オーケストラもマスク着用ちゃくようで混乱こんらん…実じつは表情ひょうじょうでのコミュニケーションが超ちょう重要じゅうよう

　現在げんざいの生活せいかつのスタンダートとなった「マスク着用ちゃくよう」について、興味深きょうみぶかい調査ちょうさ結果けっかを目めにしました。文化庁ぶんかちょうが初はじめて、新型しんがたコロナウイルスによるコミュニケーションへの影響えいきょうについて調査ちょうさした結果けっかの一部いちぶです。マスク着用ちゃくようによって、相手あいてに対たいする話はなし方かたや態度たいどが変かわると回答かいとうした人ひとが6割わりを超こえ、特とくに声こえの大おおきさや発音はつおんだけでなく、相手あいての反応はんのうにも気きをつけているという変化へんかがあったそうです。

　一番いちばん多おおかったのは、「声こえの大おおきさに気きをつける」と答こたえた方ほうで、全体ぜんたいの4分ぶんの3に上のぼりました。もちろん、マスク着用ちゃくようによって相手あいてに声こえが聞きこえづらくなるため、いつもよりも大おおきな声こえで話はなすようにしている方ほうもいる一方いっぽう、僕ぼくのようにもともと声こえが大おおきい場合ばあい、みんなマスクをして飛沫しぶき感染かんせんを防止ぼうししている状況じょうきょう下か、少すこし声ごえを抑おさえて話はなしをする方ほうもいると思おもいます。

　第だい2位いの「発音はつおんに気きをつける」（58％）は、ただでさえマスクで声こえがくぐもりがちなのに、大おおきな声こえで話はなせないからでしょう。

　以下いか、第だい3位い「相手あいてとの距離きょりに気きをつける」（45％）と続つづきますが、僕ぼくが興味深きょうみぶかく思おもったのは、第だい4位い「相手あいての表情ひょうじょうに気きをつける」（40％）と、第だい5位い「きちんと伝つたわっているか、相手あいてに確認かくにんする」（29％）です。特とくに第だい4位いには思おもい当あたることがあります。

　指揮しき者しゃもただ大好だいすきな音楽おんがくを指揮しきしているだけではなく、話はなし合あいの場ばが頻繁ひんぱんにあります。結構けっこうシビアな協議きょうぎもありますし、条件じょうけん交渉こうしょうなどももちろん行おこないます。新あたらしいコンサートを提案ていあんする主催しゅさい者しゃとのミーティングともなると、「良よいコンサートをつくりましょう」と、一見いっけんすると楽たのしそうですが、実じつは、かなりの神経しんけい戦せんなのです。

「このプログラムでいいのか？」「こんなに予算よさんがかけてまでやるべきなのか？」「オーケストラはお金かねがかかるし、赤字あかじになったらどうする？」など、相手あいてにもさまざまな考かんがえの方ほうがいますし、気きが乗のらないメンバーからは、「またいつかやりましょう」のような、一見いっけん前向まえむきな言葉ことばながら、実際じっさいには消極しょうきょく的てき先送さきおくりの意見いけんも出でてきます。

　そんななか、「ちょっと押おしてみてもいいかな」とか、「今いまは静しずかにしておいて、少すこし周まわりの話はなしを聞きいてみたほうがよい」などと、担当たんとう者しゃと表情ひょうじょうのみでコンタクトしたり、全体ぜんたいを見回みまわすのも大事だいじなのです。相手あいてのちょっとした口元くちもとの違ちがいを見みながら、腹はらの中うちを探さぐり合あいます。それがマスク着用ちゃくようによって少すこし難むずかしくなってしまいました。

　特とくに音楽おんがくは、書類しょるい上じょうの数字すうじやデータだけでは判断はんだんしづらく、最後さいごにはお互たがいの熱意ねついも大事だいじな要素ようそとなるので、なおさらです。

　そして、実際じっさいの指揮しき者しゃの仕事しごとでも大おおきな問題もんだいとなります。リハーサル中ちゅうに指示しじを出だしても、きちんと意義いぎが伝つたわっているか楽員がくいんの表情ひょうじょうから読よみ取とるようなことができないのです。

　これは、第だい5位い「きちんと伝つたわっているか、相手あいてに確認かくにんする」にも関係かんけいします。指示しじを出だした楽員がくいんに「理解りかいしてくれた？」と毎回まいかい確認かくにんするのもどうかと思おもいますし、相手あいても「わかっているよ」とウンザリしてくるでしょう。それが自分じぶんより年長ねんちょうの楽員がくいんならなおさらです。

　皆様みなさまも、相手あいてが上司じょうしやお得意とくいさまであれば、確認かくにんするのは難むずかしいのではないでしょうか。話はなしが変かわりますが、恋愛れんあいなどでも相手あいての顔色かおいろをうかがい合あいながらドキドキするのが醍醐味だいごみですし、「今いまの僕ぼくの言葉ことばをどう思おもった？」「嬉うれしかった？」などと尋たずねようものなら、「デリカシーがない」と嫌きらわれてしまうに違ちがいありません。

　これまでは仕事しごとでもプライベートでも、相手あいての顔色かおいろをうかがいながら進すすめていたことが、コロナ禍かでのマスク着用ちゃくようによって顔かおの表情ひょうじょうから相手あいての考かんがえを推おし量はかることができなくなったと感かんじる方々かたがたが一定いってい数すういるのでしょう。

