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ホーム > 指導しどうしゃ > 指導しどうしゃ」とは 指導しどうしゃ役割やくわり

指導しどうしゃ」とは

指導しどうしゃ(コーチ)の役割やくわり

近年きんねん社会しゃかい構造こうぞう社会しゃかい状況じょうきょう年々ねんねん変化へんかし、指導しどうしゃ(コーチ)にはおおくの役割やくわりもとめられるようになってきました。
そうしたなかで、指導しどうしゃにとってもっと大切たいせつ役割やくわりなにでしょうか。それは一生懸命いっしょうけんめいプレーする選手せんしゅどもたちがたのしくプレーできるようにサポートすることです。たのしくプレーすることは、上達じょうたつにもつながりますし、困難こんなんえることにもつながります。一生いっしょうたのしくプレーをつづけることができれば、人生じんせいゆたかにすることにもつながります。そうしたサポートをするためにも、指導しどうしゃ自身じしん指導しどうたのしむことも大切たいせつです。

たのしみながら生涯しょうがいにわたって指導しどうつづけ、すべての選手せんしゅどもたちが笑顔えがおでプレーできる環境かんきょうづくりをおこなうことが、指導しどうしゃもっと大切たいせつ役割やくわりです。

コーチ(Coach)の語源ごげん

コーチ(Coach)という言葉ことば語源ごげんは、ハンガリーのコチ(Kocs)という地名ちめい由来ゆらいです。コチで生産せいさんされる馬車ばしゃ非常ひじょう高性能こうせいのうで、搭乗とうじょうしゃ安全あんぜん快適かいてき目的もくてきまではこんでくれるということで、ヨーロッパ各地かくちひろまりました。19 世紀せいきごろからヨーロッパ各地かくち馬車ばしゃ意味いみとして、コチという言葉ことば使つかわれるようになりました。その、イギリスのオックスフォおっくすふぉド大学どだいがく学生がくせい家庭かてい教師きょうしたいして、学習がくしゅうしゃ目標もくひょうまでみちびいてくれるということで使つかわれはじめ、コチからコーチ(Coach)という言葉ことば変化へんかし、スポーツ指導しどうしゃにももちいられるようになりました。

語源ごげんからくるコーチ(Coach)は、学習がくしゅうしゃやスポーツ選手せんしゅ馬車ばしゃのようにしたからささえ、安全あんぜん快適かいてき目標もくひょう達成たっせい手助てだすけをしてくれるひとします。その意味いみでは、指導しどうしゃ(コーチ)はつね選手せんしゅどもたちのことをささえ、上達じょうたつ手助てだすけになる存在そんざいでなければなりません。うえから目線めせん怒鳴どならし、理不尽りふじんなことを要求ようきゅうすることは、本来ほんらい意味いみからかけはなれています。

地域ちいきでの役割やくわり

指導しどうしゃは、選手せんしゅどもたちにゆめあたえ、地域ちいき人々ひとびとしあわせにする存在そんざいです。選手せんしゅどもたちの笑顔えがおは、地域ちいきにも活気かっき精神せいしんてきゆたかさをもたらします。
また、どんな有名ゆうめい選手せんしゅにもキャリアのスタートがあり、そのほとんどがちいさなまちちいさなクラブやチームからはじまります。おもわぬ選手せんしゅ日本にっぽん代表だいひょう選手せんしゅやプロ選手せんしゅそだちます。

その意味いみでも、地域ちいき指導しどうしゃ役割やくわり非常ひじょう重要じゅうようです。すべての指導しどうしゃ自分じぶんたちの指導しどう自信じしんほこりをっていただきたいとおもいます。

指導しどうしゃのモラル

スポーツの世界せかいかぎらず、社会しゃかい全体ぜんたいのさまざまな場面ばめんで、人々ひとびとのモラルがわれている時代じだいです。だれていないからい、からなければいではゆるされません。ゲームやトレーニングでも、自分じぶん感情かんじょう爆発ばくはつさせるだけの指導しどうはもはやゆるされない時代じだいです。

指導しどうしゃにもさまざまなタイプが存在そんざいします。選手せんしゅのやるたかめるコーチ、ピッチじょう論理ろんりてて指導しどうするコーチ、実技じつぎりょくたかくプレーでせるコーチ、熱血漢ねっけつかんあふれるコーチ、戦術せんじゅつ知識ちしき豊富ほうふ理詰りづめで指導しどうするコーチ、またオーガナイズ(プランニング)のたくみなコーチなどがいます。しかし、すべての指導しどうしゃ情熱じょうねつ論理ろんりせいかせません。

サッカーをあいする気持きもち、選手せんしゅ上達じょうたつしてほしいという気持きもち、チームをたせたいという気持きもちは、どの指導しどうしゃにも必要ひつようです。しかしその一方いっぽうで、そのおもいがつよくなりぎて選手せんしゅ過度かど要求ようきゅうをし、論理ろんりせいける指導しどうはしってしまうことがあるのも事実じじつです。もう一度いちど冷静れいせいになり、みずからの指導しどうかえ必要ひつようがあるかもしれません。

リスペクト・フェアプレー

Japan's Wayにもある「フェアでつよ日本にっぽんを」をさらに目指めざしましょう。つねにプレーに集中しゅうちゅうし、最後さいごまでプレーをつづける意思いしち、フェアでたくましいプレーをすること、最後さいごまで全力ぜんりょくでプレーすること、相手あいて敬意けいいはらうこと、けがをした相手あいてがいればたすけること、審判しんぱんいん尊重そんちょうすること、ホイッスルがるまで自分じぶん勝手かってにプレーをやめないこと、判定はんていしたがい、すぐにつぎのプレーにうつることなどが大事だいじです。また、指導しどうしゃには、選手せんしゅかせてはげまし、プレーに集中しゅうちゅうさせることがもとめられます。応援おうえんにおいても相手あいて審判しんぱんいん敬意けいいはらい、相手あいてをののしるようなことをわないこと、自分じぶんのチームも相手あいてのチームもいプレーには拍手はくしゅすること、審判しんぱんいん感謝かんしゃすることなどが必要ひつようです。そして、みんなでポジティブな気持きもちのいゲームをつくります。てるちから真剣しんけんきそうことがフェアプレーの本質ほんしつです。フェアなチームというのは、けっしてイエローカードやレッドカードがすくないチームのことではありません。やってはいけないことを警告けいこくするのではなく、かったことをめ、感謝かんしゃする気持きもちをはぐくみたいのです。

フェアでたくましい日本にっぽんサッカーはまだまだみがきをかけなければなりません。日頃ひごろから指導しどうしゃ選手せんしゅたいして、ピッチじょうひと、それをささえ、すべてのひとぶつを「大切たいせつおもうこと」を、さらにはぐくんでいかなければなりません。最後さいごまで全力ぜんりょくくし、ひたむきに、フェアでたくましいサッカーを目指めざすことができれば、それは選手せんしゅだけでなく、そこにかかわるすべての人々ひとびとにとって最高さいこうのゲームとなります。対戦たいせん相手あいて審判しんぱんいん、ゲームを運営うんえいする方々かたがた、そして保護ほごしゃやサポーターがあってこそ、よりすばらしいゲームとなるのです。

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