「Thinkstock」より
ナノテクノロジーが食品添加物にも使われだして10年近く経過しましたが、食品安全委員会でも安全性の審議は行われていません。
しかし、2006年に英国食品科学技術研究所(IFST)は、「従来の毒性試験が不十分であるかもしれない」と表明しています。その理由は、粒子の極微なものは細胞組織に大きなダメージを与える恐れがあるからだといいます。
ナノテクは、毛髪の直径の10万分の1、DNAの直径の約2分の1程度の長さの物質をつくり、さまざまな分野に利用しようという技術です。物質がナノサイズになれば、化学的、電気的、磁気的、光学的特性などが著しく変化します。その新たな特性を利用したナノテク製品は、私たちが知らないうちに医薬品、化粧品、自動車部品、コンピューター部品など、想像以上に広がっています。
医薬品分野では、血液脳関門に遮断され、脳へ薬効成分が到達するのは困難だったのが、ナノ物質の登場で脳への薬物の適用が可能となりました。
しかし、こうしたナノテクの急速な広がりに対して、強い懸念も出てきているのです。「サイズが小さければ小さいほど、高い毒性を発揮する」というのもナノ物質のもうひとつの顔でもあるからです。
たとえば、化学的に安定で導電性が極めて強いところから、電子材料としてもっとも有望視されているナノ物質にカーボンナノチューブがあります。炭素からつくられる直径1ナノメートル(10億分の1メートル)の円筒状の物質です。しかし、カーボンナノチューブは、極めて細い尖った繊維形状になるため、アスベストと同じような毒性を示す恐れがあると指摘されています。
英科学専門誌「ネイチャー」(2008年5月20日号)でエジンバラ大学のケネス・ドナルドソン教授を中心とする研究グループは、「ナノチューブ一般、特にカーボンナノチューブ技術を用いた素材は、アスベストに似た健康被害を及ぼし、肺がんなどを誘発する危険性が高い」という論文を発表しました。
ナノ物質への不安は、食品分野で一層強くなっています。冒頭で紹介した英国食品科学技術研究所の表明はその一端です。
驚愕の動物実験結果
こうしたなか09年2月、世界が注目する動物実験の結果が日本の研究機関から発表されました。
東京理科大学薬学部ナノ粒子健康科学研究センター長の武田健教授らのグループが、酸化チタンのナノ粒子が次世代の脳神経系や生殖系にも悪影響を与えるということをマウスの実験で明らかにしたのです。これは世界で初めての実験結果で、内外のナノテク研究者に大きな衝撃を与えました。
実験は妊娠マウスに酸化チタンのナノ粒子を食塩水に混ぜて皮下注射して行いました。その結果、酸化チタンは仔マウスの脳に移行し、末梢血管に沈着して特定危険部位に集中的なアポトーシス(細胞死滅)を誘発しました。また、精子生成能力も20%以上の低下がみられたとしています。
酸化チタンは食品添加物にも指定されており、ホワイトチョコレート、白ワイン、和菓子などで白色を出すために使われています。また、日焼け止めクリームなどの化粧品にも使用され、さかんにナノ粒子化した酸化チタンの効果を宣伝しています。化粧品用の添加物も食品添加物と同じものを使っています。酸化チタンは吸い込むと肺がんのリスクがありますが、ナノ粒子化によって次世代へも悪影響を及ぼす可能性が高まったのです。食品だけでなく、化粧品でも皮膚から吸収して健康被害を受ける可能性があります。妊婦であれば、おなかの中の赤ちゃんにも危害を与えかねません。
食品添加物の毒性試験では、ナノ粒子化した添加物のことは調べていません。アミノ酸など各種化学調味料にもナノテク技術は応用されています。早急にナノテク添加物の毒性試験を行うべきです。
(文=郡司和夫/食品ジャーナリスト)