森もりの奥おくの“変人へんじん”超ちょう優良ゆうりょう世界せかい的てき企業きぎょう、米べいファンドの標的ひょうてきに　秘密ひみつ主義しゅぎ企業きぎょうの致命ちめい的てき急所きゅうしょ

　ソニー、ソフトバンク、IHIの次つぎはファナック――。2月がつ10日とおか、「物言ものいう株主かぶぬし（アクティビストファンド）」として有名ゆうめいなサードポイントが、工作こうさく機械きかい用ようNC（数値すうち制御せいぎょ）装置そうち世界せかい首位しゅいファナックの株式かぶしきを取得しゅとくしたことが明あきらかになった。サードポイントが四半期しはんきごとに投資とうし家かへ送付そうふしている運用うんよう報告ほうこく書しょに記載きさいされていたことを、米べいウォールストリートジャーナルなどの米べいメディアが報ほうじているが、どの程度ていどの株数かぶすうを取得しゅとくしたのかは不明ふめいである。

　サードポイントは米べい大だい富豪ふごうダニエル・ローブ氏しが2001年ねんに立たち上あげたファンドで、現在げんざいの運用うんよう資産しさん総額そうがくは1兆ちょう円えんを超こえるといわれる著名ちょめいファンドだ。米べいヤフー、サザビーズ、ダウ・ケミカルなどに投資とうしし、取締役とりしまりやくを送おくり込こんで企業きぎょう価値かち向上こうじょうに向むけプレッシャーをかける、典型てんけい的てきなアクティビストファンドとして知しられている。

　日本にっぽんでもこれまでにソニーやソフトバンク、IHIの株式かぶしきを取得しゅとくしているが、基本きほん的てきにサードポイント自身じしんの名義めいぎで取得しゅとくするのではなく、複数ふくすうの外資がいし系けい金融きんゆう機関きかんの証券しょうけん管理かんり口座こうざ名義めいぎで取得しゅとくしているので、保有ほゆう割合わりあいを大量たいりょう保有ほゆう報告ほうこく書しょなどの公表こうひょうデータから把握はあくすることはできない。このため、情報じょうほうはサードポイントが投資とうし家かに送おくる報告ほうこく書しょと、同社どうしゃがメディアの取材しゅざいに応おうじて回答かいとうした内容ないように限定げんていされる。ソニーの場合ばあいは、7％程度ていどという保有ほゆう割合わりあいの数値すうちも、昨年さくねん秋あきに株式かぶしきを売却ばいきゃくして撤退てったいしたという事実じじつも、サードポイントが投資とうし家かに送おくった報告ほうこく書しょから判明はんめいした。

　アクティビストファンドは、取得しゅとくした株式かぶしきの発行はっこう企業きぎょうには手厳てきびしい。サードポイントから経営けいえい改善かいぜんに関かんして何なにもコメントされていないのはソフトバンクくらいで、東京とうきょう・豊洲とよすに広大こうだいな不動産ふどうさんを所有しょゆうするIHIについては、「不動産ふどうさん事業じぎょうを分離ぶんりすれば株主かぶぬし価値かちはさらに上あがる」と要求ようきゅうしているとされ、ソニーにはエンタテインメント部門ぶもんの分離ぶんりと上場じょうじょうを要求ようきゅうし、ちょっとした騒さわぎになったことは記憶きおくに新あたらしい。

かなり「変かわっている」企業きぎょう

　そのサードポイントの新あらたな標的ひょうてきに選えらばれたのがファナック。グローバル企業きぎょうでありながらかなり変かわっている企業きぎょうで、本社ほんしゃは富士山ふじさんの麓ふもと、山梨やまなし県けん南都留みなみつる郡ぐん忍野おしの村むらにある45万まん坪つぼもの広大こうだいな敷地しきちを有ゆうする「ファナックの森もり」の中なかにある。アクセスはひどく不便ふべんで、東京とうきょう・新宿しんじゅくから山梨やまなし県けん・大月おおつきまで特急とっきゅうスーパーあずさで行いき、富士急行ふじきゅうこうに乗のり換かえて終点しゅうてんの富士山ふじやま駅えきで降おり、さらにそこからバスかタクシーで20分ふんかかる。新宿しんじゅくからざっと3時じ間あいだ弱じゃくの行程こうていだ。