マスク着用ちゃくよう、指揮しきにも大おおきな障害しょうがい

　マスク着用ちゃくようは、指揮しきをする際さいにも大おおきな障害しょうがいとなります。指揮しき者しゃは指揮棒しきぼうで音楽おんがくを伝つたえるとはいえ、実際じっさいには顔かおの表情ひょうじょうで曲きょくの雰囲気ふんいきを伝つたえることも行おこないます。たとえば、ベートーヴェンの『運命うんめい』の出でだし、深刻しんこくな音楽おんがくのはずの「ジャジャジャジャーン」をヘラヘラ笑わらいながら指揮しきをしたら、オーケストラは戸惑とまどってしまうでしょう。

　少すこし専門せんもん的てきな話はなしをすると、作曲さっきょく家かは「切せつなさ」を表あらわす際さいに、あえて明あかるい調しらべ性せいで作曲さっきょくする場合ばあいがあります。たとえば、日本にっぽんの民謡みんよう『ふるさと』などのように、一見いっけん、明あかるい音楽おんがくに聴きこえるものの、過去かこの懐なつかしい思おもい出でを振ふり返かえっている哀愁あいしゅうのような切せつない気持きもちを表現ひょうげんしている曲きょくもあります。そんな時とき、指揮しき者しゃは指揮棒しきぼうだけでなく表情ひょうじょうの違ちがいによって、音楽おんがくの雰囲気ふんいきをオーケストラに伝つたえたりする場合ばあいも多おおいのです。

　ここで、忘わすれられない経験けいけんを思おもい出だしました。あるコンサートで、特別とくべつな趣向しゅこうのために、ライティング（照明しょうめい）を多用たようしていたことから舞台ぶたい上じょうは暗くらく、指揮しき者しゃもオーケストラも譜面ふめん灯とうをつけていました。ちなみに譜面ふめん灯とうというのは、オペラのオーケストラ等とうでよく使つかうもので、暗くらい場所ばしょでも楽譜がくふをしっかりと見みるために譜面ふめん台だいに取とり付つける照明しょうめい器具きぐです。指揮しき者しゃには、オーケストラが指揮棒しきぼうもよく見みえるように特別とくべつなスポットライトも当あてられるのですが、それが少すこし暗くらめだったのです。

　本番ほんばん前まえの最終さいしゅうリハーサルのあと、日本にっぽんを代表だいひょうする打楽器だがっき奏者そうしゃから「指揮しき者しゃの顔かおがよく見みえないから叩はたけない」とのクレームが出でました。打楽器だがっきは楽器がっきを叩たたく演奏えんそうスタイルなので、指揮棒しきぼうが振ふり下おろされたら叩はたけばいいのではないかと思おもわれるかもしれませんが、実際じっさいには、そんな簡単かんたんな楽器がっきではなく、全体ぜんたいの音楽おんがくを見渡みわたしながら、指揮しき者しゃの音楽おんがくを先取さきどりし、叩はたき方かたを変かえていきます。そのため、指揮しき者しゃの表情ひょうじょうが見みえないと、どう叩たたいてよいかわからないという指摘してきで、僕ぼくは「なるほど」とうなってしまいました。それほどまでに、指揮しき者しゃの表情ひょうじょうは大切たいせつなのです。

　ちなみに、表情ひょうじょうでコミュニケーションを取とるのは、指揮しき者しゃとオーケストラだけではなく、オーケストラの楽員がくいん間あいだでも頻繁ひんぱんに行おこなわれています。そこには、「演奏えんそう中ちゅうは何なにが起おこったとしても声こえを出だせない」という大前提だいぜんていがあります。たとえば、他たの奏者そうしゃの音おとと合あっていなかったとしても怒鳴どなるわけにもいかないので、そんな時ときは「合あわそうよ」などと表情ひょうじょうでコンタクトを取とり合あうのです。実際じっさいに、コンサート中ちゅうのオーケストラは、お互たがいの表情ひょうじょうによるコミュニケーションで賑にぎやかなのです。

「これまでとはちょっと違ちがった、素敵すてきなことをやるからね」と、ソリストから指揮しき者しゃに顔かおでメッセージを送おくってきたりすることもあります。実際じっさいに、すごく良よい音楽おんがくになった時ときには、僕ぼくも「素晴すばらしい」と相手あいてににっこりとほほ笑えんだり、相手あいてもそれに対たいして満足まんぞくげな表情ひょうじょうを浮うかべたりします。こういうやりとりがあると、「やっぱり音楽おんがくをやっていてよかった」と心しんから思おもいます。

　現在げんざいは、もちろんリハーサル中ちゅうにはマスク着用ちゃくようが原則げんそくです。そして状況じょうきょうに応おうじて、コンサート中ちゅうでも着用ちゃくようすることもあるので、こういう素敵すてきな時間じかんが少すくなくなってしまいました。とにかく早はやく、通常つうじょうに戻もどってほしいと願ねがうしかありません。

　その半面はんめん、相手あいてに対たいする不満ふまんもマスクが隠かくしてくれるので、トラブルは減へっているかもしれません。読者どくしゃの皆みなさんはいかがでしょうか。
（文ぶん＝篠崎しのざき靖男やすお／指揮しき者しゃ）