんちょっとりまして休憩きゅうけいはいります。

休憩きゅうけい

崎山さきやま:では、感情かんじょう労働ろうどうについての議論ぎろん再開さいかいさせていただきます。まず、5にんひさげだいしゃ方々かたがたからの質問しつもんをおうかがいしたいとおもいます。最初さいしょに、西川にしかわ先生せんせいからおねがいします。


有馬ありま ひとし的場まとば 和子かずこ 20090319 (通訳つうやく)「職場しょくばにおけるいじめについて」 安部あべ あきら有馬ありま ひとし 『ケアと感情かんじょう労働ろうどう――ことなるがく交流こうりゅうからかんがえる』立命館大学りつめいかんだいがく生存せいぞんがく研究けんきゅうセンター,生存せいぞんがく研究けんきゅうセンター報告ほうこく8,pp.46-57.



UP:20090911 REV:
ケア研究けんきゅうかい  ◇ケア  ◇感情かんじょう感情かんじょう社会しゃかいがく  ◇生存せいぞんがく創成そうせい拠点きょてん刊行かんこうぶつ  ◇テキストデータ入手にゅうしゅ可能かのうほん  ◇身体しんたい×世界せかい関連かんれん書籍しょせき 2005-  ◇BOOK
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