　筆者ひっしゃは今いまから27年ねん前まえの1988年ねんにリース会社かいしゃの営業えいぎょう担当たんとう者しゃとしてファナック本社ほんしゃを訪おとずれたことがある。深閑しんかんとした森もりの中なかに突如とつじょ黄色きいろい建物たてものが現あらわれ、第だい一いち印象いんしょうはまさに秘密ひみつ基地きち。社員しゃいんは管理かんり部門ぶもんの人ひとも全員ぜんいん黄色きいろい制服せいふくを着用ちゃくようしていた。スーツではなく、建設けんせつ現場げんばの作業さぎょう員いんが着きている作業さぎょう服ふくのようなものだ。筆者ひっしゃが訪おとずれた頃ころはバブル前夜ぜんやで、円えん高だか不ふ況きょうも去さって世よの中なかはだいぶ明あかるくなっていたが、この会社かいしゃは節約せつやくモード全開ぜんかい。蛍光けいこう灯とうを間引まびきしていたので廊下ろうかは昼間ひるまでも薄暗うすぐらく、社内しゃないはひっそりとしていた。

　ファナックは富士通ふじつうのNC部門ぶもんが分離ぶんり独立どくりつするかたちで72年ねんに設立せつりつされている。4年ねん後ごの76年ねんには早はやくも上場じょうじょう。富士通ふじつう時代じだいからNC部門ぶもんリーダーを務つとめ、ファナックを世界せかいトップ企業きぎょうに育そだてた中興ちゅうこうの祖そが稲葉いなば清きよし右みぎ衛門えもん氏しだ。75年ねんから約やく20年ねんにわたって社長しゃちょう、会長かいちょうを務つとめ、相談役そうだんやく名誉めいよ会長かいちょうに退しりぞいたのが2000年ねん。3年ねん後ごの03年ねん5月がつに社長しゃちょうに就任しゅうにんしたのが、清きよし右みぎ衛門えもん氏しの長男ちょうなんで現げん社長しゃちょうの善治よしはる氏し。もっとも清きよし右みぎ衛門えもん氏しへの権力けんりょく集中しゅうちゅうは、会長かいちょう就任しゅうにん後ごのほうが加速かそくしたといっていい。

　偉大いだいなる創業そうぎょうオーナーを頂いただく企業きぎょうに多おおいケースだが、実じつは稲葉いなば一族いちぞくはファナック株式かぶしきをほとんど保有ほゆうしておらず、清きよし右みぎ衛門えもん氏しは創業そうぎょう者しゃではあってもオーナーではない。長年ながねん富士通ふじつうが約やく4割わり、富士電機ふじでんきが約やく4％を保有ほゆうし、両社りょうしゃで5割わり弱じゃくを押おさえていたためか、かつては上位じょうい株主かぶぬしの顔触かおぶれは銀行ぎんこうや年金ねんきん資産しさん運用うんよう機関きかんばかり。年間ねんかん売買ばいばい高だかも発行はっこう済ずみ株式かぶしき総数そうすうの半分はんぶん程度ていどでしかなく、世界せかい的てきに有名ゆうめいな企業きぎょうでありながら外国がいこく人じん持もち株かぶ比率ひりつも2割わりに届とどかないという会社かいしゃだった。

　だが、富士通ふじつうが持もち株かぶを処分しょぶんし始はじめた03年ねん以降いこう、徐々じょじょに変化へんかが現あらわれる。03年ねん11月に発行はっこう済ずみの10％というまとまった量りょうを公募こうぼで売うり出だし、それ以降いこうは少すこしずつ処分しょぶんしていく方法ほうほうをとった。富士通ふじつうが保有ほゆう株かぶを放出ほうしゅつするたび、会社かいしゃ側がわは自己じこ株かぶ取得しゅとくを繰くり返かえしたが、大量たいりょうの株かぶが市場いちばに流入りゅうにゅうした結果けっか、売買ばいばいは活発かっぱつ化かし、瞬またたく間まに上位じょうい株主かぶぬしには外資がいし系けい金融きんゆう機関きかんの資産しさん管理かんり口座こうざがずらりと居並いならぶことに。外国がいこく人じん持もち株かぶ比率ひりつも年々ねんねん上昇じょうしょうし、ついに5割わりを超こえたのが11年ねん。富士通ふじつうが株かぶを放出ほうしゅつするたびに自己じこ株かぶ取得しゅとくを続つづけてきたため、ファナックは現在げんざい、発行はっこう済ずみの約やく18％の自己じこ株かぶを保有ほゆうしており、サードポイントが目めをつけたのもこの自己じこ株かぶ。

　もともとEPS（一いち株かぶあたりの当期とうき純じゅん利益りえき）やBPS（一いち株かぶあたりの純資産じゅんしさん）は、発行はっこう済ずみ株式かぶしき総数そうすうから自己じこ株かぶを除外じょがいした株数かぶすうを分母ぶんぼにして計算けいさんするが、企業きぎょうが第三者だいさんしゃ割当わりあてや公募こうぼなどで放出ほうしゅつすれば、これらの数値すうちの計算けいさん上じょうの分母ぶんぼは発行はっこう済ずみ株式かぶしき総数そうすうに戻もどるので、数値すうちは下さがる。ゆえに償却しょうきゃくしてくれると株主かぶぬしとしては後顧こうこの憂うれいから解放かいほうされる。

巨額きょがくの現げん預金よきん

　そしてサードポイントが最もっとも着目ちゃくもくしているのが、この会社かいしゃが持もつ巨額きょがくの現げん預金よきんだ。ファナックは14年ねん12月がつ末まつ時点じてんで8087億おく円えんもの現げん預金よきんを持もっている。この額がくは14年ねん3月がつ期きの年商ねんしょうの1.8倍ばい、15年ねん3月がつ期きの予想よそう売上うりあげ高だかの約やく1.2倍ばいに相当そうとうする。ローブ氏しは日本経済新聞にほんけいざいしんぶんの取材しゅざいに対たいし、この巨額きょがく現げん預金よきんをもっと効率こうりつよく使つかうべきだと主張しゅちょうしている。

　ファナックは12年ねん3月がつ期き、13年ねん3月がつ期きの2期間きかんで、減価げんか償却しょうきゃく費ひの3倍ばいに当あたる総額そうがく900億おく円えんの設備せつび投資とうしを実施じっししているが、直近ちょっきんの14年ねん3月がつ期きは減価げんか償却しょうきゃく費ひ183億おく円えんに対たいし、設備せつび投資とうしは139億おく円えんでしかない。この点てんは株主かぶぬしから問題もんだい視しされてもおかしくないが、要ようは必要ひつような投資とうしをしていないわけではなく、現げん預金よきんの額がくが巨額きょがくすぎるのだ。

　実際じっさいにサードポイントが問題もんだい視ししているのかは定さだかではないが、ファナックの情報じょうほう開示かいじ姿勢しせいも今後こんご追及ついきゅうされる可能かのう性せいがある。2年ねんほど前まえまでは、期初きしょに出だす業績ぎょうせき予想よそうは上期かみきのみ。通期つうき予想よそうは中間ちゅうかん決算けっさん発表はっぴょう時じで、配当はいとうは予想よそうを出ださず期末きまつに決定けっていするまで公表こうひょうしない。メディアの取材しゅざいはいうに及およばず、アナリストのインタビューにすら応おうじなかった。企業きぎょうHPも素そっ気けなく、過去かこ3期き分ぶんの決算けっさん短信たんしんと業績ぎょうせき修正しゅうせい、それに配当はいとう決定けっていのリリースしか載のせないという徹底てっていぶりだった。つまりは、最低さいてい限度げんどの開示かいじ義務ぎむを履行りこうするのみで、「気きに入いらなければ株かぶを買かわなければいい」と言いわんばかりのスタンスだったのだ。

　だが、今いまでは決算けっさん説明せつめい会かいは開催かいさいしていないが、期初きしょに中間ちゅうかん業績ぎょうせき予想よそうを出だし、HPには過去かこ5年ねん分ぶんの決算けっさん短信たんしんと、パワーポイントで作成さくせいした説明せつめい補足ほそく資料しりょうが載のるようになり、会社かいしゃの沿革えんかくや製品せいひん情報じょうほうも掲載けいさいされるようになった。上場じょうじょう企業きぎょうとして当あたり前まえのことだが、以前いぜんと比較ひかくして劇的げきてきな変貌へんぼうといえる。

クーデターで中興ちゅうこうの祖そを排除はいじょ

　その劇的げきてきな変貌へんぼうのきっかけは、13年ねん秋あきに社内しゃないで起おこったクーデターだ。国内こくない7つの子会社こがいしゃで清きよし右みぎ衛門えもん氏しが取締役とりしまりやくを解任かいにんされる一方いっぽうで、副ふく社長しゃちょうに就任しゅうにんした3人にんの取締役とりしまりやくが代表だいひょう権けんを取得しゅとくした。この3人にんは同年どうねん6月がつに業績ぎょうせき悪化あっかの責任せきにんを取とらされてヒラの取締役とりしまりやくに降格こうかくさせられていた元もと副ふく社長しゃちょうだ。

　この時ときは常務じょうむ以上いじょうの役職やくしょく者しゃ12人にん全員ぜんいんがヒラの取締役とりしまりやくへ降格こうかくさせられたのに、ただ一人ひとり社長しゃちょうの善治よしはる氏しはおとがめなし。加くわえて清きよし右みぎ衛門えもん氏しの孫まごが入社にゅうしゃ4年ねん目めで取締役とりしまりやくに就任しゅうにんする人事じんじだったので、明あきらかな同族どうぞく支配しはい強化きょうかだった。清きよし右みぎ衛門えもん氏しはファナックを世界一せかいいちの会社かいしゃに育そだてた中興ちゅうこうの祖そとはいえ、オーナーではない。清きよし右みぎ衛門えもん氏しはやりすぎたということか。この一いち件けんは「週刊しゅうかん東洋とうよう経済けいざい」（東洋経済新報社とうようけいざいしんぽうしゃ）がスクープしたが、どのメディアも追随ついずいしなかった。他たのメディアは同社どうしゃが取材しゅざいに応おうじず記事きじにできなかったものと見みられるが、このクーデター報道ほうどうに株価かぶかは明あきらかに反応はんのうした。

致命ちめい的てきな急所きゅうしょ

　サードポイントは現時点げんじてんでは現げん経営けいえい陣じんをクビにすべきだとはしておらず、前出ぜんしゅつの日経新聞にっけいしんぶんインタビューでも「事業じぎょう面めんを変かえる必要ひつようはない」と答こたえている。

　ファナックの最大さいだいのネックだった閉鎖へいさ性せいと同族どうぞく支配しはいは、改善かいぜん方向ほうこうに向むかっている。何なによりも15年ねん3月がつ期きは前年ぜんねん比ひで売上うりあげ高だかは1.5倍ばい、営業えいぎょう利益りえきは1.6倍ばいを見込みこむ。これだけの結果けっかを出だした現げん経営けいえい陣じんを、他たの外国がいこく人じん株主かぶぬしはどう評価ひょうかするのか。盤石ばんじゃくな財務ざいむがこの会社かいしゃに高たかい評価ひょうかを与あたえていることも事実じじつで、外国がいこく人じんといえども潤沢じゅんたくなキャッシュの流出りゅうしゅつを歓迎かんげいするとは限かぎらない。

　ただ、長年ながねんメディアと向むき合あうことを拒絶きょぜつし続つづけたファナックには、おそらく危機きき管理かんり広報こうほうのノウハウは蓄積ちくせきされていない。危機ききに瀕ひんした時ときにメディア対応たいおうを誤あやまるリスクは甚大じんだいだ。同社どうしゃに急所きゅうしょがあるとしたら、それはメディア対応たいおう力りょくである気きがしてならない。
（文ぶん＝伊藤いとう歩あゆみ／金融きんゆうジャーナリスト）